ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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無の一夜

 

 

 真夜中に目を覚ましたハリーは、痛みに小さく悲鳴を上げた。

 腕は大きな棘がギュウギュウ詰めになっているようで、何処が一番痛いのかすら分からない。

 それは、一割ほど自分のせい、残りの九割はあのロックハートのせいだった。

 昨日にあったクィディッチの試合。スリザリンとの戦いで、ハリーを執拗に狙うブラッジャーがあった。

 結局、腕一本を犠牲にしてスニッチを掴み取り勝利したのだが、ハリーにとって最大の災難はその後に待っていた。

 重い怪我だとは言っても、骨折だ。マダム・ポンフリーに頼めばそう難しくはない怪我といえた。

 しかしそれを治して見せようと現れたロックハートが杖を振るうと、折れた骨は綺麗さっぱり無くなったのである。

 骨折は大したことが無くても、骨を生やすとなると荒療治が必要になる。

 結果、一晩医務室に入院することになったのだ。

 骨を生やす薬は現在進行形で効果を働かせているようで、断続的な痛みは睡眠も満足に出来ないほどだった。

 

「……」

 

 薄暗い医務室には、ハリーの他には一人しかいない。

 その一人は、ハリーの隣のベッドに横たわっていた。

 搬送されてから一度も意識を取り戻していない少女。

 アルテは、ハリーが医務室に運ばれる少し前からここにいた。

 ハリーはその場にいなかったが、クィディッチの試合が終わり生徒たちが校舎に戻ったところ、校舎の外に傷だらけで倒れているのを発見されたらしい。

 傷は目にも及んでいたらしく、目まで包帯でグルグル巻きにされていた。

 マダム・ポンフリー曰く、治療の難度で言えばハリーの骨の再生の方が上らしいが、アルテのそれは早く対処しなければ命の危険があったとのことだ。

 今は一命をとりとめ、落ち着いているが、その息は依然として細いままだった。

 ――アルテが倒れていた現場には、継承者を騙る者に報いを与える旨の文章が書かれていた。

 アルテが継承者を名乗っていたことは一度もない。だが生徒たちの中では、彼女でほぼ確定だと囁かれていた。

 本音を言えばハリーは、アルテだけが疑われていた状況を、少なからずありがたく思っていた。

 アルテが継承者であるとは思っていない。ミセス・ノリスが疑われた現場にやってきたタイミングは同じだ。

 それでも彼女が疑われていれば、少なくとも自分に向く疑いの目は少なくなる――そう思ってしまったのだ。

 その結果がこれである。

 彼女が継承者だという疑いが深まり、彼女に恐れが集まるのを――本物の継承者は気に入らなかったのだろう。

 誰が本物の継承者か。ハリーたち三人はドラコを本命と見ている。

 アルテが襲われたのはクィディッチの最中だ。スリザリンのシーカーとして参加していたドラコにはアリバイがある。

 しかし、秘密の部屋の怪物を独自に動かし、アルテを襲撃したという可能性は十分に考えられた。

 同じ寮だろうと関係ない。マグル産まれも継承者を騙る不届き者も、彼にとっては同じものなのだ。

 ドラコから話を聞き出す算段は付いている。

 ゆえに、早くこの怪我を――骨を治さなければ。

 痛みを我慢して再び眠りに就こうとしたハリーは、その時ベッドの傍に立っている者に気付いた。

 ボロボロの枕カバーを身に纏った屋敷しもべ妖精――

 

「――ドビー!」

「ハリー・ポッター……貴方は学校に戻ってきてしまった」

 

 テニスボールのような目玉を濡らし、一筋の涙を流すドビーは、打ちひしがれたように呟いた。

 

「ドビーめが何べんも警告したのに。あぁ、何故貴方様はドビーの申し上げたことをお聞き入れにならなかったのですか? 汽車に乗り遅れた時、何故お戻りにならなかったのですか?」

 

