多忙につき、次回の更新はいつと断言出来ませんが、最悪土曜日になると思います。
ご了承くださいませ。
相変わらずリーマスの具合が悪かったクリスマス休暇を終え、新学期の始まった週の木曜日、吸魂鬼対策の特別授業は行われた。
場所として選ばれた『魔法史』の教室でハリーが待っていると、時間を五分ほど過ぎた頃、リーマスとアルテがやってきた。
アルテは大きな荷造り用の箱を抱えており、ビンズ教授の机に下ろした。
「なんですか?」
「ボガートだよ。火曜日からずっと、城をくまなく探したら、幸いフィルチさんの書類棚の中にいてね。本物の吸魂鬼に一番近いのはこれだ。君を見たら吸魂鬼に変身するだろうからね。使わないときは私の事務室にしまっておけばいい。ボガートの気に入りそうな戸棚が私の机の下にある」
本物の吸魂鬼を連れてこられるより、ハリーは何倍も気が楽だった。
ボガートの変身した吸魂鬼であれば、ハリーが上手く対処できなくともリーマスやアルテがどうとでもできる。
アルテに対して変身したボガートの姿をハリーは知らないが――しかしスリザリンも同じくボガートの授業を行ったと聞いている。
彼女が対処できないということはないだろう。
「さて……私がこれから君たちに教えようとしている呪文は、非常に高度な魔法だ。
リーマスは杖を出して言う。
その呪文は、ホグワーツで習うようなものではない。
事実、卒業生の中でも使えない者が殆どだ。
どれだけ優秀な魔法使いだろうとも、三年生で学び始めるのは尚早な魔法だが――これこそが吸魂鬼と対峙した時に最も有効な手段だ。
「どんな力を持ってるんですか?」
「呪文が上手くいけば、
守護霊とはプラスのエネルギーだ。
それは吸魂鬼の餌食となるものだが、守護霊は人間ならば感じる絶望を感じることが出来ない。
ゆえに吸魂鬼は守護霊を傷つけることが出来ず、使用者すら守ってくれる――それが守護霊だ。
「守護霊とは、どんな姿をしているんですか?」
「それを作り出す魔法使いによって一つ一つが違うものになる。大抵は何かしらの動物、魔法生物の形をとる」
「どうやって作り出すのですか?」
「呪文を唱えるんだ。何か一つ――一番幸せだった想い出を、渾身の力で思いつめた時、初めてその呪文が効く」
一番幸せな出来事――ハリーもアルテも、己の中のそれを考えた。
アルテは、困ったように眉を顰める。リーマスにはその様子が、気が気でなかった。
ハリーはダーズリー家でのことだけは思い浮かべないようにした。
そして記憶を辿り――初めて箒に乗った瞬間を思い浮かべる。
その体を突き抜けるような、素晴らしい飛翔感を出来るだけ忠実に思い浮かべようとする。
「……出来たかい?」
ハリーはしっかりと、アルテは曖昧に頷いた。
アルテの反応に一抹の不安を覚えるも――まだ実践ではないと、その不安を押し止める。
「では、呪文はこうだ――エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ!」
ハリーとアルテは杖を構える。
リーマスの言う通りに、想い出に集中し、そしてハリーが小声で呟いた。
「……エクスペクト・パトローナム」
「幸せな想い出に神経を集中しているかい?」
「ええ……はい」
ハリーの杖は反応しない。
それを見届けてから、アルテも何となしに、杖を振った。
「――エクスペクト・パトローナム」
――ハリーも、リーマスも、その光景を呆然と見ていた。
杖から噴き出す、銀色の煙。
やがて目も眩むほどの光となり、教室中を荘厳に照らす。
ハリーとリーマスが目を見張っているうちに、光の中に何かが形作られていた。
四足で立つ、巨大な姿。
強靭な蹄、獅子の頭、そして鱗に覆われた尾。
二人ともその魔法生物の姿を実際には、見たこともなかった。
リーマスは名前だけは知っている。だが、それは幻にも等しい生物であり、守護霊として発現するとは思えない。
その守護霊は十秒ほどアルテの前で佇み、消えていった。
「……キメラ」
リーマスはその生物の名を、絞り出すように呟いた。
発見例も極めて少なく、長い歴史の中でも正式に退治したとされているのは一頭しかいない、恐るべき生物。
そんな生物――否、怪物とも言っていいそれを発現させたアルテは、杖を下ろすと、苦い顔をして近くの椅子に腰かけた。
「アルテ!」
リーマスが駆け寄り、ぐったりとするアルテの肩を揺する。
ゆっくり目を開けたアルテは、僅かに悪くなった顔色をリーマスに向ける。
「…………この魔法、嫌い」
