ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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ホグワーツ特急

 

 

 どうやら別れを惜しんでいる生徒たちが多いらしく、まだ空いているコンパートメントがいくつかあった。

 その中の適当なものを選び、窓際に座る。

 ほんの一、二分で軽い眠気に襲われ、汽車が出発する前から目を瞑る。

 すると、三十秒もしないうちにコンパートメントの戸が開いた。

 

「やあ。入っていいかな? 父さんと話し込んでいる間に席が結構埋まっちゃって」

 

 灰色の瞳をした、背の高い男子生徒だった。

 制服姿は様になっており、アルテから見ても一年生ではないとわかった。

 別に席が空いている以上、許可は必要ないと思うのだが、聞かれたならば仕方ないと、アルテは頷く。

 男子は「ありがとう」と短く返し、アルテとは反対の席に座った。

 ほどなくして、汽車が動き出す。

 窓の外のリーマスと目が合った。小さく手を振ってきたリーマスに対し、アルテは視線で返す。

 それからすぐ、眠気に身を任せて寝息を立て始める。

 目覚めたのは、一時間半ほど経った頃だった。

 ひときわ強く汽車が揺れ、鬱陶しそうにアルテが目を覚ます。

 目の前の男子は外を眺めていたが、身じろぎしたアルテに気付くと、視線を動かす。

 

「おはよう」

「……」

 

 男子生徒の挨拶に、アルテはあくびをしながら頷く。

 

「君、新入生だよね。名前はなんて言うんだ?」

「……アルテ……アルテ・ルーピン」

「アルテか。僕はセドリック・ディゴリー。ハッフルパフ寮の三年生だ」

 

 セドリックと名乗った男子生徒の言った名詞には、聞きなれないものがあった。

 

「……ハッフルパフ?」

「ああ。ホグワーツの寮だけど、知らないかい?」

 

 頷くと、セドリックは寮について、アルテに簡単に説明した。

 ホグワーツはそれぞれの性格、性質によって四つの寮のいずれかに所属し、その寮生として過ごすことになる。

 グリフィンドール・レイブンクロー・ハッフルパフ・スリザリン。

 とはいえ、知らなくても入学式の際に知ることになるようだ。

 

「僕としてはハッフルパフに入ってほしいけど、どうなるかな」

 

 そんな時だった。コンパートメントの戸が開き、えくぼのおばさんが笑いながら顔を覗かせる。

 

「車内販売よ。何かいりませんか?」

「っと。もうそんな時間か」

 

 セドリックが懐から銀貨や銅貨を取り出し、おばさんの押すカートに近づく。

 それを遠巻きに眺めるアルテ。

 食べ物の匂いに一瞬、強く反応したが、カートに積まれたものを見ているだけでアルテはげんなりした。

 強烈なかぼちゃの匂い。そうでないものも、どれもこれも甘い匂いばかり。

 甘いものが苦手な訳ではないが、特に好きでもない匂いがこうも強烈に漂ってきては、眉を顰めたくなるというもの。

 好きな肉の類がないとみると、小さくため息をついた。

 腹は減っているが、食欲が刺激されるようなものではなかった。

 セドリックがお菓子や飲み物を買って戻ってくる。

 

「ほら。まだ時間はあるし、少しは食べておいた方がいい」

 

 そのうちの幾つかをアルテの前に置いた。

 一年生とたまたま席を同じくしたからか、それとも性格なのか、初対面のアルテに対し、随分と親切だ。

 ……まあ、くれたのならば仕方ないと、アルテは大人しく受け取った。

 最初に目についた、掌大で五角形の包みを取る。

 蛙チョコレートと書いてある。嫌な予感を感じながらも開けてみると、アマガエルほどの大きさの蛙の形をしたチョコレートが入っていた。

 アルテは蛙が嫌いだ。食べれば味は悪くないが、如何せん見た目が良くない。

 幸い触れた感触は蛙と同じではなく、チョコレートのものだった。

 出来るだけ形を見ないように噛み砕けば、味に蛙を思わせるようなものは一切ない。苦味を感じさせない、甘たるいミルクチョコレートだった。

 普通のチョコレートで良いものを、何故わざわざ蛙の形にしようと思うのか。

 魔法族の常識も非魔法族(マグル)の常識もさほど知らないアルテではあるが、どちらの常識で考えても流石におかしいのではと感じた。

 チョコを食べ終わってから気付く。箱の中にチョコ以外に一枚のカードが入っている。

 コーネリアス・アグリッパと書かれていた。

 カードに興味は持たず、甘い味を洗い流そうと、ジュースのビンを取り、蓋を開けて口をつける。

 

