ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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ダイアゴン横丁

 

 

 ホグワーツの学用品を揃えるならダイアゴン横丁が最適だ。

 かの魔法学校で必要なものであれば、ここで全て買うことができる。

 あまりの人の多さにアルテは暫し固まっていたが、そういう場所なのだと判断する。

 初めて見るものは、“そういうものなのだ”と無理やりにでも理解を示すことで、アルテは自分の中で納得することが出来ていた。

 これだけ人がいながら、アルテに注目する者はいない。

 というのも、外出用のローブと帽子で特徴となっている耳や尻尾を隠しているからだ。

 アルテが物心ついた頃には、鋭い爪を引っ込めて人と遜色ないものに変えることが出来ていた。

 しかしながら、耳と尻尾はそうはいかない。

 アルテが同じように引っ込めようとしてみても、結局消えることがなかったのだ。

 アルテ自身はどうでもいいのだが、他者から見ればこの耳やらは随分異質なものに映るらしい。

 リーマスがその辺りをどうにかする言い訳は考えたのだが、それでも必要以上に見せることは避けたかった。

 そのため、リーマス以外の人と会うような場合は、アルテはいつもこの格好だった。

 側頭部までを覆うロシア帽はこの耳を自然に隠すに都合がいい。

 どちらかと言えば、リーマスの方が目に付くだろう。

 病的にやつれた白い顔に、継ぎ接ぎだらけのローブは人を不安にさせる要素しかない。

 十年彼を見て育ったアルテは何とも思わないが、逆に周囲の人々はやけに「小綺麗で変わった姿」をしているなと思った。

 特に不審な目を向けられることもなく、ルーピンとアルテはフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で教科書を買った。

 大量の本に一切興味のなかったアルテはただでさえ狭い店内に溢れかえるほどの人と本に僅か気分を悪くしていたが、外に出て新鮮な空気を吸えばそれも収まった。

 次に訪れたのはオリバンダー杖店だった。

 多くの魔法使いが、「杖はここに限る」と太鼓判を押す高級杖メーカー。

 薄暗い店内には先程の本屋のように杖が天井まで積み重ねられていた。

 埃っぽい店内はやはりアルテの好む環境ではなく、出来るだけ早く出たいという気持ちに陥る。

 眉を寄せつつ店内を見渡していると、店の奥から老人がやってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 柔らかな声で、老人――オリバンダーはリーマスとアルテを歓迎した。

 

「おや、リーマス! リーマス・ルーピンじゃないか。二十六センチ、イトスギにユニコーンの鬣……いやあ、懐かしい」

「杖には世話になっています。今日はこの子に杖を見繕ってやってほしいのです」

 

 どうやら、リーマスも己の杖をこの店で買ったらしい。

 アルテは目の前の老人に胡散臭さを感じていたが、僅かに評価を改めた。

 

「娘さんかね?」

「養子です。今年からホグワーツに入学するんですよ」

「それはそれは。それじゃあお嬢さん、杖腕を出してください。どちらですかな?」

 

 娘、養子。そんな言葉に、帽子の下で耳をピクリと動かしつつも、アルテは黙って右腕を差し出す。

 オリバンダーの巻き尺が、アルテの体の寸法を測っていく。

 肩から指先、手首から肘、肩から床、膝から脇の下、頭の周り……どうも杖とは関係ない部分まで測られているようで不快だったが、そういうものなのだろうと片づける。

 

「オリバンダーの杖は一本一本、強力な魔力を持った物を芯に使っております。ユニコーンの鬣、不死鳥の尾羽根、ドラゴンの心臓の琴線……一つとして同じものはありません。勿論、他の魔法使いの杖を使っても決して自分の杖ほどの力は出せない訳です」

 

 うんちくを垂れ流しながら、オリバンダーは杖の積まれた棚を漁る。

 ひとりでに動いた巻き尺がアルテの鼻の穴まで測ろうとしてきた。目の前で動く巻き尺を鬱陶しく思い噛みついてやろうとしたが、その前にリーマスが杖で叩き落した。

 

「さて。一目見た時からこれはどうかと思ったが……どうですかな。イトスギに不死鳥の尾羽根、十七センチ、ひたすらに自己中心的」

 

 差し出された杖は、リーマスのものより随分と短かった。

 アルテが握ってみると、何やら、自分の肌をなぞっていくような感覚が走った。

 それがむず痒く感じ、何の気なしに杖を持った腕を軽く振るう。

 瞬間、店内が鋭い光に満たされる。

 銀色の火花が辺りに飛び散り、跳ね回る。

 ルーピンがアルテの肩に手を置き、笑った。

 

「お見事! いや、素晴らしい。リーマス、お前さんと同じ木だ。いやしかし、ここまで短い杖は珍しい。お嬢さん、いいですかな? ゆめ、己を曲げてはいかん。はっきりとした自分の考えを持ち、迷わないこと。そうすれば、この杖も応えてくれる」

