ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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義父の怒り

 

 

 グリフィンドールとレイブンクローの試合は、あまりにも呆気なく終わった。

 その最大の要因は、相棒であった箒、ニンバス2000を失ったハリーが新たに持ち出した世界最高の箒――炎の雷『ファイアボルト』であった。

 金持ちの魔法使いだろうと容易く手を出せない、ニンバスシリーズの二十倍以上もの金額の箒は誰からとも分からない、差出人不明のクリスマスプレゼントとしてハリーに届いたものだった。

 幾らハリーのためとはいえ、それだけの代物をプレゼント出来るような者など浮かばなかった。

 結果浮上したのは、シリウス・ブラックがハリーを殺すために罠を仕掛けた箒を送り付けたという可能性だ。

 それから暫くの間、マダム・フーチやフリットウィックによって箒は念入りにチェックされたが、この試合を前にしてようやく何も仕掛けられていないと判断されたのだ。

 シーカーとして類稀なる才能を持つハリーと、世界最高のファイアボルトが組み合わさればどうなるかなど、火を見るよりも明らかだった。

 チームに最高の箒が齎されたことで士気が大いに上がったグリフィンドールチームは点を少しも渡さないままに、大差を付けて勝利してしまった。

 そんな中、ドラコたちが吸魂鬼の真似をしてハリーをまた箒から落とそうとしたが、ハリーは守護霊の魔法によりドラコたちを撃退し、マクゴナガルの逆鱗に触れスリザリンは五十点も減点された。

 その日のグリフィンドールの盛り上がりは夜遅くまで続いたが――全てが楽しいままでは終わらなかった。

 再びシリウス・ブラックが校内に現れたのだ。

 しかも今度はネビルが書き留めた一週間分の合言葉を使い、グリフィンドールの寮の中にまで入り込んだ。

 無論校内は大騒ぎだ。教師陣が総動員で城中を捜索したが、彼は見つかることがなかった。

 アルテはリーマスとの約束を守り、シリウスを探すことこそしなかったが、ずっとそわそわとしていた。

 シリウス・ブラックを捕まえたい。リーマスを裏切ったシリウス・ブラックの喉笛を噛みつき、引き千切ってやりたい。

 そんな衝動を抑え過ごした日から、暫く日数が経過し――

 

 

 土曜日の午後、アルテはリーマスのもとで訓練を受けていた。

 自分を守るための魔法訓練という名目で数ヶ月続けられているこの課外授業。

 ここ一ヶ月ほどは、この訓練に変化が表れていた。

 

「エクスペリアームス、武器よ去れ!」

「っと……出来たじゃないパンジー!」

 

 そう、生徒の増加である。

 リーマスは現在アルテのほかに、ダフネ、ミリセント、パンジーの三人に自分なりの防衛術を教えていた。

 一週間に何度か特別な訓練を受けていると知ったダフネたちは、リーマスに頼み込んで自分たちも参加した。

 簡単な魔法から始めた訓練だが、現在三人は武装解除にまで進んでいる。

 去年決闘クラブでスネイプが見せた魔法ではあるが、本来二年生で使えるようになるのは難しい魔法だ。

 その理論の説明から始め、ようやく実践に入ったダフネたち。

 最初に、何事もそつなくこなすダフネが成功させ、そして一歩遅れてミリセント、パンジーもコツを掴んだ。

 それをリーマスは拍手で称賛する。

 他の魔法使いと対峙した場合において、武装解除というのは基本ではあるが、同時に必勝の手段でもある。

 杖を奪えば魔法は使えない。

 実戦的な防衛術であれば、まずこの魔法からという考えから、リーマスはこの魔法を教え始めた。

 

「よし、じゃあ次だ。アルテ」

「ん」

 

 そして、先に始めていたアルテは既にこの魔法は問題なく扱えるようになっている。

 今アルテは、それよりも先――より高度な技術の練習をしていた。

 ダフネたちが参加した頃から、アルテはずっとその技術を練習してきた。

 理論としては理解している。だが、それを実践するのは非常に難易度が高い。

 アルテは教えられた流れを脳内で組み立てていく。

 普通の魔法使用と異なる点はたった一つ。

 精神、思考から一つの理論を構築し、魔法を出力する杖の動きという結果に意味を持たせる最後のパーツ――呪文を、発声ではなく己の中で組み上げる。

 即ち、無言呪文。

 

「ッ」

 

 相手から武器を奪い去るという理論に、杖の動きに、同時に呪文を乗せていく。

 声という確かな形にならなくとも、完成されたその技術はより自然に発動され、声を出すよりも素早く影響を及ぼす。

 結果、何も言わず小さく息を吐いたアルテの杖の動きと同時に、前に立っていたダフネの手から杖は離れた。

 

「やった! 成功だよアルテ!」

「ん……どういう事かわかった」

 

