ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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※この授業、下手すると死体とか出てくるヤバい授業だと思うんです。


明かされる恐怖

 

 

 翌日の朝食の席の頃には、吸魂鬼の影響でハリーが気絶したという噂が広まっていた。

 ――というのも、自分たちのコンパートメントに入ってきて、リーマスが追い払った一連の話をダフネが話題として提供したのが原因である。

 ドラコが大袈裟な仕草で気絶する真似をして、スリザリンのテーブルを沸かせる。

 ドラコに気のあるパンジーもそれに取って付けた笑顔で便乗し、吸魂鬼の真似をしてハリーを揶揄う。

 相変わらずスタンダードなスリザリン生であるドラコとパンジーの様子に、流石にダフネはハリーに申し訳なさを覚えた。

 そんなことを一切気にしていないのは、やはりアルテとエリスの二人だ。

 新年度になればエリスに向けられていた疑念の視線も随分と和らいだ。

 エリスは澄ました顔でデザートに舌鼓を打っているし、アルテはベーコンエッグに齧り付いてご満悦だ。

 そうしている間に、上級生から時間割が配られる。

 ダフネはそれを見て、思わずアルテに教えた。

 

「アルテ! 最初の授業、防衛術だって!」

「っ」

 

 その年のスリザリン三年生の最初の授業は、狙ったように『闇の魔術に対する防衛術』だった。

 それを聞いたアルテは今の一口を呑み込んで、立ち上がる。

 

「ちょ、ストップストップ、口拭いて!」

 

 すぐにでも飛び出そうとするアルテを引き留めたダフネはナプキンでその口元を拭う。

 それを終えるとアルテは全力で駆けだした。

 唖然とする面々に見向きもせず、大広間を出ていくアルテ。

 

「……本気(マジ)だったね」

「どんだけ楽しみにしてたんだか……」

「大失敗しないことを祈ろうか……アルテをがっかりさせたくないし」

 

 まだ一度も授業を受けたことがないために、ダフネたちはリーマスに対しとてもではないがあまり良い印象を持てていなかった。

 頼りにならなさそうな容姿に加え、今のアルテを形成した男だ。

 一体どんな育て方をすればああなるのか――ホグワーツにおける保護者三人は疑問を持たずにはいられなかった。

 

「ところで、アルテもしかしてもう教室行ったの?」

「……あと三十分以上あるわよ?」

 

 普段は教室に辿り着くまでの最低限の時間を残し、食事を楽しんでいるアルテだ。

 それがこんな時間に切り上げ授業に向かうなど、天地が引っ繰り返ってもあり得ないと思われていた。

 そしてその、今日一番だと思われた驚愕は――皆が教室に向かった時、既に教科書を広げて予習していたアルテに早くも塗り替えられることとなる。

 

 

 

 スリザリン生が揃った時には、教室にリーマスはまだ来ていなかった。

 彼が来るまで、生徒たちは雑談をしながら過ごしていた。

 これから始まる授業に期待している者はアルテくらいであり、後の者は大半が今年の授業を最早諦めていた。

 授業開始時間を一分ほど過ぎた頃、息せき切ってリーマスが入ってくる。

 くたびれた古い鞄を先生用の机に置き、曖昧に笑う。

 

「やあ、皆。教科書は鞄に戻して大丈夫だ。今日は実地練習だからね、杖だけあればいいよ」

 

 殆ど全員が、怪訝そうに首を傾げた。

 これまで防衛術の授業で実地訓練などしたことがなかった。

 強いて言うならば、去年の初授業でロックハートがピクシーを放ったことだが、あれは実地訓練というより彼が血迷っただけだ。

 二十分前から教科書を広げていたアルテだが、特に気にしていないようでそそくさとそれを鞄にしまうと、立ち上がる。

 

「よし、それじゃあ、私についておいで」

 

 しかしながら、早々に実地訓練というのは、少なからず生徒たちの興味を惹いた。

 生徒たちはリーマスに続いて、教室を出ていく。

 もう授業が始まっているため誰もいない廊下を通り、角を曲がる。

 途端に目に入ったのはピーブズだった。

 空中でさかさまになり、手近の鍵穴にチューイングガムを詰め込んでいる。

 リーマスが五、六十センチくらいに近付いた時、ピーブズは初めて目を上げた。

 ピーブズはいつでも無礼なポルターガイストだが、先生たちには大抵一目置いているが、新任のリーマスはまだそうでもないらしい。

 彼を見るや否や、軽快に歌い出した。

 

「ルーニ、ルーピ、ルーピン。バーカ、マヌケ、ルーピン。ルーニ、ルーピ、ルーピン――」

 

