ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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不明な感情

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、その日の授業が終わってから、再びハグリッドの小屋へと向かった。

 授業で大失敗したハグリッドがどうにも心配だったのだ。

 失敗した、怪我をさせた先生など、ホグワーツの歴史の中には山ほどいるだろう。

 だが、初日でそれを起こしたというのは大きな問題だ。

 ドラコはマダム・ポンフリーの治療により、最早問題ないほどにまで回復しているだろう。

 それでも、一歩間違えば手遅れになってもおかしくなかった。

 ハグリッドの話を聞かず、ヒッポグリフを貶したドラコにも非はあるだろうが、だというならばそもそも危険な生物を連れてきたハグリッドの方が問題にされやすい。

 もしかすると、既に沙汰を受けているのではないか、と不安になったのだ。

 

「あら、あれ……」

 

 ハーマイオニーが何かに気付く。

 小屋の前に誰かがいた。黄昏の中ではっきりとしないがハグリッドではない、小さな人影だ。

 近付けば、その輪郭も露わになってくる。傍に何か、大きなものもいた。

 

「あれ、アルテじゃないか?」

「アルテ? なんだってこんなところに?」

 

 ようやく様子が見える場所まで辿り着くと、近くにいたものが黒いヒッポグリフだと分かる。

 先程――三人は見ていなかったが、アルテが触れ合っていたオリオンと呼ばれていた個体だ。

 普段共にいるダフネたちも引き連れず、アルテは一人でこんな場所に訪れていた。

 そのアルテを一瞬、ハリーは見違えた。

 いつも通りの面白さを感じていなさそうな不愛想でありながら――どこか、幸福そうに微笑んでいるように見えたのだ。

 しゃがみ込むオリオンのざらついた毛を撫で、背を預けているアルテは、普段とまるで別人だった。

 

「アルテ、何をしているの?」

「会いにきた」

「ハグリッドに?」

「オリオンに」

 

 特にハグリッドに用はないらしかった。

 恐らく彼に用件だけ告げ、オリオンを連れてきてもらったのだろう。

 

「中にいる」

 

 ハリーたちにそれだけ告げ、アルテはオリオンの背中に顔を埋める。

 彼女が何しているのかは知らないが、中にいることが分かったなら十分だった。

 小屋の戸をノックする。中から小さく、「入ってくれ」と声がした。

 心配そうに入っていくハリーたちに、アルテは見向きもしなかった。

 昼間オリオンと出会った時、感じたことが何なのか、未だ答えは出ていない。

 ただ、彼と目が合った際に体の中心から跳ね上がるような感覚が巻き起こったのは事実だ。

 その微妙な感覚の答えをそもそもアルテは求めなかったし、答えが出ていなくとも、もう一度オリオンに会いに来たいという望みは出てきた。

 ダフネたちは付いてこようとしたが、アルテは断って一人で来た。

 何となくだが――自分一人で会いたいと、感じたのだ。

 

『こいつぁ新記録だ。一日しかもたねぇ先生なんざこれまでいなかったろう』

『ハグリッド、まさかクビになったんじゃ……!』

『まーだだ。だけんど時間の問題だわ、な……マルフォイのことで……』

 

 聞こえてくる声など、どうでもよかった。

 ただ、出来るだけ長く話していてほしいとは思った。

 そうすれば――ハグリッドがもう終わりだと告げに来るのも長引くだろうから。

 

「……オリオン」

 

 名を呼んでみると、不思議と温かいものが広がる気がした。

 オリオンは応えるように、顔を擦り寄せてきた。

 意味が分からないけど、嬉しかった。出来るだけ、長くこうしていたいとアルテは思った。

 オリオンはやがて眠り始める。アルテもそれに釣られるように、目を閉じた。

 ハグリッドが怒鳴り、ハリーたちが慌てて小屋を出てくるまでの数分間だったが、アルテはオリオンと共に眠った。

 リーマスや、ダフネたちといるのとはまた違う、落ち着いた感覚だった。

 

 

 

 授業初日、門限ギリギリに帰ってきたアルテは木曜日になっても少し様子がおかしかった。

 とは言っても、ダフネたちが不思議に思うくらいのものだ。

 いつも何を考えているか分からないアルテが、それでも不自然にボーッとしているくらい。

 午前の授業にも特に支障はなかったのだが――昼近く、魔法薬学では違った。

 その日の授業は、『縮み薬』を作るものだった。

 半分ほど終わった頃に、地下牢の扉が開かれ右腕に包帯を巻いたドラコが踏ん反り返って入ってきた。

 まるで恐ろしい戦いに生き残った英雄気取りだった。

 

「ドラコ、どう? ひどく痛むの?」

「ああ」

 

 取って付けたようなパンジーの笑顔に、ドラコはしかめっ面で応えた。

 勇敢に耐えているように見せているのだろう。

 だが、クラッブとゴイルにウィンクしたのを、ハリーは見逃さなかった。

 

「座りたまえ、さあ」

 

