ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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大広間での夜

 

 

 その年のハロウィーンは、宴の最中に特に何事もなかった。

 三年生はホグズミードで買ってきたお菓子も含めて料理を楽しんだ。

 ダンブルドアの意向で去年からかぼちゃ料理だけではなく、その他のバリエーション豊かな料理も並ぶようになり、アルテも十分に楽しむことが出来た。

 リーマスも楽しそうだったのが、その一因だった。

 隣の席のフリットウィックと生き生きと話しており、料理にも不満はなさそうだったのだ。

 しかしながら、アルテは遅くまで楽しむタイプではなく、パーティが終わる時間より少しだけ早く切り上げた。

 一年目も二年目も、そのような理由で一人で歩き、厄介ごとに出会っていたため、今回は一人で出すようなことはしなかった。

 

「良かったの?」

「うん。私ももうお腹いっぱいだし」

 

 今年、アルテはダフネと共に寮へと帰っていた。

 これであれば、少なくとも一人の時に何かが起きるということもない。

 というか、三年連続で何かが起きれば流石におかしいのだが、やはり警戒せざるを得なかった。

 

「ところで、今日は何してたの?」

「リーマスのところにいた」

 

 ダフネはホグズミードに誘ったが、アルテは一日ホグワーツにいることを選んだ。

 リーマスと共に食事を楽しみ、他愛のない時間を過ごしていたのだ。

 解答が如何にも充実感を持ったもので、ダフネも微笑ましく思う。

 自分が思っていたよりもリーマスは真人間であり、授業もとても楽しいものだ。

 アルテの育て方に物申したいことは山ほどあり、初授業の後ずっとその方針について問い詰めていたが、少なくとも彼としては真っ当に育てようという気持ちはあるらしかった。

 彼女の女性らしさの無さについては、リーマスは独身らしいしまあ……仕方ない、かもしれなかった。

 

「そう。楽しかった?」

「ん」

 

 その答えだけで、ダフネは満足だった。

 今度は一緒にホグズミードに行きたいものだが、もしかするとその機会は来ないかもしれない。

 それほどまでに、アルテがリーマスと共にいる時間というのは得難いものなのだ。

 ダフネが笑みを浮かべた時――唐突に、アルテが立ち止まった。

 

「アルテ?」

「……」

 

 アルテは怪訝な表情で、鼻をひくつかせていた。

 

「どしたの?」

「変な臭いがする」

 

 ダフネは特段何も感じていない。

 しかし、アルテの鋭敏な嗅覚は何かを捉えていた。

 泥や煤や雨水、そういったものが混ざり合った、汚らしい臭いが漂ってきている。

 アルテは走り出そうとして、ダフネがその腕にしがみ付いて止めた。

 

「ちょ、ちょっと! また今一人で突っ走ろうとしたでしょ!」

「……?」

 

 またアルテが単独で事件に飛び込もうとしているのは明らかだった。

 ダフネは必死で停止させ、アルテを向きなおらせる。

 

「――一緒に行こう。一人で厄介ごとに顔突っ込むなんてさせないからね」

「……ん」

 

 アルテが何かを感じているならば、また何事か起きているのだろう。

 それに出くわしていて、見て見ぬ振りは出来ない。

 アルテとしては、どちらでも良かった。

 どちらにせよ、今の学校に何かが起きるということは、リーマスに危険が及びかねないということだ。

 自身の危険が彼に心配を掛けることなど考えない。

 行動が考えより先に出るという点で、アルテは未だ成長していなかった。

 

「どこ!?」

「こっち」

 

 その臭いを頼りに、アルテは廊下を走り、階段を上っていく。

 漂ってくるそれを嗅ぎつつ、手遅れかと、悟った。

 その臭いは新しいものではない。もしかすると、既に数時間は経っているかもしれない。

 ともかく、最も臭いの強い場所に向かう。

 

「この方向って……グリフィンドールの寮じゃない?」

 

 特定の暗号を言わなければ扉の開かない、スリザリン寮と同じ形式の扉がある筈だ。

 階段を上り、その廊下に辿り着くと、流石に違和感に気付いた。

 グリフィンドール寮への扉となる肖像画が滅多切りにされ、キャンバスの切れ端が床に散らばっている。

 

「アルテが感じた臭いのもとって……これ?」

「ん。もう時間が経ってる」

 

