ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

23 / 54
継承者を騙る者

 

 

「生徒は全員、それぞれの寮にすぐに戻りなさい。教師は全員、職員室に大至急お集りください」

 

 バジリスクと『秘密の部屋』について、せめて先生に報告しようと誰もいない職員室にやってきていたハリーとロンは、拡声魔法を使用したマクゴナガルの大きな声を聞いた。

 もしかして、また誰か襲われたのか――そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。

 だが、ハリーたちはこのまま寮に戻るつもりはなかった。

 自分たちが知っていることを話さなければならない。それに、何が起きているのかも気になった。

 職員室の端にある洋服掛けに二人で隠れると、すぐに先生たちが走り込んできた。

 それぞれ、顔には当惑や恐怖、疑心が映し出されている。

 粗方の先生が揃うと、少し遅れてやってきたマクゴナガルが、震えた声で話し出した。

 

「……とうとう起こりました。一時に生徒が三人も。一人は石にされ、そして二人……怪物により、『秘密の部屋』に連れ去られました」

 

 フリットウィックが悲鳴を上げ、スプラウトが口元を手で覆った。

 スネイプは椅子の背を握り締め、いつもより僅か低い声でマクゴナガルに問う。

 

「……何故そんなにはっきりと断言できるのかな?」

「継承者が、また伝言を書き残しました。石になった生徒のすぐ傍です。『二つの白骨は永遠に『秘密の部屋』に横たわるであろう。一つは此度の贄として、そして、一つは警告を受け尚も継承者を騙る愚者として』と」

 

 マダム・フーチが、腰が抜けたように椅子にへたり込む。

 連れ去られた二人の生徒。伝言が正しいとすれば、その一人には見当がついた。

 猫が襲われた時から疑われ続けた、蛇語を操る未だ謎多き生徒。

 

「……襲われた生徒、そして、攫われた二人というのは」

「…………石にされたのは、エリス・アーキメイラ。そして――攫われたのは、ジニー・ウィーズリーと、アルテ・ルーピンです」

 

 ハリーの隣で、ロンが崩れ落ちた。

 ロンの妹であり、今年ホグワーツに入学したジニー。

 そして、ついさっきまで一緒に話していたアルテとエリス。

 三人は決して、自分たちにとって無関係な、遠い生徒ではなかった。

 

「……全校生徒を明日帰宅させなければ。ホグワーツはこれで終わりです。ダンブルドアはいつも仰っていた……」

 

 苦々しく、マクゴナガルは呟いた。

 その時だった。空気を読まない大きな音で扉が開かれたのは。

 一瞬ハリーはダンブルドアかと期待したが、そこにいたのは全くもって信頼の出来ない人物だった。

 

「大変失礼しました。ついうとうとと……で、何か聞き逃してしまいましたか?」

 

 ロックハート。

 既にこの学校で多くのファンを失い、三か月前のバレンタインデーではあまりにも度し難い行為によってあわや停職の瀬戸際まで追い詰められたロックハートだ。

 それを一切悪いことだと思っておらず、どうにか逃れた彼は以前と特に変わらない授業を続けている。

 要するに、今この学校でアルテより空気を読めていない男である。

 爽やかな笑みで聞いてくるロックハートに、マクゴナガルはほとほと呆れたように目を細め、スネイプを見た。

 スネイプもまた、いつになく協調した様子で頷く。マクゴナガルが何を求めているか、一瞬にして理解した。

 

「――なんと、適任者が」

「……適任者?」

「まさに適任。ロックハート、女子学生が二人、怪物に拉致された。『秘密の部屋』にな。いよいよ、ついに、貴方の出番が来ましたぞ」

 

 ロックハートがビシリと固まった。

 顔からは血の気が引いていき、みるみるうちに真っ青になっていく。

 スプラウトが揚々と、スネイプに続く。

 

「その通りだわ、ギルデロイ。昨夜でしたね、『秘密の部屋』への入り口がどこにあるかとっくに知っていると仰っていたのは」

「私は……その、私は――」

「そうですとも。部屋の中に何がいるか知っていると、自信たっぷりにわたしに話しませんでしたか?」

「い、言いましたか? 覚えていませんが……」

「我輩は確かに覚えておりますぞ。ハグリッドが捕まる前に、自分が怪物と戦うチャンスがなかったのは残念だったと仰いましたなぁ」

「何も、そんな、貴方の誤解では……」

 

