その日以来アルテとリーマスの様子がおかしくなったことは、クラッブやゴイルのような鈍さの生徒でさえ理解できた。
アルテは防衛術の授業で、前のように積極的に発言をしなくなったし、リーマスもアルテへの態度がぎこちなくなった。
課外授業に関しては今まで通り行われているものの、アルテもリーマスも、互いにどこか遠慮しているようだった。
ダフネたちはアルテに聞いたが、「よくわからない」の一点張り。
親子喧嘩だろう――とダフネたちは考えた。
正確にはどちらも、こんなことが初めてなせいでどうしたらいいか分からないだけなのだが。
アルテはリーマスからの拒絶を受け、では一体いつになればまた近付けるのかが分からない。
リーマスは、一度であってもアルテを拒絶してしまったという後悔と罪悪感で改善の仕方が分からない。
彼女たちにとってやはり心配だったのはアルテだ。
たった一度のリーマスとのすれ違いで、アルテは去年のストレスを溜め続けた日々を彷彿とさせるほどに元気を失ってしまった。
それを、リーマスは分かっているのだろう。
授業でもそれ以外の場でも、彼女に話題を振ろうという素振りはある。
だが、それを実行に移せずにいた。
ダフネたちは当事者である二人が解決するのを待っているのだが――いい加減、じれったかった。
アルテが一歩踏み出せないのは分かる。彼女はとんでもなく不器用だし、関心がないことにはとことん見向きもしなかった。こうしたことへの対処に慣れていないのだろう。
だが、リーマスが何も行動出来ないことには流石に腹を立てていた。
彼は大人であり、義理であろうとも娘のいる身である。学校で然るべき課程も修めている。
聞いた話ではグリフィンドールで、しかも監督生にまで選ばれたというではないか。
そんな人格者である彼が娘との衝突をどうにも出来ないという事実は、ダフネたちにはひどく情けなく見えた。
アルテはすっかり気が滅入っていた。
そんな彼女の唯一といってもいい拠り所が、オリオンだった。
何があったのか意気消沈しているハグリッドだが、オリオンを家の前に繋いでくれており、シリウス・ブラックの二度目の襲撃以降生徒の出歩きに学校が厳しくなっているにも関わらず、アルテは毎日のように小屋を訪れていた。
ダフネたちは一層心配になった。
オリオンがハグリッドのヒッポグリフである、とミリセントとパンジーの誤解は解けたのだが、アルテのオリオンへの感情を察してしまい、より不安になった。
しかし、きっと時間が解決するとひとまず見守って――試験の日になっても、何一つ解決しなかった。
アルテの様子がおかしいのは当然、先生たちも気付いていた。
ゆえに目を掛けていた変身術のマクゴナガルは、とにかく不安だった。
一年次には学年一位の成績であったが、今回はコンディションがすこぶる悪い。
変身術の試験課題の中で何より難しかったのは、ティーポットをリクガメにする課題だ。
「大丈夫ですね? ミス・ルーピン」
「……」
いつも通りの表情ながら、その気分が浮いていないことは誰でも分かる。
このコンディションで試験に臨ませたリーマスに文句の一つも言いたくなったが、ここから引き返すことは出来ない。
アルテはティーポットをじっと見つめ、いつもより少し長い時間を掛けてから、杖を振った。
マクゴナガルの心配は杞憂だった。
ティーポットは完璧にリクガメに変身しており、ティーポットの飾りや模様が甲羅に残っていることもない。
マクゴナガルは安堵の息を零し、またもエリスを超えただろうと考え――些細な褒美として、少しだけお節介をすることにした。
「お見事です、ミス・ルーピン。……時に、ルーピン先生と何かありましたか?」
「っ……」
ビクリとアルテの体が震えた。
怯えと不安の表情を――マクゴナガルは微笑ましく思った。
未だ謎の多い問題児。闇の帝王の打倒に固執し、スリザリンの怪物をも討伐した少女だが――義父との距離感に悩む様は、実に人間味がある。
「……彼は学生の頃から公正で模範的な人間でした。ですが、己の抱えた秘密から無意識のうちに、人付き合いに遠慮が入ってしまっているのです。何があったかは知りませんが、解決をしたいなら良い方法がありますよ」
