ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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賢者の石【無垢なる切れ端】
継ぎ接ぎの子


 ――畏れよ、眠れ、捧げよ。

 

 磔を以て服従に抗せよ。

 死を以て磔に抗せよ。

 服従を以て死に抗せよ。

 

 我らはそこに辿り着いた。禁断を制する業を見出した。

 この秘奥を、三本の杖を持たせる器は、完全でなければならない。

 見た目などどうでもいい。その性質がどうなろうと関係ない。

 我らの究極の魔法を従えるに相応しき、強大な器があれば、それでいい。

 そして、完成した。この子こそは、必ずやかの邪悪を、闇の帝王を打倒するであろう珠玉の魔女となろう。

 些かばかり我らの――人の姿とは離れたし、この形になるまで幾らか壊れたところもある。

 恐らくまともな倫理観など持たないモノになろうが、文字通り些事だ。

 この子は人知れず育ち、あらゆる敵意、殺意を喰らい、強くなる。

 やがてこの世で最も強い殺意を嗅ぎ付け闇の帝王まで行き着いたこの子は、闇の魔法などものともせずヤツを打ち負かす。

 それは必然としてやってくる運命だ。我らがこの子を完成させた瞬間から決まった、世界の行く末。

 人知れず闇に抗ってきた正義の家系である我らの最高傑作が、この暗黒時代に終止符を打てぬ訳がない。

 

 

 闇の帝王を打倒する。そんないずれ訪れる栄光は――それからたった一年で水泡に帰した。

 

 

 『闇の帝王滅ぶ』――

 我らが仕留めんとしていた稀代の邪悪は、我らが何を成す前に消え去ったのだ。

 何処の馬の骨とも知れん輩が、余計なことを――そんな悪態すら、我らの口から出ることはなかった。

 全てが無意味となったのだ。

 この先新たな邪悪が生まれる可能性? 無いとは言い切れない。だが、それは我らが首級を渇望していた闇の帝王ではない。

 たとえ我らがそれを狙うことを決めたとて、少なくとも、この“ガラクタ”は無意味となった。

 求める首のなくなった怪物など、我らの恥にしかならない。

 喪失感を超えるこの怪物に対する苛立ちを、我らはすぐにでも忘れたかった。

 ゆえに、捨てた。

 何処とも知れぬ森の中へ。所詮まだ、独りで生きる術もない獣に過ぎない。

 我らは怪物の存在を記録から抹消した。もう二度と、思い出すことはない。

 地面に転がした怪物に見向きもせず、我らはその森を去る。

 ――遠くないところから狼の遠吠えが聞こえる、満月の夜のことだった。

 

 

 +

 

 

 悪夢のクライマックスから覚めるように、その男が意識を取り戻したのは唐突だった。

 疲労感に倦怠感。いつも感じるそれらとは異なるものが、その日にはあった。

 あまりにも大きな喪失感。それはいつもの“これ”の影響で生まれたものではなく、“これ”の前から数日間引きずっていたこと。

 その満月の夜、「しまった」という後悔をふと抱いた直後、男はほんの少しだけ期待していた。

 次に我を取り戻したとき、全てが元通りになっていれば、と。

 当たり前に近付いてくる満月の夜を憂鬱に感じていたことから、少し悪い夢でも見ていたのだと。

 だが、意識と同時に取り戻した、あまりに鮮明な喪失感は、これが現実だと如実に語ってくれる。

 親友たちが闇の帝王に殺された。それは、どこまでも現実だった。

 

