ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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吸魂鬼

 

 

 キングズ・クロス駅は当たり前のように人でごった返していた。

 家族と一年間の別れの言葉を交わす必要がなかったアルテとリーマスは、すぐに汽車に乗って、最後尾の大きなコンパートメントに入った。

 

「さて……アルテ。それじゃあ私は……」

「ん」

 

 席に座ると、リーマスはローブに包まって目を閉じた。

 防衛術の担当と決まってからリーマスは授業の内容について毎日夜遅くまで考えていた。

 この前日もそうだ。

 ようやく一年間の大まかな予定が決まったようで、後はホグワーツに着く前に寝ておきたい、とのことだった。

 アルテは特に反対しなかった。リーマスが眠いというならば、眠らせてあげたい。

 ものの数分でリーマスは寝息を立て始めた。

 それから出発の時間が迫ると、コンパートメントに二人入り込んでくる。

 

「あ、アルテ! 久しぶり! ここ良い?」

「構わない」

 

 ダフネと、彼女に良く似た幼い少女。

 どちらかというとローブに着られているようで、まだ着慣れていないことが明らかだった。

 

「誰?」

「アステリア、私の妹。今年入学したの」

 

 緊張しているようで、カチコチと固い動きをしている少女――ダフネの妹だというアステリア・グリーングラスは、しかし何やら目を輝かせながらアルテを見ている。

 

「それで、そっちの人は? ――R・J・ルーピン教授って……まさか」

「わたしを育ててくれた人」

 

 ダフネは荷物棚の鞄に書かれた名前を見て目を見開いた。

 アルテの表情には、分かりにくいながらも喜びの色があった。

 そして、ダフネは理解する。

 昨年度末、妙にアルテがそわそわしていた理由は、これだったのだ。

 ダフネ自身であればぞっとするが、彼女にとっては嬉しいことなのだろう――義父が授業を担当するというのは。

 そんな感情が伝わってきて、ダフネも顔を綻ばせる。

 程なくして汽車が走り出す。するともう一度コンパートメントの扉が開いた。

 

「あ……アルテ、グリーングラス、入っていいかな?」

 

 どうやら、もうこの個室以外空いているところがなかったらしい。

 ハリーとロン、そしてハーマイオニーだった。

 幸いこの個室は他より大きい。七人くらいであれば十分入ることが出来た。

 犬猿の仲であるグリフィンドールとスリザリンではあるが、ダフネにはそういった差別意識はあまりなかった。

 

「構わないけど。ね、アルテ」

「ん」

 

 別にこのくらいであれば、窮屈に感じることもない。

 それぞれ席に座る三人を特に気にせず、アルテは軽食として用意してきたジャーキーを取り出し、齧り始める。

 

「君は、グリーングラスの妹?」

「は、はい。あ、アステリア・グリーングラスですっ」

 

 まだ寮が決まっていないからか、それともダフネの考え方に影響されているのか、アステリアはハリーらに対して嫌悪感はないようだった。

 その垢抜けていない、微笑ましい姿を見てハリーたちも明るい気分になる。

 スリザリン生の妹というフィルターすら掛けさせないほどに、まだ純粋な少女だ。

 スリザリンに対し特に敵対意識を持っているロンですら、何も思わせないほどに。

 

「そっちの人は……誰だと思う?」

 

 引き戸を閉め、ロンが今気づいたようにリーマスを指して聞いた。

 それに答えたのはハーマイオニーだ。

 

「ルーピン先生。って……ルーピン?」

「うん。アルテのお義父さんだって」

 

 ダフネに教えられたハリーたちだが、正直胡散臭さを感じざるを得なかった。

 というのも、リーマスの容姿にある。

 疲れ果ててやつれた顔つきに、白髪混じりの鳶色の髪。

 そしてみすぼらしい継ぎ接ぎだらけのローブ――ちなみにアルテが二年目を終えて戻ってきた時、継ぎ接ぎは更に増えていた。

 そんな姿はまるで浮浪者のようで、とてもではないが先生のようには見えなかった。

 ダフネもそう感じていたが、誰もそれを口には出さない。そんなことをすればアルテに何をされるか分からないからだ。

 

