ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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家族からの誕生日プレゼント

 静かな寝息を立てはじめたハーマイオニーをそっとベッドに横たえ、タオルケットをかけてやる。お菓子を食べて、甘いものを飲んで、歯も磨かずに寝るなんて、すっかり反抗期のご様子だ。

 

 小さいころ、ジュリアも歯磨きについては随分と躾けられた。しかし、それはジュリアにとって牙が武器だからだ。ジュリアの母はジュリアが生きていく上で必要なことを徹底して叩き込んだが、必要でないことに関しては無頓着だった。服の選び方、ジョークのセンス、音楽。そういったものは全てバイト先で覚えた。

 

 ジュリアは想像する。もし母が生きていて、今のジュリアを見たら何と言うだろうか。ロックを聴き、栄養バランスの整った食事をし、親友とバドミントンをする。しかも……家族ができた。流石の母も驚くのではないだろうか。

 

 家族。

 

 自分に用意されたベッドの隣に、小さな2つの包みが並んでいる。ダンおじさんと、アリソンおばさんからの誕生日プレゼントだ。プレゼントをもらう、それも出会って数ヶ月も経たない大人に。ジュリアにとってはまったく予想外の出来事だった。安全な寝床を用意してもらえるだけでも感謝しきれないというのに、誕生日を祝ってくれまでする。信じがたいことだ。

 

 光沢のある紺色の包装紙で覆われた2つのプレゼントを手に取る。グレンジャー夫妻はジュリアの髪の色を見て包装紙を選んでくれたのだろう。ジュリアもこの色には思い入れがある。紺色は母の色であり、自分の色でもあるからだ。封蝋、スニーカー、鞄のベルト。色を選ぶことができるものはできるだけ紺色を選んでいる。ちょっとしたこだわりだ。

 

 リボンを解き、破かないよう丁寧に包装紙を開いていく。まずはアリソンおばさんの分から。紙箱に収められた堅焼きビスケットが2ダース、それからバースデーカード。ジュリアはビスケットを1枚取り出して口にする。小麦の優しい甘みがじわりとしみ出てきた。どうやら砂糖を使っていないようだ。なんとも歯医者らしいチョイスにクスリと笑って、バースデーカードを開く。

 

 

「ジュリアへ。12歳の誕生日おめでとう。私たちはあなたが来てくれたことをとても嬉しく思っています。あなたのおかげで家はいつにもまして活気にあふれるようになったし、ハーマイオニーが誰かと楽しそうに走り回っているのを見るのは初めてかもしれません。本当にありがとう。そんなあなたの健康な食生活のために、ビスケットを焼きました。我が家の特別レシピです。これからの1年間が、素敵で快適なものでありますように。アリソンおばさんより」

 

「我が家の特別レシピ、か」

 

 

 唾液で柔らかくなったビスケットを奥歯で噛んでいると、ジュリアの頭に不思議なイメージが浮かんだ。小さいハーマイオニーがビスケットを両手で抱えてサクサク囓っている。次第にそれは増えていき、物欲しそうな目でジュリアを見上げてくる。そして、ジュリアに群がり、這い上がり、ビスケットの箱まで辿り着く。彼女たちは満足そうにそれを手にする。

 

 ハーマイオニーがビスケットを食べる姿はなんとなく見たかったが、これは1人で堪能させてもらおう。ジュリアはベッドの脇に備え付けられた自分用の小さな棚にビスケットの箱を収めた。この棚に何かが入るのは初めてだった。

 

 ダンおじさんからは、三日月のチャームがついた銀のブックマーカーだった。アンティークのようで、少し傷があるもののよく手入れされている。もちろんバースデーカードも入っていた。

 

 

「ジュリアへ。12歳の誕生日おめでとう。ハーマイオニーがホグワーツに行って、真っ先に寄越した手紙の末尾に書いてあったのが君のことだったんだ。素敵な友達ができたと聞いてとても嬉しかったよ。君は活発で、ワイルドで、感情豊かだが、時折驚くべき冷静さと賢明さを見せてくれる。君みたいな子どもにプレゼントをするのは初めてだから、随分悩んだよ。気に入ってくれると嬉しい。よい日々と、よい読書を。ダンおじさんより」

 

 

 思い返してみると、ジュリアの私物に本というものはあまり多くない。母の蔵書は遺言に従ってあちこちに送られたそうだし、独りで暮らすようになってからは本を買う余裕も、置いておく場所もなかった。静かで知的な時間を求めて立ち読みをしたり、古本屋で店番をしたりはしたが、自分で所有している本というのは教科書や参考書くらいだ。

 

 ジュリアはウェストポーチから財布を取り出して、小銭といくらかの紙幣を数えた。喜ばしいことに、新聞配達のバイト代も少しずつではあるが貯まりつつある。この素敵なブックマーカーに見合う本を探すのも楽しいかもしれない。たとえば、昔のバイト先で途中まで読んだ『指輪物語』を全巻揃えてみるのもいい。ジュリアの中でフロド・バギンズの旅は灰色のガンダルフがモルゴスのバルログと相討ちになったところで止まっているのだ。ジュリアはガンダルフのことが気に入っていたので、大きなショックを受けた。

 

 ジュリアはウェストポーチからレターセットを取り出して、グレンジャー夫妻宛ての手紙を書き始めた。今はまだ面と向かって無邪気にお礼を言える気分ではない。それでも、喜びと感謝を伝えたかった。

 

 それに、家族に宛てた手紙というのも悪くない。

 


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