ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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それぞれの個人授業

 ジュリアがスネイプと個人授業の約束を今年も取りつけたのを知って、黙って見ているハーマイオニーではなかった。

 

 まずハーマイオニーは金曜の午前に「呪文学」の授業でいつにも増して実力を発揮し、それに加えて制御不能に陥りロンの手から「発射」された杖をジュリアに素早く指示して掴ませ、ぎりぎりのところでフリットウィックを守った。優雅で、熱心で、親切。完璧な優等生だった。

 

 そして、上機嫌のフリットウィックに穏やかな口調でお願いをしはじめた。昨年度の成績、決闘チャンピオンへの憧憬、より高度で複雑な呪文への挑戦意欲、切れるカードを全て切って、ハーマイオニーはフリットウィックとの個人授業を取りつけた。木曜の3コマ目だ。

 

 ハーマイオニーはさらに前進する。

 

 ジュリアを掴んでマクゴナガルの執務室に駆け込むと、ジュリアがスネイプに個人授業を受けていること、友人として自分も負けたくないこと、教えあい高めあうためにはジュリアの弱点科目である「変身術」が望ましいと考えたことなどをまくしたて、マクゴナガルとの個人授業まで取りつけた。金曜の5コマ目だ。

 

 この2つの個人授業について、ジュリアの予想が正しければ、これらはきっと授業内容の補完と発展から始まるだろう。ジュリアがスネイプと行っているような訓練とは幾分異なる。しかし、それでハーマイオニーが成長するのは喜ばしいことだ。さらに言えば、ハーマイオニーが個人授業を受ける「変身術」と「呪文学」はジュリアの苦手科目であり、ハーマイオニーを通じて自分も少しは成長できたらさらに喜ばしい。ジュリアの密かな企みである。

 

 何はともあれ、夕食の席でより密度の高まった時間割を抱えたハーマイオニーはご満悦だった。

 

 

「このペースでいけば主席はもらったようなもんだな、ハーマイオニー」

 

「油断はできないわ。個人授業をお願いした分、今まで以上にしっかり勉強しないと」

 

「それ以上しっかり勉強するとロンの杖みてえに脳みそがすっぽ抜けるんじゃねえか。ほれ、サンドイッチお食べよ」

 

「だめ、食べなさい。ママに報告しておきますからね、ホグワーツでの食生活のこと」

 

 

 ジュリアは慌ててサンドイッチにかぶりついた。ハムとキュウリだ。ジュリアはキュウリの奇妙な匂いが苦手だった。メロンの皮を囓っているようでひもじくなるのだ。何が楽しくて衣食住を得たのにこんなものを食べなくてはならないのか。それでも、ハーマイオニーが睨みを利かせているので、ジュリアは仕方なくキュウリを飲み込んで食事を済ませ、寮に向かった。

 

 ハーマイオニーの気分をさらに高めたのは、ジュリアが膨大な量の蔵書を獲得したことだ。最初はクィレルの遺品と聞いて顔をしかめていたが、スネイプの手によって編纂された蔵書リストを目にすると一気に喜色満面となった。

 

 

「すごい……神話、伝説、伝承、物語。知らない本ばっかりだわ!」

 

「静かに、他の連中が起きちまう。マグルの学術書、研究書が大半だとさ。あたしがちゃんと読めるようになるまでどれくらいかかるかわからねえけど、まあ、あんたとの共有財産だ」

 

「どうしよう、こんなにいっぱい……家に図書室を作る必要があるわ」

 

「ハーマイオニー、あたしらがなんの学校に通ってるか覚えてるか?」

 

 

 どうにもハーマイオニーは興奮すると魔法の存在を忘れる節がある。たとえば、「薪がないわ!」である。いずれ魔法界に馴染むにつれてこの傾向も薄れていくだろうが、ジュリアはそれまでこの適応過程を観察して楽しむことにした。

 

 本のトランクがウェストポーチに入ることを確かめ、本のトランクから本を呼び出せることを確かめて、ハーマイオニーは10分もの間リストを睨みつけ、最終的に『火の起原の神話』を呼び出してベッドに向かった。あれはきっと夜更かしするだろう。明日が土曜日であることを言い訳にして、遅くまで読むに違いない。

 

 案の定、杖灯りがハーマイオニーのベッドから漏れ出ているのを見て、ジュリアは肩をすくめてリストを丸めようとした。その時ひとつのタイトルが目に入った。セイバイン・ベアリング=グールドの『人狼伝説』だ。

 

 魔法界に人狼の歴史をまとめた書物があるという話は聞いたことがない。もしあれば1年生の「闇の魔術に対する防衛術」でクィレルが紹介していただろうし、ジュリアの事情を知っているハーマイオニーが挑戦しているだろう。では、マグル界ではどうか。マグルが言い伝える人狼の全てが本当の人狼であるとは限らないし、また人狼の歴史の全てをマグルが言い伝えているとも思えない。しかし、読まないよりは意味があるのではないだろうか。

 

 ジュリアはしばらく考えてから、トランクを再び開き、『人狼伝説』を呼び寄せた。

 

 この本にもやはりクィレルの書き込みが多く残されていた。紹介されている事例と魔法史に残る事件を照らし合わせていたり、伝承とその地域の環境を組み合わせて考察していたり、もはやクィレルによる増補と解説が加えられた新版になっている。そのおかげでジュリアにもいくらか読みやすく思えた。

 

 しかし、今すぐ読み耽ってわかった気になってしまうのはもったいないような気がして、ジュリアは最初のページにブックマーカーを挟み、ウェストポーチにしまった。

 

 

「人狼、ねえ」

 

 

 ジュリアが人狼それそのものに関心を抱き始めたのは、グレンジャー家に定住するようになってから、より正確にはグレンジャー夫妻と交流するようになってからだ。ハーマイオニー、すなわちヘルミオネー。ジュリアはマグル界の図書館でギリシア悲劇を漁った。絶世の美女ヘレネーの娘に産まれ、父の命でアキレウスの息子に嫁がされ、夫を殺したオレステスの妻となる。グレンジャー夫妻がどこまでこの物語を知った上で名付けたのかはわからないが、これがハーマイオニーの”源”だ。

 

 ジュリアは自分の先祖について興味を持ったことはなかったが、自分の呪いについてであれば興味があった。つまり、人狼とは何者なのか。どこからきて、どこへゆくのか。漠然とした思いでしかない。しかし、生活に余裕とゆとりができた今、興味を捨てる必要はなかった。

 

 これはクィレルとジュリアの個人授業だ。『人狼伝説』を軸に、クィレルが引用している文献、ベアリング=グールドが引用している文献の両方を読み解く。最終課題は人狼の”源”に辿り着くことだろうか。

 

 じっくり取り組もう。そう決めて、ジュリアはもうひとつの個人授業で出された課題――剣の魔法についてのスネイプによる調査記録を開いた。こちらもじっくり取り組まなければならない。


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