ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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初めての衝動

 

 

 その翌日のクィディッチは大雨の中、執り行われた。

 本来、グリフィンドール対スリザリンだったのを、シーカーであるドラコの怪我を理由に試合を延期してもらい、結果グリフィンドールとハッフルパフが戦うことになった。

 リーマスの体調が心配だったアルテはいつも通り興味がない――というか入学してから一度もクィディッチ観戦などしていない――ため、見に行かなかったが、後から聞いた話によれば試合中に吸魂鬼が競技場に侵入し、ハリーがその被害に遭ったらしい。

 結果、箒から落下し、ハリーの箒は破壊されてしまった。

 

 そんな事故が起きた次の週、月曜日の『闇の魔術に対する防衛術』の授業には、リーマスは復帰していた。

 相変わらず真っ二つに分かれて教室に集まるスリザリン生とグリフィンドール生。

 リーマスはアルテに連れられて、教室にやってきた。

 ――その姿はよりやつれており、本当に病気だというのが見て取れる。

 くたびれたローブは前よりもダラリと垂れ下がり、目の下には隈が刻まれている。

 アルテは、何かの入ったガラス箱を抱えていた。

 リーマスを教壇まで送り、ガラス箱を置くと、自分の席へと向かう。

 リーマスは生徒たちを見渡し、血の気の引いた顔で微笑む。

 すると、生徒たちは一斉に、リーマスが病気の間のスネイプの態度への不満をぶちまけた。

 

「フェアじゃないよ、代理だったのにどうして宿題を出すんですか?」

「僕たち、狼人間についてなんにも知らないのに!」

「なんだって?」

 

 リーマスは目を見開いた。

 それから、さりげなくアルテに目を向ける。

 目に見えた不満が、その顔にはありありと映っていた。

 それをダフネが隣で気まずそうに見ている。

 ――随分な嫌がらせだ、とリーマスは感じた。

 

「……君たち、まだそこは習っていないって、そう言わなかったかい?」

「言いました、でもスネイプ先生は、僕たちがとっても遅れてるっておっしゃって……」

「耳を貸さないんです!」

「羊皮紙二巻なんです!」

 

 リーマスは、顔を顰めてそれを聞いていた。

 アルテは生徒たちが悪態をつくたびに、思い出したように机に爪を立てている。

 ――自身に向けられた嫌がらせだけならば、幾らでも許容できる。

 だが、スネイプのそれはアルテへの嫌がらせにも等しかった。

 

「よろしい。私からスネイプ先生にお話ししておこう。レポートは書かなくてよろしい」

 

 教室から歓声が上がった。それは、スリザリン生も同様だった。

 ハーマイオニーだけはがっかりした顔をしていた。どうやらもう書き終えていたらしい。

 

「さて。それでは予告通り、今日はこいつだ」

 

 リーマスはガラス箱の中の生物を指す。

 一本足で鬼火のように幽かな生物だ。

 

「ヒンキーパンク。これは旅人を迷わせて沼地に誘う。手にカンテラをぶら下げているのが分かるね? 目の前をピョンピョン跳ぶ。人がそれについていくと――」

 

 リーマスの授業は相変わらずだった。

 アルテも水を得たように活き活きとして、スネイプの時とは打って変わって積極的に発言した。

 やがて終業のベルが鳴ると、リーマスは授業の終わりを告げ、生徒たちは荷物を纏めて出口に向かう。

 

「リーマスの片付けを手伝う。先行ってて」

「そう? ならまた寮で。教科書は持ってっとくわよ?」

「ん」

 

 教壇に向かっていくアルテの教科書をミリセントが持ち、ダフネらは先に出ていく。

 いつもはこんなことを頼まれる前に出ていくアルテだが、この授業に限っては違う。

 

「ハリー、ちょっと残ってくれないか。話があるんだ」

 

