『嘆きのマートル』のトイレの手洗い台。
その前で蛇語を話すことこそ、『秘密の部屋』を開く鍵だった。
ハリーがシューシューという音を口から零すと、蛇口が眩い光を放ち、床に沈み込むと、太いパイプがむき出しになった。
大人一人が滑り込めるほどの幅だった。
ハリーに迷いはない。ダフネもまた、やることは決まっていた。
ロンも決心の表情で、続く意思を示す。
「……さて、私は殆ど必要ないようですね、では私はこれで――」
「先に降りるんだ」
「それがなんの役に立つと言うんだね? いや本当に、なんの役にも――」
言い訳して逃げ出そうとするロックハート。
ロンがその背中を押し、パイプに突き落とした。
反響する悲鳴がだんだん遠くなっていく。
その後にハリーが、ロンが、ダフネが続いて降りていった。
曲がりくねりながら下に向かって急勾配で続くパイプは、学校の地下牢よりも深く続いているようだった。
やがてパイプが平らになる。
辿り着いた出口から放り出され、四人はじめじめとしたくらい石のトンネルの床に落ちた。
「学校の何キロも、ずーっと下の方に違いない」
「湖の下だよ、多分……」
「こんなところが……ルーモス、光よ」
ダフネが杖の先から光を放つ。
それでも見える範囲にめぼしいものはなかった。
床には小さな動物の骨が無数に転がっている。
砕けたネズミの頭蓋骨は、どうにも、連れ去られた二人の最悪の末路を思わせてしまい、ハリーたちは下だけは見ないようにした。
「みんな、いいかい? 何かが動く気配を感じたら、すぐ目を瞑るんだ」
結局、目を瞑ってもその牙にやられれば死は免れないが、それでも即死よりは可能性がある。
動く気配を探しながら進むと――何かを見つけた。
トンネルの行く手を塞ぐように、何か大きくて曲線を描いたものがあった。
ダフネが杖の灯りを強くすると、その形が明白になる。
杖灯りが照らし出したのは、巨大な蛇の抜け殻だった。
毒々しい鮮やかな緑色の皮が、トンネルの床にとぐろを巻いて横たわっている。
その大きさは六メートルを超えており、その皮を脱いだ本体がどれほどの巨体を持っているかを想像させる。
「……なんてこった」
ロンが力なく呟いた。
それとほぼ同時に、ロックハートが腰を抜かして崩れ落ちる。
仕方なく、ロンが立たせようと近付くと、ロックハートはすぐに発ちあがり、ロンに跳びかかって殴り倒した。
ロンの杖を奪い、ハリーに向けるロックハート。
ダフネが光の魔法を解けば、辺りは真っ暗になる。ゆえに魔法を軽率に解くことはできないと判断し、最初の獲物を選んだ。
「坊やたち、お嬢さん! 遊びはこれで終わりだ! 私はこの皮を少し持って帰り、女の子たちを救うには遅すぎたと皆に言おう! 君らはズタズタになった無残な死骸を見て哀れにも気が狂ったと言おう!」
「少しでも負い目とかないの!? アルテが継承者に間違われたのは殆ど貴方のせいなのに!」
「私が何をしたというのです! そうだとして、既に手遅れな彼女のことを悔いても何も始まらないでしょう! 忘れられるものなら忘れたいものですよ!」
まるで堪えた様子のないロックハートは、スペロテープでグルグル巻きになったロンの杖を頭上に振りかざす。
ここまでか、とハリーは目を閉じた。
次の瞬間には、自分の記憶は失われてしまうのだろうか――
「さあ、ハリー! 記憶に別れを告げるがいい! オブリビエイト、忘れよ!」
その瞬間、杖は小型爆弾のように爆発した。
衝撃でハリーとダフネの体が軽く浮く。
そしてトンネルの天井が崩れ落ち、二人とロン、ロックハートを隔てるように道を塞いだ。
「ろ、ロン!」
「僕は大丈夫だ! でもこっちの馬鹿は駄目だ……杖で吹っ飛ばされた」
ロンの声は、崩れた岩石の影から小さく聞こえた。
これを壊すのは今の三人では無理だった。