 

 自分の考えを持つ――それは当たり前のことではないかと、アルテは思った。

 或いはもっと、難しいことを言っているのかもしれない。他の真意があったとして、アルテには読み取ることが出来なかった。

 ともかく、自分の杖は決まったらしい。手元にある短い杖からは、未だに此方を品定めするようにもぞもぞと何かが漂ってくる感覚がある。

 鬱陶しく思い握る手を強めると、それは収まった。

 そうしているうちにリーマスが代金の七ガリオンを払っていた。ここでの用は済んだと、二人は店を出る。

 

「さて、次だ。アルテ、私は鍋屋で鍋を買ってくる。アルテはマダム・マルキンの店――あそこだ。あの店で制服を買ってきなさい。お金と……この紙に買うものを書いてある。これを渡せば店の人が良しなにやってくれるだろう」

「……服を買うなら、これがバレない?」

「その言い訳も書いてある。こういうことを考えるのは昔から得意でね」

 

 紙を見てみれば、『仕込まれた悪戯道具店の道具の影響がまだ出ている。気にしないでほしい』といったことが書いてある。

 アルテが、ホグワーツに行くにおいて教えられた言い訳とは違うものだが、買い物であれば此方の方が都合がいいらしい。

 

「じゃあ、買ってくる」

「ああ。買ったら、店を出て待っていてくれ。私が先に終わっていたら店の前にいる。声をかけてくれればいい」

「分かった」

 

 必要なものをリーマスから受け取ったアルテはさっさと洋装店に歩いていく。

 出会った時から変わらない不愛想さに苦笑して、リーマスも鍋屋に向かった。

 

 

 

 やたらに大きな、毛むくじゃらな男の横を通り抜けて店に入り、アルテは店員を探す。

 キョロキョロと頭を動かしていると、ずんぐりとした魔女が駆けてきた。

 

「お嬢ちゃん、ホグワーツ? 服なら全部ここで揃いますよ」

 

 どうやら彼女が店員――マダム・マルキンであるらしかった。

 藤色ずくめの服を着た、愛想の良い魔女に、アルテはぶっきらぼうに紙を渡す。

 

「はい? ……はいはい、貴女も大変ね。大丈夫、尻尾くらいなら問題ないわ」

 

 心配させまいとする笑みを浮かべ、マルキンはアルテを店の奥に誘う。

 そこに置かれた踏み台の上で採寸をするらしい。

 既に二つの踏み台に、先客がいた。

 片や、プラチナブロンドの髪に青白い顔。尖った顎の少年。

 片や、くしゃくしゃな黒髪で丸眼鏡をかけた少年。

 どちらも同じくらいの年齢のようだが、アルテの関心はそこにはなかった。

 

「やあ、君もホグワーツかい?」

「そう」

 

 青白い少年の問いに短く答える。

 しかし、視線は一切彼には向かない。アルテの目は、もう一人の少年を捉えている。

 見た目に、アルテのように人としておかしな部分がある訳ではない。

 リーマスのような特異な体質を持っている訳でもなさそうだ。

 だというのに――アルテは明らかに、その他の人間とは違うものを感じていた。

 

「君の両親も僕らと同族かい?」

 

 そんな、アルテの様子を気にもせず、青白い少年は重ねて問う。

 得意げに、そして期待を込めて問うてくる少年に、やはり目を向けずに聞き返す。

 

「同族?」

「両親とも魔法族かって話さ。まさか穢れた血って訳じゃないんだろう?」

 

 軽く鼻をひくつかせてみるも、眼鏡の少年から変わった匂いは伝わってこない。

 正体の分からない違和感に妙な気持ち悪さを感じたが、このまま見ていても答えは見つかるまいと、ようやくアルテは眼鏡の少年から視線を外す。

 そして、問いを投げてきた青白い少年をようやく見た。此方は特に感じることもなかった。

 

「知らない。わたしは親の顔も名前も知らないし、興味もない。わたしを育ててくれたリーマスなら、魔法を使える」

 

 アルテにとって、親はリーマスだった。

 本当の親のことなど、まともに考えたことすらない。

 分かったところでどうでもいい。アルテにとって、見たこともない両親は赤の他人と同じようなものであり、問いかけてきた青白い少年の方が、目の前にいる分まだ関心があった。

 

「おや、そうなのかい。そっちの君もそうだし、また珍しい二人と知り合ったものだ。しかしまあ、僕は魔法族でない連中は入学させるべきでないと思うんだ。ホグワーツの名を、手紙を見るまで知らないような連中だ。入学は魔法使いの名門家族に限るべきだと思うんだよ」

「そうか」

 

 そして、長ったらしく語られた少年の思想は両親と同じくらいどうでもよかった。

 他人の考えなど、大抵の場合自分の答えを出す邪魔にしかならない。

 そうでないのはリーマスの言葉くらいのものだ。

 そんなことよりこの退屈な時間が早く終わらないものか、と考えていると、マダム・マルキンが青白い少年に言った。

 