「……何?」
「話してみるのです。きっと彼も、そうしたい筈。彼も不安げでしたから、驚くほど早く仲直り出来る筈ですよ」
マクゴナガルはアルテに微笑んだ。
どうにも、どちらも不器用な親子だ。
だが解決は難しくない。きっと、話してみるだけでどうにでもなる問題だ。
アルテは暫く考えて――頷いた。
「……試験が全部終わった、次の日にする。今は満月前で、リーマスも苦しいから」
「……ええ、そうなさい。気も晴れて、素敵な学年末を過ごせるでしょう」
リーマスのことを考えるならば、それが良い選択だ。
今は彼も神経質になっている時期だ。自分のことと試験のことで精いっぱいな筈だ。
マクゴナガルは少し気分が明るくなったアルテを見て、思う。
今後の試験は特に問題はなさそうだ、と。
そこからの試験は好調だった。
魔法生物飼育学は、考えるまでもない。
自分のレタス喰い虫が、試験終了後まで生きていれば合格というものだ。
心ここにあらずといった様子のハグリッドには、そのくらいしか思いつかなかった。
レタス喰い虫は放っておくだけで最高に調子がいい。クラッブとゴイルでさえ、あっさりと合格した。
魔法薬学は混乱薬を調合する課題だった。
不安の種が幾分消え去ったアルテは、得意科目の失敗などする筈がない。
リーマスと言い合いでもしたのだろうと気分良く思っていたスネイプは、アルテが提出した薬を見て気分を一転させ、親の仇でも見るような表情で受け取った。
特に不安なく、いつも通りの様子で事をこなすアルテ。
そして、防衛術の試験になる。
「……やあ、アルテ。試験の内容はこれだ」
「……ん」
リーマスの試験は、これまで誰も受けたことのないような独特なものだった。
言うなれば、障害物競走だ。
グリンデローやレッドキャップ、ヒンキーパンクにボガートを突破する――これまでの集大成のような課題だった。
「準備はいいね?」
「ん」
やはり、何処か遠慮した様子のリーマスが合図を出すと、アルテは駆けだした。
その疾走に迷いはない。
あえて爪も歯も使うことなく、リーマス直伝の無言呪文をもって襲い掛かる障害を撃退していく。
一切立ち止まることもなく、最後のボガートが入ったトランクに飛び込むと、ものの一分足らずで出てきて、リーマスのもとまで歩いていった。
「終わった」
「……これまでで一番の速さだよ。迷いもなく、対処に間違いもなかった。贔屓にしていると思われてもいけないし、厳しく採点しようと思ったのだがね」
苦笑するリーマスは、言外に満点を言い渡していた。
真っ青な顔で笑う様はゴーストのようだが、アルテには見慣れたものだった。
「……リーマス、体調は?」
「……いつも通り、かな」
二人の会話は、普段通りに見えてやはりどこかぎこちない。
話すなら今でも出来る。だが、試験中だ。
何かうまくいかなくて、残りの試験の実施に支障があっても困る。
アルテは軽く深呼吸をして、マクゴナガルの言う通り、一歩踏み出した。
「リーマス、明日のホグズミード行き、一緒に行こう」
「ん……? ……あぁ、そう、か。そうだね。わかった、一緒に行こう」
リーマスも、アルテの意図を察したらしい。
それを自ら言い出せなかったことを自嘲しながらも、その提案を呑むことにする。
その際にアルテにも謝罪しようと考えた。元より、アルテは何も悪くない。
今日はどうにも良くない日だから、明日を提示したのだろう。
リーマスにとってもその方が都合が良かった。出来れば、ホグズミード行きの最中に謝り、向こうの散策を存分に楽しもうと考える。
「それじゃあ、また明日」
「ん」
アルテは、ローブの下で尻尾を振りつつ、部屋を出た。
次の日がとにかく楽しみだった。
試験全てが終わったら、オリオンにこのことを報告に行こうと思った。
試験終わりくらい、誰も咎めることもないだろう。
――その選択が正解だったのか、間違いだったのか。
アルテは後になっても、分からないことだった。