粉々呪文すらまともに習得していない彼らでは何年たつかも分からない。
これだけ巨大なものを壊そうとした経験などない。
初めてでこんなものに挑戦し、もし失敗などすれば――
「……ロン、そこで待ってて。僕たちが先に進む。一時間経って戻らなかったら――」
「……」
勿論、分断されていたからといってハリーとダフネが止まる理由などなかった。
これで助けを待っていてジニーたちが手遅れになったら、それこそ納得できない。
「――僕は少しでもここの岩石を取り崩してみるよ。そうすれば、君たちが帰りにここを通れるだろ?」
ロンが賢明に、落ち着いた声を取り繕おうとしているのは明白だった。
その震える声に、自信を叩き込むように、ハリーは告げる。
「それじゃあ、また後で」
ダフネがトンネルの向こうを灯りで照らす。
蛇の皮の横を抜けて先に進む。くねくねと、何度も曲がり、先へと進む。
どちらも、何も言うことはなかった。
元より、殆ど会話なんてすることがなかったグリフィンドール生とスリザリン生だ。
本能的に相容れないのだろう。余計な話をすることなく、やがて行き止まりの壁に辿り着く。
二匹の蛇が絡み合った彫刻が施してあり、蛇の目には輝くエメラルドがはめ込んである。
何をすべきかはわかった。
ダフネが黙って一歩下がり、ハリーがその壁に向かって一言、蛇語を話した。
『――開け』
この通路への入り口を開くための言葉と同じだった。
相変わらずダフネにはシューシューとしか聞こえないが、それでも何となく、意味合いは理解できた。
蛇語に反応して、壁が二つに裂ける。
これが、最後の扉なのだろう。
二人はやはり何も言わず、無言のままに顔を見合わせて――意を決したように、中へと入っていった。
そこは細長く奥へと延びる、薄明りの部屋だった。
彫刻を施した石柱が上へ上へを聳え、見えないほど高い天井を支えている。
バジリスクの気配はなかった。どこかに潜んでいるのだろうか。
ハリーとダフネは左右一対になった、蛇の柱の間を前進する。
蛇の眼窩は二人の姿を追っているような気がした。
最後の一柱のところまで来ると、部屋の天井に届くほどの席上が壁を背に立っているのが見えた。
年老いた猿のような顔に、細長い顎鬚。
灰色の巨大な足の間に、二人の少女がうつぶせに横たわっていた。
「ジニー!」
「アルテッ!」
思わず杖を投げ捨て、燃えるような赤毛のローブ姿の少女にハリーが駆け寄る。
見たところ傷はない。
だが、一方のアルテは凄惨な状態だった。
息は病人よりも細くなっており、体中にありとあらゆる傷が残されている。
周囲は幸い、もう灯りを必要とするほどではない。
杖先からの灯りを消し、ダフネはアルテに杖を向ける。
「エピスキー、癒えよ!」
「ッ、ぁ……っ」
「痛むかもだけど、我慢してアルテ! このままだと、貴女死んじゃう!」
ダフネが掛けた治療呪文により、アルテの傷は少しずつ癒えていく。
しかし、この呪文の欠点として、治す傷によっては痛みが伴う。
一体、どれだけの魔法を掛けられたのか。
僅かに体に引っかかった布切れの端は焦げている。
体中の火傷と共に考えれば、炎上呪文を掛けられたことも予想できた。
とりあえず応急処置を施し、ダフネは自分のローブをアルテに掛ける。
アルテには弱々しいながらも意識がある。だが、それに対してジニーは意識がなく、その顔は大理石のように冷たかった。
「ジニー、お願いだ。目を覚まして……!」
「その子は目を覚ましはしない」
物静かな声がした。ハリーとダフネは膝をついたまま振り返る。
背の高い、黒髪の少年だ。
すぐ傍の柱にもたれていた。まるで曇りガラスの向こうにいるかもように、輪郭が奇妙にぼやけている。
ダフネは見覚えがなかった。だが、ハリーは確かに知っている。