 そうしている間に、リーマスはハリーを引き留めていた。

 ハリーが戻ると、アルテはヒンキーパンクの箱を布で覆っている。

 リーマスは机に積んだ本を鞄に詰め込みつつ、ハリーに話し始めた。

 

「試合のことを聞いたよ。箒は残念だったね。修理することは出来ないのかい?」

「いいえ。あの木が粉々にしてしまいました」

 

 リーマスは溜息をつく。

 普通は、高所から落ちたところで箒が壊れるということはない。

 致命的だったのは、箒が落ちた場所に偶々、暴れ柳があったことだ。

 乗り手のいない箒は自分で逃げることも出来ず、木の暴威に襲われてしまったのだ。

 

「あの暴れ柳は、私がホグワーツに入学した年に植えられたんだ。皆で木に近付いて、幹に触れられるかどうかゲームをしたものだよ。終いにデイビィ・ガージョンという男の子が危うく片目を失いかけたものだから、あの木に近付くことは禁止されてしまった。箒など、ひとたまりもないだろうね」

「……先生は、吸魂鬼のこともお聞きになりましたか?」

「ああ、聞いた。ダンブルドア校長があんなに怒ったのは誰も見たことないと思うね。吸魂鬼たちは、近頃日増しに落ち着かなくなっていた。校庭内に入れないことに腹を立ててね。……多分、君は連中が原因で落ちたんだろうね」

「――はい」

 

 ハリーは無意識のうちに拳を握り込んでいた。

 吸魂鬼に襲われたのはこれで二度目だ。

 その両方とも、ハリーは意識を失っていたのだ。

 

「……一体どうして? どうして僕だけあんな風に? 僕がただ――」

「弱いかどうかは関係ないよ。吸魂鬼が他の誰よりも君に影響するのは、君の過去に、誰も経験したことがない恐怖があるからだ」

 

 チラと、リーマスはアルテを見た。

 後はヒンキーパンクをリーマスの部屋に運ぶだけになっており、机に座って足をぶらつかせている。

 ――この場で言うべきか、迷った。

 未だに、リーマスは汽車でのアルテの様子の答えが出せていない。

 仮説は一つあるものの、それは彼が決して認められないものだった。

 そのこともあり、暫く口を閉ざしていたが――それではハリーの疑問も気も晴れまい。

 

「……吸魂鬼は地上を歩く生物の中でも最も忌まわしい生物の一つだ。最も暗く、最も穢れた場所に蔓延り、凋落と絶望の中に栄え、平和や希望、幸福を周りの空気から吸い取ってしまう。マグルでさえ、姿は見えなくてもその存在は感じ取る。吸魂鬼に近付き過ぎると、楽しい気分も幸福な思い出も、一かけらも残さず吸い取られてしまう」

 

 もう一度アルテの様子を見て、リーマスは続ける。

 

「やろうと思えば、吸魂鬼は相手を貪り続けて終いには吸魂鬼自身と同じ状態にしてしまうことが出来る。心に最悪の経験しか残らない状態だ。そしてハリー、君の最悪の経験は酷いものだった。君のような目に遭えば、どんな人間だって箒から落ちても不思議はない――君は決して恥に思う必要はないよ」

 

 冬の陽光が教室を横切った。

 リーマスは、ハリーを元気づけるように微笑んでいる。

 

「……あいつらが傍に来ると、ヴォルデモートが僕の母さんを殺した時の声が聞こえるんです。どうして、あいつらが試合に来なければならなかったんですか?」

「飢えてきたんだ。ダンブルドアが奴らを校内に入れなかったので、餌食にする人間という獲物が枯渇してしまった。クィディッチに集まる大観衆という魅力に抗しきれなかったんだろ。あの大興奮、感情の高まり……奴らにとってはご馳走だよ」

 

 吸魂鬼とて生物だ。飢えれば気も立つし、多少強硬な手段にも訴える。

 飢えているときに彼らにとってのご馳走を見せられれば、抗うことなど出来ない。

 