「一体どうしたんだ……? 魔力を込め過ぎたのか、それとも……」
守護霊の呪文を使ってこうなる者など見たことがない。
吸魂鬼と対峙していたのなら分かる。幸福感を吸い取られる中、幸福で守護霊を構築するというのはこうした訓練以上に凄まじい精神力を要する。
だが、これはそうではない。
今のアルテの状態は、単に精神力や魔力の消費とは違っていた。
「何を思い浮かべたんだい?」
「……何も」
「何もって、どういうこと?」
ハリーも思わず聞いていた。
直前に使ったハリーは、自分の中を想い出でいっぱいにしたつもりだった。
それでも杖から何かが飛び出してくるようなことはなかった。
ゆえに、一発で成功させたアルテの答えは納得できない。
「……何も思い浮かばなかった。だから、とにかく唱えた」
「……そうか。とにかく休みなさい、ハリー、その間に訓練をしよう」
「は、はい……」
リーマスは――その答えから逃避するように、ハリーに目を向けた。
吸魂鬼の影響を受けない要因として、最も考えられることがそれであったからだ。
アルテの中に、幸福な想い出というものが存在しない。
幸せを感じることが出来ないということはない。
では、どうして吸魂鬼を前に平然といられて、かつ守護霊を生み出すのに必要な要素を『思い出す』ことは出来ないのか。
そして、だというのに何故守護霊を生み出すことが出来たのか。
“人として”の矛盾で構成されているように感じてしまって、それを考えてしまうのが恐ろしかった。
「エクスペクト・パトローナム、守護霊よ来たれ――」
ハリーが力みながらも、呪文を唱える。
すると、杖の先から銀色の煙が急に噴き出した。
なんの形をとることもなかったが、リーマスは嬉しそうに微笑む。
「な、何か出てきた!」
「最初の一歩だ。それじゃあ……吸魂鬼で練習してもいいかい?」
ハリーが頷き、リーマスがボガートの用意をする。
それを虚ろに眺めているアルテは、何故今の守護霊の魔法に、あそこまで拒絶感を覚えたのか、考えなかった。
嫌いなものは嫌いであり、それ以上をアルテは求めていなかった。
だが――極力使いたくないとは、思う。
体が、その魔法を使うことこそが間違いだと言うように精神から引き剥がれようとするのを、二度と感じたくなかった。
リーマスが箱の蓋に手を掛け、引っ張る。
ゆらりと吸魂鬼が箱の中から立ち上がった。
フードに覆われた顔がハリーの方を向く。
辺りの灯りが消え、深く息を吸い込むと、身を刺すような寒気がハリーを襲った。
「え、エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ!」
ハリーは必死に叫んで杖を振りかざすも、先のような銀色の煙すら出てこない。
やがて、教室も吸魂鬼も次第にぼんやりしてきて――倒れ込んだ。
「ハリー!」
ハリーが我に返ると、床に仰向けに倒れていた。
結果など聞くまでもなかった。
ボガートは教室の何処にもおらず、箱は閉まっている。
既にボガートは箱に戻っているようだった。
「……すみません」
「大丈夫か? これを食べるといい。それからもう一度やろう。一回で出来るなんて期待していなかったよ。アルテも気分が悪くなっただろう? 一回で完璧に出来たら、びっくり仰天だ」
リーマスはカエルチョコレートをハリーに寄越した。
カエルの頭を齧りながら、ハリーは呟く。
「……母さんの声が、ますます強く聞こえたんです。それに、あの人、ヴォルデモート――」
珍しく、アルテは反応もしなかった。
それどころではないのか、もしくは今、闇の帝王よりも優先すべき存在がいるからか――
アルテの様子を見ながらも、リーマスはいつもより青白い顔で、ハリーの身を案じた。
「ハリー、続けたくないなら、その気持ちは私にはよくわかる」
「続けます。やらなきゃならないんです。レイブンクロー戦で吸魂鬼が現れたら……また落ちる訳にはいきません。この試合に負けたらクィディッチ杯は取れないんです!」
「……分かった。別な想い出を選んだ方が良いかもしれない。つまり、気持ちを集中できるような幸福なものを。さっきのは、十分な強さではなかったようだ」
ハリーはもう一度、記憶を探る。
最も幸福な想い出――そう考えて、去年の寮対抗杯の優勝を思い出す。
一年目のスリザリンとの同率優勝とは違う、正真正銘、グリフィンドールが優勝したのだ。
あの時こそ、最も幸福な想い出として相応しいと思った。
杖を握り締め、ハリーは身構える。
「いいかい?」
