ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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存在証明

 

 

 部屋の奥にいたターバンの男を見て、ハリーは目を見開き、アルテは怪訝そうに首を傾げた。

 聞いていた者ではない。

 クィレルは笑いを浮かべた。いつもと違い、痙攣も、どもってもいなかった。

 

「……貴方が!」

「私だ。君にここで会えるかもしれないと思っていた、ポッター。一人余計者もいるがね」

 

 スネイプではなかった。だが、こんな場所にいる以上犯人であることは明らかだ。

 会話など不要だ。

 今この場で取り押さえれば、それで終わりだと、アルテは駆け出す。

 

「だ、駄目だアルテ!」

「やはり獣だな、ルーピン。この距離でその行動はあまりに愚かだぞ」

 

 ハリーの静止も聞かず走っていくアルテ。

 だが、あまりに距離が開いている。

 クィレルは優々と喋りながらも杖を取り出す。

 それから呪文を唱えるまで、十分に余裕があった。

 

「これがその代償だ。クルーシオ!」

 

 杖から無慈悲に放たれた閃光がアルテに突き刺さる。

 瞬間――

 

「が、ァ、あぁぁああああァァァ――――――――ッ!」

 

 いつも不愛想で静かなアルテが、ハリーの聞いたことのないような叫びを上げた。

 杖を介してアルテに飛び込んできたのは、ありとあらゆる苦しみだった。

 肌の表面から内部まで、満遍なく削り取られるような痛み。

 体の末端を針で刺し貫かれ、炎で焼かれ、切り刻まれていく。

 その体で感じ取ることのできる全ての痛みを同時に味わわされるような責め苦に、アルテは喉を枯らすほどに叫び身を捩らせる。

 

「あ、アルテ……!」

「っ……っ……」

 

 ようやく痛みから逃れたのか、痙攣しながらその場に伏すアルテ。

 クィレルはその様を鼻で笑うと、ハリーに再び目を向けた。

 

「アルテ……! な、何故貴方が! 僕はてっきりスネイプとばかり……」

「セブルスか。確かに、彼はまさしくそんなタイプだ。彼の傍にいれば誰だって、か、かわいそうな、ク、クィレル先生を疑いやしないだろう?」

 

 クィレルは普段の様子とは正反対の邪悪な笑みを浮かべる。

 ハリーは未だ信じられていない。こんな筈はないと、自身が陥った危機を思い出す。

 

「クィディッチの時、スネイプは僕を殺そうとした!」

「いやいや。殺そうとしたのは私だ。あのクィディッチの試合でミス・グレンジャーがぶつかった拍子に君から目を離してしまった。もう少しで箒から落としてやれたのに! スネイプが私のかけた呪文を解く反対呪文を唱えてさえいなければ、もっと早く落としてやれた!」

 

 クィディッチのデビュー戦。箒の不調は、スネイプが箒に呪いを掛けていたからだと思っていた。

 だが、それは真逆であった。

 落とそうとしていたのはクィレルだ。反対呪文でスネイプはハリーを守っていたのだ。

 

「もしかして、トロールも……」

「そうだ。私はトロールに特別な才能がある。あの時皆がトロールを探して走り回っていたのに、私を疑っていたスネイプだけがまっすぐ四階に来て私の前に立ちはだかった。結果トロールは君らとそこの獣に殺され、三頭犬はスネイプの足を噛み切り損ねた。散々だったよ――クルーシオ!」

「ッ、づ――ァア、ッ――!」

 

 腹いせのように、クィレルはもう一度杖を振るう。

 再び悲鳴を上げて地面を転がるアルテを、ハリーは見ていることしか出来ない。

 息が細くなっていくアルテを見下ろし冷たい笑みを浮かべたクィレルは、ハリーに背中を見せた。

 

「そこで待っていろポッター。私はこの中々面白い鏡を調べなくてはならない」

 

 その時、ハリーは気付いた。

 クィレルのすぐ奥にあるのは、「みぞの鏡」だ。

 己の最も深いところにある欲望を映し出す鏡。

 ハリーはこの鏡を見つけ、両親が映っていたことを見て、入り浸るようになった。

 それから暫く経ってダンブルドアに見つかり、隠されていたのだが、こんなところにあったのだ。

 クィレルは鏡の裏を調べ、そしてまた前に回る。

 目を見開き、食い入るように鏡に見入った。

 

「『石』が見える……! ご主人様にそれを差し出しているのが見える! でも一体石は何処だ!」

 

 興奮し、鏡を揺らすクィレル。

 ハリーはその背中に再び叫ぶ。彼の疑問はまだ尽きていない。

 