最後の科目を終え、アルテはダフネたちにリーマスと明日のホグズミードを周ることを伝えると、三人はようやくか、と呆れた様子で微笑んだ。
アルテの初めてのホグズミード行きだ。ダフネたちは共に周りたかったのだが、そういう話であれば仕方ない。
それよりもアルテがようやく調子を取り戻してくれる方が遥かに優先だ。
ダフネたちと話をした後、アルテはすぐにハグリッドの小屋を訪れた。
最早ハグリッドに声を掛けることもない。
家の近くに繋がれたオリオンは、アルテの足音を聞くや否や首を起こし、ギラリとした瞳を向けてきた。
アルテの足が早まる。
結局のところ、アルテとオリオンは一度たりともお辞儀を交わしたことがない。
オリオンの荒い黒毛に飛び込む。
ベッドとは比べるべくもないが、不思議と落ち着く感覚。
アルテが寝転がると、オリオンも頬を寄せてくる。
「……オリオン。明日、リーマスとホグズミードに行く」
オリオンには、ずっと前からリーマスの話はしてきた。
彼にはリーマスという人物もホグズミードという村の名前も、そもそもこの言葉が理解できているかも分からない。
だが、これをオリオンに伝えることで、アルテの気分はより明るくなる。
話していると、すぐに眠気がやってきた。
試験が終わった無意識の解放感と、リーマスとようやく仲直りできるという楽しみ。
それらはあっという間にアルテを眠りへと誘い、その様子を見たオリオンは喜ぶように一つ鳴いた。
アルテが再び目を覚ました頃には、日はすっかり落ちていた。
寝過ごしたことに気付く。もう空の暗さからして、夕食も終わっているかもしれない。
不思議と空腹感はなかった。一つあくびをして辺りを見渡し、何やらハグリッドの小屋から声が聞こえてくるのに気付く。
「ハグリッド、我々はその……死刑執行の正式な通知を読み上げねばならん。短く済ますつもりだ。それから私とマクネアがサインする、それが手続きだ。マクネア、こっちに」
聞き覚えのない声だった。
マクネアという名前にも覚えがない。
どうやら来客中であるらしい。
「……誰?」
アルテの呟きに答えを返すものはいない。
ただ、オリオンが不安げに鳴き声を一つ漏らした。
「『危険生物処理委員会』はヒッポグリフのバックビーク――以降被告と呼ぶ――が、六月六日の日没時に処刑さるべしと決定した。死刑は斬首とする。委員会の任命する執行人、ワルデン・マクネアによって執行され……」
何の話かは知らないが、あまり良い話ではなさそうだった。
バックビーク、というヒッポグリフは名前は知っている気がしたが如何せんどんな個体だったかなど覚えていない。
というのもハリーがバックビークと触れ合っている時からアルテはずっとオリオンを見ていたからなのだが――
「以下を承認とす。ハグリッド、ここに署名を」
「……ハグリッド、君は中にいた方がよくないかの?」
「いんや……俺は、俺はあいつを独りぼっちにはしたくねえ。最後まで一緒にいさせてくだせえ」
ハグリッドの声は、すっかり落ちきった気分を必死で堪えているようだった。
アルテが状況を掴み切れていないうちに、中にいた面々がぞろぞろと出てくる。
オリオンとアルテがいる方向とは逆の壁に沿って、ハグリッドを先頭にした何人かの大人たちは裏のかぼちゃ畑にまで歩いて行った。
アルテは目を細める。彼らのうち一人はダンブルドアだ。そしてもう一人――大斧を持った男が妙に目につく。
「……どこじゃ?」
「いない! ここに繋がれていたんだ! 俺は見たんだ! ここだった!」
その斧の男が激昂している。
かぼちゃ畑には、ヒッポグリフの姿は見られない。
「良かった! 可愛いビーキー! いなくなっちまった! 自分で自由になったんだ! 賢いビーキー!」
ハグリッドの吠えるように喜んだ。
斧の男が怒り心頭な様子で、斧を柵に振り下ろす。
「誰かが綱を解いて逃がした! 探さなければ!」
「マクネア、バックビークが盗まれたなら盗人はバックビークを歩かせてはいまいよ」
楽しそうなダンブルドアの声。
アルテはようやく状況を理解した。
どういう訳か、あのバックビークとかいうヒッポグリフは処刑されることになったものの、逃げだしたということらしい。