「…………甘」

 

 色で多少は予想していたが、かぼちゃジュースだった。

 チョコレートほどではないが、主張の強い甘みが決して口内をすっきりさせない。

 よほどの顔だったのか、それとも思わず零れた呟きがツボに入ったのか、様子を見ていたセドリックが吹き出した。

 

「…………次はジャーキーとミネラルウォーターを持ってくる」

「そうするといい。車内販売は肉も水も売ってないからね」

 

 

 

 それから暫くして、ようやく到着するらしい。

 車内にアナウンスが流れ、またも眠っていたアルテは目を覚ます。

 汽車が停止すると、生徒たちは押し合いながら降りていく。

 

「さあ、着いた。一年生は僕らとは別々だ。ハッフルパフに入れたら、また後で」

 

 そう残してコンパートメントを出たセドリック。

 荷物はそのままだ。アナウンス曰く、学校に届けられるため置いていっていいらしい。

 アルテも続く。外に出て独りでに進んでいく二年生以降の面々と違い、一年生は一つに固まっていた。

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっち!」

 

 暫く待っていると、巨大な影がランプをぶら下げながらやってきた。

 アルテには見覚えがあった。ダイアゴン横丁で制服を買った時、店の前に立っていた毛むくじゃらだ。

 どうやらホグワーツの関係者だったようだ。

 毛むくじゃらの案内に従って、一年生たちは歩いていく。

 やがて岸部に辿り着き、毛むくじゃらは繋がれた小舟の群れを指して四人ずつ乗るように言う。

 アルテは三人の女子生徒と一緒だった。

 挨拶を交し合う前に、アルテは目を閉じた。

 どうせまた長い退屈が続くと思ったのだ。

 

「頭、下げぇー!」

 

 ――遠くで、毛むくじゃらが何かを言っている。

 多分、到着ではないはずだ。

 気にしなくてもいいことだろうと意に介さずいると――

 

「ちょ、ちょっと貴女――」

「――ぶぁっ」

 

 何かがアルテの顔を思いきりくすぐった。

 突然のむず痒さに一瞬で眠気が飛び、何かを振り払う。

 蔦だった。何故か進路を覆っていた蔦のカーテンは、頭を下げないとぶつかるくらいの長さであった。

 

「あんた……ドジというか何というか……」

「よくこんな時に寝てられるわね……」

「えっと……大丈夫?」

「……ん」

 

 同乗していた少女たちの反応は、呆れが二つに心配が一つ。

 ホグワーツに入学する新入生は今、殆ど全員が大なり小なりの緊張を持っていることだろう。

 だというのに、アルテからはそんな緊張感が一切感じられなかった。

 

「っていうか、あんた何で帽子被ってるの?」

「そうね。寒くもないし、もう日も落ちてるのに」

 

 最初の二人が、怪訝な表情で聞いてくる。

 アルテは、早速かと思った。言い訳はリーマスと考えているが、こうも早く使うことになるなんて。

 

「七変化」

「は?」

「七変化体質の異常。戻らない」

 

 魔法族に稀に発生する体質、七変化。

 体の形状や肌色などを自在に変化させられるものだが、これはアルテの耳や尻尾を誤魔化すのにうってつけであった。

 ダンブルドアをはじめとした先生たちにも既にそう、話を通してある。

 

「ドジで落ちこぼれ七変化……? あんた、大丈夫なの?」

「何が?」

「いや……ううん、いいわ」

 

 何となく、呆れていた側の女子二人は思った。

 ――この子は絶対にハッフルパフだ、と。

 

 

 やがて船が止まり、新入生たちはようやくホグワーツに辿り着く。

 先頭を歩いていた毛むくじゃらが扉を開けると、学校の中エメラルド色のローブを着た魔女が現れた。

 厳格な顔つきで、一年生たちを見渡している。

 

