ジュリアは少しだけ苛立っていた。今年こそはパンプキンタルトを堪能する気でいたし、パンプキンパイをかぼちゃジュースで流し込む贅沢をしようと思っていたし、かぼちゃプディングにも挑戦したいと思っていたのだ。だから、自分の死んだ日を祝うゴーストのパーティーなどというものには、正直に言って微塵も興味がなかった。
「絶命日パーティー? パスだパス、あたしは絶対に行かねえかんな。かぼちゃの馬車があたしを待ってんだ」
「でも、きっと生きているうちに招かれた人って、滅多にいないと思うの。面白そうじゃない?」
「行けなかったと行かなかったの違いだろ。ロン、イモリの尻尾の分量が違うぞ」
談話室で羊皮紙を前に唸るロンの面倒を見ながら、ジュリアはハーマイオニーの提案を素っ気ない態度で蹴った。それどころか、ハーマイオニーの興味をなんとか絶命日パーティーから逸らしたいとすら思っていた。なんといっても昨年度のハロウィーンは散々であったし、たとえあの事件が4人を結束させる切っ掛けになったとしても、それはハロウィーンパーティーをハーマイオニーと楽しめなかった事実を帳消しにするわけではないのだ。
目下、ハーマイオニーを誘導する有力な手段はロンだ。魔法薬学の課題を抱えている。そしてそれをジュリアが世話している。最低限のヒントと指摘しか与えていないおかげで、ロンはかなりの苦労を強いられており、機嫌がよくない。そしてその不機嫌は絶命日パーティーにも向けられている。
「自分の死んだ日を祝うなんて、死ぬほど落ち込みそうじゃないか……。それより、スネイプのこれをやっつけるの手伝ってよ」
「落ち込むかどうかはわからないわ。私、死んだことはまだないから。そういえば、ゴーストってどうやってなるのかしら」
「魔法史のビンズ先生は暖炉の前で居眠りして、翌日の授業に出ようとして魂だけ抜けちまったらしいぞ。ロン、その量の催眠豆は致死量の煮豆だ」
「ああ、もううんざりだ……で、君たちは行くんだろ? その、絶命日パーティーとかいうやつに」
レポートの添削をしながら、ジュリアはこの厄介な状況を理解した。ハリーはほとんど首なしニックに出席の約束をしてしまっている。ハーマイオニーはゴーストに興味津々。2人が行くならなんだかんだで付き合いのいいロンは同行する。そうなると3対1。ジュリアも連行されることは目に見えているのだ。
ハーマイオニーがどうしても行くというのであれば、ジュリアはもうお手上げだった。ジュリアにとってハーマイオニーは親友であり、冷静なジュリアも感情的なジュリアも親友とのイベント共有を望んでいる。それが陰気で凍てつく絶命日パーティーであろうと、陽気で温かなハロウィーンパーティーであろうと、結局ジュリアはついていくのだ。
「行きましょうよジュリア、きっとすごく興味深いわ。それに、ずっと昔のお話を色々聞けるかもしれないし、ホグワーツの外から来るゴーストと交流できる貴重な機会でもあるし――」
「オーライ、どうあがいても行きてえってことは変わらねえんだな。わかったわかった、ついてく。でもまずはロンを進級させる準備からだ」
ロンの羊皮紙に記述されたレシピは、本来「だらけ薬」を完成させるためのものだが、いつの間にか濁った毒性のある煮豆を量産する非効率的な方法に置き換わっていた。魔法薬学に関して言えば、ハリーとロンが前学期にそこそこの成績を取っていたのが不思議なくらいだ。ひとまずジュリアはロンに教科書を真面目な態度で読ませるところから始めることにした。
ハロウィーンが近づくにつれて、ハリーも絶命日パーティーへの出席をキャンセルできないかと考え始めたようだった。しかし、そこに待ったをかけるのがハーマイオニーだ。この秩序と正義の女神は「約束を反故にする」ということを認めないらしい。おそらくそこにはゴーストと絶命日パーティーへの興味という私欲が多分に含まれているが、少なくとも言っていることは正論で、ハリーは出席を余儀なくされた。そうなると必然的にロンとジュリアもついていくことになる。