「アズカバンは酷いところでしょうね」

「海の彼方の孤島に立つ要塞だ。囚人を閉じ込めておくには、周囲が海でなくとも、壁がなくてもいい。一かけらの楽しさも感じることが出来ず、皆自分の心の中に閉じ込められているのだから。数週間も入っていれば、殆ど皆、気が狂う」

「でも、シリウス・ブラックはあいつらの手から逃れました。脱獄を……」

 

 鞄が机から滑り落ちた。

 リーマスは屈んでそれを拾い上げ、身を起こしながら言う。

 

「確かに。ブラックは奴らと戦う方法を見つけたに違いない。そんなことが出来るとは思わなかった……長期間吸魂鬼と一緒にいたら、魔法使いは力を抜き取られてしまう筈だ」

 

 リーマスの表情には複雑な憎悪があった。

 それを見たアルテは――ふと思い出す。

 

「リーマス、汽車で追い払ってた」

「そうだ……先生は吸魂鬼を追い払っていましたよね」

「それは……方法がない訳ではない。しかし、汽車に乗っていた吸魂鬼は一人だった。数が多くなればなるほど、抵抗するのが難しくなる」

「どんな防衛法なんですか? 教えてくださいませんか?」

「ハリー、私は決して吸魂鬼と戦う専門家ではない。それは全く違う」

 

 リーマスとしては、その話題は極力避けたいものだった。

 どうしても、その魔法の存在を知られたくない者が、そこにいたのだ。

 

「……でも、吸魂鬼がまたクィディッチ試合に現れたら、僕は奴らと戦うことが出来ないと……」

 

 それでも――親友の忘れ形見を無下にするなど、出来ようはずもなかった。

 

「……よろしい、何とかやってみよう。ただし、来学期まで待たないといけないよ。休暇に入る前にやっておかなければならないことが山ほどあってね。まったく、私は都合の悪い時に病気になってしまったものだ」

 

 約束を取り付けたハリーの表情は幾分明るくなった。

 礼を言って教室を出ていくハリー。それを見送ったリーマスが振り返れば、複雑に歪んだ表情のアルテが、そこにいた。

 

「……アルテ? どうかしたのかい?」

「……リーマス。シリウス・ブラックと知り合い?」

 

 心臓が止まりそうになった。

 鞄を取り落とし、もう一度拾うリーマス。

 アルテの突然の問いに、汗がどっと噴き出る。

 

「……何故そう思う?」

「知らない人に向ける顔じゃない」

「ジェームズ――親友を殺されたんだ。こうもなる」

「それでも。ただ憎い相手ってだけの顔じゃない」

 

 誰よりリーマスを見ているアルテは、彼の表情の違いを分かっていた。

 ただ、友を殺された他人というだけでは、リーマスはこの表情を浮かべたりしない。

 憎悪というだけではない何かが、今の彼にはあった。

 

「…………シリウスは友人だった。ジェームズとは、共通の」

 

 アルテを誤魔化すことは出来ないと悟ったリーマスは、初めて、アルテに話すことを決めた。

 

「奴は裏切ったんだ。それがきっかけで、ジェームズと、そしてもう一人私の友人が死んだ」

「……ヴォルデモートの仲間?」

「……そうだ。奴が裏切っていたことを誰も知らなかった。知ってさえいれば……今更後悔などしても、どうにもならないが」

 

 拳を震わせるリーマスを、アルテはじっと見つめていた。

 彼の様子からは、無念が滲み出ている。

 ヴォルデモートという名前を出したにも関わらず、アルテの心はいつになく、かの帝王とは別のところにあった。

 闇の帝王に向ける、己の強烈な使命感とは全く異なる感情。

 これまでの、ロックハートやスネイプに向けたものよりも熱いものを、アルテは感じていた。

 

「――リーマス」

「ん?」

「吸魂鬼を追い払う魔法、わたしにも教えて」

 

