「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組分けを受けてください――アボット・ハンナ!」
マクゴナガルが最初の名を呼ぶ。
ピンクの頬をしたおさげの少女が慌てた様子で前に出た。
最初を飾る組分けだ。否が応でも、皆の注目を浴びる。
椅子に腰かけ、一瞬の沈黙――
「ハッフルパフ!」
右側のテーブルから、歓声と拍手が上がった。
ハンナと呼ばれた少女は、照れた様子でそのテーブルに向かって駆けていく。
これが、組分けの一連の流れ。
以降の生徒たちはそれを覚え、より一層緊張しながら自分の番を待つ。
「アーキメイラ・エリス!」
しかし、そんな思考を早くも中断させることとなった。
名を呼ばれ、悠々と歩いていく背の高い少女が持つ独特の気配に、一瞬にして呑まれたのである。
魔法界において、誰しも神秘的であるのは当たり前だが、それでもその少女を形容するには「神秘的」という言葉がぴったりだった。
輝いているようにも見える黒髪が靡く。
誰しもを無意識のうちに魅了せんとする立ち居振る舞い。
一年生から七年生まで、そして先生たちの誰もが、その少女の雰囲気に目を見張った。
少女は静かに帽子をかぶり、椅子に座った。
「……むぅ」
組分け帽子が唸った。
すぐに決まって、その理由が厄介であったのか、それとも組分けが難しい生徒なのか。
暫くの間、「むむ」とか「うーん」といった唸り声しか聞こえない時間が続く。
そして、一、二分経っただろうか。
息が詰まりそうな時間だった。アルテの近くにいたおどおどした男子生徒は青白いを通り越して顔を青くし、上級生も一部はテーブルに突っ伏している。
そんな辺りの様子に、ようやくアルテが気付き、首を傾げた時。
意を決したように、帽子が叫んだ。
「――いや、これで良いのだろう。スリザリン!」
先程のように喝采が上がるようなことはなかった。
静寂のまま、エリスはスリザリンのテーブルに歩いていく。
彼女が座ると、マクゴナガルが一つ咳払いをして、読み上げを続けた。
ようやく、空気が元に戻っていく。
そこからは、暫くの間、組分けは順調に進んだ。
「ボーンズ・スーザン!」
「ハッフルパフ!」
「ブート・テリー!」
「レイブンクロー!」
「ブロックルハースト・マンディ!」
「レイブンクロー!」
「ブラウン・ラベンダー!」
「グリフィンドール!」
初めてのグリフィンドール生に、グリフィンドールのテーブルにいた双子の兄弟が口笛を吹いた。
これで、一通りの寮に新入生が入ったことになる。
完全にあの歌の通りに寮が決まるのであれば、年によってはひどく偏りが出る時もあるのだが、二年生以上の生徒はそれなりにバランスが取れている。
或いは帽子が適度にバランスを取っているのだろう。
その後も順調に、組分けは続いた。
「ブルストロード・ミリセント!」
初めて、アルテと交流のある生徒が出てきた。
先程、小舟のうえでアルテを呆れを示していた女子の一人だ。
「スリザリン!」
当然とばかりに、ミリセントはスリザリンのテーブルへと向かう。どうやら己の寮を最初から確信していたらしい。
小舟の上で、唯一アルテを心配していたダフネ・グリーングラスもスリザリンになった。
そして、更に組分けは続いていき――
「ルーピン・アルテ!」
ようやくか、とアルテは椅子に向かって歩いていく。
生徒たちは帽子をかぶっていることに疑問を持った以外はそれまでの一年生たちと変わらない目を向けていた。
しかし、先生たちは違う。
真実であれ、偽りであれ、事情を知っている先生たちは全員が注目した。
特にダンブルドアは目を細め、椅子に向かうアルテを見る。
生徒たちも、ロシア帽の上に更に組分け帽子をかぶったことに違和感を覚えた。
尤も、大抵の生徒は「変わり者か」といった感想しか抱いていなかったのだが。
「む……? これは……」
帽子は、アルテの寮について、迷うことはなかった。
それでも言葉を詰まらせたのは、見出したアルテの才覚や性質が、あまりにも一つのことに特化していたためだ。
人の才は、それによって幾つもの分岐した道を選択できるようになっている。
だというのに、この少女にはそんな、枝分かれした道がない。
“生きるため”にあらゆるものを恐れず、傷病をものともしない勇敢さ。
“生きるため”に泥を啜り、正体も知れぬ野草を貪ってでも凌ぎきる忍耐。