アルテとしてはどうでも良かった。適当に城に戻ろうと考えていたが、困った様子の一人がアルテの――オリオンの方へ顔を向けた。
「……あー。被告はいませんが。ヒッポグリフを処刑したという事実が必要なのでは?」
「しかしですな、あの個体を処刑しても……」
「そ、そうでさあ! オリオンは何もしてねえ! 処刑されるようなヤツじゃねえです!」
「ああ、いや、しかしハグリッド。私が言えば、その個体をバックビークとして報告出来る。何より獣の一匹処刑せずに帰れば我々の面目がだね……」
アルテは、剣呑とした様子で自分に向かって歩いてくる男たちを、警戒した面持ちで見つめる。
近付いてくれば、この暗闇でもヒッポグリフの他に誰かいることくらいは彼らも分かったらしい。
「……おい、生徒がいるぞ!」
「あ、アルテ! お前さん今日も来とったのか!」
困惑した様子の男たち。ハグリッドの前にダンブルドアが歩み出て、怪訝な表情でアルテを見下ろす。
「ああ、アルテ。門限はとっくに過ぎておるよ。どうしてこんなところにいるのかね?」
「オリオンと一緒に寝てた」
誤魔化す理由もなく、真実を告げる。
近付いてくる男たちの――特に斧を持った男を目にして、オリオンは低い唸り声を上げながら立ち上がった。
アルテもその背にしがみ付くようにして立つ。
「……何の用?」
「あー、実は本日処刑される筈だったヒッポグリフが失踪してしまってね。その、結果が必要なのだ。被告でないにしろ、ヒッポグリフを処刑したという結果が」
アルテは悟った、この、言葉を選んでいるような山高帽の男が、何をしようとしているのか。
歯を剥き出しにして敵意を――殺気すれすれの鋭いものを放つアルテに、男は一歩後退った。
「オリオンには関係ない」
「それは、ああ、そうなのだがね。私も、ああ、良くも悪くも立場がある。どうにかせねばならぬし、どうにか出来るのだ。すまないが、レディ、城に戻りなさい。君に見せるようなものではない」
しかし、男も逃げ出しはしない。
決して認めまいと、アルテはオリオンに抱き着く手を強める。
ハグリッドはアルテの怒気に、庇おうにも何も言えなくなっている。
ダンブルドアは、どうしてアルテがこの場にいるのかという疑問にひとまず蓋をし、彼女とオリオンを守ろうとする寸前――アルテは動いた。動いてしまった。
「ッ」
「アルテ!」
斧を肩に掛けた男が苛立った様子で前に出るや否や、アルテは杖を振りオリオンを繋ぐ鎖を断ち切った。
ハグリッドが、そしてダンブルドアが止めるのも聞かずに、アルテはオリオンの背に乗る。
オリオンはアルテの意を察したように、駆け出した。
処罰は免れない、などと、考えている暇すらなかった。
オリオンがどこに向かっているか、アルテは知らない。オリオンも、特に考えていないのだろう。
ともかくアルテの考えとしては、あの場から離れたいだけだったのだ。
その意思に応じて、オリオンは疾走する。
やがて、アルテは何かを見つけた。
「……?」
夜闇の先に、何やら見えた。
ハリー、ロン、ハーマイオニー――それから、動物が何匹か。
何やら揉めているようだった。
こんな夜に何を――と、その時気付いた。
感じ取った臭い。泥と雨に塗れたような汚らしい――ハロウィーンの夜、アルテが嗅ぎつけたのと同じものだ。
考えるまでもなく、アルテはオリオンに見せるように彼らを指差した。
十秒も待たずにハリーたちのもとに辿り着く。
驚いた様子のハリーが対峙しているそれを見た。
臭いの主は、そこにいた。
巨大な、薄灰色の目をした、真っ黒な犬だった。
※学年末まで改善できなかった不器用親子。
※より不安になった保護者娘たち。
※マクゴナガル先生のカウンセリング。
※関係「俺……試験が終わったら改善されるんだ!」
※オリオンにも報告。
※役人「目的のヒッポグリフいないならその辺の奴処刑してでっち上げればいいんじゃね?」
※マクネアすら出てきたのに名前も出てこないファッジ。
※逃避行。
※突撃! 今宵の三人組!
※遭遇、犬VS犬(リドル談)。