 その一つの成功で以て、アルテはようやく今まで出来ていなかった、理論で説明できる範疇を超えた感覚を掴んだ。

 こればかりは、教える者が如何に優秀であっても本人が慣れるのを待つしかない。

 アルテは今の感覚を頼りに、頭の中で別の魔法を組み立てる。

 引き寄せ魔法で床に落ちたダフネの杖を引き寄せ、左手で掴んだ後、素早く魔法を切り替え杖先に光を灯す。

 これだと分かれば、なんら普段の魔法の行使と違いはない。

 寧ろアルテとしては、呪文を口に出すというプロセスが省略される分、使いやすく感じた。

 とはいえ、通常の魔法行使に比べ、同じ要領における威力や効果は落ちている。速度と、相手に魔法を知らせないという秘匿性の代償とアルテは考えた。

 

「よくやった。アルテ、コツは掴めたかい?」

「ん。もう大丈夫」

 

 アルテはダフネに杖を返しつつ、リーマスの問いに答える。

 訓練を始める前、リーマスが感覚を掴めなければ何年かかっても出来ない、というだけあった。

 この課外授業の外でもアルテはこの一ヶ月、ひたすらこの技術の習得に費やしてきた。

 ようやく分かったコツというのは掴めてしまえばあまり厄介なものでもない。こういうものなのか、とアルテは理解した。

 

「にしても凄いわね、無言呪文なんて……上級生でもそうそう出来ないって聞いたわよ」

「ああ。卒業までに出来るようになれば十分に自慢できるものだ。まさか一ヶ月で習得するとは思わなかった」

 

 リーマスはアルテの頭に手を置いて、誇らしげに言う。

 表情は変えないながら、どこか上機嫌そうなアルテに、ダフネたちも顔を綻ばせた。

 その時だった。

 

『ルーピン! 話しがある!』

 

 部屋の暖炉が突然燃え上がり、その向こうからスネイプの声が響いてきた。

 ダフネたちは跳び上がって驚いたが、リーマスは面倒そうに眉を顰めるだけだった。

 

「今日はここまでにしよう。寮に戻りなさい」

 

 そう言って、リーマスはその暖炉に仕方なく飛び込んだ。

 残されたアルテたち四人。しかし、数秒呆けたのち、アルテは暖炉に向かって歩き出す。

 

「アルテ!」

「先戻ってて」

 

 スネイプがなんの用事があってリーマスを呼び出したのか、アルテは気になった。

 薬を渡すだけならともかく、それを抜きにすれば彼とリーマスは仲が悪いと聞いている。

 もしも何らかの、悪意ある呼び出しであれば――と、アルテは思ったのだ。

 まだ火の点っている暖炉に飛び込めば、アルテが体を思いきり振り回される感覚に襲われる。

 そして急回転しながら、スネイプの部屋にまで一跳びした。

 その場にはスネイプとリーマスだけでなく、ハリーもいた。

 スネイプは不愉快そうにアルテを睨みつける。

 

「娘まで呼んだ覚えはないが? ルーピン」

「まあ仕方ない。ちょうどアルテたちに特別授業を行っていたところだったのでね」

 

 アルテのローブに付いた灰を落としながらリーマスが答える。

 

「それで、何の用だいセブルス」

「今しがた、ポッターにポケットの中身を出すよう言ったところ、こんなものを持っていた」

 

 ――それを見せられた時のリーマスの表情を、アルテだけが見ていた。

 驚きから懐かしさに変わっていき、そして複雑なものになった顔で、リーマスはそれを手に取る。

 襤褸のような羊皮紙だった。

 アルテが覗き込むと、そこにはアルテでない生徒であれば思わず笑ってしまうような文面が記されていた。

 

 ――私、ミスター・ムーニーからスネイプ教授にご挨拶申し上げる。他人事に対する異常なお節介はお控えくださるよう、切にお願いいたす次第。

 

 ――私、ミスター・プロングズもミスター・ムーニーに同意し、さらに、申し上げる。スネイプ教授はろくでもない、いやなやつだ。

 

 ――私、ミスター・パッドフットは、かくも愚かしき者が教授になれたことに、驚きの意を記すものである。

 

 ――私、ミスター・ワームテールがスネイプ教授にお別れを申し上げ、その薄汚いドロドロ頭を洗うようご忠告申し上げる。

 

 スネイプを徹底的に罵倒した四つのメッセージ。

 それを見たからか、ハリーは真っ青な顔で最後の審判を待っているかのようだった。

 羊皮紙の文面をじっと見つめていたリーマスに、しびれを切らしたようにスネイプは一歩詰め寄った。

 

「それで? この羊皮紙にはまさに『闇の魔術』が詰め込まれている。ルーピン、君の専門分野だと拝察するが。ポッターがどこでこんなものを手に入れたと思うかね?」

 

 リーマスがようやく顔を上げ、ハリーに視線を送った。

 まるで、黙っているようにと警告しているように。

 