「はい」
再び箱が開かれ、吸魂鬼が現れる。
朽ちた片手が、ハリーの方に伸びてくる――
「エクスペクト・パトローナム! 守護霊よ来たれ! エクスペクト――」
白い霧が、ハリーの感覚を朦朧とさせる。
大きな、ぼんやりとした姿がいくつもハリーの周りを動いている――
「ハリー、ハリー! しっかり!」
リーマスがハリーの顔を叩き、覚醒させる。
何故埃っぽい床に倒れているのか理解するのに、今度は少しだけ時間が掛かった。
「……父さんの声が聞こえた。父さんの声は、初めて聞いた……母さんが逃げる時間を作るのに、一人でヴォルデモートと対決しようとしたんだ」
無意識のうちに、ハリーは涙を流していた。
「……ジェームズの声を?」
「ええ……先生は、父さんと同窓だったんですよね?」
「ああ……ホグワーツでは友人だった。さあ、ハリー、今夜はこのくらいでやめよう。この呪文はとてつもなく高度だ……言うんじゃなかった、君にこんなことをさせるなんて……」
「違います! 僕、もう一度やってみます! 十分に幸せなことじゃなかったんだ、そうです、ちょっと待って……」
ハリーは立ち上がり、必死で考えた。
本当に、本当に幸せな想い出。しっかりとした、アルテのような強い守護霊に変えることが出来る想い出――
今度こそ、という気持ちは強かった。
アルテはたった一度で成功させた。具合こそ悪くなってはいるが、あの形ははっきりと獣に見えていた。
負けてはいられないというハリーの意地が、強い想い出と結びついた。
自分が魔法使いと知った時、ダーズリー家を離れてホグワーツに行くことが分かった時。
あの想い出が幸せと言えないならば、何が幸せと言えようか。
「――いいんだね?」
ハリーは頷いた。暫く休んで気が楽になった様子のアルテが、じっと見ている。
同じ授業を、同じタイミングで受けているのだ、これ以上遅れを取ることなど許されない。
三度、リーマスが箱を開ける。
飛び出した吸魂鬼に対し、怖じることなくハリーは杖を向けた。
「エクスペクト・パトローナム!」
吸魂鬼が近付いてきても、ハリーが意識を失うことはなかった。
吸魂鬼が立ち止まる。
そして、大きな、銀色の影が杖の先から飛び出し、吸魂鬼とハリーの間に漂った。
足の感覚はなかったが、ハリーはまだ立っている。
守護霊だ、と確信した。形ははっきりしていないが、事実、吸魂鬼の接近を防いでいた。
「リディクラス!」
リーマスが飛び出し、杖を振るって叫んだ。
パチンと音がして吸魂鬼が消えるのと、ハリーのもやもやとした守護霊が消えるのは殆ど同時だった。
変化したボガートを箱の中に戻したリーマスは、へたりこんだハリーのもとへ歩いていき、肩を叩く。
「よくやった! 立派なスタートだよ、ハリー」
「……もう一回やってもいいですか? もう、一度だけ」
「いや、今は駄目だ。一晩にしては十分過ぎるほどだ。さあ――」
リーマスはハニーデュークスの大きな最高級板チョコを取り出す。
それを一切れアルテに渡して、残る全てをハリーの手に置いた。
「全部食べなさい。そうしないと、私はマダム・ポンフリーにこっぴどくお仕置きされてしまう」
チョコレートを齧りながら、ハリーはリーマスがランプを消すのを見ていた。
そんな中、一つ、気になることを口にする。
「……ルーピン先生、僕の父をご存知なら、シリウス・ブラックのこともご存知なのでしょう?」
「…………どうしてそう思うんだね?」
目の色を変えたアルテを注意深く見ながら、リーマスは問い返す。
「別に……ただ、僕、父とブラックがホグワーツで友達だったって知ってるだけです」
「……ああ、知っていた。知っていると思っていた、というべきか。さあ、ハリー、アルテ、もう帰った方がいい。だいぶ遅くなった」
リーマスは手を叩いて解散を言い渡した。
結局アルテは一度魔法を唱えたきりだが、疲労はかなりのものだった。
自分には、この魔法は向いていないのか――なんてほんの僅かに考え、しかしさして関心を持てず、あくびをする。
夜も更けていた。さっさとベッドに飛び込むべく、アルテは廊下を歩く足を速めた。
※ハリーとアルテの合同授業。
※荷物持ちとなってるアルテ。
※いい想い出を考えようとすると困るアルテ。
※多分二次界隈でも割とレアだろう守護霊魔法一発成功。
※守護霊はキメラ。
※守護霊魔法で気分を崩す体質。
※何も思い浮かばなかったアルテ。
※お辞儀様の名前に反応しないアルテ(SR)。
※向いてないのは分かったけど理由は特に興味ないアルテ。