 ジェームズが、リリーが。大事な親友が二人も、一夜のうちに殺害されたという事実を、男は受け止め切れていなかった。

 残されたのは、彼らの息子だけだと聞く。幸か不幸か一家の全滅には繋がらず、そして闇の帝王は彼らの家への襲撃を最後に滅んだ。

 闇に与していないにも関わらず、闇の帝王の最期という魔法史に残るだろう明るいニュースを、男は一切喜ぶことが出来なかった。

 それよりも大きな悲劇が、彼をそうさせなかった。

 あの一家の在り処は秘密の守人であり親友の一人でもあるシリウスが断固として守っていた筈だ。

 だというのに、何故――まさか――。

 そんな考えたくない推測を、まさか本人に聞いて確認する訳にもいかず、男はずっと考えていた。

 そうしているうちにシリウスは、残った親友であるピーターをも殺し、遂にはアズカバンに投獄された。

 度重なる衝撃で結果己がしなければならない日課も忘れ、満月の夜を迎えてしまったのだ。

 月が見える前ギリギリでその事実を思い出し、どうにか近くの森の出来る限り奥深くに転がり込んだ。

 我を失う直前の判断が幸いし、どうやらこの日、己は誰を手に掛けることもなかったようだ。

 周囲を見渡し、死骸の一つもないことを確認し――男は崩れ落ちる。

 我を取り戻したところで、そこにあるのは絶望のみ。

 であれば、自棄のままに暴れまわる、忌み嫌う夜の姿の方がマシというものだ。

 もしも――もしも自分が、秘密の守人になっていれば。

 決して闇に落ちることはないし、真実薬にだって抗ってみせる。磔にも服従にも屈するつもりはない。それこそ、死ぬまで彼らの秘密を守り続けていただろう。

 もし、たら、れば――今思っても、ただ後悔が増すばかり。

 男のすすり泣く声を聞くものは、辺りにはいない。

 人気のない森のど真ん中。こんなところに足を踏み入れるのは世捨て人くらいのものだ。

 ゆえに、男は後悔に涙を流す。

 顔を伏せ、誰も見ている訳がないのに、隠すように。

 そうして、数分が経っただろうか。

 男の泣き声が止まった。体に走った、ほんの小さな違和感によって。

 針が何本か刺さった、いや、軽く肌に当てられた程度の、軽い感触。

 

「……ん?」

 

 普段であれば、冷静に、素早く対処していたことだろう。

 だが、その日の男の判断は遅れていた。

 ゆっくりと、足元に目を向けて――その瞬間、男は自身を満たしていた絶望を忘れた。

 

「……なっ……」

 

 赤子、だった。まだ一歳やそこらだろう子供が、男の足に噛みついていた。

 歯も噛む力も発達していないゆえ、どちらかというと痛いよりむず痒い。

 追い払おうとして、流石に違和感を覚える。

 何故こんなところにこんな子供が……思わず男は抱きかかえる。

 それは、人の子に見えた。

 だが、人としては見慣れないものがある。

 

「人……じゃないのか?」

 

 その子供は本来あるべき側頭部に、耳が無かった。

 代わりに、少し上――白銀の髪の中に、ピクピクと動く()のような耳があった。

 そして、手の指先。

 人はここまで爪が鋭くない。力の関係で、男はそれを突き立てられていても何ともないが、うまく使えば柔らかい皮膚なら引き裂いて余りある。

 そして、髪と同じ白銀の尻尾。

 黄金色の瞳の真ん中にある黒い瞳孔は、鋭く、力強く、爛々と輝いている。

 それはまるで、人と狼が半端に混ざったような、奇妙な姿だった。

 申し訳程度の衣服代わりなのか、黒い襤褸切れを纏った、人のような何か。

 辺りをもう一度見渡してみても、周囲に親らしき人影は見当たらない。

 この不思議な子供がこんな森の中にいることに、男は幾つか推測を立てた。

 何らかの突然変異によって生まれた奇形。もしくは、発見例のない新種の亜人。

 後者であれば、この森に棲息している種だとすれば筋は通る。だが、この大きさで取り残されているのは不自然だ。

 前者であれば――親は現れないだろう。そちらが正しいとすれば、ほぼ間違いなくこの子は忌み嫌われ捨てられた、ということだ。

 たとえ、そうだとして。

 男に出来ることなどなかった。

 人かどうかもわからない。人だとしても、体質ゆえ就職難である男にこの子を食べさせていくことなど出来ない。

 