「セブルス、本当にそう思うかい? 私が見るところ、無理に読もうとする者を侮辱するだけの羊皮紙に過ぎないと見えるがね。悪戯専門店で手に入れたものじゃないか?」

「そうかね? 悪戯専門店でポッターにこんなものを売ると? 寧ろ直接に製作者から入手した可能性が高いとは思わんのか?」

 

 スネイプは怒りに顔を歪めていた。

 ハリーは何を言っているのか分からなかったし、リーマスも表情一つ変えなかった。

 ただ一人スネイプの言葉を聞いていなさそうなアルテは怪訝そうな表情のまま羊皮紙を覗いていた。

 

「ミスター・ワームテールとかこの連中の誰かから、という意味かい? ハリー、この中に誰か、知っている人は?」

「い、いいえ!」

「聞いただろう? 私にはゾンコの店の商品のように見えるがね」

 

 その合図を待っていたかのように、ロンが息を切らせて部屋に駆けこんできた。

 

「それ、僕が、ハリーにあげたんですっ! ゾンコで、随分前にそれを買いました!」

「ほら。どうやらこれではっきりしたね、セブルス」

 

 リーマスは上機嫌に言った。

 一切納得していない様子のスネイプを他所に、くたびれたローブにその羊皮紙を仕舞い込む。

 

「ハリー、ロン、おいで。アルテも。今週のレポートについて話があるんだ。セブルス、失礼するよ」

 

 リーマスは三人を連れて部屋を出た。

 ハリー、ロンの気まずそうな様子を、アルテは不審に思う。

 黙々と玄関ホールまで歩いて、ようやくハリーが口を開いた。

 

「先生、僕……」

「事情を聞こうとは思わない」

 

 リーマスは立ち止まり、周囲を見渡しながら、声を潜めて言った。

 

「何年も前にフィルチさんがこれを没収したことを私は知っている。これが地図だってこともね」

 

 ハリーとロンは目を見開いて驚き、アルテは首を傾げた。

 先程の文面以外に何か書いてある様子は見られなかった。

 あれが地図だというならば、そもそも地図としての体すら成していない。

 

「これがどうやって君のものになったのか私は知りたくない。ただ、君がこれを提出しなかったことには、私は大いに驚いている。残念だけどこれは返してあげる訳にはいかないよ」

 

 ハリーは覚悟していた。

 それが先生に渡った時点で、戻ってくることなどないと思っていたのだ。

 抗議することは出来なかった。

 それよりも気になることが多すぎた。

 

「……スネイプはどうして僕がこれを製作者から手に入れたと思ったんでしょう」

「それは……」

 

 リーマスは口ごもり、暫くの後、続ける。

 

「……それは、この地図の製作者だったら君を学校の外へ誘い出したいと思ったかもしれないからだよ。連中にとって、それは最高に面白いことだろうから」

「先生は、この人たちをご存知なのですか?」

「会ったことがある――ハリー、次は庇ってあげられないよ。私が幾ら説得しても君が納得してシリウス・ブラックのことを深刻に受け止めるようにはならないだろう。しかし、吸魂鬼が近付いた時、君が聞いた声こそ、君にもっと強い影響を与えている筈だと思ったんだけどね」

 

 静かながら、強い口調だった。

 その、聞いたことのないリーマスの声色に、言葉を向けられている訳でもないのにアルテは一歩後ずさった。

 本気で怒るリーマスというのを、アルテは初めて前にしたのだ。

 

「ハリー、君のご両親は君を生かすために自らの命を捧げたんだよ。それに報いるのに、これではあまりにお粗末じゃないか――たかが魔法のおもちゃ一袋のために、ご両親の犠牲の賜物を危険に晒すなんて」

 

 必死で感情を抑えつけているようだった。

 立ち尽くすハリーとロンを置いて立ち去るリーマスを、慌ててアルテは追いかける。

 困惑していた。今にも爆発しそうなリーマスに、何を言うべきなのか分からなかった。

 

「り、リーマス」

「……」

 

 名前を呼んでも、言うべき言葉は見つからない。

 立ち止まったリーマスの背中に、とにかくアルテは一番の疑問を投げかけた。

 

「……リーマス。その紙、リーマスの匂いがした。それ……」

「……すまない、アルテ。少し落ち着く時間が欲しい。寮に戻りなさい」

 

 震えたような声で、リーマスはそれだけ言って自分の部屋へと歩いていく。

 その明確な拒絶に、アルテは呆然と立ち尽くす。

 リーマスの姿が見えなくなっても、暫くアルテは動くことが出来なかった。




※流されるファイアボルト。
※未だにシリウスに対し殺意バリバリのアルテ。
※特別授業生徒追加。
※無言呪文習得。
※アルテ「無言のが手っ取り早くて使いやすい」
※ハリーが持っている期間が一瞬たりとも描写されなかった地図。
※怒り心頭なリーマス。
※激おこリーマスに困惑するアルテ。

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