ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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激情の日

 

 

 今年のクィディッチ対抗戦の開幕試合の前日は風が唸りを上げ、雨が激しく降る大荒れの天気だった。

 廊下も教室も真っ暗で、松明や蝋燭の数を増やすほどの事態であった。

 その日の『闇の魔術に対する防衛術』の授業は、グリフィンドールとの合同だった。

 今年に入ってから初めてという訳でもなく、既にグリフィンドール生も、この授業におけるアルテの態度は知っていた。

 この授業ではいつもアルテは上機嫌だった。

 あまりにアルテが自主的に発言するのでハーマイオニーはいつも張り合っていたし、それ以外の生徒たちは発言する必要もなかった。

 しかしながら――その日の授業は違っていた。

 いつもより険しい表情で教室にやってきたアルテは、一言も発さず授業開始時間を迎えた。

 リーマスが入ってくることはなかった。

 扉が乱雑に開かれ、入ってきたのはスネイプ。

 威圧的な雰囲気のままに生徒たちの間を歩いていき、教壇まで向かうと教科書を置き、出席を取り始める。

 ハリーだけがいなかった。

 出席を取り終えると暫くスネイプは何も言わず、板書を始めた。

 十分ほど過ぎ、ハリーが駆け込んでくる。ハリーもまた、スネイプを見て怪訝そうに眉を顰めた。

 

「授業は十分前に始まったぞ、ポッター。であるからグリフィンドールは五点減点とする。座れ」

「ルーピン先生は?」

 

 ハリーはスネイプを睨み返して聞く。

 スネイプは目を細め、歪んだ笑いを浮かべる。

 

「今日は気分が悪く教えられないとのことだ。座れと言ったはずだが?」

「どうなさったのですか?」

「命に別状はない」

 

 スネイプの瞳が鋭く光った。

 まるで、別状があればいいのにとでも言いたげだった。

 

「グリフィンドール、さらに五点減点。もう一度我輩に『座れ』と言わせたら、五十点減点とする」

 

 ハリーはスネイプをもう一度睨んで、のろのろと自分の席まで歩いていった。

 彼が腰を掛けると、スネイプは教室をずいと見回す。

 

「ルーピン先生はこれまでどのような内容を教えたのか、まったく記録を残していないからして――」

「ボガート、赤帽鬼(レッドキャップ)、河童、グリンデロー、次にやるのはヒンキーパンク」

 

 ハーマイオニーが挙手して答える前に、アルテが一息に言った。

 

「教えてくれと言った訳ではない、ミス・ルーピン。我輩はただ、君の父親のだらしなさを指摘しただけである」

 

 視線を鋭くしたアルテをスネイプも睨み返し、厭味ったらしく告げる。

 そこに、グリフィンドールのディーン・トーマスが加勢した。

 

「ルーピン先生はこれまでの防衛術の先生の中で一番良い先生です」

 

 ディーンの勇敢な発言を、教室中の生徒が支持した。

 少なくとも、おどおどとしてどもっており、何を言っているのかよく分からないクィレルや、そもそも教師として論外だったロックハートよりは万倍マシだ。

 それはグリフィンドールやスリザリンだけでなく、ハッフルパフやレイブンクローの生徒たちも含めた総意だった。

 ガヤガヤとしだす生徒たちに、スネイプの顔が一層威嚇的になった。

 

「点の甘いことよ。ルーピンは諸君らに対して著しく厳しさに欠ける。赤帽鬼(レッドキャップ)やグリンデローなど、一年坊主でも出来ることだろう。我々が今日学ぶのは――」

 

 スネイプは教科書の終わりの方までページを捲っている。

 その辺りならば生徒はまだ習っていないと踏んだのだろう。

 そして手を止め、未だに睨んでいるアルテに目を向け、一瞬、薄ら寒く笑った。

 

「――人狼である」

「ッ」

 

 拳をテーブルに叩きつけ、アルテが立ち上がった。

 集める全員の注目を意にも介さず、今にも飛び出さんばかりに身を乗り出すアルテを、隣に座るダフネは慌てて抑え込む。

 

「待って、アルテ! 授業中だよ!」

「座りたまえ、ミス・ルーピン」

 

 歯を食い縛り、アルテは座りなおす。

 ダフネには訳が分からないが、アルテが――或いは去年のロックハートの授業以上に苛立っていることは理解した。

 手を震わせるアルテを不安げに見ながらも、ハーマイオニーが挙手して発言する。

 

