目覚めはひどい眠気と気怠さが残った、憂鬱なものだった。
アルテは目を擦りつつ体を起こす。
特に痛みなどはなかったが、とにかく怠い。
どうやら暫く寝たきりだったらしい。体を伸ばしながら辺りを見渡すと、そこは医務室だった。
隣のベッドとは仕切りで区切られ、まるで自身が重篤患者のようだ。
アルテはさっさとベッドを出ようとして、ようやく、傍に立っていた老人に気付く。
「目が覚めたようじゃの。調子はどうかね、アルテ」
「……別に。いつも通り」
穏やかな微笑みを浮かべたダンブルドアに対し、アルテはどこまでも不愛想に答える。
ふと、いつかの出来事を思い出し、無意識に鼻をひくつかせたが、今日は何も持ってきていないようだった。
「……キミらが石を守ったことは、秘密になっておる。……学校の皆が知っている秘密じゃ」
「そう」
アルテにとっては、最早あの石がどうなっていようとも興味がなかった。
それよりも、大きなものを見つけたからだ。
石をヴォルデモートから守れたのであれば、後は残滓を殺すだけ。
もしも守れず、石を盗まれていたならば――不死が尽きるまで殺すだけだ。
破綻どころではない、意味不明な思考に一切疑問を持たず、アルテは決意を新たにした。
この心持を得ることが出来た。それだけで、アルテにとっては十分な成果だったのだ。
「話は聞いておるよ。ヴォルデモートに立ち向かい、ハリーと賢者の石を守った、と」
「守ってない。わたしは、ヴォルデモートを殺したかっただけ。誰を守るとか、何を守るとか、考えてなかった」
それは本心だった。アルテは確かにあの時、ハリーも賢者の石も眼中になかった。
ヴォルデモートを見つけた。今までの生は、持っていた存在意義は、無駄ではなかった。
そんな、体をいっぱいに満たすほどの歓喜のままに戦っただけだ。
――謙遜などではない本心を聞かされたダンブルドアは、僅かに目を見開いた。
目の前の少女がまた一歩、“壊れた”道へと進んでしまったことに対する驚愕と悲しみのためだ。
ハロウィーンの夜、アルテから聞いた彼女の存在理由を覚えている。
――ヴォルデモートを倒すため。
その、曖昧で、それゆえに希望のあった目的は、より鋭いものへと変じていた。
“倒す”から“殺す”。言葉の違いだけで、彼女の行動自体は変わらないのかもしれない。
だが、変わった言葉に込められた決意、殺意は、それ以前よりも遥かに強固だった。
まるで、本物のヴォルデモートと出会ったことでスイッチが入ったようだ。
そして何より悲しかったことは――ヴォルデモートを語る時のアルテの目は、まるで“初めての玩具を与えられた子供”のように活気に満ちていたこと。
本当に、それしか存在理由を知らないような純粋すぎる瞳は、この年齢の子供が持っていて良いものではない。
しかし“楽しみ”など微塵も抱いていない表情。目だけが爛々と輝くさまは、狂気そのものだった。
「……あ奴を倒し、目的は果たしたかの?」
「まだ死んでない。ヴォルデモートは生きている」
確かに、賢者の石さえあれば復活できるような靄が、未だ存在していた。
とはいえそれが滅び、その他にまだ彼が生きていると、アルテは確信している。
ダンブルドアも、彼が滅んだとは思っていない。彼の部下である死喰い人はまだ大勢いる。その中の誰かが、彼の復活について何かしらの秘策を持っている可能性は決してゼロではない。
だがダンブルドアの中でさえ、最悪の可能性の一つでしかないものを、アルテは疑いなく信じていた。
根拠はないのかもしれない。自分の中の、それこそ直感に等しいものかもしれない。
少なくとも、アルテの目的は彼女の中で未だ果たされていないことは、明白だった。
これは、危険だ。これ以上彼女の、この関心を突くようなことはしてはならない。
ダンブルドアは苦々しく思いながらも、ふと思い出した話題に切り替えた。
「――そうじゃ。キミのお父さん、リーマスはハリーのお父さんであるジェームズとは友人の間柄での」
「知ってる」
図らずもクィレルに聞いた。
ハリーとスネイプの確執に対する解答は、アルテにも少なからず関わってくることだったのだ。
ダンブルドアはアルテの答えを聞き、嬉しそうに目を細める。
「そうか、そうか。彼は大変に誠実で利口な生徒であった。グリフィンドールでの。同じく優秀じゃが少々規律を破るきらいのあるジェームズや他の友人の良きストッパーじゃった」
そう。彼がいなければ、ジェームズ・ポッターや彼の相棒とも言え