 ――その日が、ピーブズの最期になると、誰しもが思った。

 あろうことかその名を己の天敵と結び付けることが出来なかったピーブズの落ち度であり、しかしながらその蛮勇は後世に語り継いでいこうと、誰しもが思った。

 

「ピーブズ、私なら鍵穴からガムを剥がしておくけどね。フィルチさんが箒を取りに入れなくなるじゃないか」

 

 まだ、それに気付いていないリーマスが朗らかに言う。

 まだ、それに気付いていないピーブズが馬鹿にするように舌を突き出した。

 紐無しバンジージャンプよりも明白な自殺行為を楽しんでいるピーブズを哀れに思う面々は、これまで彼に向けられたどんな殺気よりも濃密で鋭いものが爆発するのを、止めることが出来なかった。

 突然浴びせられたピーブズは「ピィッ!?」と甲高い悲鳴を上げ、ようやく死神がそこにいたことに気付く。

 ただ殺気だけで、その哀れなポルターガイストは消し飛んでしまいかねなかった。

 そっと前に歩み始めるアルテ。

 それをリーマスは静かに手で制した。

 

「この簡単な呪文は役に立つ。皆、覚えておきなさい」

 

 杖を取り出し、肩越しに振り返ってリーマスは微笑む。

 

「ワディワジ、逆詰め!」

 

 リーマスが杖を振ると、チューイングガムの塊が弾丸のように勢いよく鍵穴から飛び出し、ピーブズの左の鼻の穴に命中した。

 ピーブズはもんどり打って反転し、すっ転がりながら壁の向こうに消えていった。

 消滅は免れたものの、以降ピーブズがリーマスに逆らうことは未来永劫ないだろう。

 

「さあ、行こうか」

 

 アルテを落ち着かせるように肩に手を置き、何事も無かったかのようにリーマスは歩き出した。

 そのスムーズなピーブズ退治に、生徒たちは評価を多少改める。

 舌打ちしたアルテは殺気をしまい込み、不機嫌なままそれに続く。

 以降ピーブズはアルテの前に姿を見せられまい、と皆は思った。

 恐らく今後は彼が何をしていたにせよ威嚇では済まない。問答無用で狩りに行くだろう。

 やがて一つの空き教室に入る。

 乱雑に机や椅子が置かれていて、普段使われている様子もない。

 中に目立った物といえば、ガタガタと動くロッカーが一つあるくらいだ。

 そのロッカーは何らかの魔法道具というわけではない。明らかに何かが中に入っていた。

 

「心配しなくていい。中にボガートが入ってるんだ」

 

 心配すべきことだった。

 校内に侵入した妖怪を前に、リーマスは平然としている。

 

「ボガートは暗くて狭いところを好む。洋箪笥、ベッドの下の隙間、流しの下の食器棚――ここにいるのはちょうど今朝方見つけたヤツでね。きっとこの広い校舎ならどこかにいるだろうと探してたんだ。さて、それでは最初の問題。ボガートとは何でしょう?」

形態模写妖怪(シェイプシフター)。相手の一番怖いものに姿を変える」

 

 アルテが手を挙げて即答する。

 過去見たことがない、アルテの自発的な発言。

 あまりの普段からの変わりように、ダフネでさえ「誰この子」と思った。

 

「正解だよアルテ。だから中の暗がりにいるボガートはまだ何の姿にもなっていない。外にいる誰かが何を怖がるのかまだ知らないからね。外に出してやると、たちまち、それぞれが一番怖いと思っているものに姿を変える筈だ」

 

 しかし、普段の学校での態度など知らないリーマスは、それに満足そうに頷いて話を続ける。

 

「つまりこの場では初めから私たちの方が有利な立場にある。ブレーズ、何故か分かるかい?」

 

 名指しで問われた高慢な風貌の黒人、ブレーズ・ザビニは憮然と答える。

 

「人数が多ければ、誰の恐怖に化ければいいか分からないから」

「その通り。ボガート退治をするには誰かと一緒にいるのが一番だ。向こうが混乱するからね。首のない死体になるべきか、人喰いナメクジになるべきか? 一度に複数人を脅そうとしたボガートは悲惨だ。とてもじゃないが恐ろしくない、馬鹿げた変身をしてしまう」

 

 今の例をもとにすれば、人の頭が生えたナメクジになってしまうということだ。

 それはそれで恐ろしいだろうが滑稽さが先に来る。

 ボガートは過ちを犯すと、ボガート自身が恐れるものを呼んでしまうのだ。

 