「でもスネイプは、僕のことをずっと憎んでいた!」

「その通りだ。お前の父親と彼はホグワーツの同窓だった。ああ、ついでにこの獣の父親――ルーピンもそうだ。知らなかったのか? ポッターとルーピンは仲間で、スネイプとは互いに毛嫌いしていた。だがお前を殺そうなんて思わないさ」

 

 初めて知った。

 ハリーとアルテの父が友人であったこと。

 そして、彼らがスネイプと犬猿の仲であったこと。

 そんなことはどうでもいいとばかりに、クィレルは鏡を叩いた。

 

「チッ……この鏡はどういう仕組みなんだ! どういう使い方をするんだ!」

 

 その時だった。

 クィレル自身から、別の声が聞こえてきたのは。

 

「――その子を使うんだ……その子を使え……」

 

 地の底から響くような、低い、低い声だった。

 全身に寒気が走る。ハリーにとってその声は、特別なまでに恐ろしいものだった。

 

「わかりました……ポッター、ここへ来い。ここへ来るんだ! お前も使うか。数は多い方が良いだろう」

 

 震えながら、ハリーはのろのろと鏡の前に歩いていく。

 そうしている間にクィレルはアルテの腕を引っ張り、鏡の前まで引き摺ってきた。

 

「鏡を見て、何が見えるかを言え」

 

 ハリーはそれを、ハッキリと見た。

 鏡の中のハリーが笑いかけた。ポケットに手を突っ込み、血のように赤い石を取り出す。

 そしてウインクをするとまた、その手をポケットに戻す。

 その瞬間、ハリー自身のポケットがずっしりと重くなった。

 ――賢者の石だ。

 驚きを隠せないハリーに、クィレルが待ちきれず聞いた。

 

「どうだ? 何が見える!」

「ぼ、僕がダンブルドアと握手しているのが見える、グリフィンドールが寮杯を獲得したんだ!」

「嘘をついている……!」

 

 再び聞こえた低い声が、ハリーの咄嗟の嘘を看破した。

 

「本当のことを言え、ポッター!」

「わしが話す……直に話す……」

「……ご、ご主人様。しかしあなた様は十分に力がついていません!」

「このためなら、使う力がある……」

 

 低い声に従うように、クィレルがターバンを解いた。

 ふらりと、アルテが頭を起こし、鏡を見る。そしてピタリと止まり、動かなくなった。

 そうしている間にクィレルのターバンが落ちる。

 ハリーは悲鳴を上げかけるも、声が出なかった。

 クィレルの後頭部には、もう一つの顔があった。

 蝋のように白い顔、ギラギラと血走った目、鼻孔は蛇のような裂け目となっている。

 

「――ハリー・ポッター……」

 

 声が囁いた。ハリーは動けず、何も言えない。

 

「このありさまを見ろ。ただの影と霞に過ぎない。誰かの体を借りて初めて形になれる。だが、命の水さえあれば、わしは自身の体を創造することが出来る。さあ、ポケットの中にある石を寄越せ」

 

 ハリーは無理やり体を動かそうとする。

 よろめきながら後ずさるも、顔が低く唸った。

 

「命を粗末にするな。わしの側につけ……お前もだ、獣のような娘よ。良いか? その鏡に映っているのはお前の望むものだ。お前がわしに従うならば、如何なるものも授けよう……」

 

 ハリーを更に絶望させるためか、顔はアルテに声を投げた。

 アルテは、呆然と鏡を見ていた。

 その顔はハリーが見たことのないもので――ある意味ではクィレルたち以上に、不安を駆られるものだった。

 

「……わたしの、望み」

「そうだ。お前は心を閉ざしているな……? 心は見えんが、どうせ下らん望みだろう。さあ、言ってみろ。わしがお前の望みを叶えてやろう」

 

 ようやく体から痛みが抜け始めたらしい。

 ふらふらと立ち上がるアルテは、体を震わせながら、もう一度鏡を見る。

 

「…………望み。わたしが、叶えたい、望み」

「っ……アルテ、駄目だ! コイツは嘘をついてるんだ!」

「クク……本当だとも。何を望む? 金か、名誉か。それとも……さあ、言ってみろ!」

 

 ――ハリーが何を言っているのか。顔が何を言っているのか。

 アルテにはもう、聞こえていなかった。

 その目に映る光景は――そう、確かにアルテの望みであった。

 

