ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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マンドレイクは中々高価

 なぜかスプラウトと一緒にギルデロイ・ロックハートがいる。これだけでまずけちがついた。暴れ柳の”正しい”治療法とやらをスプラウトに押しつけたらしく、スプラウトの機嫌が悪い。またけちがついた。しかし、大きな錠前のかかった3号温室に入った途端、ジュリアはそれらを些事として片付けた。

 

 ずらりと植木鉢が並び、その前に耳当てが置かれている。耳当てが必要な薬草。ジュリアの予想が正しければ、滅多にお目にかかれない植物だ。

 

 

「今日はマンドレイクの植え替えをやります。マンドレイクの特徴がわかる人は……おや、ミス・マリアット、いつにもましてご機嫌ですね。答えてみなさい」

 

「マンドレイク、あるいはマンドラゴラ。根茎が醜い人型をしていることで有名だが、重要なのはそこじゃない。正しい手順で根茎から成分を抽出すれば、魔法薬、呪い、毒物、そういったもので変容した生き物を正しい形に復元することができる。幅広い解毒剤に用いられていて、価値が高い。健康に成熟したものでまだ生きているものを扱うとしたら、1株あたり10ガリオン、いや、もう少し高くつくか? 株分けが難しくないおかげで量はそこそこ出回ってるが、引き抜く時の悲鳴が命取りなせいで相場が跳ねてる感じがするな。初めて現物にお目にかかる……!」

 

 

 スプラウトも幾分機嫌が回復したようだった。

 

 

「完璧な説明ですね、10点あげましょう。自分で貴重だと言ったのですから、ポケットにうっかり転がさないように。見逃しませんからね。さて、ミス・マリアットが説明したとおり、マンドレイクの泣き声は命を奪います。しかし、これはまだ幼体ですから、せいぜい気絶程度で済むでしょう。気絶したくなければ、私が手を上に挙げて合図をするまで耳当てを完全につけているように。それでは、耳当て、つけ!」

 

 

 全員が耳当てをつけたのを確認してからスプラウトが植木鉢から苗を引き抜くと、土まみれの不気味な赤子――マンドレイクの根茎が現われた。ジャガイモのような頭がイヤイヤと首を振って泣き喚いているようだ。肌は緑がかっていて、健康体そのもの。ジュリアは是非とも入手したかったが、流石に置き場がなかった。

 

 スプラウトの模範の後、4人1組で植え替え作業を始めた。ハリーはマンドレイクに指を噛まれていたし、ロンは持ち上げすぎて鼻を蹴られていた。ジュリアも太ったマンドレイクを力づくで植木鉢にねじ込んだころには、すっかりこの醜い赤子に愛想が尽きていた。やはり薬草は使う側がいい。

 

 次は変身術だ。へとへとになって温室から脱出し、泥を落として、教室に向かった。

 

 今年度最初の課題はコガネムシをボタンに変えることだったが、ジュリアはこれにも苦戦させられた。胴体に集中すれば脚の生えたボタンになり、脚を消そうと頑張れば潰れたコガネムシに4つ穴があいたものが生まれる。授業が終わるころにはなんとかコガネムシ色のボタンが完成したが、これが期末試験なら少々減点を食らうだろう。

 

 隣でハーマイオニーが3つ目のボタンを完成させた。上等なコート用の見事な金ボタンだ。彼女はコガネムシさえいれば替えのボタンに困ることはない。コガネムシを持っていてボタンがない状況は想像がつかないが。

 

 ジュリアが渋い顔のマクゴナガルにひとまずの及第点をもらって席に戻ると、ロンが煙の中で折れた杖を振り回していた。教室に広がり始めた煙からは腐った卵の臭いがする。

 

 

「そいつはもう使いものにならねえと思うぞ、催涙ガスの練習をしてるんなら話は別だが」

 

「修理は……したんだけど……こん畜生!」

 

 

 ロンのコガネムシが潰れた。

 

 今度は腐った卵の煙幕から脱出し、大広間で昼食にありついて、ジュリアはようやく一息つくことができた。どんなときでもベーコンは裏切らない。卵のまろやかさもトーストの甘みも悪くない。ベーコンエッグトーストがジュリアを癒やしてくれた。

 

 午後の授業が闇の魔術に対する防衛術だものだから、ハーマイオニーはすでに鼻歌でも歌い出しそうな様子だった。相変わらず『バンパイアとバッチリ船旅』をミルクピッチャーに立てかけ、微笑すら浮かべている。少々不気味だ。

 

 不気味という点についてはハリーも同意見のようで、おそるおそるジュリアに声をかけてきた。

 

 

「ジュリア……ハーマイオニーのあの調子、どうしちゃったのさ」

 

「授業が楽しみなんだとよ、ハリー」

 

「それはいつものことだよ。なんか、こう、雰囲気が違う」

 

「ロックハート・ハートロック・シンドローム」

 

「なんて?」

 

「なんでもねえよ。……ほら、ハーマイオニー、あーん」

 

「ん。……またニシンの目玉じゃない!」

 

 

 恋の病から一時的に回復させるには、げてものを食べさせるのがいい。ジュリアはまたひとつ賢くなった。


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