いたずら仕掛け人と己たちを称し、現在でいうウィーズリーの双子をより悪化させたような悪さを日ごとに行っていたような彼らではあるが、その中にいてリーマス・ルーピンは良心とも言える存在だ。
そのいたずらが最悪の結末になる予感がすれば、良いように動いてそれを回避する要領と引き際の良さを併せ持つ生徒だった。
「五年生の時には監督生にも選ばれての。今でも思い出せる。彼はあの年の誇りのような生徒じゃったよ」
「…………」
良くも悪くも――悪い面の方がやや多すぎる気もするが――彼ら四人、いたずら仕掛け人は忘れられない生徒だ。
ダンブルドアにとってだけではない。あの年からホグワーツで教鞭を執っている全ての先生が、そう思っているだろう。
ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックが歯を見せた笑いで先頭を駆け、その後ろを呆れた様子で、しかし楽しそうにリーマス・ルーピンが付いていき、最後尾をいつもおどおどして、しかし彼らから離れないピーター・ペティグリューが追いかける。
そんな光景は今も思い出せる。
リーマスは、アルテに話したことがないだろう。今や彼にとって、彼らとの思い出は回想するに辛いだけでしかなくなってしまった。
シリウスの裏切りによりジェームズとピーターは死に、シリウス自身はアズカバンに投獄された。
今や彼は一人きりだ。そしてそんな彼にとって、唯一の拠り所となり得るのが目の前の少女だ。
痛ましい運命にだけ愛されたような彼の希望は今、アルテしかいない。
それもまた、ダンブルドアが彼女に壊れたままでいてほしくない理由でもあった。
「キミは、お父さんのようになれると思っておる。優秀な生徒じゃ。特にマクゴナガル先生はキミを大きく評価しておった。キミ曰く結果的ではあっても、賢者の石や、大勢の生徒、そして魔法界をも守った。お父さんの誇りになれる、素晴らしい生徒じゃよ」
「…………」
アルテは何も言わなかった。何かを考えるように、俯くだけだった。
だが、小さくない何かを思わせることは、出来ただろう。
ダンブルドアはそれで良いと思った。人を一日で大きく変えることは出来ない。だが、少しずつ変えていくことは出来る。
ハロウィーンの出来事はその一因にはならなかった。だが、今回の出来事こそは違うだろう、と。
「さあ、今夜は学年末パーティじゃ。キミのお友達が来ているようじゃから、邪魔者じゃろうわしは戻るとするよ」
ゆっくりと立ち去っていくダンブルドア。
彼の姿が見えなくなって一分ほど経ったあと、慌てた足取りの足音が近付いてきた。
「アルテ! そろそろ起きないと――起きてる!?」
「嘘!? っていうか今ダンブルドアが出てこなかった!?」
「アルテっ……アルテ、泣いてる? ダンブルドアに何かされた!?」
目から一筋流れたものに関心はなかったけれど、今考えていたことは――いつも自分の周りで起こるものよりは、少しだけ温かく感じた。
学年末パーティの会場となる大広間は、大いに盛り上がっていた。
中でもスリザリンのテーブルの騒ぎっぷりは、ホグワーツのここ数年の宴の中でも随一だろう。
――学年末試験の最終日、学校に隠された秘宝である賢者の石が狙われた。
その魔の手は見事払われ、石は守られた。
石を守った者こそ、一年間で数多の珍伝説を打ち立てたアルテ・ルーピンだ。
共闘した者にグリフィンドールの、あのハリー・ポッターらがいたらしい。それだけが気に入らない点ではあったが、アルテが一年の最後に起こしたとびっきりの『アルテの時間』の前ではまったく些事だった。
卒業する七年生にとって、この一年、いつ起きるかもわからないサプライズは、まさに一年を通して行われた盛大な送別会だった。
一年を通してしょっちゅう聞こえてきた、迷惑なピーブズを追い回した逸話。箒に年がら年中揶揄われ、ある意味で一風異なる姿を見られることから妙な固定ファンも存在する飛行訓練の逸話。気に入らない後輩であるウィーズリーの双子を配下に加え、あれこれと命令していたという気持ちのいい逸話。あのグリフィンドール生を守ってやり、大いに恩を売ってやったトロール殺しの逸話。ダンブルドアに貢ぎ物をさせたという、出所は不明だが何かとにかく物凄い逸話。逸話。逸話。逸話……。
無論いくつか偽りはあるだろう。だが、今回のものはほぼ確かであり、ゆえにこそ盛り上がっていた。
