ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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解氷の時

 

 

 小柄な男だった。

 ハリーやハーマイオニーの背丈とそう変わらない。

 まばらな色あせた髪は乱れに乱れていて、てっぺんは大きく禿げ上がっている。

 皮膚はまるでスキャバーズの体毛と同じくらい薄汚れ、その顔つきにはどこかネズミ臭さが漂っていた。

 男の目が素早くドアの方に走り、すぐに元に戻ったのをハリーは見た。

 

「やあ、ピーター。しばらくだったね」

「り、リーマス……シリウス……」

 

 その変身した様子を見慣れているような口ぶりで、リーマスは声を掛けた。

 

「友よ……懐かしの友よ……!」

「……ピーター。ジェームズとリリーが死んだ夜、何が起こったのか、今お喋りしていたんだがね、ピーター。君はあのベッドでキーキー喚いていたから、細かいところを聞き逃していたかもしれないね」

 

 世間話のような、軽い口調だった。

 ピーターの不健康そうな顔から、どっと汗が噴き出した。

 

「き、君はブラックの言うことを信じたりしないだろうね? あいつは私を殺そうとしたんだ、リーマス」

「そう聞いていた。ピーター、それに関して、二つ三つ、すっきりさせておきたいんだ。君がもし――」

「こいつはまた私を殺しにやってきた!」

 

 ピーターは突然、シリウスを指差して金切声を上げた。

 その手には人差し指がない。

 代わりに中指で指している。その目には、はっきりと怯えが浮かんでいた。

 

「こいつはジェームズとリリーを殺した。今度は私も殺そうとしているんだ。リーマス、助けておくれ……」

 

 暗い、底知れない目でピーターを見つめているシリウスの目が、一層暗く見えた。

 今まで以上に骸骨のような形相だった。

 

「少し話の整理がつくまでは、誰も君を殺しはしない」

「せ、整理……? こいつが私を追ってくると分かっていた! こいつが私を狙って戻ってくると分かっていた!」

「シリウスがアズカバンを脱獄すると分かっていたって? 未だかつて脱獄した者なんていなかったのに?」

「こいつは私たちの想像もつかないような闇の力を持っている! それがなければどうやってあそこから出られる!? 『名前を言ってはいけないあの人』がこいつに何か術を教えたんだ!」

 

 シリウスが思わずと言った様子で笑い出した。

 

「ヴォルデモートが私に術を?」

 

 その名前に、ピーターが震えあがった。

 まるで、鞭打たれたかのように、身を屈めた。

 

「どうした? 懐かしいご主人様の名を聞いて怖気づいたか? 無理もないな、ピーター。昔の仲間はお前のことをあまり快く思っていないようだ」

「な、な、何のことやら……シリウス、君が何を言っているのやら……」

「お前は十二年もの間、私から逃げていたんじゃない。ヴォルデモートの昔の仲間から逃げ隠れしていたのだ。お前が死んでいないなら、落とし前を付けさせられた筈だ。捕まっていない奴のしもべは山ほどいる。奴らが君の生存を風の便りで聞いたら……」

「なんのことやら、何を話して……リーマス、君は信じないだろう? こんなバカげた……」

 

 リーマスに近寄ろうとして、見えない手のようなものに壁際まで追いやられた。

 アルテが杖を振ったのだ。

 その目に怒りはない。ただいつも通りの感情の起伏のない表情で、じっとピーターを見ている。

 そのアルテの様子をチラリと見ながらも、リーマスはピーターに告げた。

 

「はっきり言って、ピーター。無実の者が何故十二年もネズミに身をやつして過ごしたいと思ったのか、私は理解に苦しむ」

「無実だ! でも怖かった! あの人の支持者が私を追っているなら、それは大物の一人を私がアズカバンに送ったからだ! スパイのシリウス・ブラックを!」

 

 シリウスの顔が歪む。

 突然、巨大な犬に戻ったように唸る。

 

「よくもそんなことを。私が? ヴォルデモートのスパイ? 私がいつ、あんな者にヘコヘコした? しかしだ、ピーター。お前がスパイだということを初めから見抜けなかったのは私の迂闊だった。自分の面倒を見てくれる連中に付いていなければ何も出来ないお前が」

 

 ピーターは顔を拭った。

 恐怖で最早息も絶え絶えだった。

 元々顔色の悪いリーマスよりも青白くなった顔は、ガタガタと震えている。

 

「ジェームズとリリーは私が勧めたからお前を守人にした。完璧な計画だと思った……ヴォルデモートにポッター一家を売った時は、さぞかしお前の惨めな生涯の、最高の瞬間だっただろうよ」

 

 ピーターは訳の分からないことをぶつぶつと呟いていた。

 お門違い、とか気が狂っている、とか言っていた。アルテの耳には、全てが届いていた。

 その一つ一つが、アルテを真実に近付けていった。

 ピーターの様子を見ながら、ハーマイオニーはおずおずと聞いた。

 