 ――それは、アルテからだけは聞きたくない言葉だった。

 何故ならば、その魔法に必要な要素というものが、アルテの中に存在するという確信が持てなくなってしまっていたからだ。

 吸魂鬼の影響を受けないアルテ。

 その原因として考えられるものの一つだった。

 

「……アルテ、それは」

「それだけじゃない」

 

 アルテが感じているものは、炎のような感情だった。

 今のリーマスを遥かに超える、怒りと憎悪。

 リーマスの無念は、そのまま彼を尊敬するアルテのそれらの感情に繋がったのだ。

 

「わたしに戦い方を教えて。魔法を使った、ちゃんとした戦い方」

「……何のために?」

「シリウス・ブラックを殺すため」

 

 その時、アルテの中で、ヴォルデモートよりも優先するものが現れた。

 使命感から生まれた執着とは違う、純然な怒りと憎しみから生まれた、初めての敵。

 リーマスは思わず、アルテの肩を掴んで声を張り上げた。

 

「馬鹿な事を言うんじゃない! アルテ、君がシリウス・ブラックを敵にする必要なんてない、闇の魔法使いと戦うにしても、アルテには早すぎる!」

 

 今度はアルテが目を見開く番だった。

 困惑があった。リーマスに怒鳴られるというのは、初めてのことだったのだ。

 

「……何故急にシリウス・ブラックを?」

「……リーマスが、怒っていたから」

 

 その瞳には迷いはない。

 ゆえに、何故リーマスが止めようとしているかが、アルテには分からなかった。

 

「アルテ、気にしなくていい。これは私だけの後悔だ。アルテまで背負うことじゃない」

「でも……」

 

 納得する様子を見せないアルテに、リーマスは苦い顔をする。

 自身の無念の相手を、アルテは己の仇敵の如く感じてしまっている。

 

「……アルテが魔法を上達させることは喜ばしいことだ。だけど、それをまだ闇との戦いに使ってほしくはない。約束してくれ、力を得たからと言って、シリウス・ブラックやヴォルデモート――そんな連中を探して倒そうとはしないと」

「ッ……」

「『自分を守るため』……今はそれでいい。そういう理由であれば、私も喜んでアルテに魔法を教えることが出来る」

 

 その罪悪感からか――そんな妥協案を、リーマスは出した。

 しかし、それではアルテの目的には至らない。

 それでも頷いたのは――リーマスから教えを受けるということが、アルテにとって何より楽しいことであったからだ。

 

「なら、吸魂鬼への対抗手段はハリーと合同で、それ以外はまた別の日に行おう。さあ、ヒンキーパンクを部屋に戻す。手伝ってくれるかい?」

「ん」

 

 布を被せたガラス箱をアルテは持ち上げる。

 何はともあれ、リーマスに授業外でも教えを受けられるというのは、アルテにとっては収穫だった。

 その喜びに、僅かに尻尾を揺らしながら、アルテは教室を出るリーマスに続く。

 

 ――その数日後から、アルテの魔法訓練は始まった。

 授業が終わった放課後や、授業自体のない土曜日。

 決められた日にリーマスから魔法を学び、そして寮に戻る前にハグリッドのもとへ行きオリオンに会うというのが、アルテの生活の基本に加わった。

 そして――学期の終わりになる頃には、リーマスは訓練の度に、大きな喜ばしさと小さな恐ろしさを覚えるようになった。

 自分が予想していた速度を大きく上回る、アルテの成長速度。

 それはまるで、己の目指す到達地点のために必要な要素を貪欲に喰らって手にするかの如く――アルテは『戦闘』というものを学び、身につけていった。




※アルテが見に行かないので案の定スキップされるクィディッチ。
※不機嫌になると大体犠牲になるテーブル。
※テーブル「我々の業界ではご褒美です」
※守護霊魔法を教えたくないリーマス。
※シリウス「なんか嫌な予感がする」
※私情によってお辞儀<シリウスになった瞬間。
※物理攻撃一辺倒だったアルテの成長フラグ。

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