スリザリン七年生は入れ替わり立ち代わりアルテに一言二言声を掛け、肩を叩いたり頭を(無論帽子越しで)撫でたり、終いには妙にテンションの上がった何人かに胴上げされかけ、ダフネたちが必死になって止めるという事態にまで発展した。
それだけではない。彼らの気持ちを有頂天にまで引き上げているのは、パーティの装飾だ。
緑が基調の蛇のエンブレムは、スリザリンのもの。それがそこかしこに装飾されており、このパーティの主役こそスリザリンであると証明している。
最早完全なまでに今年の勝利者となったスリザリンを阻むことは誰も出来ず、ひどく迷惑そうなアルテを中心に大盛り上がりする彼らを、他寮の面々は鬱陶しそうに睨みつけるばかりであった。
「――また一年が過ぎた」
その喧噪を落ち着かせんと、ダンブルドアが声を上げる。
いつものことだ。盛り上がっていたスリザリン生たちもひとまず席に着き、然るべき発表の瞬間を心待ちにすることにした。
「一同、ご馳走にかぶり付く前に老いぼれの戯言をお聞き願おう! 一年が過ぎ、君達の頭も以前に比べて何かが詰まっていればと思うが……新学年を迎える前に君達の頭が綺麗さっぱり空っぽになる夏休みがやってくる。その前に、ここで寮対抗の表彰を行うとしよう」
もう誰が語るまでもなく勝者は分かったようなものだが、それでも決まったやり方は存在する。
ならば、と校長による正式な発表を待つ。
その後ならば、もう誰が止めようと止まるまい。喉が枯れるまで騒ぎ、大いに食べ大いに飲んでこの学校を去るのだ。
「点数は次の通りじゃ。四位、グリフィンドール、得点を312点。三位、ハッフルパフ、352点。二位、レイブンクロー、426点。――そして一位、スリザリン、482点」
発表と共に、スリザリン生たちは声の限り、歓喜を叫んだ。
嵐のような歓声と床を踏み鳴らす音が大広間全体に響き渡る。
ただ一人、既にうんざりしているアルテだけが、耳を劈くほどの騒音に、思わず耳を隠す帽子を深く被った。
「よし、よし、スリザリン、よくやった。――しかし、最近の出来事も勘定に入れなければなるまいて。いくつか、駆け込みで点数を与えよう」
そんな喧噪の中でも不思議とよく通る声に、一瞬にして大広間は静まり返った。
一体何を言っているのか、ダンブルドアは。もう勝者など、決まっているというのに――
「えぇと、そうそう。まずはロナルド・ウィーズリー君。この何年か、ホグワーツで見ることの出来なかったような最高のチェス・ゲームを見せてくれたことを称え、グリフィンドールに六十点を与える」
顔が赤かぶのように赤くなったロンに与えられた点数に、グリフィンドールのテーブルが沸き上がった。
天井を吹き飛ばしかねないほどの歓声に、スリザリン生たちが嫌な予感を覚える。
「次に……ハーマイオニー・グレンジャー嬢。火に囲まれながら冷静な論理を用いて対処したことを称え、グリフィンドールに六十点を与える」
ハーマイオニーは腕に顔を埋めた。肩を震わせている辺り、嬉し泣きをしているらしい。
にわかにスリザリンのテーブルがざわつきだす。
この時点でグリフィンドールは二位にまで躍り出た。
いや――まだだ。この得点は噂が正しければ、賢者の石の一件で関係した面々だ。
秘宝を救った四人の生徒。それらが全てグリフィンドールという訳ではない。
「三人目……アルテ・ルーピン嬢。その、如何なる悪をも恐れぬ勇猛さを大いに評価したい。よってスリザリンには百点を与える」
そう、これだ。再びスリザリンはグリフィンドールを引き離した。
しんと静まり返ったグリフィンドールや、便乗していたレイブンクロー、ハッフルパフのテーブルと反対に、スリザリンのテーブルが爆発するほどに沸き上がった。
ダフネたちの防衛など意味を成さないほどの勢いでもみくちゃにされているアルテは、とりあえず帽子を必死で抑えていた。
――そんな中でも一部の物好き、主にグリフィンドールの当事者三人や、いたずら好きの双子は手を叩いていたが。
「四人目はハリー・ポッター。その完璧な精神力と並外れた勇気を称え、グリフィンドールに百点を与える」
四つのテーブルの歓声は、この時一つとなった。
スリザリンは、これで事件に関わった四人が終わり、グリフィンドールの逆転の目がなくなったと確信したから。
そして他の三寮は、最後の一押しを期待して。
「――勇気にも色々ある」
ダンブルドアが手を上げながら言った。
静かになっていく広間を見渡し、微笑みながら続ける。