「ルーピン先生、あの……聞いても良いですか?」

「どうぞ」

「あの……この人、ハリーの寮で三年間同じ寝室にいたんです。『例のあの人』の手先なら、今までハリーに手を出さなかったのはどうしてですか?」

「そうだ! ありがとう、レディ! リーマス、聞いたかい? 私はハリーの髪の毛一本傷つけていない!」

 

 ピーターは甲高い声で叫んだ。

 しかしリーマスもシリウスも一切動揺していない。

 二人には彼のことが分かり切っている。

 その状況であれば、如何に主の敵であろうとも手を出さないと――二人には分かっていた。

 

「理由を教えてやろう。こいつは自分の得にならなければ、誰のためにも何もしない。ヴォルデモートは半死半生と言われている。そんな死にかけの主人のために、アルバス・ダンブルドアの鼻先で殺人などしない。それをするなら、奴が一番強いことを確かめてからだ。魔法使いの家族に飼ってもらったのも、情報が聞ける状態にしておきたかったんだろう」

 

 ――口をパクパクさせるピーターの反応は、図星であることを如実に表していた。

 

「あの……ブラックさん――シリウス?」

 

 ハーマイオニーに名を呼ばれ、シリウスは飛び上がらんばかりに驚いた。

 そんなに丁寧に話しかけられたのは、はるかに昔のことだった。

 

「お聞きしてもいいでしょうか? ど、どうやってアズカバンから脱獄したのか……もし、闇の魔術を使っていないなら……」

「ありがとう! その通り! それこそ私が言いた――」

 

 激しく頷いたピーターはハーマイオニーに近付こうとして、再びアルテに壁まで追いやられた。

 

「犬の姿で、吸魂鬼の連中が食べ物を運んできた隙にね。連中にとって獣の感情を感じるのは難しいことだ。私は犬の姿で泳ぎ、島から戻ってきた。ピーターは、味方の力に確信が持てたら途端に襲える――ハリーを差し出せば、奴がヴォルデモートを裏切ったと誰が言えようか。寧ろ奴は栄誉を以て迎え入れられる。そんなことをさせるものかという感情が、私を突き動かした」

 

 最早、ハリーにとってはシリウスを疑う要素などなかった。

 何よりピーターの反応。そして、シリウスの言葉からは自分への愛情が感じられたから。

 そしてアルテも、シリウスから移り変わるように、感情の矛先を動かしていた。

 

「信じてくれ、ハリー。私は決してジェームズやリリーを裏切ったことはない。裏切るくらいなら……私が死んだ方がマシだ」

 

 ようやく、ハリーはシリウスに頷いた。

 それが己の死刑宣告であるかのように、ピーターは膝をついた。

 祈るように手を握り合わせ、シリウスの前に這い蹲る。

 

「し、シリウス……私だ……ピーターだ……君の友達の……」

「触るな。私のローブは十分に汚れてしまった。この上お前の手で汚されたくない」

「――り、リーマス! 君は信じないだろうね? 計画を変更したら、シリウスは君に話した筈だろう?」

 

 リーマスに近寄ろうとしたピーターを、三度アルテは吹き飛ばした。

 それまでの二回より勢いよく。咳き込んだピーターは、その場に蹲った。

 アルテの肩にまた手を置いて落ち着かせると、リーマスはピーターを見下ろした。

 

「……本人以外に話す訳ないだろう? 私がスパイだって可能性もある。シリウス、多分それで、私に話してくれなかったのだろう?」

「……すまない、リーマス」

 

 リーマスは、シリウスに薄く笑いかけた。

 

「気にするな、わが友、パッドフット――その代わり、私が君をスパイだと思い違いしたことを許してくれるか?」

「勿論だとも――わが友、ムーニー」

 

 長い時を経た、和解だった。

 それに待ったを掛ける者など誰もいない。

 リーマスはアルテに目線を合わせ、微笑んだ。

 

「こういう、勘違いがあった。シリウスは、今も私の友だ。アルテ、君にまで、誤った事を伝えてしまった。許してくれ――」

「……ん。本当のことを知れたから、もう良い」

 

 安堵したように、アルテはリーマスのローブに顔を埋めた。

 ハーマイオニーも、シリウスも、その様子を見て微笑んだ。

 そうしている間に、ピーターはロンの傍に転がり込む。

 

「ロン、私はいい友達、いいペットだったろう? ロン、君は私の味方だろう?」

 

 しかし、ロンは不快そうにピーターを睨んだ。

 

「自分のベッドにお前を寝かせていたなんて!」

「優しい子だ、情け深いご主人様……私は君のペットだった……」

「人間の時よりネズミの方が様になるなんて言うのは、ピーター、あまり自慢にはならない」

 

 シリウスが吐き捨てた。

 ロンは痛みに耐えながら、折れた脚をピーターの手の届かないところへと捻じった。

 ピーターは膝を折ったまま向きを変え、ハーマイオニーの裾を掴む。

 