「ボガートを退散させる呪文は簡単だ。しかし精神力が要る。こいつをやっつけるのは笑いなんだ。ボガートに君たちが滑稽だと思える姿を取らせる必要がある。練習しよう。初めは杖無しで、私に続いて――リディクラス! 馬鹿馬鹿しい!」

 

 生徒たちがリーマスに続いて復唱する。

 ドラコとその取り巻きだけが「馬鹿げた授業だ」と笑っていたが、アルテが一睨みするとすごすごと他の生徒の陰に引っ込んだ。

 

「とても上手だ。でもここまでは簡単だけど、呪文だけじゃあ不十分だ。そうだな、パンジー、前に出て」

 

 パンジーは突然呼ばれ、緊張した面持ちで前に出る。

 人が近付いたからか、ボガートがガタガタと強く揺れた。

 

「よし、パンジー。一つずつ聞こうか。君が一番怖いものは何だい?」

「え? えっと……マクゴナガルとか?」

 

 幾つかの疎らな笑い声と、共感の声が漏れた。

 スリザリン生のみならず、グリフィンドール生にさえマクゴナガルを苦手な生徒は多い。

 ホグワーツの全ての先生の中で最も厳格で、自寮の生徒だろうと規律を破れば贔屓なく罰則を与える。

 生徒たちの努力を誰よりも正確に評価しているのも彼女なのだが、それは苦手意識や恐怖心を和らげる理由にはならない、ということだ。

 

「マクゴナガル先生か……ふむ、まあ授業だからね。先生も許してくれるだろう。パンジー、マクゴナガル先生の、出来るだけおかしな姿を想像できるかい?」

 

 もしも彼女がこの場にいればどうなるか分からない。

 そんなことを考え、顔を青くしたが、とにかくパンジーはイメージした。

 

「そしてその姿をはっきりと思い浮かべる。私がロッカーを開けるとマクゴナガル先生に変身したボガートが現れるだろう。君は杖を上げてこう言うんだ。『リディクラス、馬鹿馬鹿しい』! 思い浮かべた姿に精神を集中させれば、現れたマクゴナガル先生はその姿に変わってしまうだろう」

 

 何をイメージしているのか、パンジーだけが吹き出した。

 

「さあ、パンジーが首尾よくやっつければ、ボガートは次々に君たちに向かってくるだろう。皆、ちょっと考えてくれるかい。何が一番怖いか。そして、その姿をどうやったらおかしな姿に変えられるか、想像してみて……」

 

 部屋が静かになる。

 皆、己の恐怖について考えていた。

 ドラコは青白い顔を更に白くし、ミリセントは苦笑いし、ダフネはふと浮かんだものをこれは違うと首を横に振った。

 

「皆、良いかい? 次の生徒は私が前に出るよう声を掛けるから、下がってくれ。行くよ、パンジー――一、二の……三!」

 

 リーマスが杖を振り、ロッカーを勢いよく開けた。

 別物が変身したとは思えない威厳を持ったマクゴナガルが、ロッカーからゆっくりと現れる。

 パンジーの恐怖は震えるほどのものではない。

 歩み寄ってくるマクゴナガルに、パンジーは冷静に杖を構える。

 

「リディクラス!」

 

 瞬間、マクゴナガルのローブがふわふわとした純白のドレスに変化した。

 まるで結婚式の花嫁であり、普段のマクゴナガルとは全く違う雰囲気によるギャップは教室中の笑いを呼んだ。

 途方に暮れたようにマクゴナガルになったボガートは立ち止まる。

 

「セオドール、前へ!」

 

 ボガートを更に弱らせるべく呼ばれたのは、背の高いスリザリン生、セオドール・ノットだった。

 するとマクゴナガルがセオドールに向き合い、パチンと音がすると巨大な蛇へと姿を変える。

 エリスが僅かに、目を細めた。

 バジリスクだ。『秘密の部屋』の怪物であったということは、既に全校生徒に広まっていた。

 それゆえ、恐怖の対象としている者も多いのだろう。

 ボガートが変身したバジリスクに目の脅威はない。ゆえにその目を真っ直ぐ見据え、セオドールが呪文を唱えると、バジリスクは瞬く間にミミズになって床に転がった。

 

「次だ! ドラコ!」

 

 面倒そうにドラコが前に出てきた。

 付き合っていられないとばかりの表情だったが、ミミズがローブを纏った顔の見えない人物に変わるとその顔が歪んだ。

 フードの中から覗く口元はてらてらと銀色に光っている。

 その姿に見覚えのある生徒はいなかった。アルテだけは何か既視感があるように思ったが、すぐに気のせいだと断じた。

 

