ハリー・ポッターと獣牙の戦士   作:海野波香

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なんともわくわくする魔法薬学

 クィレルの「闇の魔術に対する防衛術」は一番の期待外れだということでジュリアたち4人の意見は一致していた。特に鋭い嗅覚を持つジュリアにとって、あのニンニク臭は強い効果をもたらす。他の教科の内職をするのも難しく、一方で無理して集中してまで得るもののある授業ではない。

 

 意外にも「魔法史」に関しては、運のいいことにジュリアの母が歴史マニアだったおかげで苦戦せずに済んだ。つまり、ビンズの催眠音波に身を委ねてぐっすりでも問題はなさそうだった。ハーマイオニーはそれをあまり快く思っていないようだったが。

 

 

「おはようさん、ハリー、ロン。今日は早いじゃねえか」

 

「おはようジュリア。今日はなんとか迷子にならずに下りてこれたんだ。……すごい量のベーコン」

 

 

 ジュリアの皿を見てハリーが眼鏡の奥で緑色の目を見開いたが、ジュリアからすればこの程度の厚切りベーコンはちょっとしたお茶会のお菓子のようなものだった。

 

 昔はよく空いた時間で猟に出て、捕まえてきたウサギやらキジやらを母にグリルしてもらった。寄生虫がいたら虫下しを調合するのが面倒だからという理由でしっかり火が通っていたが、あれはあれでおいしかった。ジュリアはなんとなくそのことを思い出しながら、ベーコンサンドベーコンにかぶりつく。

 

 

「金稼ぎと食事と親孝行」

 

「なんだいそれ」

 

「やってねえと後で後悔することだ、ロン。ほら、食いなよ」

 

 

 二人が席についてオートミールを”少しだけ”皿に盛るのを見ていると、ヨーグルトにとりかかっていたはずのハーマイオニーから厳しい声が飛んできた。

 

 

「ジュリア、あなた栄養バランスってご存知?」

 

「知ってる、肌荒れとかしたときに魔法薬で整えるやつだろ」

 

「その年からサプリメントに頼ってると老後が怖いわよ、まったく。ロン、あなたもオートミールに砂糖入れすぎよ」

 

 

 自分に矛先が向いたと感じたロンは、慌てて話をずらした。

 

 

「ハリー、ヘドウィグだ! 手紙を持ってる!」

 

「え、本当? うわあ、僕……僕、手紙なんて初めてだ」

 

 

 ハリーは破るような勢いで封を開けた。煙と獣と木の匂いがするその便箋は、どうやらあの図体の大きな男、ハグリッドからの手紙のようだ。

 

 

「ハグリッドが、今日の午後にお茶しませんかって」

 

「おー、よかったじゃねえか。あと、初お手紙おめでとう、だ」

 

 

 ジュリアがハリーの頭を乱暴に撫で回すと、ハリーは愉快そうに笑った。

 

 もっとも、その愉快さも長くは続かなかった。育ちすぎたコウモリ――スネイプの「魔法薬学」は、どうやら楽しい薬品実験のお時間というわけではなさそうだからだ。

 

 スネイプが出席を取っていく。そして、ハリーの名前を読み上げるところで止まった。

 

 

「ああ、左様。ハリー……ポッター。我らが新しい――スターというわけだ」

 

 

 スリザリンの席から――席が決まっているわけではないが、二つの寮の確執を考えれば分かれるのが自然だ――クスクスと冷やかし笑いが聞こえた。ジュリアがちらりと目をやると、いつぞやの青白坊ちゃんとその取り巻きだった。

 

 あの坊ちゃんが余裕ぶっているということと、スネイプという教師が贔屓をするという噂は、噛み合うのだろうか。ジュリアは考える。もし噛み合うとすれば、あの坊ちゃんは可哀想だ。適切な評価を得られないまま成長した人間は自尊心や自己評価に問題を抱える。そういう大人をジュリアは何人も見てきた。

 

 そんなことを考えているうちにスネイプの演説が終わってしまった。名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法。なるほど、功名心の強いグリフィンドールとプライドの高いスリザリンを煽るには中々の表現だ。

 

 

「ポッター!」

 

 

 スネイプがハリーを指名した。別に彼は”まだ”なにもやらかしていない。

 

 

「アスフォデルの球根の粉末にニガヨモギを煎じたものを加えると何になる」

 

「わかりません」

 

 

 生ける屍の水薬。ジュリアは胸の中で答えるに留めた。アスフォデルの球根を粉末にするのには生のまますり下ろすのではなく下ごしらえしてから乾かす必要がある。カノコソウの根と催眠豆の汁も必要だ。実際は催眠豆を噛んでいても眠ることはできるが、起きることができる保証はない。

 

 ハーマイオニーが手を挙げていたが、無視された。

 

 

「有名なだけではどうにもならんらしい。もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけるにはどこを探す」

