ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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女神に誓う

 

 

 ジャスティンと『ほとんど首無しニック』が襲われてから、襲撃はぱったりと無くなった。

 寒さが少しずつ和らいでいく、二月の中旬。

 ホグワーツ城の中には、僅かに明るいムードが漂い始めていた。

 クリスマス休暇中、ハーマイオニー・グレンジャーが原因不明の病で医務室に運ばれ、一週間あまり出てこられないということがあったが、今は復調ししっかり授業にも出ている。

 誰も襲われていない。それに、マンドレイクも随分と育った。

 間もなくにきびが綺麗になくなる。

 そうすれば、二度目の植え替えの時期だ。

 その後は刈り取り、とろ火で煮込めば石化を解く魔法薬の材料となる。

 マダム・ポンフリーがそれを広めたことで、継承者への恐怖も薄らいだようだ。

 生徒たちの見解は、『これだけ皆が神経を尖らせ警戒している中で、アルテ・ルーピンは部屋を開けることが危険になったのだろう』といったところだ。

 結局怪物の正体は知れなかったが、再び眠りについたのだろう。

 ピーブズはその明るくなった雰囲気を盛大に盛り立てた。

 ――『諸悪の根源、アルテ・ルーピンは尻尾を巻いて諦めたー』だの何だの、愉快な振り付けと共に高らかに歌った結果、土曜日に丸一日、アルテに追いかけ回されたのだが。

 そんな空気になったことで、アルテに向けられる目は恐怖や怒りから侮蔑や優越感に、畏敬から失望や落胆に変わっていった。

 

「見ろよ、チキン継承者と腰巾着だ!」

「あまりアイツの前で言うなよ。周りの目も気にせず襲ってくるかもだぞ」

 

 そんな陰口を聞こえよがしに叩く生徒が増えたが、それでもアルテに杖を向けたりする者はいなかった。

 継承者という根本的な恐怖は未だ残っているのだ。

 それに、アルテ――正確にはアルテたち四人を気まぐれで護衛する二人の存在も大きい。

 

「やあやあ、道をば開け! 継承者たる我らが姐さんとそのご学友のお通りである!」

「これから姐さんたちは、『秘密の部屋』で牙をむき出しにした召使とお茶をお飲みになるのである!」

「さあさあ! 道を譲らないとすぐさま石にしてやると、姐さんはお怒りだ!」

「まっこと邪悪な継承者様ぞ! 彼女こそスリザリンの継承者! 遠からん者は――」

 

 フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーは面白半分にアルテたちを囃し立てる。

 スリザリンに下ったグリフィンドール生だと、双子の評判はますます下がったが、そんなことを二人は気にしない。

 今面白いことが一番だと、アルテを継承者だと信じていないながらも大いに騒いだ。

 二人の道化ぶりは、アルテはともかくダフネたちにとっては非常にありがたかった。

 少なからずグリフィンドールの見方を変えかけたほどだ。――他の面々の視線ですぐに撤回したのだが。

 ルーナも相変わらず、食事の際レイブンクロー生だということを思わせないマイペースさで時折スリザリンのテーブルまでやってきて、アルテに餌付け――もとい、料理を運んでいる。

 数少ない、疑いが掛かる以前と同じ接し方をする他寮の三人がいなければ新学期早々に参っていただろう。

 そんな中、ロックハートは自分が襲撃事件をやめさせたと考えているらしかった。

 どういう理由かアルテを継承者だとは思っていないようで、彼女への接し方を変えることなく、しかし自分の手柄を打ち明けていた。

 

「ミネルバ、もう厄介なことはありません。今度こそ部屋は永久に閉ざされました。犯人は私に捕まるのは時間の問題だと観念したのでしょう!」

「はあ。それはそれは」

「そんな今学校に必要なのは気分を盛り上げることですよ! 先学期の嫌な思い出を一掃しましょう! まさにこれだ、という考えがあるのです!」

「なんと。それはそれは」

 

 マクゴナガルに得意げに語るロックハート。

 まともに聞いているとは思えない雑な相槌を打つマクゴナガルだが、ロックハートは気にした様子もない。

 彼の言う『まさにこれだ、という考え』は何なのか。

 どうせ碌なものではない、というのが大方の見解だった。

 その正体は果たして、二月十四日の朝に明かされることになる。

 

 

 

「……ここ何処?」

「……多分、大広間、かしら」

「……悪趣味なパーティ会場じゃなくて?」

「…………」

 

 朝食を食べに大広間にやってきたアルテたちは、その変わり果てた内装に思わず足を止めた。

 壁という壁がけばけばしいピンクの花で覆われ、おまけに淡いブルーの天井からはハート型の紙吹雪が舞っている。

 見つめていれば目がおかしくなりそうな光景を出来るだけ視界に入れないように下を向きながら席に着く。

 皿に乗ったベーコンは紙吹雪まみれになっていた。

 拳を震わせるアルテを見て、颯爽と現れたルーナが紙吹雪の山を払う。

 