 アルテにのみ見える、黒い靄のような影。

 曖昧な、輪郭すらわからない靄の正体は分からない。だが、アルテには確信があった。

 その靄はゆっくりと、クィレルの後頭部に向かい、消えていく。

 曖昧であるのに、それが意味することは、アルテにははっきりとわかった。

 

「………………見つけた」

「え……?」

 

 ぼそりと呟かれた言葉には、アルテから出たとは思えないほどの、“喜色”に満ちていた。

 

「やっぱり、いた。わたしが生きているのは、間違いじゃなかった。わたしが生きている理由は、あった。生まれた理由は、まだ残ってた。見つけた。見つけられた……っ」

 

 ――その表情を、ハリーは生涯忘れることはないだろう。

 あまりにも浮かべ慣れていない、下手くそな笑み。機械のように引き攣っていて、目を見開いて鏡に見入っている。

 歯を見せて笑うその様は、まるで人ではないようで――途轍もなく、不気味だった。

 

「どうした! 望みはなんだ! それともわしに歯向かい、死ぬか!」

 

 顔が叫ぶ。ゆっくりと、アルテはそちらに向かって振り向きながら、言った。

 

「――わたしの、望みは…………お前だ」

「何……?」

 

 思わず、聞き返した。

 何を言っているのか、ハリーにもクィレルにもわからなかった。

 ゆえに、もう一度、ハッキリと、アルテは口にする。

 

 

「――――ヴォルデモート、お前が欲しい。わたしは――お前を殺したい!」

 

 

 瞬間的に降り抜かれた腕。鋭い爪が咄嗟に下がったクィレルのローブを切り裂いた。

 そうだ。見つけた。否、最初から分かって然るべきだったのだ。

 自身が生存しているのであれば、かの者が滅んでいない筈がない。

 不死を齎す秘宝を求める者など――彼以外あり得ない。

 あの顔こそが、アルテの望み。クィレルの後頭部に張り付いたヴォルデモート卿を殺すことこそが、アルテの悲願にして存在意義。

 ようやく見つけた。そして、間違ってなどいなかった。

 目を見開き、口の端を吊り上げた作り物のような笑顔のままに、もう一歩を踏み出し、追撃する。

 

「ッ、殺せ!」

「アバ――ひぃ!?」

「ぬぅ……っ!?」

 

 自身の名を臆面もなく、どころか不気味な笑いを浮かべながら呼ぶ小娘。

 自身の存在を知りながら、何の恐れもなくただ明確な殺意のみをぶつけてくる小娘。

 許されない。霞の如く零落しているとはいえ、闇の帝王にここまで不遜な態度を向けるなど。

 ヴォルデモートはクィレルに一言、命じた。

 クィレルは杖を振りかざし、その命に従うべく恐ろしき呪文を唱えようとして――アルテの目を見て、止まった。

 ヴォルデモートも、クィレルを通して感じ取る。感じ取ってしまう。

 その眼力。殺意。アルテから向けられる牙のような鋭い感情は、体という壁を貫いて、直接精神に突き刺さった。

 ほんの一瞬、ただそれだけ。ごく僅かな動揺。些事でしかない。

 だというのに、クィレルは杖を止めた。ヴォルデモートは己の動揺を自覚してしまい、屈辱に歯を食い縛り激昂する。

 

 ――畏れた。この帝王が、恐怖した!

 

 悟った。これは魔法だ。

 呪文を相殺するものではない。相手を攻撃するものでもない。

 杖を使わず行使された、ただ相手を恐れさせるだけの魔法。

 そんな魔法は、ヴォルデモートでさえも知らない。その、答えに行き着いたことによる正体不明さすら恐怖へと変わり、より大きな怒りへと転じていく。

 

「す、ステューピファイ! 麻痺せよ!」

「ッ」

 

 ここまで明確な恐怖など抱いたことのなかったヴォルデモートより早く復帰したクィレルの失神呪文がアルテに直撃した。

 崩れ落ちるアルテを一瞥することすらなく、ハリーに向き直ったクィレルは吠える。

 

「今すぐ石を寄越せ、ポッターッ!」

 

 このような気味の悪い小娘に構っている暇など無い。

 ヴォルデモートに残された時間は少ないのだ。こうしている間にも、賢者の石を奪い然るべき儀式を行わなければならない。

 だが、クィレルはハリーを侮っていた。

 確かにヴォルデモートは恐ろしい。だが、そんな帝王に恐怖することなく立ち向かった少女が、目の前にいた。

 ここまで付いてきてもらって、自分がそれ以下のことしか――黙って震えていることしか出来ないなど、自分の誇りが許さない。

 勇気ある者が集う寮――グリフィンドール生が、勇気でスリザリン生に負ける訳がない――!