“生きるため”に必要ならばあらゆる知恵を納めるべく最適化された頭脳。
“生きるため”に善悪や人の生死を考えることなく、あらゆる手段を実行する狡猾さ。
“生きるため”、“生きるため”、“生きるため”、“生きるため”――
あまりにも強烈な生への執着。だというのに、その終着はあまりにも矛盾に満ちている。
己が肯定する一本道。その果ては、栄光ではなく無。そこから先に残るものなど考えてすらいない。
そのたった一つの生存理由のために永遠だろうと生き続け、それさえ果たせば完全な無となる。
規定の流れが完全に定まった、それこそ魔法でもなければあり得ないような存在意義。
組分け帽子はそれを年端もいかぬ一介の少女が持っているという事実に、大きな危険性と違和感、そして一抹の悲しさを覚えた。
――だが、それでも己がやるべきことは変わらない。
己のために、他の全てを顧みない傲慢。だが願わくば、こんな少女を肯定し、支えとなる真の友が出来んことを。
「――――スリザリン!」
何の感慨も持たず、アルテはその決定を受けて帽子を椅子に放り、スリザリン生からと、ごく一部の他寮の生徒たちからの拍手を受けながらテーブルへと歩いていく。
帽子の決定より、自身に集まっていた何百もの視線の鬱陶しさの方が、アルテの意識の多分を占めていたのだ。
それからようやく解放され、小さく息をつく。
軽くリラックスをして、気付いた。背後――先生たちのテーブルからの視線のうち一つから感じる、警戒と困惑以外の色を。
一瞬立ち止まったが、どうでもいいと歩みを再開する。アルテはミリセント・ブルストロードの向かい、ダフネ・グリーングラスの隣に座った。
「ハッフルパフじゃなかったわね」
「なんで?」
「いや、あんたトロそうだったし、ハッフルパフなんじゃないかって予想してたのよ」
実際のところ、ミリセントたちは何故、帽子がアルテをスリザリンに所属させたのかは分からない。
だがこうなったということは、ハッフルパフ以上にスリザリンに適性があり、自分たちとも何かしら通ずるところがあったのだろうと判断した。
「ま、さっきの船で一緒になったのも縁ってことかな。よろしく、アルテ」
「……ん」
ミリセントやダフネの話に適当に受け答えしながらもアルテはテーブルを見渡し、首を傾げ、そして肩を落とした。
金の食器が所狭しと並べられていながら、そのいずれにも、一つも料理が置かれていない。
詐欺だ。空の食器を見て食べ終えた気になれとでもいうのか。
「……アルテ。あんた、お腹空いてる?」
「…………ん」
腹の虫がぶつくさと文句を垂れている状況にアルテは素直に頷き、ミリセントとダフネが吹き出す。
そんなやり取りをしているうちに、また一人スリザリン所属が決定したらしい。
多少は気の紛らしになるかと、儀式の方を見やる。
制服を買った時に見た、青白い顔の少年だった。
「やあ、服屋で会ったね。君もスリザリンだったなんて」
得意げにアルテに話しかけてきた少年は、手を差し出しながら言う。
「ドラコ・マルフォイだ。よろしく、ルーピン」
「……アルテでいい」
いつ名を知ったのだろうかと、先程の儀式で名を呼ばれていたことすら忘れているアルテは疑問に思いながらも、手を握り返す。
対するドラコは気を良くしていた。
両親を知らないと言っていたが、スリザリンに入ったということは一定の血筋は保証されているも同然だ。
このやけに目つきの鋭い少女は、ある程度信頼の置ける同胞であると。
「で、なんで室内で帽子をかぶってるんだい?」
アルテはげんなりした。もしかして、誰かと知り合うたびに同じことを言わなければならないのか、と。
昼間の電車内で聞いてこなかったセドリックは聖人だったのかもしれないと思いながら、
ドラコは多少怪訝な表情だったがひとまず納得し、その頃には小舟に同乗した最後の一人、パンジー・パーキンソンがスリザリンに選ばれていた。
結局、あの船にいた四人は全員スリザリンとなったようだ。
「ポッター・ハリー!」
また、広場が静まり返った。
目に見えた緊張を抱えて前に出ていくのは、ドラコと同じくアルテが洋装店で出会った少年だ。
何か、他者とは違う何かを感じ取った、丸眼鏡の少年。
その結果を、誰しもが黙って注目している。
中には身を乗り出して、息を呑んでいる者までいる始末。何が起きているのか、アルテにはさっぱりだった。
ドラコをはじめとした、スリザリンの面々は大体が鼻を鳴らし、敵意のようなものを向けている。