「何を教えるんだ? その……君のお義父さんは」

「決まってるじゃない、空いているのは『闇の魔術に対する防衛術』よ」

 

 ロックハートによって散々だった去年の授業。

 この場の面々――アステリアと寝ているリーマスを除いてだが――は、ロックハートが何故退職したかを知っている。

 その他の生徒たちは自分の大法螺がバレたからと思っているだろう。実際はそれよりも大惨事になっていたのだが。

 

「まあ……この人がロックハートよりちゃんと教えられたらいいけど。強力な呪いを掛けられたら一発で参っちゃいそうな――」

 

 ――それ以上はリーマスの容姿に口を出すより危険なことだと、流石にロンも分かった。

 若干手遅れで、アルテから強く睨まれている。

 ロンに手を出すことはなさそうだが、彼が抱えているネズミはアルテに視線を向けられると引っ繰り返ってしまった。

 あと少しでも続けていれば、ロンではなくこのネズミが狩られていた。皆、そう確信していた。

 

 

 

 それから他愛のない話をし、時間を潰した。

 シリウス・ブラックのこと。

 彼を探すため、魔法省はマグルの警察まで総動員しているとのことだ。

 アズカバンにおける初の脱獄者。それも、最も厳しい監視を受けていたシリウスが抜け出したという事実はマグル界にも大きな影響を与えうると判断したのだろう。

 マグルの新聞やニュースにおいてもシリウス・ブラックの名は取り上げられ、指名手配されている。

 魔法界とマグルが手を取り合ってでも対処しなければならない事態ということだ。

 そんな暗いニュースはほどほどに、話題は明るい方向へと転換した。

 ホグズミードのこと。

 三年生以降は、一年間のうち何日かの休日に、ホグワーツ近くにあるイギリス唯一の魔法使いだけの村、ホグズミードに行くことが許可される。

 ハニーデュークスの菓子屋をはじめとして、魔法界でも有名な店が立ち並ぶ村で、これを楽しみに日々を過ごす上級生も多い。

 ホグズミード行きには保護者からのサインを貰った許可証が必要で、アルテもリーマスからサインを貰っていたが、正直なところあまり興味はなかった。

 それよりもリーマスといた方が楽しい、と思っているためだ。尤も、昨年度に聞いた話ではウィーズリーの双子から仕入れているベーコンやジャーキーはホグズミードから買ってきたものだという話なので、それ自体は気になったのだが。

 しかし、このホグズミード行きの許可証だが、ハリーは貰えなかったらしい。

 ダーズリー氏も、この夏休み中ハリーが世話になったファッジ大臣もサインをくれなかったとのことだ。

 それで気まずくなり、その話題が止まったころ、車内販売のカートがやってきた。

 

「その人を起こすべきかな?」

「構わない」

 

 何か食べた方が良いと思う程にやせこけたリーマスだが、アルテが断った。

 身じろぎしないリーマスはよほど深く眠っているのだろう。

 魔女が大鍋ケーキをハリーに渡しながら微笑む。

 

「大丈夫よ。目を覚ました時にお腹が空いているようなら、私は一番前の運転手のところにいますからね」

 

 魔女が引き戸を閉め、去っていく。

 外は雲が厚く立ち込め、丘陵風景が霞むほどの雨が降り始めた。

 汽車に乗って数時間。アルテにも眠気が襲い始め、いつからともなく、リーマスに寄り掛かって寝息を立て始めた。

 その最中、そわそわとしたアステリアがゆっくりとアルテの帽子に手を伸ばしたがダフネに引っ叩かれるなどのことがありつつも汽車は進んでいく。

 アルテが寝て暫く経つと、足音が近付いてきてドアが開かれた。

 

「へえ、誰かと思えば、ポッティーのいかれポンチとウィーゼルのコソコソ君じゃないか。っと、やあグリーングラス、そういえば今年から妹が来るって言っていたね」

 