一方でホグワーツはハロウィーンムードに沸き立ち、まだホグワーツのハロウィーンパーティーを知らない1年生たちにまでその期待と幸福感は伝播していた。ハグリッドが育てた巨大かぼちゃが運び込まれ、それこそそのまま馬車にでもなりそうな提灯となって大広間に置かれている。
ダンブルドアが余興に「骸骨舞踏団」を予約したという噂までジュリアたちの耳に届いた。「骸骨舞踏団」といえば、魔法界で最高に人気な劇団だ。一説には本物の人骨を――それも、一流ダンサーの人骨を使っているとされるその舞台は、さぞ見事なものだろう。
ジュリアは知恵を絞ってなんとかハロウィーンパーティーに引き返す方法を模索したが、ハーマイオニーに手を取られ、じめじめして薄暗い地下牢へと進んでいた。ひどく陰気で、不幸感を煽る雰囲気が漂っている。黒板を引っかくような、極めて耳障りな”演奏”にジュリアは鳥肌が立つのを感じた。
「やあ、ニック。なんというか……おめでとう、でいいのかな?」
「その言葉と、なにより招待に応えてくれたことだけで私の死も報われるというものです。ハリー、親愛なる友よ」
絶命日パーティーのホストを務める悲しげなニックに軽く挨拶をして――寒さと不快感が、軽い挨拶をする程度の余裕だけを残して気力を根こそぎ奪っていった――4人は会場を見て回った。
確かに、時代も死に様も様々な何百というゴーストたちが幽かな浮遊音とともにワルツを踊る光景はそう見ることのできるものではない。シャンデリアには群青色の火が灯され、空間の神秘性をより一層高めている。
ハーマイオニーが言うとおり、興味深い話を聞くこともできた。スコットランドを最初に治めた王、ケネス・マカルピンの給仕係からはスコットランド王国がどのようにして成立していったか、その始まりとホグワーツの4人の創設者について語ってもらえた。彼は魔法史の教科書を編纂しているバチルダ・バグショットに取材を受けたこともあるそうだ。また、ポッター家がスティンチコームのリンフレッドという12世紀の魔法使いまで遡ることのできるピクト人の一族であることにこの給仕係は大変喜んでいた。
しかし、鋸で奏でられる異音のオーケストラ、吐息も凍るような寒さ、腐って蛆の湧いた食事、なにもかも明らかに、そして当然ながら、ゴーストのためだけにある空間だった。
丁寧な言い方をすれば、そう、謹んで辞去して然るべきであると4人は理解した。そして、招待客に会釈をし――よりにもよってピーブズに会釈した生徒は自分たちだけだろうと、ジュリアは確信した――、できるだけすり抜けないように気をつけて、この不完全に死んでいる空間から立ち去ることを選択した。
まさに葬式的な宴会場から抜け出して、それこそ葬式に参列してきたかのような表情でロンがぼやいた。
「デザートがまだ残ってるといいな」
「あたしはまだかぼちゃパイの可能性を信じてるぞ。食えてちゃんと味がするならかぼちゃパイのゴーストでもいい。あたしの腹がかぼちゃを求めてんだ、かぼちゃを」
「この際、あったかい食べ物ならなんでもいいわ……」
4人はすっかり絶命日パーティーの神秘性、つまり吐き気を催すほどの寒気にあてられていて、ジュリアはハーマイオニーの繋いだ手が震えていることをしっかり感じていた。やはり生者が楽しむのは生者の祭りに限る。ジュリアはかぼちゃのポタージュが一口でも残っている可能性に期待した。最悪、ジュリアは買い溜めしておいたジャーキーで誤魔化せるが、ハーマイオニーには温かいものが必要だ。
しかし、玄関ホールまであと少しというところまで来て、唐突にハリーが立ち止まった。
「ハリー、早く行こうよ」
「声だ」
「声?」
「ちょっと黙ってて……こっちだ!」
ジュリアの耳には届かない何かがハリーには聞こえている様子だった。ロンもハーマイオニーも困惑した表情を浮かべているところを見るに、その声は少なくとも4人の中でハリーにだけ聞こえているものであることに間違いない。