 

「――やる、ものか!」

「――――殺せ! 殺せッ!」

 

 額の傷がズキズキと痛む。試験期間中の痛みが可愛く思えるほどの激痛だった。

 そんなもの、関係ない。

 にじり寄ってくるクィレルに対峙する。首を絞めようとハリーに手を伸ばしてきた。

 ハリーは咄嗟に、抵抗しようとクィレルの顔を掴む。

 

「――ぁ? ぁ、ああああ!?」

 

 クィレルの悲痛な叫びが響く。首を絞めようと伸ばされていた手は、ハリーを突き飛ばすのに使われた。

 ハリーが触れていた顔は無残に焼けただれている。

 なんら魔法を使っていた訳ではない。だが、勝機を感じた。

 クィレルに近付こうとしたハリーに、咄嗟にクィレルは杖を向けた。

 しかし、呪文が放たれることはなかった。

 

「――ッ――!」

「ギィ……ぁああ!?」

 

 失神呪文の直撃から想定される覚醒の時間などずっと先。

 まだ三十秒と経っていないというのに、アルテは起き上がりクィレルに爪を振るった。

 手首の動脈を切り裂き、痛みに思わず杖を落とす。

 何を置いても、この時クィレルは落とした杖を取りに走るべきだった。

 しかし次のクィレルの行動は、逃亡だった。

 目の前の“死”から逃げようとし、背を向ける。ゆえに、その敵の前にヴォルデモートを晒した。

 作られた笑みを刻んだアルテの眼差しが、その顔を捉える。

 飛びかかったアルテの爪は、ヴォルデモートの目を突き刺した。

 

「――――――――ッ!」

 

 声にならない叫びを上げるヴォルデモート。

 更にアルテはその顔を引っ掻き、鼻っ面に斜めに走る傷を刻んだ。

 そうしてから、その鼻を蹴飛ばしてハリーの元に跳び、ついでに拾い上げた杖をへし折る。

 跳んだ勢いを殺し切れず、転がるように倒れるアルテと入れ替わるように、ハリーは走った。

 起き上がろうとするクィレルの後頭部を――傷の刻まれたヴォルデモートの顔を抑えつける。

 額の傷の激痛がますます強くなる。クィレルの叫びが、ヴォルデモートの叫びが、近くから、遠くから聞こえる。

 ハリーの視界から色が消え、黒く染まっていく。

 か細くなっていくクィレルとヴォルデモートの悲鳴。確かに掴んでいた筈の顔の感触が無くなり、それと同時にハリーの意識も沈んでいった。

 

 

 

 消えていくその気配を、薄れゆく意識の中、アルテは感じ取っていた。

 遠ざかる。己が何より優先すべき、存在意義が遠くなっていく。

 

「……」

 

 理解する。それは、今手を伸ばしても届かないものなのだと。

 だが、その残滓に爪を立てることが出来た。

 その靄は消えたようだが――アルテには分かる。

 まだヴォルデモートは滅んでいない。何かしらの要因により、この世界に残っている。

 どんな外道な魔法を使っているのか。そんなもの、アルテには関係なかった。

 殺すべき存在が生きている。つまり――己はまだどうあっても、生きていなければならない。

 ヴォルデモートの全てを殺し尽くす。まだ霞でも残っているならば、それさえ一片残らず殺し切る。

 目の前に彼がいなくなったからか――アルテの表情はいつも通りの不愛想なものに戻っていた。

 

「……、……」

 

 変わっていない。己が成すべきことは、何一つ変わっていない。

 これは、最初の一歩に過ぎない。あの切れ端のような状態のヴォルデモートに爪が触れたならば、もう一歩踏み込めば更に深く手が沈む。

 また一歩踏み込めば、もっとハッキリとしたヴォルデモートにさえ、傷をつけられるかもしれない。

 不可能ではない。勝率がゼロでないと分かったならば、死ななければいつか勝てる。

 その確信に、大好物のステーキにありついた時とはまた異なる高揚感を覚えながら――アルテは意識を手放した。




※一年次に磔の呪文二回と失神呪文を立て続けに受ける系ヒロイン。
※アルテの初感嘆符。
オリジナル笑顔。
※帝王絶対殺す系ヒロイン一世一代の告白。
おい、魔法使えよ。
※ディフィンド(物理)
※エクスペリアームス(物理)
※オブスキューロ(物理)
※特性:いかく(相手の攻撃力を一段階下げる)
※ついに目的を見つけたアルテ。やったね。
※次回賢者の石編完結です。
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