「ラブグッド、これ何事?」

 

 呆れ顔のパンジーがルーナに聞く。

 明らかに普段の朝食の場とは違う混迷の大広間に、一体何が起きているのか。

 

「アレ」

 

 ルーナが片手で持ったフォークで先生たちのテーブルを指す。

 ダフネはそれを見て、目が不具合を起こしたような感覚に襲われた。

 部屋の飾りにマッチした、けばけばしいピンクのローブを着たロックハートがいたのだ。

 周りの先生は無表情だった。離れたところにいるマクゴナガルは頬を痙攣させており、スネイプは骨生え薬をたらふく飲んで間もないような表情をしていた。

 

「――バレンタインおめでとう!」

 

 ロックハートが立ち上がり、両腕を広げて叫ぶ。

 未だ懲りない生徒たちの黄色い声に手を振って応え、爽やかに微笑んだ。

 

「今までのところ、四十六人の皆さんが私にカードをくださいました、ありがとう! 皆さんをちょっと驚かせようと、私がこのようにさせていただきました。しかも、これが全てではありません!」

 

 ロックハートが手を叩くと、ドアから小人が十二人、ぞろぞろと入ってきた。

 金色の翼をつけ、ハープを持っている。

 

「私の愛すべき、配達キューピットです! 今日は学校を巡回して皆さんのバレンタイン・カードを配達します!」

 

 有難迷惑、という言葉をロックハートは知らないようだった。

 仏頂面の小人にそんなものの配達を任せる物好きがいるのだろうか。

 

「そして先生方もこのお祝いムードにはまりたいと思っていることでしょう! さあ、スネイプ先生に『愛の妙薬』の作り方を教えてもらっては? フリットウィック先生は私が知るどんな魔法使いより『魅惑の呪文』についてご存知です! 素知らぬ顔して憎いですね!」

 

 そして先生たちまで巻き込んだ。

 フリットウィックはあまりの事態に両手で顔を覆った。

 スネイプなど、「『愛の妙薬』を貰いに来た最初のヤツには毒薬を無理やり飲ませてやる」とばかりの顔をしている。

 

「……ミリセント。貴女まさか四十六人に入ってないよね?」

「さて、今日の最初の授業は何だったかしら」

 

 ダフネのまさか、という問いに、ミリセントは答えなかった。

 非常に微妙な空気で、バレンタインに浮かれている生徒は少ない。

 ロックハートの空回りで、生徒たちは一周して冷静になっているのだろう。

 楽しんでいるのは、ごく一部の未だに大ファンだという面々くらいであった。

 

「そして!」

 

 ロックハートは生徒たちのテーブルの方まで歩いてきた。

 どうやらこの食欲の湧かない茶番はまだ続くらしい。

 

「本日を私の人生の大きな一ページとなる祝いの日としたいのです! どうか静粛に! そして見事めでたい結果となれば、盛大な拍手をいただきたい!」

 

 もう、まともにロックハートの話を聞いている生徒など殆どいなかった。

 大して美味と感じない朝食を無理やり胃に詰め込み、早くこの部屋を出ていきたいのだ。

 先生たちは非常に面倒臭そうに、何をしでかすのかという警戒の色を見せている。

 生徒たちの冷たい態度、先生たちの冷たい視線をものともせず、ロックハートは優々と――スリザリンのテーブルに歩いていく。

 そして、アルテの傍で立ち止まった。

 

「ミス・ルーピン!」

 

 気配に気付きつつも、朝食に集中していた。

 そのアルテの数少ない楽しみを木っ端微塵に粉砕したロックハートは何故、ここまで彼女の不機嫌を悟れないのだろうか。

 名前を呼ばれ、仕方なく――本当に仕方なく彼に視線を向けるアルテ。

 ロックハートは、それだけが取り柄とも言える端麗な顔で笑顔を作ってみせた。

 

「どうぞ! 愛らしい貴女に、花束と贈り物を」

「いらない」

 

 アルテはそんな笑顔と共に差し出されたプレゼントに目も向けず一蹴した。

 しかしめげない。ロックハートは表情一つ変えず、アルテの片手を取り、彼女を立たせると膝をついた。

 その行動に、大広間がざわつく。今からロックハートが何か、倫理的に非常に不味いことを始めようとしているようで――

 

「素っ気ない態度、凛々しい瞳、未熟な肉体! 芸術のような貴女は幾度も私の胸を打ちました! 継承者などともう名乗られるな! 貴女は貴女、一人の女性であって良いのです!」

 

 ――この時、アルテ・ルーピンを継承者だとほんの少しでも疑う全ての人間は、「ああ、ロックハート(コイツ)死んだな」と思った。

 ――この時、アルテ・ルーピンを継承者だとほんの少しも思っていない人間は、「ロックハート(コイツ)死んでくれないかな」と思った。

 彼に視線を向けた時から変わらないアルテの不愉快げな表情は一切変わっていない。

 大広間の時が止まっていた。

 生徒も、先生も等しくその光景を絶句して見届けていた。

 