「さあ、坊ちゃん。いいですよ」

「そうかい。じゃあ、二人とも。ホグワーツでまた会おう。多分、ね」

 

 制服を受け取って、青白い少年はそんな言葉を残して店を出ていった。

 眼鏡の少年がやっといなくなったと言わんばかりにため息をついた。

 アルテは他に見るものもなくなり、再び眼鏡の少年に目を向ける。

 やはり、他の人間とは何か、違うものを感じる。

 

「……えっと、何?」

 

 視線と沈黙に耐えかねた少年が、身じろぎしながらアルテに聞く。

 それに対する答えは、はっきりと述べることが出来ず――アルテは曖昧に返した。

 

「別に」

「そ、そう……」

 

 また、少年にとっては重苦しい沈黙。

 アルテも少年も、別の意味で早く終わってほしいという時間だった。

 それから数分。少年の採寸も終わり、店を出ていく。

 アルテが制服を買って店を出たのは、それから約五分後の話だった。

 

 アルテは知らない。この、妙な違和感を覚えていた眼鏡の少年こそ、魔法界を揺るがす壮絶な運命を己と共に戦う存在であることを。

 眼鏡の少年は知らない。この、不愛想な少女こそ、自分と共通の敵を打倒すべく、助け合う存在になることを。

 

 

 

 ダイアゴン横丁で買い物をしてから一ヶ月。

 特に変わることなくアルテは日々を過ごし、あっという間に入学の日がやってきた。

 ロンドンはキングズ・クロス駅の、九と四分の三番線。

 紅色の蒸気機関車が、ホグワーツへ向かう生徒たちが乗り込むのを待っていた。

 

「……ここも、人が多い」

「駅とはそういうものだ。大丈夫、ホグワーツに行けば広いし、あまり人の多さは感じない」

 

 アルテはあの日の買い物で、自分は人混みが苦手なことを知った。

 門出の日にも関わらず不機嫌を隠さないアルテに苦笑しつつ、リーマスはロシア帽の上から頭を撫でる。

 帽子に新品のローブで、耳と尻尾は隠れている。

 傍目から見れば、そこにいるのは季節外れな印象を抱かせる少女であった。

 

「さて、アルテ。ホグワーツではアルテの知らないことばかりだろう。きっと、気に入らないこともたくさんある。そんな時も、決して爪を使ったりしてはいけない。いいね?」

「うん。あくまで、わたしは人になり切る」

「……アルテ。君は人間だ。間違っても、自分は人じゃないなんて思うな」

 

 他者との違いを明確に理解しているアルテは、どうも己を人間とは思わない節がある。

 だが、リーマスは知っていた。この十年で、はっきりした。

 アルテは人間だ。耳や尻尾、爪の違いなんて、大した問題ではない。

 少なくとも、自分よりはよほど人間だと、リーマスは確信していた。

 

「だから、周りの生徒たちと君は同じだ。皆と触れ合って、友達になって、楽しく学校生活を過ごすといい」

「……」

 

 まだ完全には納得しきっていないようだが、アルテは頷いた。

 

「よし。先生たちには話をしてある。困ったことがあれば、先生たちを頼るんだ。いいね?」

「……わかった」

 

 校長のダンブルドアや副校長のマクゴナガルは気心の知れた教授だ。

 アルテを育てるにおいて、助力を受けた回数も多い。

 アルテとの面識はないものの、きっと親身にしてくれることだろう。

 時計を見れば、もう出発の五分前だった。

 ――リーマスには、妙な寂寥感があった。

 実の、ではないとはいえアルテは娘のようなものだ。

 子を送り出すとはこういうことなのか、とリーマスは周りの親たちや、己の両親の気持ちを理解した。

 まさか、こんな自分がこういう気持ちを抱くことになろうとは。

 

「――さあ、出発の時間だ。行きなさい」

「行ってくる」

 

 しかし、アルテはそんな人の気持ちも知らず、素っ気なく汽車へと向かう。

 森の奥に潜って、何日も戻ってこないこともあった。

 そんなことから、特にリーマスから離れることに抵抗は持っていないらしい。

 アルテの様子に肩を竦め、リーマスは出発するまで汽車を眺め続ける。

 自分が初めて乗ったのは、二十年も前だ。

 もう乗ることはないだろう汽車に想いを馳せながら、己の娘を見送る。

 

 彼女と共にこれに乗り込むことになるのは、二年後のことである。




※埃っぽい室内も嫌い。
※人混みも嫌い。
※使いづらそうな短い杖。ハリポタ二次はそれなりに読んでますが杖が一発で決まる作品って少ないイメージ。
※ハリーとフォイとのファーストコンタクト。なおあまり興味はない模様。
※アルテにはハリーの知識はなし。ただし何か感じるものはあるとかないとか。

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