「敵に立ち向かっていくのにも勇気がいる。しかし味方の友人に立ち向かっていくのにも同じくらい勇気が必要じゃ。そこで、わしは五十点を与えたい。他ならぬ――ネビル・ロングボトム君に!」
大広間が喝采で満たされた。
最後の得点を与えられたネビルは呆然と固まり、やがて皆に抱き着かれて人に埋もれ、見えなくなった。
合計点はグリフィンドールとスリザリン、同点だった。
喜んでいるのは四寮全て。片や――スリザリンの単独勝利を遂に阻むことができた。片や――複雑でこそあれ、どのみち勝利という結果は変わらない。
――まさか、とスリザリンは思っていた。
あと一点でも追加されていればこの結果はなかった。強いて言えばアルテがあと一点稼いでくれれば良かったのだが、これでも勝利は変わらない。
「やったよアルテ! ……アルテ? アルテどこ!?」
「ちょ、あそこ! 先輩たちに連れ去られてる!」
「ヤバいって尻尾見えるから!」
見ればいつの間にかアルテは自分の椅子から数メートル離れた場所で足をばたつかせながら飛んでは落ちを繰り返していた。
胴上げの要領で浮遊魔法を掛けているらしい。殆ど虐めの領域だった。
器用にもローブに包まることで尻尾は隠しているようだが、あのままでは耳とか尻尾がどうのという以前に女子として色々危ない。
慌てて上級生たちの群れに駆け込んでいく保護者三人。
別々の理由で狂乱する生徒たちの騒ぎは、最早先生たちにも止められなかった。
アルテの成績は、予想通り得意と苦手で大いに分かれることとなった。
スレスレの飛行訓練と対照的に、変身術においてはエリスをも超え、学年一位を見事獲得した。
最後の得点もあったことで寮への貢献点は百五十六点と二位のエリスを大幅に上回っていた。
とはいえ、貢献点と変身術以外においては殆どエリスの独壇場だった。
二位のハーマイオニーに大差を付け、総合得点で一位となったエリスは済ました顔でパーティの料理を楽しみ、他の生徒たちの大騒ぎにはまるで関与していない。
パーティの後、試験結果の発表という生徒たちの最後の試練を終えると、ホグワーツは夏休みに入る。
乗ってきたものと同じ汽車でキングズ・クロス駅に戻るのだ。
「じゃあ、アルテ、また新学期にね」
「ん……」
「休み中は手紙出すわ。……返してくれるわよね?」
「気が向いたら」
「……休み中に野生児に戻ってたりしないでよ?」
「知らない」
駅に着いたアルテは、そんな話をしながらリーマスを探す。
途中、ミリセントと別れ、パンジーと別れ、ダフネと別れ――
「アルテ!」
相変わらずのボロなローブを纏ったリーマスが、手を上げた。
そこに駆けていくと、リーマスは微笑みながらアルテの頭に手を置いた。
帽子の上からだろうと良くわかる、少し荒い撫で方。
しかしながら、アルテが最も落ち着くものであった。
「さあ、帰ろう。道すがら学校のことを教えてくれ」
「ん……体調は?」
「頗る良いよ。満月も遠いからね」
そんな話をしながら、アルテとリーマスは隣り合って歩く。
――気のせいだろうか。リーマスのローブの継ぎ接ぎが幾つか増えている気がした。
「そうだ。さっきの三人は友人かい?」
リーマスは、我慢ならないとばかりにアルテに聞いた。
ダフネら三人といるところを傍から見ていたのだが、随分と仲が良さそうに見えた。
アルテはその問いにほんの少し、時間をかけて、
「…………そう、かもしれない。よくわからない」
そう答えた。
リーマスはそれを聞いて、嬉しそうに微笑んだ。
まだそれをはっきりとは分かっていない。だが、もしかすると、と思えるほどに、成長していた。
リーマスにとってそれはアルテがホグワーツの一年目で得た、如何なる魔法よりも、そして話に聞いている偉業よりも、尊いものに思えた。
※お辞儀を得たアルテ(意味:wktk)
※涙の意味は分かってない。
※出所不明のダンブルドアに貢物をさせた逸話。
???「あれ? こんな時間に校長出歩いてるぞ」
???「姐さんのとこだな。俺たちみたいに貢物してたりして」
※送別会のレク扱いのアルテ。
※スリザリンにも入る得点。よってグリフィンドール贔屓がより露骨に。
※同時優勝だけど止まらないスリザリン。
※上級生に虐められるアルテ。
※変身術では学年一位。
※気が向いたら手紙出す。
※まだ友達かどうかは分からないアルテ。
※賢者の石編完結。次回からは秘密の部屋編となります。
一言で表せば『ロックハート無双』。アルテが胃痛でヤバい。