「アルテ! どうしてここに……!」
アルテはハーマイオニーの問いには答えず、オリオンから降りた。
ここ最近、雨など降っていない。その臭いが、巨大な犬から漂ってきているのは明らかだ。
アルテは爪を伸ばし、杖を引き出そうとして――それよりも早く、犬は動いた。
オリオンがアルテを庇うように前に出る。
しかしアルテも、オリオンも一瞥すらせず、犬はロンに襲い掛かる。
ハリーとハーマイオニーが犬をどうにかしようとするも、犬はロンを盾にするように前に突き出した。
「た、助け……!」
犬はロンを引き摺って走っていく。
そして太い木の根元に開いた隙間に飛び込むと、ロン共々潜っていった。
「あれ、暴れ柳よ!」
「ロン!」
ハリーたちが犬を追うより先に、暴れ柳が太い枝を振り下ろす。
その対象は、ハリーやハーマイオニーだけではない。
「離れて、待ってて」
アルテはいきり立つオリオンに指示を出した。
落ち着かせるように嘴に手を置いて――オリオンに下がらせると、アルテは駆けだした。
「助けを呼ばなくちゃ!」
「ダメだ、あいつはロンを食ってしまうほど大きいんだ、そんな時間はない――アルテ、危ない!」
自分に枝が近付いてくるのは分かっていた。
その方向を、アルテは見もしない。ただ無言のままに、杖を薙いだ。
停止呪文が太い枝を捉える。
動かなくなった枝をすり抜けるように、アルテは駆けていく。
ハリーとハーマイオニーは、ともあれ好機だと判断した。
犬を追って木の根元に飛び込むアルテ。それにハリーとハーマイオニーも続く。
そこはただの穴ではない。
長いトンネルとなっていた。
「このトンネル、どこに続いているのかしら?」
「わからない……この道を知っていたフレッドとジョージも通ったことはないみたいなんだ。ホグズミードみたいだけど、どの辺りに続いているかは……」
アルテにはどうでも良い話だった。
どこに繋がっていようとも関係がないし、ロンを助けるつもりもない。
ただ、自分の考えが正しければ、あの犬は――と、アルテの頭の中はそれだけだった。
トンネルはやがて、上り坂になった。
アルテは爪を使って駆けあがる。
ハリーとハーマイオニーも必死で追いかける。
――部屋があった。
雑然とした埃っぽい部屋だ。壁紙は剥がれ掛け、床は染みだらけで、家具という家具は打ち壊されたように破損していた。
そんなボロボロの部屋でありながら――アルテには、ひどく落ち着く匂いがした。
「……ここ、叫びの屋敷よ」
「叫びの屋敷?」
「アルテ、貴女は知らないのね。ホグズミードにある幽霊屋敷よ」
ハーマイオニーの説明を聞きながらも、アルテの目は傍にあった木製の椅子に向けられていた。
一部が大きく抉れ、足の一本が完全にもぎ取られている。
一朝一夕でこなせるような破壊ではない――誰かが何年もかけて行ったような破壊だ。
「ゴーストがやったんじゃないな」
「ええ、まるで動物みたいな……ほら、噛みついたような痕まである」
アルテは鼻を引くつかせながら、辺りを見渡している。
しかし、その気になった匂いの確証を掴むより前に、二階から物音がした。
三人は天井を見上げる。
恐怖を堪えるようにハーマイオニーはハリーの腕を握り締めていた。
アルテが先頭切って走り出そうとしたのを、ハリーが止める。
「ゆっくりだ、アルテ。気付かれないように」
アルテは苛立った様子だった。
しかし、ハリーの言葉は正しい。
襲撃するならば気付かれていないままの方がいい。
こっそりと二階への階段を上がっていく。
踊り場まで上がり、開いているドアを一つだけ発見する。
物音はその先から聞こえてきた。
三人は誰からともなく顔を見合わせる。
杖を先頭に立てて、再びアルテが前に出る。
ドアを蹴り開け、部屋に転がり込む。
部屋には四本柱の天蓋ベッドと、その上に寝そべるクルックシャンクス、そして脇の床には、妙な角度に曲がった脚を投げ出して、ロンが座っていた。
アルテが周囲を見ている間に、ハリーとハーマイオニーがロンに駆け寄る。
「ロン、大丈夫!?」
「犬は何処!?」
ロンが呻いた。痛みで歯を食いしばっている。
「犬じゃない……ハリー……罠だ。あいつが犬なんだ……『
アルテが思いきり開け放ったドアを、誰かが閉じた。
アルテではない。ハリーではない。ハーマイオニーでもない。ましてロンである筈がない。
この場にいる、五人目。
汚れ切った髪が肘まで垂れている。目のギラギラとした輝きがなければ、まるで死体が立っているようだった。