 それを聞いたハリーは、訝しげに眉を顰めた。

 確かに、夏休みの最中、ドビーはハリーが住んでいるダーズリー家にまでやってきて、ホグワーツに戻ってきてはならないことを警告した。

 だがハリーにとってホグワーツは家も同然だ。戻らないという選択肢はなかった。

 そして――ハリーが汽車に乗れなかったことを、何故ドビーは知っているのか。

 

「……君だったのか! 僕たちがあの柵を通れないようにしたのは君だったんだ!」

「その通りでございます」

 

 ドビーが激しく頷いた。

 彼はハリーの夏休みを散々にしただけでは飽き足らず、危うく退学の瀬戸際まで追いやったのだ。

 

「それでもハリー・ポッターがホグワーツに戻ったと聞いた時、あんまり驚いたのでご主人様の夕食を焦がしてしまったのです。あんなにひどく鞭打たれたのは、初めてでございました……!」

「……ドビー、僕の骨が生えてこないうちにとっとと出ていった方がいい。じゃないと君を絞め殺しちゃうかもしれない」

「ドビーめは、殺すという脅しには慣れっこでございます。お屋敷では一日五回も脅されます」

 

 ホグワーツに入ってから、ここまで誰かに激情を抱いたのは、初めてかもしれなかった。

 今すぐ骨が治れば本気にしていたかもしれないというのに、ドビーは応えていないように弱々しく微笑んだ。

 それから、自分が着ている汚らしい枕カバーの端で鼻をかんだ。

 そのあまりに哀れな様子に、僅かばかりハリーの怒りが収まった。

 

「ドビー、どうしてそんな物を着ているの?」

「これは、屋敷しもべ妖精が奴隷だということを示しているのでございます。ドビーめはご主人様が衣服をくださったとき、初めて自由の身になるのでございます。ソックスの片方さえ渡してしまえば屋敷を去るからと、家族全員が気を付けているのでございます」

 

 屋敷しもべ妖精の制約であった。

 衣服を渡すということは、解雇の証だ。

 それが屋敷しもべ妖精にとって幸であれ不幸であれ、それは主との関係の終わりを意味する。

 ――ドビーが、それを望んでいることは明らかだった。

 

「ハリー・ポッターはどうしても家に帰らなければならない。ドビーめは考えました。ドビーのブラッジャーでそうさせることが出来ると!」

「君のブラッジャー!? 君がブラッジャーで僕を殺そうとしたの!?」

 

 再び込み上げてきた怒りに、ドビーは驚愕した。

 首をブンブンと横に振って否定し、甲高い声で叫ぶ。

 

「滅相もない! ドビーめは、ハリー・ポッターの命をお助けしたいのです! ここに留まるより大怪我をして家に送り返される方が良いのでございます!」

「その程度の怪我だって? 僕がバラバラになって送り返されるようにしたかったのは何故なの?」

「嗚呼、ハリー・ポッターがお分かりくださればよいのに!」

 

 ドビーはまたも、大粒の涙を零し始める。

 ハリーには、どうしてドビーがここまで自分を過剰なまでに家に帰そうとしているか、まるで理解できなかった。

 他の家に仕えているのであれば、ハリーのことは二の次である筈なのに。

 

「『名前を呼んではいけないあの人』が権力の頂点にあった頃、屋敷しもべ妖精の私どもは、害虫のように扱われておりました。でも貴方様が『名前を呼んではいけないあの人』に打ち勝ってからというもの、私どもの生活は全体に良くなったのでございます。ハリー・ポッターは、私どもにとって希望の道しるべなのです!」

 

 『名前を呼んではいけないあの人』――ヴォルデモートの治世において、屋敷しもべ妖精の立場は今より遥かに悪かった。

 それを打倒した。ドビーたちにとって、ハリーはまさに英雄なのだ。

 

「それなのに、ホグワーツで恐ろしいことが起きようと……いや、もう起きているのかもしれません。歴史が繰り返されようとしているのですから。またしても、『秘密の部屋』が開かれたのですから……ッ」

 