 おろおろとロックハートは辺りを見渡す。

 非情なことに、彼の味方はもうここに一人もいなかった。

 そんなロックハートに、無慈悲にマクゴナガルがとどめを刺す。

 

「それではギルデロイ、貴方にお任せしましょう。伝説的な貴方の力に。誰も貴方の邪魔をさせはしません。お一人で怪物と取り組むことが出来ますよ」

「え……ぁ……」

「今夜こそ絶好のチャンスです。攫われた一人はミス・ルーピンです。見事助けてあげてください」

 

 最早ロックハートは何も聞こえていないようだった。

 いつもの取り得であったハンサム顔は、面影すらない。

 唇は震え、歯を見せた笑顔が消えた顔は、うらなり瓢箪のようだった。

 

「よ、よろしい……へ、部屋に戻って、し――支度します」

 

 逃げるようにロックハートは部屋を出ていく。

 

「さて。これで厄介払いが出来ました。寮監の先生方は寮に戻り、生徒に何が起こったかを知らせてください。明日一番のホグワーツ特急で生徒を帰宅させると伝えてください。ほかの先生方は、生徒が一人たりとも寮の外に残っていないように見回ってください」

 

 素早く指示を出したマクゴナガル。

 先生たちが一人、また一人と部屋を出ていった。

 残されたハリーとロンは、起こってしまった最悪の事態に俯いていた。

 

「じ、ジニー……」

「……ロン、ロックハートの所へ行こう。まだ間に合うかもしれない。ロックハートは何とかして『秘密の部屋』に入ろうとしているんだ。僕たちの知っていることを教えよう」

 

 だが、ハリーはまだ諦めていない。

 最悪は最悪だ。だが、本当に最悪なことが起きてしまっているとは限らない。

 つまるところ――ジニーもアルテもまだ生きている可能性がある。

 ほかに良い考えも思いつかなかった。ロンは震えながら頷き、二人は透明マントを取りに寮へと向かった。

 

 

 

 ロックハートの部屋に近づくうちに、辺りは暗くなり始めていた。

 彼の部屋は取り込み中なようで、慌ただしい足音と荒い物音が聞こえてくる。

 ハリーがドアをノックすると、中が急に静かになった。

 それからドアがほんの少しだけ開き、ロックハートが顔を覗かせる。

 

「あ、あぁ……ポッター君、ウィーズリー君……それに、ミス・グリーングラスか……」

「え?」

 

 ハリーとロンが振り向いた。

 見間違えではない。そこには確かに、スリザリンのダフネ・グリーングラスがいた。

 

「……君、何でここに」

「――ミリセントとパンジーがスネイプの気を引いてくれたの。大人しくしていられる訳ないでしょ」

 

 ダフネがハリーたちに並ぶ。

 ロックハートは三人に怯んだようにドアを若干閉めた。

 

「え、えっとだね。私は今、少々取り込み中で……」

「あ――先生のお役に立つと思うんです!」

「いや、今は都合が……ええ、ああ、はい。いいでしょう」

 

 非情に迷惑そうに、ロックハートは三人を部屋に招き入れた。

 ハリーたちが訪れた時とは見違えるような光景だった。

 そこにあった趣味の悪いインテリアは影も形もない。

 全て箱やトランクに押し込まれ、そこはまるで引っ越す前の部屋を思わせた。

 

「……どこかへいらっしゃるのですか?」

「うー、あー、そう。緊急に呼び出されて、仕方なく。私は行かなければと……」

「ぼ、僕の妹はどうなるんですか?」

 

 ロンが愕然として言った。

 ロックハートは彼らを見ず、引き出しの中身をひっくり返してバッグに入れながら他人事のように呟く。

 

「そう、まったく気の毒なことだ……誰よりも私が一番残念に思っている……」

 