「優しい、賢いお嬢さん……貴女なら……」

 

 ハーマイオニーはローブを引っ張り、怯え切った顔で壁際まで下がった。

 後先がなくなったピーターはアルテに手を伸ばそうとして、それまでで一番の殺気を放ったリーマスに止められる。

 

「アルテに指一つでも触れたら、ピーター。君を知る限り一番残酷な方法で殺さないといけなくなる」

「ヒィ……! は、は、ハリー……ハリー、君はお父さんの生き写しだ、そっくりだ……」

 

 最後にハリーに向け顔を上げたピーターは、リーマスだけでなくシリウスの殺気をも浴びせられる。

 

「ハリーに話しかけるとはどういう神経だ!? ハリーに顔向けができるか! この子の前で、よくもジェームズの話が出来るな!?」

「は、ハリー! ジェームズなら、私が殺されることを望まなかっただろう、ジェームズなら分かってくれたよ……情けを掛けて……」

 

 シリウスがピーターの肩を掴み、床に叩き伏せた。

 ピーターは恐怖に痙攣しながら涙を流した。

 

「お前はジェームズとリリーをヴォルデモートに売った。否定するのか?」

「シリウス……シリウス、私に何が出来たというのだ? 私は君やリーマスやジェームズのように勇敢じゃなかった……私はやろうと思ってやったんじゃない、あの人に無理強いされて……シリウス、私が殺されかねなかったんだ!」

「それなら死ぬべきだった。友を裏切るなら死ぬべきだった! 同じ立場であったなら、我々も君のためにそうしただろう!」

 

 激昂するシリウスが、スネイプの杖を構える。

 そしてリーマスもまた、アルテを抱き締めたうえで、己の杖をピーターに突き付けた。

 

「……お前は気付くべきだったな。ヴォルデモートがお前を殺さなければ、我々が殺すと。さらばだ、ピーター」

「――やめて!」

 

 その寸前、ハリーが叫んだ。

 ピーターの前に立ち塞がり、杖に向き合う。

 リーマスとシリウスは、ショックを受けたようだった。

 

「殺しては駄目だ」

「……ハリー、こいつのせいで、君はご両親を亡くしたんだぞ。このろくでなしはあの時、君も死んでいたらそれを平然と眺めていた筈だ」

「分かってる。でも……こいつを城まで連れて行こう。僕たちの手で吸魂鬼に引き渡すんだ」

 

 ピーターが息を呑んだ。

 そして両腕でハリーの膝を抱いた。

 

「ありがとう……こんな私に……」

「離せ」

 

 ハリーは汚らわしいとばかりにピーターの手をはねつけた。

 

「お前のために止めたんじゃない。僕の父さんは、親友が――お前みたいなもののために殺人者になることを望まないと思っただけだ」

 

 リーマスとシリウスは顔を見合わせて、杖を下ろす。

 

「……ハリー、君に決める権利がある。だけど、考えてくれ。こいつのやったことは……」

「こいつはアズカバンに行けばいいんだ。あそこが相応しい者がいるとしたら、こいつしかいない」

「……いいだろう、ハリー。脇に退いてくれ、そいつを縛り上げる」

 

 ハリーは躊躇しながらも、横にずれた。

 リーマスの杖の先から細い紐が出て、ピーターの全身を縛り上げる。

 さらに猿轡を噛まされ、床の上でもがいた。

 

「ピーター、しかし、もしも変身したら――やはり殺す。いいね、ハリー」

 

 ハリーは床に転がったピーターの哀れな姿を見て、頷いた。

 

「よし――ロン、私はマダム・ポンフリーほど上手く骨折を治せない。だから医務室に行くまでの応急処置をしよう。フェルーラ、巻け」

 

 リーマスはロンに向けてさっと杖を振る。

 添え木で固定したロンの足に、包帯が巻き付く。

 すかさずハリーが手を貸して、ロンを立たせた。

 

「スネイプ先生はどうします?」

「そっちは別に悪いところはない、が……アルテ、少し威力が強すぎる。まだ目覚めはしないだろうな」

「……リーマスを馬鹿にしたのが悪い」

 

 優しく咎めるリーマスに言い訳をする様は、どこか不貞腐れているようだった。

 リーマスはもう一度杖を振るい、スネイプの体を立たせた。

 手足や首に見えない糸が取り付けられているようだ。

 操り人形を思わせる動きでふらふらと歩くさまは、不気味だった。

 スネイプとピーターを連れて、一行は屋敷を後にする。

 これで、全ての誤解が解け、この年の事件は終わる。誰もがこの時、そう思っていた。




※ピーター集団リンチのターン。
※動こうとすると画面端まで強制的に追いやるアレ。
※アルテの激おこ対象がシリウスからピーターに移った瞬間。
※シリウスへのヘイト消滅。
※和解。
※リーマスの貴重な殺害予告。
※これにて一件落着。勝ったな、田んぼの様子見てプロポーズしてしまっても構わんのだろう?

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