血の気のない皮膚が顔の骨に張り付き、髑髏を思わせる。
ニヤリと笑うと、黄色い歯がむき出しになった。
――紛れもなく、シリウス・ブラックだ。
ハリーたちが杖を振るうより前に、シリウスが動く。
「エクスペリアームス、武器よ去れ!」
「ッ」
ロンの杖を振るい、ハリーとハーマイオニーの杖を飛ばし、シリウスはそれを手に取った。
そこから流れるようにアルテに術を放ち――アルテはリーマス直伝の盾の呪文で防ぎ切った。
「ほう――」
シリウスが更に深く笑う。
アルテの武装解除を相殺し、二つ、三つと呪文を放つ。
最初の攻撃以来、アルテはすっかり攻められなくなった。
無言呪文さえ習得したとは言え、アルテが戦うすべを身に着け始めてからまだ一年にも満たない。
シリウスの攻撃は熟練の魔法使いのもの。
たちまち防戦一方となり――二十秒と経たないうちに、アルテの杖は飛んだ。
「大したものだ。もう少し杖の振りは小さい方が良い。そうすればより素早く次の手に移れるよ」
そんな助言をしながらも、シリウスはアルテの杖も受け止めた。
爪を伸ばして跳びかかろうとするも、シリウスの杖は依然としてアルテに向けられている。
下手に動くことも出来ない。
「さて……君なら助けに来ると思った。君の父親も私のためにそうしたに違いないよ。勇敢にも先生を呼ばずにここにきた――その方がずっと事が楽だ」
杖をアルテに向けたままに、シリウスはハリーを見た。
父親についての嘲るような言葉が、ハリーの耳を打つ。
恐怖など抱く余地もなかった。ハリーにあるのは、憎しみだけだった。
杖を取り戻したかった。身を守るためではない――攻撃のために――殺すために。
しかし、シリウスに向かおうとする体が動かない。ロンとハーマイオニーが、必死でしがみ付いていた。
「ハリー、駄目!」
「ハリーを殺したいのなら、僕たちも全員殺すことになるぞ!」
ロンは立ち上がろうとして、よろめいた。
彼の怪我は浅くない。骨は折れているし、現在進行形で血が流れており、無理など出来なかった。
「座っていろ。脚の怪我が余計に酷くなる――それと、今夜殺すのはただ一人だ」
ハリーは二人を振り解こうとしながらも、叫ぶ。
「何故だ! この前はそんなことしなかったんだろう! ペティグリューを殺すためにたくさんのマグルを無残に殺したんだろう! なのにどうした、骨抜きになったのか!」
「ハリー、お願い! 黙って!」
「こいつが僕の父さんと母さんを殺したんだ!」
渾身の力で、ハリーは二人の手を解いた。
魔法など忘れていた。自分が十三歳の子供であることなど、考えもしなかった。
アルテに杖を向けていたシリウスは反応に遅れ、ハリーの接近を許した。
一歩遅れて杖を振ろうとして、それは出来なかった。
ハリーはシリウスの手首を掴み、もう一方の手で拳を作り、シリウスの横顔を力の限り殴りつけた。
壁にぶつかりながらも、シリウスはハリーを抑え込もうとして――右腕に走った痛みに顔を歪めた。
狙いは逸れたと、アルテが跳び込んだのだ。
伸ばした爪でシリウスの腕を引っ掻き、まずロンの杖を落とす。
取り戻す暇もなく、もう一度シリウスは頬を殴られた。
不思議なまでの連携で、アルテはもう片方の手に握られた三本の杖も奪い取った。
そして己の短い杖を構え、失神呪文を叩き込もうとして――横から跳んできたクルックシャンクスに遮られた。
「っ、何……っ」
「こら、クルックシャンクス!」
咄嗟に突き出した左手に、クルックシャンクスの爪が深々と食い込む。
ハリーとハーマイオニーの杖が落ちた。
ハリーが自分の杖を拾うのを、視界の端で見る。自分から離れようとしない猫に、仕方なくアルテは失神呪文を当てるか否か、迷っていた。
そうしているうちにハリーはシリウスの心臓目掛け、杖を向けた。
「……私を殺すのか?」
「お前は僕の両親を殺した!」
「……否定はしない。しかし、君は全てを知ったら……」
「お前は僕の両親をヴォルデモートに売った、それだけ知れればたくさんだ!」
ハリーは聞く耳も持っていない。
シリウスは緊迫した声で、ハリーに言う。
「聞いてくれ、君は聞かないと後悔する。君は、分かっていないんだ……!」
「お前が知っているより僕はたくさん知っている! お前は聞いたことがないだろう、僕の母さんが、ヴォルデモートが僕を殺すのを止めようとして……! お前がやったんだ!」