 恐怖でガクガクと震え、ドビーはベッドの脇机にあった水差しを掴み、自分の頭にぶつける。

 引っ繰り返ってハリーからは見えなくなった。

 やがて、目をクラクラとさせながら、ドビーはベッドの上に這い戻ってくる。

 

「それじゃ、秘密の部屋は本当にあるんだね。以前にも開かれたって言ったね? 教えてよ、ドビー!」

「どうぞ聞かないでくださいまし! 哀れなドビーめにもうお尋ねにならないで!」

「ドビー、以前に開いたのは、誰だったの!」

「ドビーには言えません! ドビーは言ってはいけないのです!」

 

 断固として、ハリーに話そうとはしないドビー。

 彼らは既にここが、別の者がいる医務室だということを忘れていた。

 

「…………うるさい」

 

 隣のベッドから零れてきた、か細い声。

 ドビーがビクリと飛び上がり、引っ繰り返る。

 目を覚ましたらしい。包帯だらけのアルテがもそもそと動いている。

 

「アルテ、気付いたの!?」

「……? ……ここ、何処」

 

 寮の自室だと思ったのだろう。ハリーの声に僅かに顔を上げ、目元の包帯に手を伸ばす。

 

「医務室だ。包帯は取っちゃ駄目だよ。アルテは目に怪我をしてるんだ。朝までは安静にしていないとってマダム・ポンフリーが言ってた」

「……」

 

 目に怪我――それを聞いて、アルテは意識を失う前のことを思い出す。

 あの時のような恐怖は、もうなかった。

 既に目に走った傷は消えているのだろう。包帯に覆われて未だ視界は真っ暗だが、痛みはなく薄目を開けてみれば僅かに色が変わる。

 

「……此方のお方は? ひどい怪我だったみたいですが。それに、その耳は……もしや七変化でございますか? いや……もしかしてあの一族の……」

「……誰?」

「はっ!? も、申し遅れました、屋敷しもべ妖精のドビーでございます」

 

 名乗ったドビーの言葉を、早々にアルテは聞き流していた。

 それよりも遠くから――部屋の外から聞こえてくる、足音がある。

 アルテに続いて、ドビーも気付いた。コウモリのような耳がピクピクと動く。

 アルテとドビーに一歩遅れて、ハリーにも聞こえる。誰か、複数の足音が近付いてきている。

 

「ど、ドビーは行かなければ!」

 

 次の瞬間、パチンという音が部屋に響き、ドビーの姿が消えた。

 姿くらましと呼ばれる、離れた所へ瞬時に移動できる魔法だ。

 ホグワーツ内では基本的にこの魔法は使用できないようになっているのだが、屋敷しもべ妖精が使用するものは例外と言えた。

 魔法の冴えに関しては並の人を凌駕し、杖無しでの魔法を容易く行う種族ゆえの特性である。

 ドビーが姿を消した理由を悟り、ハリーも再びベッドに潜り込み、医務室の入り口の方へ目を向ける。

 後ろ向きに入ってきたのは、ダンブルドアだった。長いウールのガウンを着て、ナイトキャップを被っている。

 何か石像のようなものの片端を持っていた。反対側をマクゴナガルが持っており、それをドサリとベッドに置いた。

 

「マダム・ポンフリーを……」

 

 ダンブルドアが囁き、マクゴナガルが慌ただしく駆けていく。

 すぐに彼女に呼ばれたマダム・ポンフリーがやってきた。

 

「何があったのですか?」

「また襲われたのじゃ。ミネルバがこの子を階段のところで見つけてのう」

「この子の傍に葡萄が一房落ちていました。多分、こっそりポッターのお見舞いに来ようとしたのでしょう」

 

 マクゴナガルの言葉にハリーは思わず目を開いて、そのベッドを見た。

 一条の月明かりが、目を見開いた石像の顔を照らし出していた。

 コリン・クリービー。ハリーを過剰なほどに慕っていた、グリフィンドールの一年生である。

 手を前に突き出して、お気に入りらしいカメラを持っている。

 