ジュリアは考える。いくらホグワーツ城とはいえども、音に指向性を持たせるような――つまり、集団の中で一人だけに特定の音を届けるような仕組みがあるという話は耳にしたことがない。では、ハリーは何を聞いているのか。可能性としてありうるのは、絶命日パーティーでハリーに何かが憑いたという説だ。しかし、ほとんど首なしニックがそのような悪さをする客を招待するだろうか。ほとんど首なしニックの善良さを疑うのは難しいが、ゴーストの倫理観は生者にわかるものではない。特に、他の参加者に関しては。
ハリーは玄関ホールを通り過ぎて2階への階段を駆け上がっていった。相変わらずジュリアにはハロウィーン・パーティーの喧噪しか聞こえないが、ハリーが何かの音、もしくは声を追っているのは確かだ。
情報が不足している。ジュリアはハリーの後を追いつつ、耳をそばだてた。聴覚においては一頭地を抜くジュリアを以てしても、その声は捉えられない。ハリーにしか聞こえない声。どうやらそういうことで間違いないようだった。
「ハリー、声はなんて言ってる?」
「殺してやる、腹が減ったぞ、って」
状況はひどくまずいものであるとジュリアは判断した。ゴーストの悪戯にしては悪趣味が過ぎる。ゴーストがどのような力を持っていて、なにができるのか、そういったことをジュリアは知らない。しかし、たやすく何かを殺すことができるものを招待客として認めるほど、魔法魔術学校としてのホグワーツが杜撰な警護をしているとは思えない。
ホグワーツ城に眠る仕掛けが目覚めたか、あるいはホグワーツ城に潜む何かが動き出したか、もしかするとヴォルデモートの残滓がハリーと呼応しているか。正体はわからないが、殺意を持ったものが安全であるとは思いがたい。
ジュリアはホルスターから杖を抜いた。
「ハリーとあたしは声を追う。ハーマイオニー、ロンを連れてマクゴナガル先生のところへ。ハリーにしか聞こえない、無差別な殺意を表明する声が移動してる。ハリーとあたしが追跡中だが、あたしらの手に負えるとは思えねえ。いいか、大至急だ」
「ジュリア、一体何が……」
「頼んだぞ、ハーマイオニー。場合によっちゃ命の危機だ。ハリー、声を追ってくれ。後ろはあたしが受け持つ」
困惑した表情で、しかしロンを連れて大広間に向かったハーマイオニーを背にして、ジュリアはハリーを追った。現状、ジュリアは不可視の存在に対する攻撃方法を持ち合わせていない。それはハリーも同じことだろう。しかし、運がよければ――つまり、相手が実体を持っていて、呪いが効くようであれば、多少の足止めはできる。
誰もいない3階の廊下を駆け抜けながら、ジュリアは考えた。今回はイージーなゲームとは言い難い。なぜなら、すでにジュリアの嗅覚が鉄臭い塩気のある匂いを、血の匂いを捉えていたからだ。犠牲が出ている。ただの悪戯ではない。
「止まれ、ハリー」
角を曲がる寸前に、ジュリアはハリーのローブを掴んで止めた。匂いが近い。何かがいるとしたらここに間違いないが、何者の気配もしない。姿のないものか、あるいはすでに去ったか。
「ハリー、声はまだ聞こえるか」
「いや……もう聞こえない」
「そうか……よし、そいつが何者かは心当たりがねえ、そうだな?」
「うん」
「なら、殺意剥き出しの腹ぺこ野郎が立ち去ってるのを祈るのみだ。杖を。3つ数えたら突入だ、いいな? 3、2……1!」
ジュリアとハリーは同時に廊下へと飛び出た。
床にできた水たまりから汚臭が漂っている。そして、その水たまりをちらちらと照らす松明の腕木に、猫が――ミセス・ノリスがぶら下がっている。
一見死んでいるようだが、ジュリアの感覚はそれを否定していた。死体特有の、物になってしまったような、気配が落ち抜けてしまったような感覚がない。それよりもむしろ、死んでいないのに止まっている、そう、生きていないが死んでもいないような雰囲気をジュリアは感じ取っていた。
なにより、濃厚な血の匂いはミセス・ノリスから発せられたものではなかった。壁面にまだ乾ききっていない赤が文字を形作っている。
「……秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ」
秘密の部屋。継承者。敵。何もかもが謎のまま、ジュリアはマクゴナガルが到着し驚愕の声を上げるまで、固まったミセス・ノリスをじっと見上げていた。