「……だけど」

 

 男は善人だった。

 この子を育てるなんてことは出来ない。

 だが、この子に希望を与えてやることならば――出来ないでもなかった。

 

「……騎士団も暫くは慌ただしいだろうが……ダンブルドアなら何か知恵をくれるだろう」

 

 彼には、信頼に足る賢者がいた。

 闇の帝王すら恐れた、今世紀最高の魔法使いが。

 彼のもとへ連れて行き、生の可能性を与える。それくらいは、してもいいだろう。

 たとえこの子が闇の帝王が作り出した怪物であったとしても、害のないらしい今であれば対処も効く。

 これも縁だと、男は子供を抱え、森を出る。

 なおも肩に噛みつく子供に、先日の事件以降初めての苦笑を漏らす。

 その頃、男は――リーマス・ルーピンは知らなかった。

 この子の運命を。そして、この子によって変わる自分の運命を。

 そして、この子と――ジェームズとリリーの忘れ形見によって変わる、魔法界全体の運命を。

 

 

 

 それから、当たり前のように十年が経った。

 始まりの日と同じように森を歩くリーマスの手には、一枚の手紙と衣服が一揃えある。

 服はリーマスが着ているみすぼらしいものとは違い、幾らか良い質のものだ。

 暫く森の奥に向かえば、森の中で目立つ()()はすぐに見つかった。

 

「アルテ」

 

 名前を呼ばれた少女がリーマスに顔を向ける。

 一糸纏わぬ肌にこびりついた血。それは少女のものではなく、何のものかは簡単に想像がついた。

 その手にぶら下がっている、腹から引き裂かれたウサギのものだろう。

 

「――リーマス」

 

 口元の血を拭って、少女――アルテはリーマスの名を呼ぶ。

 初めて会った時から、少女は随分と成長した。

 とは思いつつも、毎日見ている以上リーマスは見違えたという感想は抱けないが。

 白銀の髪は背中まで伸び、尖った耳はピンと立っている。

 鋭い切れ長の目に、警戒心はない。

 尻尾は垂れ下がっているが、アルテの感情を表すようにリーマスを見たと同時に若干揺れ動いた。

 白銀を一層際立たせる浅黒い肌。指先の爪は、()()人のものとなっている。

 

「アルテ。いつも言っているだろう。肉を生で食べるんじゃない。あと、服を着なさい」

「服は動きづらい。着たくない」

 

 文句を言いつつも、リーマスにされるがままに服を着るアルテ。

 その最中にリーマスが杖を振れば、アルテにこびりついた血は最初から無かったように消え去った。

 

「それは?」

 

 服を着ている最中、リーマスが火を通してやっていたウサギの肉を齧りながら、アルテは彼が持っていた手紙を指差す。

 聞いてはみたものの、アルテはその正体を薄々分かっていた。

 

「何だと思う?」

「ホグワーツ」

「正解だよ」

 

 アルテはリーマスから聞かされていた。そろそろ自分宛てに、ホグワーツから手紙が来ると。

 曰く、十一歳になったら手紙が来て、ホグワーツなる学校に行かなければならない。

 それがずっと昔から――本人の与り知らないところで――決まっていたらしい。

 

 

『ホグワーツ魔法魔術学校

 校長 アルバス・ダンブルドア

 マーリン勲章、勲一等、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

 

 親愛なるアルテ・ルーピン殿

 このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。

 教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は九月一日に始まります。

 七月三十一日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。 敬具

 

 副校長ミネルバ・マクゴナガル』

 

 

 途中の何とか勲章やら何とか会員やらは理解できなかったが、それが入学案内であることはわかった。

 毎年この時期になれば、その素質がある子供たちに入学の許可証という形で手紙がやってくる。

 しかしながら――この年は、形としては許可証ながら既に入学の決まっている子供が『二人』いた。

 そのうち一人が彼女であった。

 