「……トム? ――トム・リドル?」
少年――リドルは頷いた。
ダフネはふと思い出す。確か学校に表彰された生徒に、そんな名前の人がいた筈だ。
だが、それはもう五十年も前の話。
そんな時代の人間がこんな場所に、こんなに若い姿でいるなどありえない。
「目を覚まさないってどういうこと? まさか――」
「その子はまだ生きている。しかし、辛うじて、だ」
聞きながらも、その若い姿にハリーも疑問を持ったのだろう。
訳が分からなくなり、問いかける。
「……君はゴースト?」
「記憶だよ。日記の中に、五十年残されている記憶だ」
見れば、リドルの傍には日記帳が転がっている。
それは何の変哲もない、ともなればマグル製品の日記帳に見えた。
「……トム、助けてくれないか。ジニーたちを運び出さないと。バジリスクがいるんだ。どこにいるか分からないけど……今にも出てくるかもしれない。お願い、手伝って」
リドルは動かない。
ハリーは一切疑っていないようだが――ダフネはどうにも嫌な予感を感じていた。
こんな場所に、こんな状況の中で、平然としているその男を、どうにも信頼できなかった。
ハリーの杖を拾い上げるリドルに、ダフネは問い掛ける。
「……アルテに何があったの? ――何をしたの?」
「少し罰を与えただけだよ。なに、愚鈍が取り得な獣風情ならその程度じゃ死なないだろう?」
「っ、フリペンド! 撃て!」
「おっと」
聞くが早いか、放たれたダフネの魔法をリドルはハリーの杖で防ぐ。
ハリーは瞠目した。いきなりダフネが魔法を撃ったことに。
「グリーングラス、何を――」
「分かんないの? アルテを攫って、ここまで傷つけたのも、そっちのウィーズリーを攫ったのもこの男ってこと」
「一つは語弊があるな。ジニー・ウィーズリーがこんな風になった原因は、目に見えない人物に心を開き、自分の秘密を洗いざらい打ち明けたことだ」
リドルはダフネに一瞬さえ目を向けなかった。
その瞳はまっすぐ、ハリーに向けられている。
ハリーの杖を弄びながら、リドルは薄ら寒い笑みを浮かべた。
「あの日記は、僕の日記だ。ジニーのおチビさんは何ヶ月もその日記に馬鹿馬鹿しい心配事や悩みを書き続けた。兄さんが揶揄う、お下がりの本やローブで学校に行かなきゃならない、それに、有名な、素敵な、偉大なハリー・ポッターが自分のことを好いてくれることは絶対にない……なんてね」
リドルは肩を竦める。ひどく面倒そうな仕草だが、やはりその目はハリーから離れない。
「十一歳の小娘の悩みを聞いてあげるのはまったくうんざりだったよ。でも僕は辛抱強く返事を書いた。同情してあげたし親切にもしてあげた。そして、ジニーは僕に心を打ち明けることで、自分の魂を僕に注ぎ込んでくれた。ジニーの深層の恐れ、暗い秘密を餌食に、僕はだんだん強くなった。十分になった時、僕は逆にこのおチビに僕の秘密を少しだけ与え、魂を注ぎ込み始めた――」
それは、ハリーにとって聞きたくない事実だった。
ダフネの言ったこと、そしてリドルの言ったことが正しいならば、つまり――
「そうだ。ジニー・ウィーズリーが『秘密の部屋』を開けた。学校の雄鶏を絞め殺し、壁に脅迫の文字を書きなぐった。バジリスクを四人の『穢れた血』や一人の不幸者、スクイブの猫にけしかけた。それにそこに転がっている犬を二度襲い、ここに連れて来たのも、全てジニー・ウィーズリーだ。ただし、始めは気付いてはいなかったがね。暫くして彼女が日記に書いたこと――君にも見せてあげたいよ。ああ――親愛なるトム――」
顔を真っ青にしたハリーに笑みを深め、リドルは日記を思い出すように諳んじ始めた。