どの寮がどんな感情を持っているかに興味はなかったが、何となく、アルテも彼の行き先には意識を向けていた。
この正体不明の引っかかる感覚の正体を掴むのであれば、同じくスリザリンに来てくれるのが手っ取り早いのだが――
「ならば……グリフィンドール!」
何やら本人と意見をぶつけ合っていた帽子は、スリザリンとは真逆の寮の名を高らかに告げた。
これまでで最高の喝采が広場を支配する。お祭り騒ぎなグリフィンドールに対し、スリザリンは物静かだった。
しかしそれでも喧しいほどの大音量。アルテは黙って耳を畳んだ。
人より優れた聴覚ではあるが、喧噪の場ではまったく迷惑だった。
その後は、特に組分けに時間のかかる生徒もおらずスムーズに進行し、やがて最後の生徒がレイブンクローに決まると椅子の前には人がいなくなり、上座のテーブルの中央に座っていた白い髭を蓄えた校長ダンブルドアが立ち上がる。
「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! 歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせていただきたい。では、いきますぞ――そーれ! わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」
拍手を送られるダンブルドアは優しい笑顔を浮かべて座りなおした。
空腹に耐えかねていたアルテはなんだか馬鹿にされているような気分を覚えたが――そんな苛立ちは一瞬にして吹き飛んだ。
いつの間にか、テーブルを埋め尽くす金の食器に並べられた、色とりどりの料理の数々。
訳の分からない二言、三言とやらはこのための合図か何かだったのだろう。
いや、そんな考察などどうでも良かった。アルテはフォークを持ち、この形式の宴に慣れた上級生たちに並ぶ速さで料理に手を伸ばした。
突然現れた料理に戸惑っていたダフネの「速っ!?」という反応を気にも留めず、とりあえず目の前にあったローストビーフにフォークを突き立て、皿を介すことなく口に放り込む。
「――――ッ」
アルテが目を見開いた。
ダフネやミリセント、パンジーにドラコ。辺りのスリザリン新入生は、思わずアルテに視線を向けていた。
正体の知れぬ料理に抵抗が無くもなかったこともあり、アルテの口から出るだろう感想には注目せずにはいられない。
期待と不安――その両方を向けられたアルテはゆっくりとローストビーフを咀嚼し、呑み込む。
そして――一言も発さず、二口目に移った。
注目していた面々は嘆息する。求めていたものではなかったものの、とりあえずこの反応で不味いということはないだろう。
妙な出だしから始まったスリザリン新入生たちの宴ではあるが、その後は各々が自分なりに楽しんでいた。
己の家系についてや、楽しみにしている授業、或いは単純に目の前の料理の感想といった話に花を咲かせながら食事を楽しみ、皿はどんどん空になっていく。
デザートにはあまりアルテは手を付けていなかったが、代わりに他の女子たちが中心となって平らげた。
アルテたちの前の皿で唯一、ほぼ手付かずで残っているのは、彼女が一粒食べて数十秒ほど停止し、ダフネが数分、復活に尽力する羽目になるほどテンションが急落したハッカ入りのキャンディくらいであった。
やがて皆が満腹となった頃合いを見計らい、ダンブルドアが再び立ち上がる。
「オホン――全員、よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言、三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。一年生に注意しておくが、校内にある森に入ってはいけません。これは上級生にも、何人かの生徒たちに特に注意しておきます」
ダンブルドアはグリフィンドール側のテーブルを見ながら言った。
恐らく、かの寮の誰かしらに、この件に関する要注意人物がいるのだろう。
「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないようにという注意がありました。今学期は二週目にクィディッチの予選があります。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡してください。最後ですが、とても痛い死に方をしたくない人は、今年いっぱい四階の右の廊下に入ってはいけません」