 スネイプは気楽に言った。

 ハリーやロンであれば厳罰を科していただろう。

 ドラコはハリー、ロンとアルテ、ダフネの間に席を構えた。

 

「先生、僕、雛菊の根を刻むのを手伝ってもらわないと、こんな腕なので……」

 

 ドラコが肩を竦めて言うと、スネイプは見もせずに言う。

 

「ウィーズリー、マルフォイの根を切ってやりたまえ」

 

 ロンは歯を食い縛ってドラコを睨みつける。

 飄々としたドラコは顎で行動を促した。

 

「お前の腕はどこも悪くないんだ」

「ウィーズリー、スネイプ先生が仰ったことが聞こえただろう。根を刻めよ」

 

 苛立たし気にロンがナイフを掴み、マルフォイの分の根を引き寄せた。

 それを滅多切りにしている間、ドラコはアルテたちの作業を覗き込む。

 そして、怪訝そうに目を細めた。

 

「……? アルテ、君らしくないじゃないか。いつもなら仕損じなんてないだろうに」

 

 アルテの鍋の傍には、処理をし損ねた芋虫が転がっていた。

 ある程度予備は用意してあるため、そちらを使ったようだが、これまでアルテが魔法薬学において何らかのミスをするなどなかったことだ。

 それを聞いていたようにスネイプが意地の悪い笑みをアルテに向けた。

 

「言わないでやりたまえ、マルフォイ。月の満ち欠けで調子が変わる厄介な生き物がいるように、ミス・ルーピンにも調子の良し悪しがあるのだろう。いやまったく、普段優秀なだけに嘆かわしい限りだが」

 

 ここぞとばかりに、スネイプは嫌味を込める。

 気に入っていないのに優秀なアルテが不調という状況にスネイプは気付いていた。

 それでも許容範囲ではあるのだが、こうしてドラコが指摘したのならば言わずにはいられない。

 

「……」

「……あー、アルテ。本当に大丈夫? 鍋混ぜるの代わるよ?」

「大丈夫」

 

 しかし、その嫌味をアルテは一切気にしていなかった。

 いつも通り、意味が分かっていないというよりは、そもそも聞こえていないかのようだった。

 心ここに非ずといった様子だというのに、やるべきことは最低限こなしている。

 面白くなさそうにスネイプは鼻を鳴らす。

 そうしている間に、ロンが雑に切った根をドラコに渡した。

 

「せんせーい、ウィーズリーが僕の根を滅多切りにしました」

「ウィーズリー、君の根とマルフォイのとを取り替えたまえ」

「先生、そんな――!」

「今すぐだ」

 

 ロンは十五分もかけて慎重に切った自分の根を、嫌々ドラコに押しやった。

 得意げなドラコは、更に続ける。

 

「先生、それから、この萎び無花果の皮を剥いてもらわないと」

「ポッター、マルフォイの無花果を剥いてやりたまえ」

 

 いつものような、憎しみの籠った視線をハリーに投げつけ、スネイプは指示した。

 今にも舌打ちしそうな不愉快な顔のままハリーはドラコの無花果を取り上げ、急いで皮を剥いてドラコに投げ返した。

 

「君たち、ご友人のハグリッドを近頃見かけたかい? 気の毒に、先生でいられるのももう長くないだろうさ。父上は僕の怪我のことを快く思っていらっしゃらないし……」

「いい気になるなよ、マルフォイ。じゃないと本当に怪我させてやる」

 

 ドラコが悲しむふりをして言うと、ロンが殺気立って返した。

 

「僕の腕、果たして元通りになるんだろうか……」

「そうか、それで君はそんなふりをしているのか……! ハグリッドを辞めさせようとして!」

 

 ピクンと、アルテの耳が動いた。

 しかしその場では何もせず、鍋をかき混ぜる作業を続行する。

 ドラコはハリーの怒りに対し、声を落として囁いた。

 

「そうだねぇ。ポッター、それもあるけど、でも他にも色々良いことがあってね……ウィーズリー、僕の芋虫を輪切りにしろ」

 

 アルテたちの薬が完成に近づいた頃、数個先の鍋でネビルが問題を起こしていた。

 ネビルは魔法薬の授業が苦手で、いつも支離滅裂だった。

 とにもかくにもスネイプがネビルには恐ろしく、普段の十倍もミスをする。

 今回の水薬も、成功すれば明るい黄緑色になるのだが、ネビルのそれはまったく違っていた。

 

「オレンジ色か、ロングボトム」

 

 スネイプが薬を柄杓ですくい上げ、それを上から垂らして皆に見せつける。

 

「君、教えていただきたいものだが、君の分厚い頭蓋骨を突き抜けて入っていくものがあるのかね? 我輩ははっきり言った筈だ、ネズミの脾臓は一つでいいと。ヒルの汁はほんの少しでいいと明確に申し上げた筈だが? ロングボトム、一体我輩はどうすれば君に理解していただけるのかな?」