 ドラコに彼の腰巾着、クラッブとゴイルだった。

 気取った口調で開口一番ハリーとロンを揶揄い、そしてダフネたちに目を向ける。

 どうやら初対面ではないらしい。アステリアは頬を赤く染めながらも、ドラコに頭を下げた。

 

「ウィーズリー、君の父親がこの夏やっと小金を手にしたって聞いたよ。母親がショックで死ななかったかい?」

 

 ウィーズリー氏が夏休み中にガリオンくじグランプリに当選したことを言っているのだろう。

 小馬鹿にした笑みを浮かべるドラコにクラッブとゴイルがトロールのようなアホ笑いで続く。

 神経を逆撫でする発言にロンが立ちあがり、その表示にハーマイオニーが飼い始めた猫――クルックシャンクスの籠が落ちる。

 アルテが身じろぎし、リーマスがいびきをかいた。

 

「ん? アルテは寝てるのか。そいつは誰だ? ボロクズのようなローブを着て貧乏くさい。なんでそんな奴がコレに乗ってるんだよ」

「新しい先生だ」

「あと、アルテのお義父さんよ」

 

 ドラコの笑みが凍り付いた。

 クラッブとゴイルはドラコを置いて逃げ出す。

 怒り心頭だったロンも冷静になって、顔を青くしながら座りなおした。

 ――幸いアルテは起きていない。起きていれば――ドラコは前年度のバレンタインでのロックハートを思い出した。あんなことになっていたかもしれないし、もしかすると『秘密の部屋』の怪物のようにバラバラに食い散らされていた――そんな風に生徒たちには噂されている――かもしれない。

 先生の鼻先で喧嘩を吹っ掛けることは避けたい。

 そそくさと去っていくドラコ。それが実に滑稽で、ハリーとロンは一頻り笑った。

 それから更に汽車は北へと向かい、外が真っ暗になった頃、汽車が速度を落とし始めた。

 

「まだ着かない筈よ?」

 

 ハーマイオニーが時計を見ながら首を傾げる。

 ピストンの音が弱くなり、窓を打つ雨の音が一層激しく聞こえてくる。

 汽車がガクンと揺れて止まった。

 鬱陶しそうにアルテが身を起こす。

 ズレた帽子を被りなおし、辺りを見渡す。なんの前触れもなく明りが一斉に消え、汽車の中は真っ暗になった。

 

「一体何が起こったんだ?」

「イタッ! ロン、今の私の足よ!」

「故障しちゃったのかな?」

 

 ロンが窓ガラスの曇りを丸く拭き、外を覗く。

 

「……何だかあっちで動いてる。誰か乗り込んでくるみたいだ」

 

 コンパートメントのドアが急に開き、ネビルが倒れ込んできた。

 

「ご、ごめんね! 何がどうなったか分かる!?」

「やあネビル、とりあえず座って――」

「ハリー?」

「ジニーもいるの?」

 

 一緒にやってきたらしいネビルとジニーをコンパートメントに招く。

 どうやら二人とも、後方の広い部屋に避難しにきたらしい。

 アルテの警戒の対象は彼らではなかった。

 座ったネビルとジニー、入れ替わるようにアルテは立ち上がり、リーマスを揺する。

 

「リーマス」

「……あぁ。起きているとも」

 

 目を開けたリーマスがしわがれた声で言った。

 ゆっくりと立ち上がり、手の平に明りを灯し皆を見渡す。

 

「皆、動かないで」

 

 ドアの前まで歩いていく。

 しかし、リーマスが辿り着くより前に、ドアがゆらりと開かれた。

 リーマスの明りに照らされ、その姿が明らかになる。

 

「――――」

 