 荷造りを続けるロックハートの腕をダフネが掴んで止めさせた。

 悔しそうに唇を噛み、目に涙を浮かべた少女に、ロックハートは鬱陶しそうに視線を向けた。

 

「――アルテはどうなるの!? あんだけ迫っといて、こんな状況で何もせずに逃げる気!?」

「死んだら何もかもお終いでしょうが!」

 

 ダフネを引き剥がし、ロックハートは叫んだ。

 英雄的な彼から出るとは思えない、卑屈な言葉だった。

 仮面が剥がれたロックハートは、大いに取り乱しながら続ける。

 

「職務内容にこんなことの対処は書かれてなかった! それに死んだ者を尚も愛するなんて無理に決まってるでしょう! ええ、冥福は祈っておきますとも!」

 

 ダフネは言葉を失った。

 その様子に、思わずハリーが声を上げる。

 そうしなければ――この少女が何をするか、分からなかったから。

 

「逃げ出すんですか? 本に書いてあるように色々なことをなさった先生が?」

「本は誤解を招く!」

「ご自分が書かれたのに!」

「ちょっと考えれば分かることだ! 私の本があんなに売れるのは、中に書かれていることを全部私がやったと思うからでね! もし狼男の話が、アルメニアの醜い魔法戦士のものだったら本は半分も売れなかった筈です! そんなもんなんですよ!」

 

 追い詰められたからか、ロックハートはそれまで誰の前であろうと口を滑らせなかった秘密を暴露した。

 狼男やバンパイアを彼が対峙するなど、出来ようはずもない。

 本が売れたのは、『それを全てロックハートが行ったと読者が思っているから』だと。

 

「仕事はしましたよ。しましたとも。そういう人たちを探し出し、どうやってやり遂げたのかを聞き出す。それから『忘却術』を掛ける。するとその人たちは自分のやった偉業を忘れる。これで大変な仕事なんですよ」

 

 そんなことを言いながら、ロックハートはトランクに鍵を掛ける。

 そして、懐から杖を取り出した。

 

「さて……この学校での最後の仕事です。私の秘密をペラペラそこらじゅうで喋ったりされたら商売あがったりですから――」

「エクスペリアームス、武器よ去れ!」

 

 ロックハートが呪文を口にする前に、ハリーの閃光がロックハートに突き刺さった。

 後ろに吹っ飛んでトランクに足をすくわれ、その上に倒れ込む。

 衝撃で机の上の箱が床に落ち、中のものが飛び散った。

 ロックハートの手から離れた杖は高々と空中に弧を描き、ロンがそれをキャッチすると、窓から外に放り投げた。

 

「スネイプ先生にこの術を教えさせたのが間違いでしたね」

 

 ハリーはロックハートのトランクを脇の方に蹴飛ばして言った。

 トランクの傍に落ちた一つの写真立てを、ふとダフネは目にした。

 趣味の悪い額縁の中にいる、素っ気なく向こうを見る帽子を被った少女。

 それはまさしく――

 

「……これ、アルテだよね。もしかして盗撮じゃ……」

「そんなの、もうどうでもいいでしょう! 私に何をしろというのだね! 『秘密の部屋』がどこにあるかもしらない。私には何もできない!」

「運のいい人だ。僕たちはその在り処を知っていると思う。中に何がいるかも。さあ、行こう」

 

 写真を拾い上げるダフネ。

 ハリーはロックハートに杖を突き立て、無理やり立たせる。

 そのまま、ロックハートを追い立てるようにして部屋を出て、『嘆きのマートル』のトイレに向かう。

 ダフネは、間違ってもロックハートなどに持って帰らせるかと写真立てから写真を取り出し、懐に仕舞い込んだ。

 

「……ポッター、本当なの? 部屋の場所が分かるって」

「うん……あくまで、推測だけど。グリーングラス、君は――」

「行くよ。ううん、止めるっていうなら、二人を倒して私だけでも行く。アルテを助けたいの」

 

 ダフネは本気だった。

 ハリーたちが止めるというのなら、自分の知るどんな呪文を使ってでも二人を突破する。

 まだアルテは生きている。その一縷の希望だけを信じ、『秘密の部屋』に行く。

 ミリセントとパンジーは己を信じたのだ。こんなところで立ち往生している訳にもいかない。

 