「先生、まだ狼人間までやる予定ではありません」

「ミス・グレンジャー。この授業は我輩が教えているのであり君ではない筈だが。その我輩が、諸君に三九四ページを開けと言っているのだ。全員、今すぐだ!」

 

 スネイプが怒鳴り、あちこちで苦々しげに目配せが交わされる。

 ブツブツ文句を垂らしながら、全員が教科書を捲る。

 

「さて、人狼と真の狼とをどうやって見分けるか――ミス・ルーピン、今年の君はすこぶる優秀だと聞いた。答えてみたまえ」

「……」

 

 当てつけのようにアルテを指したスネイプに対し、アルテは視線を外し、聞こえよがしな舌打ちを返答とした。

 スネイプの恐ろしさを知る生徒たちはそれだけで顔を青くする。

 居眠りなどとは違う彼女の態度の悪さは、楽しみにしていたリーマスの授業がなくなったことが原因だと生徒たちは思っていた。

 それは間違いではないものの、彼女の怒りの根本の原因がもっと別にあることを知っているのは、怒りを向けられているスネイプだけだった。

 

「嘆かわしい。ルーピンは娘の評価に贔屓をし過ぎているな。では、代わりに答えられる者はいるか?」

 

 ハーマイオニーだけが勢いよく手を挙げた。

 スネイプはそれを無視し、口元に薄ら笑いを浮かべた。

 

「誰もいないのかね? すると、何かね。ルーピン先生は諸君に、基本的な両者の区別さえまだ教えていないと――」

 

 嫌味なスネイプに、グリフィンドールのパーバティが突然口をきいた。

 

「お話しした筈です。私たち、まだ狼人間までいっていません。今はまだ――」

「黙れ」

 

 たった一言でスネイプはパーバティの反論を中断した。

 

「さて、さて。三年生にもなって、人狼に出会って見分けもつかない生徒にお目に掛かろうとは、我輩は考えてもみなかった。諸君の学習がどんなに遅れているかダンブルドアにしっかりお伝えしておこう」

「先生、狼人間はいくつか細かいところで本当の狼と違っています。狼人間の鼻面は――」

 

 未だに手を挙げていたハーマイオニーが狼人間について解説しようとする。

 しかし、スネイプは更に顔を歪め、ハーマイオニーを睨みつけた。

 

「勝手にしゃしゃり出てきたのはこれで二度目だ、ミス・グレンジャー。鼻持ちならない知ったかぶりで、グリフィンドールからさらに五点減点する」

 

 ハーマイオニーは真っ赤になって手を下ろした。

 俯くその目には涙が浮かんでいる。

 この教室の生徒の大抵が、ハーマイオニーを一度は知ったかぶりと呼んでいたが、今回においては睨まれているのはスネイプだった。

 誰もが彼に不快感を抱いたのだ。

 思わずロンは立ち上がり、大声で言った。

 

「先生が質問を出したんじゃないですか。ハーマイオニーが答えを知っていたんだ。答えてほしくないならなんで質問したんですか?」

「処罰だ、ウィーズリー」

 

 スネイプはウィーズリーににじり寄って言い放った。

 

「更に、我輩の教え方を君が批判するのが、再び我輩の耳に入った暁には、君は非常に後悔することになるだろう」

 

 それから先は、机に座って教科書から狼人間に関して写し書きをするだけの時間が続いた。

 アルテだけは、そのページすら見るものかと、過去のページを開き苛立たしげに眺めていた。

 その様子を憎らしげに見下ろしていたスネイプだが、アルテの過去のノートを見て鼻で笑った。

 

「これは間違いだな。河童は寧ろ蒙古に良く見られる。君の父親はこれで十点満点を与えたのかね? 我輩なら精々が与えられて四点と言ったところだが」

「リーマスが教えたことは間違ってないっ」

 

 ダフネが止める間もなくアルテは立ち上がり、スネイプを見上げた。

 今にも殴り掛かりそうなアルテを、スネイプは唇を捲り上げ睨み返す。

 

「妄信が過ぎるぞ、ミス・ルーピン。君は少しは父親の言うことを疑いたまえ」

「棲み処については根拠もある。別の本でも調べた。寧ろ蒙古が原住地なんてどこにも書いていなかった」

「黙らんか! 我輩は何事も疑って掛かれと言っている! 間違いへの指摘に異を唱えるなど恥を知れ!」

「――!」

「だ、ダメだってばアルテ!」

 

 激昂するアルテとスネイプの間に、ダフネは必死で割って入った。

 そうしなければ、本当に手が出ていた。

 スネイプの様子も流石に変だ。それは如何に態度が悪かろうと、一生徒に向けるものではない。

 もっと因縁のある、憎き敵へと向けるものだった。

 スネイプの理不尽な言い分には、ダフネも不満はある。

 だが、だからと言ってここまで怒っているアルテに、本能のままに手を出させる訳にはいかない。

 