――あたし、記憶喪失になったみたい。ローブが鶏の羽だらけなのに、どうしてそうなったか分からないの。ねえ、トム、ハロウィーンの夜、自分が何をしたか覚えてないの。でも、猫が襲われて、アタシのローブの前のペンキがべっとりついてたの。ねえ、トム、パーシーがあたしの顔色が良くないって、なんだか様子がおかしいって、しょっちゅうそう言うの。きっとあたしを疑ってるんだわ……。今日もまた一人襲われたのに、あたし、自分がどこにいるか覚えてないの。トム、どうしたらいいの? あたし、気が狂ったんじゃないかしら。トム、きっと皆を襲ってるのは、あたしなんだわ!」
「やがて馬鹿なジニーのチビは日記を信用しなくなった。とうとう変だと疑い始め、捨てようとした。そこへハリー、君が登場した。君が日記を見つけたんだ。僕は最高に嬉しかった、君が拾ってくれたんだ。僕が会いたいと思っていた君が」
「……どうして僕に会いたかったの?」
拳が震えているのが分かった。
怒りが体中を駆け巡り、声を落ち着かせることさえ難しかった。
ダフネは訳が分からないが、それでも、今聞かされている話が胸糞悪いことだというのはわかる。
「ジニーが君のことを色々教えてくれたからね。君の素晴らしい経歴をだ。君と会って、話さなければならない。だから君を信用させるため、あのウドの大木のハグリッドを捕まえた有名な場面を見せてやろうと決めた」
「ハグリッドは僕の友達だ。それなのに、君はハグリッドを嵌めたんだ! 僕は君が勘違いしただけだと思っていたのに!」
震え出したハリーの声。
その怒りに対してリドルは甲高い笑い声をあげた。
「片や貧しいが優秀。孤児だが勇敢そのものの監督生で模範生。もう一人は図体ばかりデカくて、一週間おきに問題を起こすドジなハグリッド。ディペット校長爺さんがどう取ったかなんて明らかだろう。あんまり計画通りの事が進んだことで、僕も驚いたよ。たった一人……ダンブルドア先生だけが、ハグリッドを無実だと思っていたらしいが」
「きっとダンブルドアは、君のことをとっくにお見通しだったんだ」
「そうだな。ハグリッドが退学になってからダンブルドアは僕をしつこく監視するようになった。僕の在学中に部屋を再び開けるのは危険だと僕にはわかっていた。しかし長い年月を無駄にはしない。日記を残して、十六歳の自分をその中に保存した。いつか時が巡ってくれば、誰かに僕の足跡を追わせて、サラザール・スリザリンの崇高な仕事を成し遂げることが出来るだろうと!」
――真の継承者。
最早アルテを疑う余地はなかった。
五十年前に一度開かれたという『秘密の部屋』。
その時に事を起こしたのも、今回元凶となったのも、全てこの男――トム・リドルだったのだ。
全てを話したリドルに、ハリーは勝ち誇ったように言う。
「成し遂げていないじゃないか。今度は誰も死んじゃいない。あと数時間もすればマンドレイク薬が出来上がって、石にされた人は皆、元に戻るんだ」
「……まだ言っていなかったかな? 『穢れた血』の連中を殺すことなど、もう僕にとってどうでもいいことだって。この数ヶ月間、僕の新しい目的は、君だった」
リドルは静かに告げた。
「ジニーに自分の遺書を書かせ、ここに下りて待つように仕向けた。そこの犬を捕えたのはそのついでだ。君が現れるのは分かっていた。ハリー・ポッター、僕は君に色々聞きたかったんだ」
「……何を?」
ハリーは拳を固く握ったまま、吐き捨てるように言った。
愛想よく微笑するリドルの声は、静かなままだった。
「これといって特別な魔力も持たない赤ん坊が、不世出の偉大な魔法使いをどう破った? ヴォルデモート卿の力が打ち砕かれたのに、君の方はたった一つの傷跡で、何故逃れた?」
「僕が何故逃れたのか、どうして君が気にするんだ? ヴォルデモート卿は君より後に出て来た人だろう?」
その、聞き捨てならない名前に、アルテが僅かに頭を起こした。