ようやくアルテはクルックシャンクスを放り投げ、ハリーより前に出た。
同じくシリウスの心臓に杖を突き立て、ハリーに勝るとも劣らない殺意を向ける。
「お前は、わたしが殺す」
「……すまないが、君に何かをした覚えはないがね」
シリウスは憮然と答える。
苛立った様子で、ハリーはアルテの腕を掴んだ。
「アルテ、君にはなんの関係もないだろう!」
「お前はリーマスを裏切った! リーマスは苦しんでいた! お前さえ殺せば、リーマスはきっと喜んでくれる!」
闇の帝王に対峙した時の張り付いたような笑みは、そこにはない。
目を剥いて、本当の憎悪に満ちた表情で、アルテはシリウスを見下ろしている。
もしも、相応な呪文さえ知っていれば、今すぐにでも唱えていただろう。
今のアルテには、シリウスを苦しみ抜かせて殺すことしか頭にない。
「リーマス……!?」
シリウスは驚きに目を見開く。
しかし、問いを投げる前にアルテが吠えるように叫んだ。
「お前なんかがリーマスの名前を呼ぶなッ!」
「づっ……!」
アルテは激情に身を任せ、シリウスに攻撃魔法を叩き込んだ。
失神呪文ではない。簡単な射撃魔法、『フリペンド』だ。
シリウスは傷一つつくことはなかったものの、直接体の中に打ち込まれたような痛みに襲われた。
その痛みに耐えながらも――シリウスはようやく、まともにアルテを見る。
「……待つんだ。君が、彼の知り合いであるならば、君も聞く権利がある」
「話をする気はない! わたしは、お前をリーマスが今まで受けた分苦しませて! それから殺す! お前の裏切りでリーマスの友達は死んだ! ずっとリーマスは苦しんできたんだ!」
喉が千切れんばかりの叫びだった。
あまりの剣幕にロンもハーマイオニーも口を出せない。
ハリーは止めようとして――アルテの怒りの理由に、思わず手を下ろした。
怒りの遠因に両親の死があるならば――彼女が手を下すこともまた、正しいと思ったから。
もう一度、アルテは杖を振るい術を撃ち込む。
「う、ぐっ……」
その箇所を抑えようともがく手が心の底から憎らしくて――無言のままに『ディフィンド』を唱え、腕に沿うように裂傷を刻んだ。
十分に弱ったら、爪でその皮膚を引き裂いてやろうと思った。
そうしてしまえばもう長くは持たない。
まだ死んでしまっては困る。まだ、シリウスはリーマスが受けた苦しみの十分の一さえ受けていない。
死ぬ前に限界まで苦しみ抜いてもらわなければ、リーマスの無念は晴らせない。
だから、もっと強い痛みを、もっと深い苦痛を――アルテは一切の濁りのない、鮮烈な殺意のままに、その魔法を思い出した。
もう何度受けているか分からない。その魔法の神髄も、正直なところ分かっていない。
だがその魔法が齎すものは知っている。それが魔法の効果として正しいものであるならば、理論を逆算することだってできる。
あの痛みを百度も浴びせれば――この男に相応しい苦痛になろう。
アルテの殺意の中に浮かんだ、その意思を感じ取ったのかもしれない。
シリウスは一瞬怯えるようにもがき、審判の時を待った。
「ッ――――」
そうだ、この呪文ならば、徹底した苦痛を与えることが出来る筈。
その果てにシリウス・ブラックが死んだと分かれば、間違いなくリーマスは喜ぶ。
アルテに疑いはなかった。これでリーマスの長年の悩みも消え、心の底から笑ってくれるだろう。
明日の朝にそれを報告し、晴れやかな気持ちでホグズミードに向かおう。
共に村を歩き、楽しむのだ――そう思えば、今から与える苦痛を待ち遠しく感じた。
それを齎すべく、杖を振り上げる。
次の瞬間だった。
リーマスが部屋に駆け込んできて、素早く状況を把握すると、アルテより早く杖を振る。
「エクスペリアームス、武器よ去れ!」
誰よりも信頼する声がアルテの耳に届く。
アルテと同じイトスギの杖が、主の意思に従って魔法を放つ。
魔法は正しく、狙った通りに――――アルテの杖を奪い去った。
※早々にパーティから外れるオリオン。
※突撃となりの幽霊屋敷。
※初の魔法戦(黒星)。
※恒例になったハリーとの共闘(近接戦闘)。
※猫VS犬(リドル談)。
※アルテが猫と戯れている間に話を進めるハリーとシリウス。
※『お前』呼び二人目。
※アルテ的名前を呼んではいけないあの人(リーマス)。
※去年のリドルみたいなことしてるアルテ。
※禁じられた呪文使用回避。
※せっかくなのでアルテのメンタルを削っていくスタイル。