 この場で何かがあったのは明白だ。

 だが、その犯人はもうこの場にはいないようだった。

 その肖像画の切断面に触れてみると、荒々しく引き千切ったようであり、力尽くの行為であることが分かる。

 

「おい、スリザリン生。そこで何をしているんだ?」

 

 二人に鋭い声が掛けられる。

 大勢のグリフィンドール生を引率した、首席のパーシー・ウィーズリーだ。

 パーシーは疑いの目でアルテたちを睨み、そして肖像画の様子に気付いた。

 

「っ、これは? 太った婦人(レディ)が! 君たちがやったのか!」

「ち、違います! アルテが変な臭いを嗅ぎつけて、それを頼りにここまで来たら、こうなってたんです!」

 

 ダフネの弁解に、パーシーは更に怪訝な表情になった。

 

「臭い……?」

 

 パーシーをはじめとして、後続のグリフィンドール生も鼻をひくつかせるが、何も変なものは感じない。

 そうしている間に――いつの間にか、肖像画の傍にダンブルドアが立っていた。

 ダフネは思わず息を呑んだ。

 彼に疑いを掛けられれば、無実を証明することも難しくなる。

 ダンブルドアは無残な姿の肖像画を一目見るなり、深刻な目で振り返る。

 ちょうどマクゴナガル、リーマス、スネイプの三人が、ダンブルドアの方に駆けつけてくることろだった。

 リーマスはアルテを視界に入れると目を大きく開き、ダンブルドアに迫る。

 

「校長、アルテとダフネは先程まで大広間にいました。婦人の肖像画をこんなにするほどの時間はなかったかと!」

「ああ、分かっておる。マクゴナガル先生、すぐにフィルチさんの所に行って、城中の絵の中を探すよう言ってくださらんか」

 

 必死な形相のリーマスにダンブルドアは優しく頷いた。

 マクゴナガルが素早く動こうとしたとき、しわがれた声が聞こえた。

 

「見つかったらお慰み!」

 

 ピーブズだった。アルテが一睨みすると、ピーブズは冷や汗を流してダンブルドアの背中に隠れる。

 

「ピーブズ、どういうことかね?」

「こ、校長閣下。あの女はズタズタでしたよ。見られたくなかったのですよ。五階の風景画の中を走ってゆくのを見ました。木にぶつからないようにしながら走ってゆきました。ひどく泣き叫びながら!」

 

 嬉々として言おうとしたものの、ルーピン親子がそうさせなかった。

 どちらもピーブズの天敵であり、その場にいるのは予想外だったのだ。

 

「婦人は誰がやったか話したかね?」

「ええ、ええ、確かに。校長閣下。そいつは婦人が入れてやらないんで酷く怒っていましたね。あいつはとんでもない癇癪持ちですよ――あのシリウス・ブラックは!」

 

 

 

 グリフィンドール生だけでなく、ハッフルパフも、レイブンクローも、そしてスリザリンも全員が大広間に招集された。

 あのシリウス・ブラックが学校内に忍び込んだとあれば、警護もなしに寮に向かわせる訳にはいかない。

 

「先生たち全員でくまなく探さねばならん。ということは気の毒じゃが、皆、今夜はここに泊まることになろうの。皆の安全のためじゃ。監督生は大広間の入口の見張りに立ってもらおう。主席の二人に此処の指揮を任せようぞ。何か不審なことがあれば、ただちにわしに知らせるように」

 

 集まった生徒たちに告げ、大広間から出ていこうとしたダンブルドアだが、ふと立ち止まった。

 

「おお、そうじゃ。必要なものがあったのう」

 

 ハラリと杖を振ると、長いテーブルが全部大広間の片隅に跳んでいき、きちんと壁を背にして並んだ。

 もう一振り。何百個ものふかふかした寝袋が現れて、床いっぱいに敷き詰められた。

 

「ゆっくりお休み」

 

 ダンブルドアがいなくなると、たちまち大広間は騒がしくなった。

 

「アルテ、ダフネ……また変なことに巻き込まれたの?」

「いや、今回のは……うん。まあ」

 

 あの場で止めて寮まで連れていくべきだったとダフネは後悔した。

 流石にダンブルドアのおかげで今回は疑われることはなかったが、厄介ごとにまたしても顔を突っ込んでしまった。

 これ以上は深追いしないようにしておこう、と心に決める。

 二年連続でアルテは事件に巻き込まれたのだ。今年もそうなることは、親友として避けたかった。

 

