ジュリアは笑いすぎて腹筋が痛かったし、ハーマイオニーはお怒りのご様子だった。なぜなら、ハリーとロンが空飛ぶ車でロンドンからはるばるホグワーツまでやってきて、暴れ柳に突撃したからだ。退校処分になったという噂まで流れていたが、ジュリアの予想が正しければ、ダンブルドアはそんな”些細”なことでハリーを退校処分にするような人物ではない。
そして予想通り、英雄たちがグリフィンドール寮の談話室に現われた。マグルの服装のままだ。
2人は盛大な拍手で迎えられ、背中を叩かれ、口笛を吹かれ、にやけ面で男子寮へと向かっていった。ハーマイオニーやパーシーは説教するつもりでいたようだが、この混み具合では耳を引っ張るどころか近づくのも困難だろう。きっとグリフィンドールの全員が起きていた。
「もう、あの2人ったら、信じられない! ジュリア、笑い事じゃないのよ!」
「だってよお、馬鹿、マジで馬鹿! ハリーも馬鹿、ロンも馬鹿、一番馬鹿なのはウィーズリーおじさんだ! 空飛ぶフォード・アングリア! くっそ、腹痛い」
ダイアゴン横丁でロンから受けた報告が正しければ、その車はハリー救出作戦の要となったものだ。空を飛び、透明になり、車内は拡大呪文で快適。それが暴れ柳に殴られて禁じられた森に逃げ込んでいる。ジュリアは今すぐにでも禁じられた森に行ってその車を探したい気分だった。
「あの2人は『未成年魔法使いの制限事項令』に違反しているわ、ああ、もう!」
「いやー、笑った笑った。しかし、あれだな。車飛ばしても許されんなら、家で魔法の練習くらいさせろよな」
「それは確かに……そういう問題じゃないのよ、ジュリア!」
誤魔化し誤魔化し、ハーマイオニーをベッドまで連れていく。ひとまずハーマイオニーは落ち着いたようで、怒りから呆れと心配に移行しつつあった。
「2人とも、きっとひどい罰則を受けるでしょうね」
「それなりにはな。加えて、我らが寮監の眼光が突き刺さったことだろうよ」
「マクゴナガル先生の目から魔法が出るって噂流したの、ジュリアでしょ」
「あたしは考えただけ、流したのはフレッドとジョージ」
「もう、また居残りさせられるわよ。それじゃ、おやすみ」
「おう、おやすみ」
久しぶりのホグワーツから眺める月だ。ジュリアは窓際にスツールを引き寄せて、この冷たくも優しい光を堪能することにした。
大広間で魔法の天井に覆われながら食事を取ると、いよいよホグワーツに戻ってきたという実感が湧いてくる。ハーマイオニーは銀のミルクピッチャーに『バンパイアとバッチリ船旅』を立てかけてニシンの燻製をちまちまつついているし、ネビルはふくろう便で忘れ物が届くのをそわそわと心待ちにしている。
「ハーマイオニー、文字は栄養にはならねえぞ」
「わかってるわ、食べてるわよ」
「いいや、食べてねえよ。ほら、あーん」
「ん。……なにこれ」
「ニシンの目玉」
「もう、ジュリア!」
ようやく自分の手でニシンに取りかかったハーマイオニーを横目に、ジュリアはトーストにたっぷりのベーコンと卵を載せてかぶりついた。栄養バランスの整った食事もいいが、たまには羽目を外したい。今がその時だ。
そのとき、ハリーとロンが下りてきた。
「おはようさん。初日からぶちかましたな」
「おはよう、ジュリア、ハーマイオニー。スネイプとマクゴナガルにこってり絞られたよ」
「ロン、それが当然なの、当然」
ロンがうんざりした顔で天井を見上げた。
ちょうどその時、フクロウの大群が大広間にやってきて、あちこちの生徒に小包やら封筒やらを落としていった。ネビルのところには随分と大きな小包が――大包という言葉があればまさにそれだろうとジュリアは思った――届いた。彼の忘れ物たちだ。
ジュリアの手元にも一通の封筒が落とされた。一見飾り気のないシンプルなものだが、透かしでセブルス・スネイプのサインが入っている。封蝋は黒みがかった銀。いいセンスをしている。
しかし、スネイプからの手紙を開封する間もなく、灰色の羽毛の塊がミルクピッチャーめがけて落下してきた。このままでは見事な着水――いや、着ミルクか――を見せ、辺り一面にミルクと羽毛をばらまくだろう。ジュリアは咄嗟の判断で杖を抜き、盾の呪文を展開した。