 

「わかりません」

 

 

 山羊の胃。ただし魔法薬を専門にしている魔女や魔法使いの倉庫を漁った方が早い。余談だが、ジュリアの母は山羊のアニメーガスだったが開腹してもベゾアール石は出てこなかったそうだ。

 

 ハーマイオニーがさらに高く手を挙げていたが、無視された。

 

 

「授業までに教科書を開いてみようとは思わなかったわけだな、ポッター。もっと易しい問題がお望みか。モンクスフードとウルフスベーンの違いは」

 

 

 ジュリアは思わず鼻で笑ってしまった。違いを答えよという問いに対して違いが無い場合は、”無し”と書けばいいのか、空欄にすればいいのか。しかもわざと4つの呼び名から長い名前だけ引っ張ってくるあたり意地が悪い。

 

 ハーマイオニーが立ち上がって手を挙げた。

 

 

「わかりません。ハーマイオニーがわかっているみたいですから、彼女に聞いてみてはいかがですか?」

 

 

 一瞬だけ、グリフィンドールからも笑い声があがった。しかし、スネイプの不快そうな視線が、それをすぐに鎮圧する。この男はデモ隊やストライキへの交渉人にも向いていそうだと思いながらジュリアは彼を見つめた。

 

 

「座りたまえ」

 

 

 スネイプがぴしゃりとハーマイオニーに言いつけて、不満そうなハーマイオニーが口を開く前に説明を始めた。生ける屍の水薬。山羊の胃。とりかぶと。この程度は子供のおままごとだと思っていたので、ジュリアは正解していたところで喜びを露わにしようなどとは思わなかった。

 

 

「……諸君、なぜ今のをノートに書き取らんのだ? ポッター、その無礼な態度でグリフィンドール1点減点」

 

 

 ジュリアは口から出そうになった「そらあんたが威圧的で早口だからだ糞ナード」という言葉を呑み込んだ。この教師に露骨な態度で逆らうつもりはない。教師に逆らうメリットがまずそれほどないし、彼は母の友人だったと聞いていたからだ。まさかここまで性悪だとは思っていなかったが。

 

 一応ノートを取るふりをして――崩した筆記体というのはいいものだ。適当に線を引いているだけでも見分けがつかない――、それから二人一組で調合の実習に入った。

 

 

「ハーマイオニー、干イラクサを量ってくれ。葉の刺毛に気をつけろ、そいつが薬効のメインだ」

 

「わかったわ。でも、聞いたことないんだけど、それ、なんの参考書に載ってるの?」

 

「母さんの知恵袋。……そんな拗ねた顔すんなって、夜にでもまとめとくから」

 

「――ムーアクロフト」

 

 

 突然母の旧姓で呼ばれたので、ジュリアは反応が遅れてしまった。今まで母の旧姓で呼ばれる機会などなかったのだ。それを誤魔化すようにゆっくりとすりこぎを置いて、ジュリアはスネイプに返事をした。

 

 

「母なら随分前に死にましたよ、ご存知でしょうがね」

 

「……マリアット。先ほどグレンジャーと話していたことについてレポートにまとめて提出したまえ」

 

「うっす」

 

「それから、授業が終わったら我輩の研究室に来るように」

 

「うっす」

 

「……ムーアクロフトは君に礼儀作法を教えなかったのか」

 

「少なくとも生きてる間はあんまり」

 

 

 スネイプは無愛想な顔をもっと仏頂面にして、小さくため息を吐いた。これは減点かなというジュリアの考えが顔に出たのだろう、スネイプはジュリアに背を向けて話を続けた。

 

 

「今回は減点しないが、君の将来のために今後は周囲を見て努力するように。角ナメクジを茹ではじめたまえ」

 

「あざっす。ヘビの牙は……よし、よさそうだな。ハーマイオニー、あたしの銀メス取ってくれ、内臓抜くから」

 

 

 スネイプがマントを翻して去っていった。ジュリアは「あの人よく大鍋だらけの場所でマント羽織っていられるな」などとつまらないことを考えていたが、ヘビの牙が十分よく砕けたのを確認して次のステップに進んだ。

 

 ジュリアは片手で角ナメクジを押さえてもう片方の手で開腹をしていく。おそらく養殖の角ナメクジだとは思うが、野生のものが混じっていると生前に食べた内容物で薬をだめにしてしまうのだ。薬に関しては正確にかつ合理的に、というのが母の教えだった。

 

 

「ねえジュリア、ムーアクロフトって」

 

「母さんの旧姓。若いころスネイプ……先生とお友達だったんだと。ほら、山嵐の下処理しといてくれ」

 

 

 このあと、ハリーはもう1点理不尽な減点を食らった。ハーマイオニーは怪訝そうな顔でジュリアとスネイプを交互に見ていたが、賢明なことになにも口にしなかった。

 

 


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