ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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ハーマイオニーの反抗期

 大騒ぎだった。

 

 昨晩の状況を聞き出したハーマイオニーが、リビングに下りて早々、ダンおじさんに対して半ば癇癪のような説教を始めたのだ。理路整然としているだけにたちが悪かった。

 

 

「パパ、ジュリアにもプライバシーがあるの! ジュリアにはジュリアの過去があって、そのなかにはジュリアを今も傷つけている記憶があるかもしれない、ええ、そうね。でも、考えてみなかったの? 傷口に刺さった破片を、消毒も麻酔もレントゲンもなしにいきなり引き抜こうとしたら、誰だって苦しいし、痛いし、傷が悪化することだって沢山あるわ! それでも歯医者なの?」

 

「ああ、うん、そうだねハーマイオニー、パパが間違っていたと思う。だから……」

 

「思う、じゃだめなの! 昨日の夜から朝まで、ジュリアは私にしがみついて、ずっとうなされていたわ。ずっとよ、わかる? 毎晩、私が寝付くまで月を眺めて、私が起きるころにはもう元気にアルバイトをしているジュリアが、泣き疲れて寝て、さっきようやく目が覚めた! それほど苦痛だったのよ、パパの尋問は! それなのに、リビングに下りてみたら、コーヒーと新聞!」

 

「いや、なんというか、下手に姿勢を変えて刺激するのもよくないかと思ってね」

 

 

 確かに、ハーマイオニーに手を引かれてジュリアがリビングに下りたとき、ダンおじさんはコーヒーを手に新聞を眺めていた。しかし、コーヒーは湯気も立っていないのに一口も減っておらず、新聞を文字どおり眺めていただけだった。

 

 彼の言うとおり、ジュリアは昨晩の記憶をあまり刺激されたくなかった。ハーマイオニーに抱かれてゆっくり寝たことで気分はかなり回復したが、それでも不安、恐怖、そして醜態をさらしたことへの羞恥心が残っているのだ。

 

 

「あの、ハーマイオニー」

 

「ごめんなさいジュリア、パパにはしっかり通告しておくから。いい、パパ。本当にジュリアのことを家族として歓迎したいんだったら、ちゃんとしたやり方で向き合うべきだわ。詮索したり、尋問したり、先回りしたり、そういうことをする大人は姑息で、恥ずべきだって、自分で言ってたじゃない! ジュリアはついこの間12歳になった女の子なのよ、女の子! ご自分がなにをしたか、おわかりかしら!」

 

「ハーマイオニー。その、あたしにもプライバシーってもんがあるなら、そのへんで勘弁してくれねえかな。……あたしが恥ずかしいよ」

 

 

 嵐になるハーマイオニーは何度も見てきたが、その対象が自分になるとこれほどまでに恥ずかしくなるのだとは、ジュリアは微塵も思っていなかった。ジュリアはハーマイオニーのパジャマの裾を引っ張って、なんとか意見を主張した。なんとかこの嵐を止めねばならない。ハーマイオニーは大きくため息をついて、ダンおじさんを糾弾するように指さした。

 

 

「はあ……ジュリアのために、今日はここまでにしておくわ。でも、パパ、この埋め合わせはしっかりしていただきますからね。もちろん、勝手に連絡したメンタルヘルスクリニックとか、カウンセリングとか、そういった押しつけではなく、ちゃんとした形で! ジュリア、部屋に戻りましょ」

 

「あ、えっと……いや、あたしからも少しだけ」

 

「少しじゃなくていいのよジュリア、パパなんかやっつけちゃいなさい!」

 

 

 すっかり頭に血が上っているハーマイオニーの手を握って、ジュリアはおずおずと隣に並んだ。気にしている様子を見せるとますますぎこちなくなるだろうという予想はついていたが、それでも、やはりこれが今のジュリアにできる精一杯なのだ。

 

 

「いや、少しでいい。……その、さ。確かに昨日は怖かった。でも、約束したとおり、あたし頑張るから、よろしく。……それだけ」

 

「すまなかったね、ジュリア。私たちも誠実に努力することを誓うよ」

 

 

 それだけのやりとりだったが、ジュリアはもうこれで終わりにしたかった。後は黙って努力するしかない。昨日のやりとりを何度蒸し返したところで、進歩はないのだ。それに、恥ずかしい。

 

 ハーマイオニーに醜態をさらした。これが何より恥ずかしかった。朝、目が覚めるとやけに部屋が明るくて、しかも自分は温もりに包まれていたのだ。そして、ハーマイオニーの心配そうな顔があまりに近くて、ジュリアは声も出なかった。それから、ハーマイオニーに尋ねられるままにゆっくりと事情を説明し、また泣きそうになってしまった。恥だ。

 

 ハーマイオニーに手を引かれるまま、ジュリアは階段を上がり、部屋に戻った。ハーマイオニーが手を放してくれないので、ジュリアはハーマイオニーのベッドに並んで腰かけることになった。

 

 

「……ごめんなさい、ジュリア。私まで傷口を抉るようなことをしちゃったわ」

 

「大丈夫だ、ハーマイオニー。大丈夫」

 

「本当に?」

 

「あたしがハーマイオニーに嘘ついたことあったか?」

 

「隠し事はいっぱいしてるわね」

 

 

 静かに笑って、少しずついつも通りの空気が戻ってきた。

 

 しばらく、ベッドに腰かけたまま、寄り添っていた。壁掛け時計が示す時刻は8時半。普段ならとっくに新聞配達を終えて、ハーマイオニーと一緒に朝食を食べている。

 

 朝食のことを考えたら、ジュリアのお腹が鳴った。

 

 

「朝ごはん食べ損ねちゃったわね。……お菓子、食べちゃおっか」

 

「栄養バランスってご存知か、お嬢ちゃん」

 

「お肌が荒れたりしたときに魔法薬で整えるものでしょ、知ってるわ」

 

「悪い子になったな、ハーマイオニー」

 

「違うわ。ジュリアが魔法をかけたのよ」

 

 

 また、静かに笑った。

 

 2人は蛙チョコレートを食べ、かぼちゃジュースを飲んだ。ハーマイオニーはニコラス・フラメルのカードを引いた。ジュリアはコーネリウス・アグリッパだった。2人とも著名な錬金術師だ。

 

 

「あーあ、もっと早くこのカードを引いてたら、随分楽にことが進んだのに」

 

「あたしはハーマイオニーならもっと早く気づくと思ってたけどな。ニコラス・フラメルは今でもボーバトンで講師をしてる有名な錬金術師だ」

 

「それなら近年の活動も本に残しておくべきよ。……で、ジュリアはいつから、どこまで気づいてたの?」

 

「聞きたいか?」

 

「パーソナルデータの開示を要求します」

 

「へいへい。そうだなあ、どこから話したもんか」

 

 

 足を伸ばして、漫然とばたつかせて、それからジュリアはゆっくりと語りはじめた。


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