 誰かが、息を呑んだ。

 それは天井まで背が届かんほどの、巨大な黒い影だった。

 マントと頭巾で体中がすっぽりと覆われている。

 唯一突き出されている手は灰白色に冷たく光り、水中で腐敗した死骸のように穢らわしかった。

 人でないことは明らかだ。

 頭巾に覆われた得体の知れない何者かは、ガラガラと音を立てながらゆっくり、長く、息を吸い込む。

 瞬間、全身を刺すような冷気が面々を襲った。

 心臓を氷の手で鷲掴みにされたようだった。

 ハリーが目玉を引っ繰り返して倒れる。凍り付いたような寒気で体を震わせながらも、ダフネはアステリアを守るように抱え込む。

 そんなダフネたちの視界を、アルテがローブを広げて覆った。

 爪を伸ばし、いつ近付いてきても対処できるよう油断なく構える。

 

「シリウス・ブラックをマントの下に匿っている者はいない。去れ」

 

 リーマスが鋭い声で、黒い影に告げる。

 対して、影は何も言わない。もう一度息を吸い、辺りを冷たくしていく。

 

「言っても聞かないか――エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」

 

 早々に話し合いなど通用しないと踏んだリーマスは、杖を向けて呪文を唱えた。

 銀色の靄のようなものが、杖から飛び出す。

 辺りを青白く照らすその魔法は黒い影にぶつかり、外へと追いやるように吹き飛ばした。

 危機が去り、ロンたちがハリーに駆け寄る。

 アルテは震えているダフネたちに振り向いた。

 

「……怪我はない?」

「う、うん。でも、す、凄く冷たかった。変な気分……」

 

 ロンに揺さぶられたハリーが目を覚ます。

 車内が明るくなり、汽車が再び動き出した。

 

「大丈夫かい?」

「あ、あぁ……何が起こったの? あいつはどこに行ったんだ? 誰が叫んだの?」

「誰も叫んじゃいないよ」

 

 皆、顔が蒼白だった。

 ただ一人――アルテだけが、平然とした顔で窓の外を睨みつけている。

 リーマスはそれを不審に思いながらも、鞄から巨大な板チョコを取り出し、割って欠片にしながら部屋にいた者たちに配り始めた。

 

「食べるといい。気分が良くなるから」

 

 特別大きな欠片をハリーに手渡した後、アルテにも配る。

 あまり好きではない、甘みの強いミルクチョコレートだったが、仕方なく受け取った。

 

「あれは何だったんですか?」

「ディメンター――吸魂鬼だ。アズカバンの看守だよ」

 

 空になったチョコレートの包み紙を丸めてポケットに仕舞いながら、リーマスは答える。

 リーマスは生徒たちを見渡し、手遅れになった者がいないことを確かめる。

 顔色は悪いもののこれは吸魂鬼に出会ってしまえば決して逃れられないことだ。

 しかしながら――何の影響もないようなアルテの様子が、リーマスを安心させなかった。

 

「……アルテ、何ともないのか?」

「ん。大丈夫」

 

 アルテは、リーマスを安心させようとしたのだろう。

 声色からしても、アルテに特に異常がないことは分かる。

 だがリーマスはその答えに驚いたように、目を見開いた。

 まるで、あってはならないことを目の前にしたように。

 ――そんな筈はないと首を振り、笑みを繕った。

 

「食べなさい、毒なんか入っていない。私は運転手と話してこなければ。失礼」

 

 ハリーの脇をゆらりと通り過ぎ、リーマスは通路へと出ていく。

 そんなリーマスがひどく動揺しているとわかったのはアルテだけだったが、その理由までは掴めなかった。

 

「ハリー、本当に大丈夫?」

「僕、君が引き付けでも起こしたのかと思った」

 

 心配ないと返して、ハリーはチョコを恐る恐る一口齧った。

 瞬間、たちまち手足の先まで暖かさが広がっていく。

 アルテもチョコに齧りつきながら、通路の方を心配そうに見る。

 それから汽車が停まるまで、リーマスが戻ってくることはなかった。




※徹夜で授業内容を考える教師。
※未来の嫁フォイ初登場。
※とりあえず言いたい文句は押し込めるダフネ。
※地雷をつま先くらい踏んだロン。
※地雷をぶち抜いたけど不発弾で助かったフォイ。
※最優先保護対象ダフネ。
※吸魂鬼にスルーされるアルテ。
※初日から頭が痛いルーピン先生。

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