「どいて」

「落ち着こう、アルテ! ルーピン先生にも迷惑が掛かるよ!」

「っ……」

 

 狂犬の如きアルテの怒りに、正面からダフネは対峙する。

 それに恐怖は感じない。ボガートが化けた、あのアルテに比べれば何でもない。

 ダフネを押しのけてスネイプに詰め寄る――アルテはそれをしなかった。

 苛立たしげにアルテは自分の教科書を手に、教室を出て行った。

 

「……まったく。父親が父親なら娘も娘か。ミス・グリーングラス、座りたまえ。授業を続ける」

 

 スネイプはそれを止めることもなく、ダフネを座らせると授業を続行する。

 ハリーだけが、気付いていた。

 スネイプがアルテに向ける目が、どうにも自身に向けるものと似ていたことに。

 そして授業終わりのベルが鳴った時、いつものように面白くはなかった授業からか足早に去ろうとした生徒たちを、スネイプは引き止めた。

 

「各自レポートを書き、我輩に提出するように。人狼の見分け方と殺し方について、羊皮紙二巻、月曜の朝までだ。このクラスはそろそろ誰かが締めて掛からねばならん。ミス・グリーングラス、ミス・ルーピンに課題のことを伝えたまえ。ウィーズリーは残るように。処罰の仕方を決めねばならん」

 

 ダフネは何も言わず、頷くだけで教室を出た。

 ピーブズを追いかけたりして、アルテが授業に出てこないことはこれまでもあった。

 だが、途中で抜け出すことなど、これまで一度もない。

 それほどの事態だったのだ。

 課題のことをアルテに言うのは躊躇われた。

 ――アルテのことを良く見ていれば、これだけ露骨に反応して、気付かない筈もない。

 まだ仮説の域を出ないものの、それで去年一年間の、アルテの不機嫌の原因だって説明がつく。

 指摘をするつもりはない。誰にも被害は出ていないし、授業も面白い。

 そして何より、言ってしまえばアルテを悲しませることになる。それだけは避けたかった。

 

「アルテ、大丈夫かしら……」

 

 ミリセントがダフネの隣に並んで、不安そうに言う。

 教室の外にいる可能性も考えたが、そんなことはなかった。

 

「ダフネ、何処にいると思う?」

「……分からない。寮か、ルーピン先生のところか……もしくは、ハグリッドの小屋とか?」

「ハグリッド? 何だってそんなところにいるのよ」

 

 ミリセントとパンジーは、まだ気付いていない。

 いや――気付いているというか、ダフネが勘違いしているだけかもしれないが。

 

「お気に入りのヒッポグリフがいたでしょ?」

「あぁ……あの黒いヤツ。でも、こんな時に?」

「流石にないでしょ……ハグリッドだって、今は先生よ? 授業中に来たら咎めるわよ――あっ」

 

 パンジーが最初に見つけた。

 前方から歩いてくるアルテの姿――。

 その表情にはもう不満はなく、だいぶ落ち着いて見えた。

 

「アルテ! どこ行ってたの?」

「オリオンのところ」

 

 ――出来れば違っていてほしかった予想が当たり、ダフネは溜息をついた。

 その名前に聞き覚えのないミリセントとパンジーは、たちまち慌てふためく。

 

「ちょ、ちょっとアルテ、オリオンって誰!?」

「まさか男じゃないわよね!?」

「ん……オスだって」

「オス!? 待ってどういう関係なのよ!?」

 

 別に間違ったことは言っていないのだが、最低限の説明しかしないアルテにより勘違いは加速していく。

 ミリセントとパンジーは、自分たちが知らない間に名も知らぬ男子生徒と特殊な関係になっていたと思い込んでいる。

 以前のダフネと同様だが――ダフネももう、説明するのは面倒だった。




※合同授業名物、アルテVSハー子。
※アルテがいるので原作の倍はwktkしてるスネイプ。
※ここぞとばかりにアルテを指名。
※舌打ちアルテ。
※授業内容すら無視。
※河童の生息地で大喧嘩する先生と生徒の図。
※ブチギレアルテVSブチギレスネイプ。
※途中退室。
※アルテにも勿論この課題を出すスネイプ。
※それでもスリザリンから減点はしない。
※オリオンに会って気が晴れるアルテ。
※加速する勘違い。馬鹿馬鹿しくなるダフネ。

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