「り、り、リディクラス!」

 

 声を震わせながらもドラコは杖を振った。

 銀色の液体を口から勢いよく吐き出し、仰け反って何者かは倒れる。

 

「よし、エリス!」

 

 名を呼ばれたエリスは、躊躇いながらも前に出てくる。

 その表情は至極複雑そうで、右の手首を恐れを抑えるように左手で掴んでいた。

 昨年、スリザリン生で唯一バジリスクに襲われた彼女だ。

 変わるのであればバジリスクか、それか継承者そのものだろうと皆は思った。

 ぐにゃりと、ローブの何者かの姿が歪む。そしてリーマスの背丈を超え、四つ足の巨体を形作っていく。

 

「……忌々しい」

 

 ぼそりとそう呟き、その形が完成する前に呪文を唱えた。

 巨体は縮んでいきラブラドール・レトリーバーの子供に変わった。

 完成こそしていなかったが、その片鱗を見たエリスは不愉快そうに戻っていく。

 微妙になった空気を吹き飛ばすように、子犬が駆けていく。

 その方向にはアルテがいた。

 

「ッ……」

 

 全員がエリスからアルテに視線を移す。

 子犬がまた、ぐにゃぐにゃと変化していく。

 リーマスは自分が盾になろうとして、それが間に合わないことを悟る。

 アルテが恐怖するもの――それはリーマス自身も知らなかった。

 生徒たちの注目を集めていることから、興味の対象であることは明らかだ。

 たった一つの懸念、闇の帝王に変化することだけは避けてほしいと思いながら、変化を見届け――

 

「……なっ……?」

 

 その場に何もなくなり、間の抜けた声を出した。

 ボガート退治が成し遂げられた訳ではない。

 だが、ボガートは影も形もなくなった。

 生徒たちが辺りを見渡す。アルテも周囲に少しの間目を向け――再び前を向く。

 そしてその場に何かがあると確信して、杖を振った。

 

「――リディクラス」

 

 何もなかった空間にパチンと音が鳴り、パーティ時を思わせる大広間の長テーブルの一部が現れた。

 並べられた料理に、しかし本物ではないと分かっているアルテは見向きもせず、リーマスを一瞥した。

 我に返ったリーマスは、ひとまず疑問を仕舞い込み次の生徒を呼ぶ。

 

「――混乱してきたぞ! さあ、ダフネ!」

 

 ダフネはビクリと身を震わせた。

 彼女らしくもなく、他の生徒たちの陰に隠れていたダフネは、名前を呼ばれても足を進められなかった。

 

「ダフネ、呼ばれてるわよ?」

 

 目まぐるしく変わるボガートの様子が楽しいのか、ミリセントが彼女の背中を軽く押す。

 怯えを残しながらも、もう一度首を横に振って、今にも死にそうな表情でダフネが前に出た。

 その様子はこれまで誰も見たことが無く、アルテも首を傾げる。

 不安げな表情を変えないまま、アルテの隣にまで歩み寄る。

 混乱したボガートは、獲物を見つけると時間を掛けて姿を変える。

 こうして変身に時間を掛けるのは、ボガートをもう少しで退治できる合図だ。

 特に問題もなく、退治は成される。そう思ったリーマスは微笑んで――

 

 

 

 

「――――ッ」

 

 

 

 

 ――――全身を赤黒く染めたもう一人のアルテを見て、その笑みを凍らせた。

 

 

 

 誰もが言葉を失った。

 ダフネは目を見開いて、口元を抑えて膝から崩れ落ちる。

 血と、それから真っ黒い何かの液体を全身に浴びたそのアルテはボロボロで、殆ど衣服らしい衣服を纏っていない。

 爪を伸ばし、そしてその顔には彼女が浮かべるとは思えない、狂気を型にしたような笑顔が張り付いている。

 見る見るうちに目を潤ませていくダフネ。最早、彼女にボガート退治など出来たものではなかった。

 ダフネの視界が、真っ黒になる。

 アルテがローブを脱ぎ、ダフネの顔に被せたのだ。

 一歩前に出たアルテに反応し、ボガートが再び姿を消す。

 杖を振って呪文を唱えると、何もないところから分厚いステーキが出現した。

 

「――リーマス、次」

「あ……あぁ! 随分弱った、やっつけろ、パンジー!」

 

 アルテの催促に、リーマスは衝撃を押し込める。

 動揺を隠せないパンジーだが、慌てて前に出る。

 とにかく今の空気を払拭したいと考えたのだろう。

 ゆっくり時間を掛けてボガートはマクゴナガルに変わった。

 