 ――アルテ・ルーピン。

 あの日出会った子供は闇の帝王対策組織――不死鳥の騎士団に連れていかれ、やはりというべきか、闇の帝王の手先と疑われた。

 しかし、その疑いの幾分かは早々に晴れることになる。

 騎士団の本部にあった帝王ゆかりの品を見たこの子は、それをいとも簡単に破壊してしまった。不用意に触れれば死に至るような呪いをものともせずに。

 アルバス・ダンブルドアはその様子を見て、闇の帝王を倒すために何者かに作られた一種のホムンクルスと仮定した。

 数日様子を見て、少なくとも自分たちに危険はないと判断し、当面を騎士団援助のもとリーマスが育てることになったのである。

 子育ての経験などないリーマスだったが、想像よりも苦労はなかった。

 というのも、この子供の生命力の高さだ。

 援助があったとはいえ余裕のなかった経済面から、食事を取れない日も多かったが、この子は生き延びた。

 立って、走れるようになった頃には勝手に近くの森やら草原やらに出て獣を獲り食べることも始めた。

 喋るようになってから分かったのは、強力な生への執着心。

 決して死なない。腹が減れば野の獣を食らって生き延びるし、食糧がなくとも執念で生き延びる。

 そうして、己の生を第一とする少女はルーピンのもとである程度の倫理観を教え込まれながら育ってきた。

 少なくとも、自身が危害を加えられることなく、飢えることもなければ危険性は少ないと判断され、その本性を確かめる意味合いも込めてホグワーツへの入学は決定したのだ。

 

「前から言っていたように、アルテは絶対ホグワーツに行かないとならない。そこで魔法の使い方と、他人との接し方について学ぶんだ」

「わかってる。力を得て、将来ヴォルデモートを倒すために」

 

 ――衣服が嫌い。それでも、着てくれない訳ではない。

 ――生肉をも食べようとする。それでも、焼いてやればそちらを大人しく食べる。

 人を襲うようなことはないし、少し不愛想だが会話が出来ないこともない。

 そういう風に、リーマスなりに徹底的に倫理観を教え込んだのだが、この一点だけは、ずっと変わることはなかった。

 

「……その名は呼ぶな。闇の帝王は滅んだ。アルテの前に現れることはない」

 

 その考えは過ちだと、咎めるリーマス。だがアルテは納得せず、疑問の表情を浮かべる。

 

「それはおかしい。ヴォルデモートが死んだなら、何故わたしが生きている? わたしはヴォルデモートを倒すために生まれた。ヴォルデモートが死んだなら、わたしが生きている理由がない」

「あの人が死んだとて、アルテが生きていちゃいけないなんてことはない。いいかい? たとえアルテが生まれた理由がそうだとしてもだ」

 

 納得できていない様子のアルテの頭を撫でる。

 それが、彼女を大人しくさせる方法であると知っているからだ。

 

「……」

「さあ、忙しくなるぞ。明日は買い物に行こう。アルテの門出だ。このためにお金も貯めていたからね」

 

 たった一つ、変えることが出来なかったもの。

 それは生と相反するような、ともすれば自殺願望ともとれる彼女の異常なまでの使命感。

 闇の帝王――ヴォルデモートをその手で仕留めんとする意思。

 願わくば、ホグワーツでの生活で、彼女が他の生き方を見つけ出してほしい。

 リーマスは偉大なるダンブルドアや、教師の面々。そしてきっと出来るだろう友人たちに希望を託すのだった。




※人狼時も多分どうにかなってる。
※資金面は騎士団の援助でギリギリどうにかなってる。
※好きなものは肉。嫌いなものは服。
※闇の帝王絶対殺す精神は本能的なもの。
※冒頭のは別にまだ気にしなくても大丈夫。

初めましての方は初めまして、そうでない方はお世話になっております、けっぺんです。
相も変わらず趣味の限りを尽くし過ぎた話です。よろしくお願いします。

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