アルテはそんな話を聞き流しながらあくびをした。
食べれば眠くなる。生命持つ者である以上背負わなければならない大原則である。
その後、校歌の斉唱から解散に至るまでの半分以上、アルテは意識を手放していた。
歌詞さえ通していればリズムはどうでもいい歌としての体を成していないような校歌ゆえ、やたらにゆっくりと歌っていたグリフィンドール生二人のおかげで若干、仮眠時間は伸びたのだった。
ダンブルドアが解散を告げた後、新入生たちは監督生に連れられ、それぞれの寮へと向かった。
スリザリン寮は、ホグワーツの地下にある。
地下の石壁に合言葉を述べ、開いた壁を進んでいくと、大理石で覆われた豪奢な談話室が広がっていた。
血統が重んじられる寮であることからか、高貴なイメージが窺える。
スリザリンはここ七年の間、連続で寮杯を獲得しているエリートの中のエリートだ。
自分たちを選ばれし者だと自負している傲慢さが、部屋の内装に如実に表れていた。
二手に分かれた階段を上り、数人で一部屋といった区切りで分けられた部屋が割り当てられる。
アルテとダフネに与えられた部屋には、既に荷物が運ばれていた。
「あんたたちも同じ部屋だったのね」
アルテが自分の荷物に目をやっていると、ミリセントとパンジーが部屋に入ってきた。
部屋のベッドは四つある。つまりは、この四人で一部屋ということらしい。
「ようやくゆっくり出来るわね。うん、荷物ももうあるわ」
パンジーが己の荷物を引っ張りながら、ベッドの一つに腰掛ける。
ずっと拘束されていた新入生たちの、ようやくの自由時間であった。
とはいってももう夜だ。出来ることといえば、明日の授業に向けてさっさと寝るか、ここで他愛のない話をするくらいだろうが。
「で、アルテ。ちょっと頼みがあるんだけど」
早速とばかりに、ミリセントが切り出す。
気になって仕方がないとばかりに目を輝かせるミリセントに、アルテは首を傾げた。
「何?」
「帽子、取って見せてくれない?」
その要望に、荷物を整理していたパンジーも期待の表情をアルテに向けた。
気にはなるが、口にはすまいとしていたらしいダフネすら、申し訳なさそうに眉根を下げながらも、その目の期待の色は隠せていなかった。
自分たちしか人目のないこの場ならば、構わないと思っているのだろう。
遠慮の欠片もないミリセントたちに対し、アルテは躊躇もせず、応じた。
そもそも今から寝るのだ、帽子などかぶっていられない。
暑苦しいロシア帽を外す。ピンと立った耳が空気に晒され、ピクリと動いた。
「……」
「……」
「……」
「……何」
その、今までとは何かが違う視線に、思わずアルテは後ずさる。
「あ、いや……」
「……ええ、なんでもないわ」
「うん、ちょっと珍しくて……そう、それだけ。それだけよ」
明らかに様子がおかしかったが、正直なところ、それを気にしている暇があれば、さっさと眠りたかった。
――ここで追及し、そういう目で見るなと強く言っていれば、恐らく今後のアルテの扱いは大いに変わっていただろう。
興味のないことはあまり追及しない性格であったことと、睡魔が勝ったこと。それから、彼女の倫理観が、命運を決定づけた。
「……なら、寝る」
「ちょっ――」
ローブを、そして制服を乱雑に床に放り投げていく。
突然の奇行に絶句する三人を気にも留めず、下着も脱ぎ捨て産まれたままの姿となったアルテは、そのままベッドに倒れ込む。
浅黒い地肌と、それまで見えていなかった髪と同じ色の尻尾。
布団もろくに羽織ることなくベッドに突っ伏したアルテは、その肌を晒したままに寝息を立て始めた。
口をパクパクさせながらその一連の行動を茫然と見ていた三人は、やがて我に返ると無言のままにアルテにしっかりと布団をかぶせる。
そして脱ぎ捨てられた衣服を折りたたみ、丁寧に並べ、最後に顔を見合わせ、頷きあう。
そこまで誰も、一言も喋ることなく、しかし本能的な何かに突き動かされた三人の心は一致していた。
――ホグワーツの新学期初日。この日、リーマスに代わるアルテの保護者が三人誕生した。
※オリキャラ、エリス。謎の多いヒロイン枠。
※生存特化系スリザリン主人公アルテ。
※料理に疑いは持たない。
※食ったら寝る。自明の理である。
※その感情の名を萌え、その本能の名を母性という。
※寝る時は脱ぐタイプ。