「……行こう。ジニーもアルテも、まだきっと間に合う」

 

 階段を下りていく。

 そして、四人は部屋への入り口があるだろう、トイレに辿り着いた。

 

 

 

 薄明りの部屋の中で、掠れた悲鳴が響き渡った。

 二十秒余り、途切れ途切れに零れた叫びは、部屋の外の誰にも届くことはない。

 声の主――アルテは己に掛けられた魔法の効果が切れる前に、意識を失った。

 

「やれやれ、またか。これで二度目だ。エネルベート、活きよ」

 

 気を失った者を蘇生させる魔法が唱えらえれる。

 碌に精神が回復していないままに意識を取り戻したアルテは咳き込み、痛みの走る喉を押さえて悶えた。

 

「まだたったの十五回じゃないか。まさかこれだけで気絶して許してもらおうなんて思っていないだろう?」

「っ……こほっ……」

「十六回目だ。いや、厄介な話だよ。いつまで経っても君は僕を満足させてくれない――クルーシオ!」

「かっ……ぁ……っ!」

 

 最早、悲鳴と言える悲鳴を上げられなかった。

 小さく掠れた声を零しながら転げまわるアルテを、輪郭のはっきりとしない少年が不気味な笑みを浮かべながら見下ろしている。

 アルテの体には至る所に切り傷や打撲痕、それに火傷痕が刻まれている。

 少年の気晴らしと暇潰しを兼ねて行われている拷問。

 その初期に放たれた発火魔法により、纏っていた制服やローブの粗方は燃え尽きてしまった。

 既にアルテが纏っているのは申し訳程度の切れ端くらいであり、体のどこかに引っかかっているだけと言っても過言ではなかった。

 帽子は雑に放り捨てられ、露わになった耳にさえ切り傷が走っている。

 三十秒ほど呪いを掛け続け、ようやく術を解くと弱々しく痙攣するアルテに、微笑んだまま問い掛ける。

 

「さて。君は自殺願望でもあるのかな? 警告したのに、何故継承者を騙り続けたんだい?」

「……」

 

 小さく息を零すだけで、答えることはないアルテ。

 それに少年は鼻を鳴らし、黙ってその腹に蹴りを入れた。

 

「っ、ぅ……」

「エレクト、立て」

 

 アルテを無理やり立たせる。

 膝に力など一切入らないが、体にまっすぐ芯を刺されたように倒れることが出来ない。

 

「答えろ。君は何故僕の邪魔をした」

「…………邪魔、して、いる……つもりは、ない」

「……そうか。もっと性質が悪いな。君は無自覚のままに、僕の邪魔をしていたのか」

 

 その胸に閃光を叩きつけ、吹き飛ばす。

 危なかった、と少年は自分の行いを反省した。

 怒りに任せ、死の呪いを放つところだった。

 まだほんの少しも満たされていない。コレを殺すのは、その後だ。

 

「人を苦しめれば多少は気が晴れるんだがな……ああ、君は(けだもの)だったか。まあそれでも、数をこなせばいつかは、かな。あまり手を煩わせないでくれ――クルーシオ!」

「ぎ――ぅ――!」

 

 全身に走るあらゆる苦痛は、何度受けても慣れることはなかった。

 そのたびに上書きされるような鮮烈な痛みに、思考全てが支配されていく。

 少年の暇潰しも兼ねたアルテへの罰は続く。

 彼の待ち人は、すぐそこまで来ていた。




※それにしてもこのスネイプ、ノリノリである。
※マクゴナガルとスネイプ一世一代の協力攻撃。
※ダフネがパーティに参加しました。
※自己陶酔が過ぎるけどこういうところは現実主義なロックハート。
※ロックハート「死んだ者を尚も愛するなんて無理に決まってるでしょう!」
 スネイプ「……」
※盗撮バレ。
※ちょっと怪しいフラグの立ってるっぽいダフネ。
※監禁と拷問を二年目で受ける主人公。
※磔呪文被害最多記録を目指している節があるアルテ。
※寝る時でなくても気付いたら脱いでる。
※別に私にリョナ趣味はないです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。