 

 ネビルは赤くなって震え、今にも泣きだしそうだった。

 見ていられなかったのか、ハーマイオニーが手を挙げて助け船を出す。

 

「先生、私に手伝わせてください。ネビルにちゃんと直させます」

「君にでしゃばるよう頼んだ覚えはないがね、ミス・グレンジャー」

 

 それを冷たく突き放すと、その冷徹な視線のままネビルを見下ろした。

 

「ロングボトム、授業の最後にこの薬を君のヒキガエルに数滴飲ませて、どうなるか見てみることにする。そうすれば、君もまともにやろうという気になるだろう」

 

 やがて各人の薬が完成に近づくと、スネイプが教室中に聞こえるように言った。

 

「材料はもう全部加えた筈だ。この薬は服用する前に煮込まねばならぬ。煮えている間後片付けをしておけ。後でロングボトムの薬を試すことにする」

 

 ネビルは必死な形相で自分の鍋を掻きまわしていた。

 それを見て、クラッブとゴイルはあけすけに笑う。

 ハーマイオニーがスネイプに気付かれないよう、唇を動かさないようにしてネビルに指示していた。

 道具を洗っている間、ダフネはアルテに問いかけた。

 

「……ねえ、アルテ。やっぱり調子悪いでしょ」

「別に」

 

 にべもなく言うアルテだったが、やはり様子は変だった。

 

「じゃあ……授業が終わった後、毎日何処に行ってるの?」

「オリオンのところ」

 

 アルテが答えると、ダフネはますます怪訝な顔をした。

 オリオン――とその名を聞いて、ダフネは記憶を探りその名の生徒を思い出そうとする。

 しかし、そんな生徒は、少なくとも現在このホグワーツにはいないはずだ。

 混乱していた。アルテから自分たちやリーマスとは違う名が出てきたこと。

 そして、それ以前にアルテが自分たちに秘密で人に会っていたこと。

 焦りが思考を支配していく。

 自分が知らない間に、大変なことになっていた――と頭を抱え、ようやく思い出す。

 

「……それって、ハグリッドのところのヒッポグリフ?」

「ん」

 

 ダフネは安心する。

 確かに、あの黒いヒッポグリフと触れ合っていた時のアルテはいつもと違っていた。

 だが、ダフネが想像した最悪の事態に比べれば遥かにマシな理由だ。何かしら、通じ合うところがあったのだろう。

 そんな風に、気楽に考えていた。

 事はある意味、その最悪の事態より厄介なことになっているとは知らずに。

 

「諸君、ここに集まりたまえ」

 

 生徒たちの片付けが終わった頃、スネイプが大鍋の傍で縮こまっているネビルに大股で近付いて全員を招集した。

 暗い目をギラギラさせるスネイプは、青い顔のネビルを嫌味な笑みで見つめている。

 

「ロングボトムのヒキガエルがどうなるかよく見たまえ。なんとか『縮み薬』が出来上がっていれば、ヒキガエルはおたまじゃくしになる。もし作り方を間違えていれば――我輩は間違いなくそちらだと思うが――ヒキガエルは毒でやられる筈だ」

 

 グリフィンドール生は戦々恐々と、一部除いたスリザリン生は嬉々として見物していた。

 スネイプがヒキガエルのトレバーを左手で摘まみ上げ、小さいスプーンをネビルの鍋に突っ込む。

 今は緑色になっている水薬を、スプーンですくい上げトレバーの喉に流し込んだ。

 一瞬、教室中が静まり返る。

 ポン、と軽い音がして、おたまじゃくしになったトレバーがスネイプの手の中でくねくねしていた。

 

「やったわ!」

「いいぞネビル!」

 

 グリフィンドールの拍手喝采を受け、ネビルは胸を撫でおろした。

 スネイプは面白くなさそうにローブのポケットから小瓶を取り出し、二、三滴トレバーに落とす。

 するとトレバーは見る見るうちに元のヒキガエルの姿に戻った。

 

「グリフィンドール、五点減点。手伝うなと言った筈だ、グレンジャー。授業終了」

 

 皆の顔から笑いが吹き飛んだ。

 理不尽な減点にグリフィンドール生たちは憤って抗議し、ドラコをはじめとしたスリザリン生は爆笑する。

 そんな中、やはり興味のなさそうなアルテは、昼食の時間だとひとまず思考を切り替えた。




※ハグリッドのところへ行くアルテ。
※ハグリッド自体に用はない。
※ひたすらオリオンと戯れるアルテ。
※なんかバグってるアルテ。
※感情の正体は分からないけど別にそれ自体は気にならない。
※アルテの仕損じ芋虫(抽選で一名様にプレゼント)。
※スネイプの嫌味を完全スルーするアルテ。
※流石にネビルへの仕打ちが酷過ぎると思うこの授業。
※知らない男の名前が出てきてパニックになるダフネ。
※全力で理不尽な減点。
※昼食はしっかり気持ちを切り替えるアルテ。

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