「ご安心を、すぐにとは言いません! 法律など愛の前では些細なものですが、貴女が望むならば卒業まで待ちましょう!」

 

 ――何を言っているのかは分からないが、何となく己が全く望んでいないことだというのは分かった。

 そう考えてみれば、理性で抑えていた拳に力が入っていく。

 おおよそ半年間、堪えに堪えていたものは、何故か手を取ってきたことですぐ目の前にいる獲物に、今こそ爆発しようとしている。

 

待て(stay)……待てー(stay)……」

 

 いつの間にかアルテの席に座っていたルーナが足を揺らしながら、何処か楽しそうに言う。

 人に掛けるような語調ではないが、この場で突っ込めるような猛者などいない。

 ルーナは止める素振りはなかった。

 ゆえにこそ、蛮行は続けられる。

 ロックハートは了承以外の答えなど考えもせずに、考案していた取って置きの殺し文句(プロポーズ)を口にする。

 

「率直に言いましょう、ミス・ルーピン――いえ、アルテ! 貴女を妻に迎え入れたい! 受け入れてくださった暁には、貴女が忌み嫌う狼男の一切をこの世から根絶すると、愛の女神に誓いましょう!」

 

 その言葉を言い終えると共に、ロックハートはアルテの手に口付けを落とした。

 例えるならばそれは、断頭台に喜び勇んで飛び乗るようだった、と誰かは言う。

 例えるならばそれは、咀嚼したドラゴンのタルタルをスネイプのローブに吹き出すかのようだった、と誰かは言う。

 例えるならばそれは、杖を構えた闇の帝王の真正面に裸で現れて踊り出すようだった、と誰かは言う。

 人によって例えこそ数あれど、それが総じて命を捨てに行く行為だ、とは感じていた。

 それまでずっと、核心的なことを言っていなかったことが幸いして、アルテが彼に手を出すことは一度もなかった。

 だが、今この瞬間ロックハートが口にした言葉は――アルテにとって最も許しがたい言葉だった。

 

「――――よし(Go)

「っ」

「ゴフッ!?」

 

 ルーナのゴーサインを聞くが早いか、アルテは右膝でロックハートの顎を蹴り上げた。

 そして都合の良い高さまで上がってきた彼の頬を――力の限り殴りつける。

 今までの想いの限りを叩き込んだつもりだったが、いざ殴ってみるとこれっぽっちも足りなかった。

 よく意味の分からない己への執着などどうでもいい。

 だが、これまで数えきれないほどに口にしていた、リーマスへの侮辱に他ならない発言に対する怒りはこの程度ではなかった。

 吹っ飛んで床に転がり、意識を失っているロックハートに迫る。

 何度拳を叩き込み、爪を突き立てれば気が済むかは分からない。

 しかし例え爪が割れ腕が折れようともやめるつもりはない。それ程の大罪を、この男は犯したのだ。

 

「あ、アルテ! そこまで! 止まって!」

「ッ――――」

 

 ダフネの制止を一切聞き入れず、ロックハートに馬乗りになったアルテ。

 その体を吹き飛ばしたのは、スネイプの杖から放たれた閃光だった。

 

「教師への暴行。事情が事情ゆえ減点にはせんが、これ以上続けるなら話は別だ。ここは獣ではなく人の世界だ。何であれ許されんことがある」

「っ、許されなくていい。わたしは“ソレ”を許せないっ」

「まったく、君の父親は最低限の己の律し方も教えていないのかね。反面教師にもならんとは、やれやれ」

 

 止めようとしているのか、より煽ろうとしているのか、侮蔑の微笑みを浮かべながらスネイプはアルテを見下ろす。

 

「後始末はやっておく。授業に向かえ」

 

 スネイプさえ噛み殺さんばかりに、怒りで震えていたアルテだが、暫く彼を睨んだ後、背を向けて荒々しい足取りで大広間を出ていく。

 それをダフネたちが慌てて追い、ようやく誰かがほっと息をついたことで、剣呑な空気は霧散していった。

 しかし、殆どの生徒の目には恐怖の色がある。

 石にはならなかったとはいえ、初めて継承者の襲撃を目にしてしまったのだ。

 

「せ、先生!」

 

 床で伸びているロックハートに、女子生徒たちが走り寄る。

 心配と悲鳴の声が少しずつ大きくなり、まだ終わらないらしい混乱にスネイプが溜息をついた。




※年明けまで集中治療が行われていたハー子。
※懲りないピーブズ。
※ハリーが疑われていないのでアルテにくっつく双子。
※餌付け。
※一同の面々で盛大にやらかすロックハート。
※しれっと継承者扱い。
※何を言っているのか、何をされているのか分からないアルテ。
※スネイプ「君の父親は娘にこの程度のことを教える甲斐性も無いのかね?」
 リーマス「その通りではあるけど君に甲斐性無しとだけは言われたくない」
※地雷プロポーズ(相手は十二歳)。
※とりあえず嫌味は忘れないスネイプ。

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