ダフネが心配そうにその頭を抱くが、アルテの顔はリドルに向けられている。
「ヴォルデモートは、僕の過去であり、現在であり――未来なのだ」
リドルはハリーの杖で、空中に文字を書き始めた。
三つの言葉が、揺らめきながら淡く光った。
リドルがもう一度杖を一振りする。
名前の文字が一つ一つ動き、並びを変えた。
ハリーが、ダフネが、アルテが、誰しもが目を見開いてその文字を凝視した。
それまでハリーはリドルという人物を信頼に足る者だと思っていた。
まるで悪い冗談にも思えるアナグラムを、しかしリドルは誇らしげに作り上げる。
「――わかったね? この名前はホグワーツ在学中に既に使っていた。勿論、親しい友人にしか明かしていないが。汚らわしいマグルの父親の姓を僕がいつまでも使うと思うかい? 母方にスリザリンの血が流れるこの僕が? 僕は自分の名前を自分でつけた。ある日必ずや魔法界の全てが口にすることを恐れる名前を! 確信していた、僕が世界一偉大な魔法使いになるその日を!」
「ッ――」
「あ、アルテ、動いちゃ駄目!」
無理やり動こうとして、アルテはダフネの腕から転げ落ちる。
なおもしがみ付くダフネは止めることに必死で、見ていなかった。
リドルを――ヴォルデモートを見るアルテの顔を。
アルテに到底似合わない、張り付いたような笑み。
それを見る者はただの一人もいない。リドルは相変わらず、ハリーのみを不敵に見下ろしていた。
「世界一偉大な魔法使いはアルバス・ダンブルドアだ」
「ダンブルドアは僕の記憶に過ぎないものによって追放され、この城からいなくなった!」
「ダンブルドアは君の思っているほど、遠くへは行っていない!」
今この城にはいないダンブルドアは、リドルにとって油断ならない敵だということは分かっていた。
だから五十年前にリドルは部屋を開かなかった。
今もそうであることは、彼の名を聞いて顔を初めて醜悪に歪めたことからも明らかだ。
リドルは反論しようと口を開きかけて――その顔が凍り付いた。
どこからともなく、美しい音楽が聞こえて来たのだ。
音楽はだんだんと近く、大きくなってくる。
その、この世の者とは思えない旋律は、この場のある者には恐怖を与え、ある者には勇気を与え奮い立たせた。
やがて旋律が高まり、深紅の鳥がドーム型の天井に姿を現した。
鳥はハリーの方にまっすぐ飛んできて、運んできたボロボロのものをハリーの足元に落とす。
それからアルテの目の前に降り立ち、張り付いた笑みを消失させた。
「フォークス!」
ハリーが叫んだ。その鳥はアルテも見覚えがあった。
ダンブルドアが飼っている鳥だ。
ハリーは知っている。それはただの鳥ではない。世にも珍しい、不死鳥だ。
そしてハリーの足元に落とされた古くほつれた薄汚い帽子。
入学の時に被った組分け帽子。リドルは我慢ならないとばかりに高笑いした。
「ダンブルドアが味方に送ってきたのはそんなものか! 歌い鳥に古帽子じゃないか! さぞかし心強いだろう、もう安心だなハリー・ポッター!」
しかし、ハリーにはもう不安はなかった。
ダンブルドアがそれを送ってきたのならば、必ず意味がある。
それに今は、かつてないほどに勇気が溢れている。恐れは綺麗さっぱり、消え去っていた。
「……本題に入ろうか。ハリー、二回、僕たちは出会った。そして二回とも君を殺し損ねた。君はどうやって生き残った? 全て聞かせてもらおうか。長く話せば、君はそれだけ長く生きていられることになる」
「僕自身にも分からない。でも、何故君が僕を殺せなかったか、僕にはわかる。母が、僕をかばって死んだからだ。母は普通の、マグル生まれの母だ」
毅然とした態度で、ハリーはリドルに向き合った。
「君が僕を殺すのを母が食い止めたんだ。僕は本当の君を見たぞ。去年のことだ、落ちぶれた残骸だった。辛うじて生きている、君の力の成れの果てだ。君は逃げ隠れしている! 醜い! 汚らわしい!」