「……石になったのですか?」

「そうです。アルバスがココアを飲みたくなって階段を下りていらっしゃらなかったら、一体どうなっていたかと思うと……」

 

 ミセス・ノリスのように、石化の被害者が出てしまったのだ。

 ダンブルドアがコリンの指からカメラを外す。

 襲った者を写真に撮っているのでは、と判断したのだろう。

 カメラの裏蓋を開くと、白い蒸気が吹き出した。

 焼けたプラスチックの臭いが、ハリーのもとまで漂ってくる。アルテが掠れた咳を零し、マクゴナガルがチラと振り向いた。

 

「溶けている……アルバス、これは」

「……『秘密の部屋』が再び開かれたということじゃ。一日にして二人も襲われた」

「……アルテ・ルーピンも継承者の仕業、と?」

「そう思うほかなかろう。それが、疑いから逃れるためにしろ、本物の継承者に疎まれたにしろ、のう」

 

 ――ダンブルドアの言は、アルテが継承者であるという可能性を捨てきれていないものだった。

 何故ならば、まだアルテの出自について、殆ど何も判明していない。

 ヴォルデモートを殺すための存在。では、誰がその存在意義を彼女に与えたのか。そもそも、彼女は何者なのか。

 養父であるリーマス・ルーピンもそこは分かっていない――もう、彼自身にそれを考える意思はない。

 ゆえに、彼女が継承者の系譜であるという可能性も十分に考えられた。

 無論彼女だけを疑うというのも愚かではあるのだが。

 どうやって、という手段をアルテは知らないと言っていた。彼女が嘘をつけないというのは、一年でダンブルドアもマクゴナガルも知っていた。

 だがそれでも――という疑いだけは、晴れることはなかった。

 

「……」

 

 コリンを医務室に預け、去っていくダンブルドアとマクゴナガル。

 マダム・ポンフリーも今の時点で出来ることはないと、カーテンで仕切り出ていった。

 

「……ねえ、アルテ」

「何」

 

 今のやり取りを聞いたアルテがどう思っているのかは、聞きたくなかった。

 しかし、先生たちもアルテを疑っている。それがハリーには、自分のせいのように思えた。

 ハリーもアルテもあの場に偶然居合わせたに過ぎない。だが、自分たちが殆ど疑われずにアルテだけが強く疑われている現状。

 その中で、彼女が継承者ではないという確信だけは、自分も抱いておきたかった。

 

「……アルテは、継承者じゃないんだよね?」

「知らない。でも、何もしてない」

 

 アルテは継承者という存在そのものに関心がない以上、己がそれであるか否かもどうでもよかった。

 だが、壁に文字を書いたのも、猫やコリンを襲ったのも、まして自身を傷つけたのが己ではないこともわかり切っている。

 

「……事件を起こしている、本当の継承者がいる。僕たち、それを探そうと思うんだ」

「そう」

「だから……アルテが良ければ、なんだけど。手伝ってくれないか?」

「興味ない」

 

 駄目元だったが、やはりアルテは無関心だった。

 自身を襲ったというのに、その犯人に対し何も思っていないというのは不自然だった。

 だが、それがアルテなのだろう。彼女にとっては、既に過ぎたことなのだ。

 

「……じゃあ、やられっぱなしでいいの?」

「もう一回目の前に出てきたら、戦う。それでいい」

 

 自分から探す、というつもりはないらしい。

 暖簾に腕押し。これ以上誘っても良い返事は返ってこない、と思ったハリーは、話をそれで切り上げ、目を瞑った。

 気付けば腕の痛みは随分と治まっていた。

 数分後、二人が意識を手放したのは殆ど同時だった。




※グルグルアルテ。
※原作よりよっぽど怪しくないけど特に理由なく疑われるフォイ。
※秘密の部屋編で一番原作沿いの回。主にアルテが大人しいため。
※ドビー初登場。
※出ていなかったからといって逃れられなかったコリン。
※疑いが晴れないアルテ。
※継承者はどうでもいいけどまた目の前に出てきたらボコる。

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