「リディクラス!」

 

 ボガートはパンジーの呪文で、妙にデフォルメされたマクゴナガルのぬいぐるみに姿を変える。

 何人かが微妙に笑うと、ボガートは煙になって消滅した。

 

「よし、よくやった! ボガートと対決したスリザリン生一人につき五点あげよう! パンジー、アルテ、二人は二回対決したから十点だ!」

 

 空元気と一目でわかる様子でリーマスが声を上げた。

 ハプニングこそあったが、ボガート退治は成し遂げられたのだ。

 それを評価しない訳にはいかないと、リーマスは一度の授業で与えるには大きい点数をスリザリンに与えた。

 

「宿題はボガートに関する章を呼んで、まとめを提出すること! 月曜までだ! 今日はこれでお終い!」

 

 微妙な空気を吹き飛ばすよう手を叩いて、リーマスは授業の終わりを宣言する。

 ようやくざわざわと声が上がり始め、生徒たちは喋りながら教室を出ていく。

 ――一人一人が、アルテと、彼女のローブを握り締めてすすり泣くダフネを一瞥しながら。

 

「ダフネ、あんた……」

「さっきのって……」

 

 教室に残ったのは、リーマスとアルテ、ダフネ、そしてミリセントとパンジーだけになった。

 それ以外の生徒が出ていったのを見届けてから、リーマスは扉を閉めてダフネの肩に手を置く。

 

「大丈夫かい? 医務室に連れていこう」

「だ、大丈、夫、です……っ」

 

 息を荒げ、ガタガタと震えながらも、ダフネは答えた。

 しかし、立ち上がれない。どうしても膝に力が入らない。

 そんなダフネを――アルテが支えて立ち上がらせた。

 

「ッ、ぁ、アルテ……わ、たし……」

「――ダフネ」

 

 “あの日”から、ほんの少しだけだが呼んでくれるようになった名前。

 ダフネの震えが和らぎ、体中に走っていた気持ちの悪い冷たさが消えていく気がした。

 

「今のわたしはこっち」

「――、ぅ、うん……そう、だね。ごめんね、アルテ……!」

「別に良い」

 

 それから数分、泣き続けていたダフネだが、ようやく落ち着くとアルテにローブを返す。

 

「……ありがと、アルテ。ミリセントもパンジーも、心配かけてごめん。先生、ご迷惑をお掛けしました」

「いや……構わないよ。私も反省しなければ。ボガートは恐怖を乗り越える怪物退治の基本だが、人によっては絶対に立ち会わせてはいけないんだ」

 

 三年生の初授業は、それぞれこのボガート退治をさせる予定だ。

 だが、リーマスは対決させる生徒を考え直すことにした。

 少なくとも、過去に深いトラウマを持つ生徒――吸魂鬼の影響を受けやすい生徒などは避けなければなるまい。

 

「アルテ、ミリセント、パンジー。三人は次の授業に行きなさい。ダフネ、君が良ければ、だけど……少し話をしないか。次の授業の先生には言っておくから」

 

 それが何を目的としたものか、ミリセントやパンジーにも分かった。

 あの、ダフネに対してボガートが変わったものは二人も絶対に聞きださなければならなかった。

 だがそれは誰より先にリーマス・ルーピンが知るべきことであり、ダフネにも気持ちの整理が必要なのだ。

 ダフネは頷いた。ミリセントとパンジーはアルテを伴い、一足先に教室を出ようとする。

 

「あ……アルテ、ローブ――」

「いい。持ってて」

 

 そう言い残して、アルテは出て行った。

 このローブがなければ、アルテは尻尾を隠せない。

 というか尻尾の動きによっては危ういことになるのだが――そんなことはアルテは一切気にしていなかった。

 

「それじゃあ、私たちも行こう。お茶くらいは出すよ」

 

 そして、リーマスとダフネも教室を出て、アルテたちとは別方向へと歩いていく。

 空き教室には無造作に開かれたロッカーが寂しげに残されていた。




※初授業にwktkのアルテ。
※予習アルテ(SSR)。
※ピーブズ、死す! デュエルスタンバイ!
※自主発言アルテ(SSR)。
※マクゴナガル・ブライド。
※本作で触れていないシーンのトラウマを掘り起こされるフォイ。
※真似られる前に仕留めるエリス。
※ボガートがバグるアルテ。
※赤アルテ(仮)登場。
スリザリン三年の面々(+義父)の前でほぼ全裸を晒されるアルテ。
※デレアルテ。
※ダフネとルーピン先生の二者面談。

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