「……そうか。母親が君を救うために死んだ。それは呪いに対する強力な反対呪文だ。わかったぞ――結局君自身には特別なものは何もない訳だ。僕の手から君が逃れたのは、幸運だったからに過ぎないのか。それだけ分かれば十分だよ」
――アルテは、その時ようやくまともにハリー・ポッターに関心を持ち、理解した。
どうして最初に会った時から、他者とは違うものを彼に感じていたのか。
それは他でもない。彼は自分の終着点を先立って成し遂げたものであったからだ。
ハリー・ポッターはヴォルデモートを打倒した。
ゆえにこそ、去年から妙なほどに運命が重なり、二年続けて同じ敵と相対していたのだ。
「アルテ!」
「……大丈夫」
ハリー・ポッターのことはわかった。
ならば、それでもいい。それが、かの者と戦う運命を定められているのであれば、邪魔をするつもりはない。
自分のやるべきことは――ただ一つ。
立ち上がる。不思議なほどに痛みはなかった。
脳内を何か冷たいものが駆け巡る。苦痛、疲労、そんなものは必要ないと脳が捨て去ったように感じた。
「さて、ハリー。少し揉んでやろう。サラザール・スリザリンの継承者、ヴォルデモート卿の力と、かの有名なハリー・ポッターとダンブルドアがくださった精一杯の武器とを、お手合わせ願おうか。ああ、構わないよ、そっちの犬と小娘が手伝っても。歌い鳥ほどの役に立つかも知らんがね」
リドルはその場を離れ、上半分が暗闇に覆われているスリザリンの像を見上げた。
横に大きく口を開くと、シューシューという音が漏れた。
ダフネには、何を言っているか分からなかった。意味をはっきりと理解できたのは、ハリーとアルテだけだ。
『スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。われに話したまえ』
スリザリンの巨大な石の顔が、継承者の言葉に応じて動き出した。
口がだんだんと広がっていき、ついに大きな黒い穴になった。
何かが、奥の方からずるりと這い出してくる。
「わぷっ!?」
アルテは咄嗟にダフネのローブを脱ぎ、ダフネに頭から被せた。
そして己は目を瞑る。ハリーに見せられた本の切れ端の情報が正しいならば、これで即死は免れる。
ハリーもまた同様に目を閉じた。
フォークスが飛び立つ。何か巨大なものが部屋の石の床に落ち、振動が伝わってきた。
アレを打ち倒さなければ、ヴォルデモートには届かない。
前方にいるとわかる蛇に相対する。耳と鼻、そして全身に伝わる悍ましい殺気を頼りに、アルテは前傾姿勢を取る。
『あいつを殺せ』
リドルの指示ゆえだろう。その殺気は、意識は、ハリーを強く見据えていた。
ずるずると近付いてくるが、蛇はあくまでハリーしか見ていない。
バジリスクを支配するリドルにとって、最優先はハリーだったからだ。
破裂するような、シャーシャ―という音がすぐ近くに聞こえた。
あと二メートル。それでハリーに牙が刺さる。
その直前――翼の音が聞こえた。
研ぎ澄まされたアルテの感覚は掴み取った。その羽音の意図。あれなる蛇の王に勝つための、大前提となる一歩を。
蛇に急接近する羽音の位置を悟る。そしてその正反対の場所にある“死”に向かい、足に力を込めて跳びかかった。
※忘れられるなら忘れたいロックハート。
※望み通り暴発してあげた忘却呪文。
※多分アルテの残りHP2%くらい。
※でもヴォルデモートって単語には反応する。
※オリジナル笑顔再び。
※ハリーのことをようやく知るアルテ。
※最早犬扱い。
※パーティ:ハリー(魔法剣士)、アルテ(バーサーカー)、ダフネ(魔法使い)、フォークス(ペット)
※とりあえずローブが邪魔なのでまた脱ぐ。
※心眼(聴覚)。