「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」

「ご苦労様ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 マクゴナガル、と呼ばれた魔女は扉をいっぱいまで開いた。

 毛むくじゃら――ハグリッドに代わり、ここからは彼女についていくらしい。

 広すぎる石畳のホールを横切る。

 それはアルテが見たどんな建物よりも広かった。

 入口の右手の方からは、何百人といるだろうざわめきが聞こえてくる。

 マクゴナガルはホールの脇にある小部屋に新入生を集めた。

 

「ホグワーツ入学、おめでとう。歓迎会がまもなく始まりますが、大広間の席につく前に皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。組分けはとても大事な儀式です。ホグワーツにいる間、寮生が皆さんの家族のようなものなのですから」

 

 窮屈さを感じながらも、組分けに儀式があることに目を細めた。

 空腹は限界といってもよかった。

 まさかホグワーツでの食事まで甘味で埋め尽くされているなんてことはあるまい。

 いや、この際それでもいいから、とにかく何かを胃に詰め込みたかった。

 

「よい行いは、自分の属する寮の得点になり、規則に違反した時は減点になります。学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りとなるよう望みます」

 

 そんなことを長々と語ってから、マクゴナガルは準備を整えに、部屋を出ていく。

 待っている間、一年生たちは己の身なりを整えながら、組分けの方法について意見を語り合っていた。

 非常に難しい試験があるとか、トロールと戦わされるとか、これからやるには不自然なものが大半であったが、そんな可能性を考えさせるほどに生徒たちは緊張しているのだろう。

 ――少なくとも、帽子を脱ぐことも跳ねた髪を直すことも、捲った制服の袖を直すこともせず、歓迎会とやらの食事にしか意識を向けていないのは、アルテだけだった。

 途中、ゴーストたちが入ってくるという出来事があったが、腹の足しにもならないからか、アルテは露骨に嘆息し、その後は無視を決め込んだ。

 

「さあ、行きますよ。組分け儀式が間もなく始まります。さあ、一列になってついてきてください」

 

 再び現れたマクゴナガルが、一年生たちを部屋の外へと促す。

 ついに一年生たちは、大広間に入り込んだ。

 何千という蝋燭が空中に浮かび、四つの長テーブルを照らしていた。

 上級生たちは既に着席しており、入ってきた新入生たちを期待の目で眺めている。

 上座の五つ目の長テーブルは先生たちの席らしい。

 マクゴナガルはその前まで一年生を引率した。

 先生たちのテーブルとの間には、椅子が一つ。

 椅子の上にはボロボロで汚らしいとんがり帽子が置かれていた。

 一瞬、広間が静寂に包まれる。それを合図としたように、帽子がピクリと動いた。破れ目が口のように開き、歌い出す。

 

 

 私はきれいじゃないけれど

 人は見かけによらぬもの

 私をしのぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 

 山高帽子は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組分け帽子

 私は彼らの上をいく

 君の頭に隠れたものを

 組分け帽子はお見通し

 かぶれば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住う寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を

 ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンではもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん! 恐れずに!

 興奮せずに、お任せを!

 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!

 

 

 広場が拍手喝采に包まれる。

 新入生たちはなるほど、と理解した。

 あの帽子こそ、組分けを左右するものなのだ。

 他の生徒、先生たちの前で帽子をかぶり、そして帽子が入るべき寮を告げる。

 ほぼ全ての一年生が、今の歌を頼りに己の寮が何処になるか、予想を立てていた。

 ――ちなみに、アルテは「私をしのぐ――」の辺りから聞いていない。

 そんな新入生たちの様子を一瞥し、マクゴナガルは彼らの名前がずらりと書かれた羊皮紙を手にし、前に進み出た。




※急ぎまくってたので近場の空いてる席を選んだセドリック。多分どこかで友人たちが席空けてる。
※甘いものはそんなに好きではない。
※車内販売甘いもの多すぎでは。
※暇なら寝る。
※リーマス直伝の言い訳。将来出会うことになる本物の七変化の存在など知る由もなし。
※熱いハッフルパフ推し。ぶっちゃけますとハッフルパフには入りません。
※歌に興味はない。

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