ミルクを防ぐことができるかいまいち自信がなかったが、ジュリアとハーマイオニーは新学期早々ミルク浸しになることを免れた。ハーマイオニーの『バンパイアとバッチリ船旅』は些細な犠牲だ。
ミルクピッチャーからフクロウの足が飛び出ている。見覚えのある足だった。
「エロール!」
ロンが悲鳴を上げて、びしょ濡れのそれを引きずり出す。中々奇妙な光景だ。灰色のフクロウがミルクピッチャーに頭から突っ込み、それを少年が救出する。ホグワーツでもあまり見ることができないシュールさにダンブルドアが加点してくれるかもしれない。
引きずり出されたフクロウは気絶しているようだったが、それでも任務は果たしたと見えて、嘴に赤い封筒を咥えていた。ふやけていないあたり、何かしら魔法のかかったものなのだろう。ロンがまた悲鳴を上げた。
「今日はよく鳴くな、ロン」
「冗談言ってる場合じゃないよ……ママが、ママが『吼えメール』をよこした」
吼えメールとはなんぞや。払拭呪文と乾燥呪文をロックハートにかけているハーマイオニーも知らない様子だし、ハリーもぽかんとしている。ただ一人、ネビルだけが沈痛な面持ちでロンに声をかけた。
「ロン、開けたほうがいいよ……僕もばあちゃんに送られたことがあるけど、放っておいたら……」
この先は口にするのも憚られる、とでも言わんばかりの顔だ。ロンもネビルも、まるで爆発物が届いたような目でそれを見ている。ここは魔法界だ。爆発する手紙があってもおかしくない。ジュリアはもう一度盾の呪文を展開する準備をした。
そして、ロンが怯えながらも封を開くと、手紙は「爆発」した。
「ロナルド・ウィーズリー! 車を盗み出すなんて、退校処分になって然るべきです! 昨夜ダンブルドアから手紙をいただきました、あなたの悪行の一部始終を説明していただきましたよ! おまえもハリーも、一歩間違えば死ぬかもしれなかった……! それに、お父さんはお役所で尋問まで受けたのですよ! いいですか、今度ちょっとでも規則破りをしたら、わたしの手で退校させますからね!」
手紙は大広間中に聞こえる爆発音で怒鳴り散らすと、ようやく満足したと見えて、燃え上がり灰になった。ジュリアはまだ耳が麻痺している気がした。ジュリアメモ。ウィーズリーおばさんは声で失神呪文を放つことができる。少なくともハリーとロンを呆然とさせ、ジュリアに頭痛を引き起こし、ハーマイオニーが驚いて椅子から落ちかける程度の破壊力はある。
大広間に笑いと喋り声が戻ってきても、まだハリーとロンは固まったままだった。ハーマイオニーがようやく元通りになった『バンパイアとバッチリ船旅』を閉じ、呆れた様子でロンに視線を向ける。
「お気付きでしょうけど、ロン、これはあなたにとって……」
「当然の報いって言いたいんだろ」
「耳だけ失神呪文食らった気分だ、くそ……。まあ、なんだ。今年は少しパーシーかハーマイオニーを見習うのが身のためってもんだな」
「ご忠告どうも」
ロンはやけになってオートミールをがちゃがちゃとかき混ぜるようにかき込んでいた。親の車を盗み、法を破って空の旅を楽しみ、挙げ句の果てに老木を傷だらけにして車を逃がす。これだけやらかしておいて罰則と遠隔説教くらいなら、ましなほうだろう。
マクゴナガルが2年生の時間割を配りはじめた。初日はハッフルパフと薬草学だ。ジュリアにとって一番の楽しみは魔法薬学だが、その次に来るのは薬草学だろう。なんといっても温室は新鮮な素材の宝庫だ。それもかなりの量があるので、少し頂戴する分には都合がいい。
ジュリアは気分をよくして、スネイプからの手紙を開いた。
「昨年度の諸々を受けて、君からいくつかの報告を受ける必要があると判断した。今年の個人授業についても日程を組む。加えて、場合によっては渡すものがある。鞄を忘れないように。本日放課後、執務室に来ること。S.S.」
ジュリアはますます気分が高揚した。何を報告させられるのかはわからないが、少なくとも彼は今年も個人授業を継続してくれるらしい。その上、何やらもらえるようだ。スネイプはどうでもいいものを押しつけるような人物ではない。期待が高まる。いい一日になりそうだった。