「にしても、今日はここに泊まるのかぁ……」

「さっさと寝袋を運びましょう。隅は確保しておきたいし」

 

 寝る時は静かな方が好ましい。

 アルテが寝袋を四つ抱えたので、それをダフネたちは大広間の角までと頼む。

 素早く場所を確保した四人。ダフネたちはさっさとそれに潜り込もうとして――――当然のように服のボタンに手を掛けたアルテを全力で止めた。

 

「あんた何してんの!?」

「……? 寝る準備」

「ここ私たちの部屋じゃなくて大広間よ!?」

「だから何?」

「馬鹿アルテ! もう十三歳でしょ!? そろそろ恥じらいの一つくらい覚えてよ!」

 

 何やら必死な三人に抑え込まれたアルテには意味が分からなかった。

 これまで止められることが無かっただけに、突然こんなに必死になるのは不思議でならない。

 

「でも」

「でももだってもない! このまま入って!」

 

 思わず声を張り上げてしまったダフネは、辺りの注目を集めていることに気付き、声を抑えてアルテに言う。

 仕方なくアルテは帽子だけ外し、寝袋に入り込んだ。

 辺りの一年生は目を見張っているが、それを一切気にせず、アルテはさっさと目を閉じた。

 

「隣良い?」

 

 その声に特に反応することはなかった。

 代わりに答えたのは、ダフネだ。

 

「ああ、ルーナ。別にいいよ」

「ありがとう、ダフネ」

 

 ルーナがアルテの隣に寝袋を敷くのを、アルテは音で理解していた。

 ご機嫌で寝袋を敷いたルーナは、その中に入ると、アルテをつつく。

 

「アルテ」

「……」

「アルテー、お話ししない?」

「……」

「ベーコンあるよ」

「……」

 

 しつこく話しかけてくるルーナに、アルテは反応しない。

 もう眠気も迫っている。ルーナとの会話をするよりは、さっさと意識を手放したかった。

 アルテにしては珍しく、ベーコンにも反応しない。

 もう食事は終わっており、こんなところにベーコンなどないと理解しているのだ。

 

「……アールテー」

「……」

 

 一向に反応しないアルテ。

 それを暫く見つめていたルーナは――何食わぬ顔でアルテの耳に触れた。

 

「――えいっ」

「ひぅ――っ」

「ルーナッ!!」

 

 耳から体中に流れていく電流のような刺激に、思わず声を漏らすアルテ。

 それはダフネが禁止していたことで、ダフネら三人の間でも禁忌であった。

 その熱を帯びた声に辺りの生徒たちは思わず反応し、ダフネは殺気を込めて睨みつけることで誤魔化す。

 寝袋に包まったまま、器用にダフネの後ろに逃げて盾にするアルテを、ミリセントとパンジーは信じられないといった目で見ている。

 騒がしく三年目のハロウィーンの夜は更けていく。

 やがて、アルテたちやルーナも寝静まり、数時間。

 明け方の三時頃、聞こえてきた話し声でアルテはふと目を覚ました。

 

「校長、ヤツがどうやって入ったか、何か思い当たることがおありですか?」

「セブルス、色々とあるが、どれもこれも皆ありえないことでな」

 

 ダンブルドアとスネイプだ。

 スネイプは怒気を含んだ声で、ダンブルドアに告げる。

 

「校長、先日の会話を覚えておいででしょうな。一学期の始まった時の」

「如何にも」

「内部の者の手引きなしにはブラックが本校に入るのは、殆ど不可能だと。我輩しかとご忠告申し上げましたな。校長が任命したあの――」

「この城の内部の者がブラックの手引きをしたとは、考えておらん」

 

 何の話なのかは知らないし、それよりも眠気の方が勝った。

 再び意識を手放すアルテ。スネイプが話題に出した、シリウス・ブラックを手引きした疑いのある者というのが、己が最も尊敬する義父であるとは、思いもしなかった。




※流石に単独行動は許されなかったアルテ。
※毎年ハロウィーン何か起きすぎでは。
※パーシー初台詞。
※状況把握よりまずアルテの弁護をするリーマス。
※犯人を教えてあげようとしても睨まれるピーブズ。
※寝袋四つ運ぶアルテ。
※大広間だろうと構わず全裸テロ(未遂)(でも帽子は外す)。
※恥じらいも教えられなかったリーマス。
※アルテが相手してくれなかったので耳を攻めるルーナ。

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