ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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※アズカバン編完結。


幸福(げんじつ)終わり(はじまり)現実(こうふく)始まり(おわり)

 

 

 それから夏休み前日までの一週間をどうやって過ごしたか、アルテ自身よく分かっていなかった。

 試験が全て終わった翌日、朝食の場でスネイプに秘密を暴露されたリーマスは、その日のうちに防衛術の担当を辞した。

 結局のところ、生徒たちからどれだけ信用されていようとも、人狼という存在はあまりに不安定かつ危険なのだ。

 このままでは翌日には保護者たちからの抗議の手紙が殺到するだろうと、リーマスは早々に出て行った。

 自分にとっての恩人であるダンブルドアに迷惑が掛かるというだけではない。

 このまま自分が残っていれば――よりアルテを悲しませることになる。

 アルテは勿論止めた。だが、それで残ることは、リーマス自身が許さなかった。

 スネイプは、シリウスを捕まえ、ハリーたちを危機から救ったことで勲一等のマーリン勲章を受ける寸前だった機会を、彼の逃亡によって失った。

 大広間での暴露はその腹いせも兼ねていた。

 彼の身分を貶めるとともに、来年以降も彼が教師として学校に居座り続けるという腹立たしい可能性を断ったのだ。

 結果として、この上なく良い形でスネイプの目論見は成功した。

 彼だけではない。

 己の嫌味を意にも介さず、己の寮生であるゆえに下手に減点や罰則も与えられない義娘諸共、その幸福を失墜させてやれたのだから。

 強いて不愉快だったことといえば、リーマスの辞任を残念がる声が思いのほか多かったことか。

 彼の斬新な授業は低学年から高学年、グリフィンドールからスリザリンまで、幅広くの支持を集めていたのだ。

 長いこと、一年以上同じ教師が継続したことのない防衛術の授業だが、現在の在校生の大体はリーマスが一番まともであったと思っていた。

 人狼だとは言うが、一年間自分たちへの被害はない。

 それゆえに、結構な生徒が彼を少なからず惜しんでいた。

 それだけが気に入らなかったが、その後のアルテの消沈具合を見れば幾分気も晴れた。

 ――ハリーとは違う。スネイプにとってアルテは、ただ気に入らない生徒で()()ないのだ。

 

 

 

 試験の結果が発表されると、三年生たちは大いに沸いた。

 各科目の順位は、一年の時とそう変わっていない。

 アルテは変身術と防衛術で一位を取っており、後者はリーマスの教員としての最後の贈り物であるようだった。

 大きな変化があったのは、合計点。

 百点満点を超えるような点数で競い合っていた最上位の二人の順位が、一年から入れ替わったのだ。

 

「はぁ……やられましたわ、グレンジャー。一体何をしたんです?」

「ちょっとした裏技……かしら。来年からはもう懲り懲りだけど」

 

 一位、ハーマイオニー・グレンジャー。二位、エリス・アーキメイラ。

 ハーマイオニーはこの一年間、マクゴナガルの手を借りてとある魔法道具を入手し、学業に役立てていた。

 それが『逆転時計(タイムターナー)』。

 時間の逆行を可能とするこの道具によりハーマイオニーは同じ時間に存在する選択科目を全て取っていたのだ。

 結果受ける試験も増え、それぞれで高い点数を記録したことによりエリスに下克上を果たしたのである。

 最上位の成績を競う二人は、寮は違えど友人とも言える仲にはなっていた。

 とはいっても、普段会うのは私語厳禁の図書室くらいではあるのだが。

 

「にしても、アルテの点数も相変わらずね。呪文学に至っては今年は私抜かれちゃったし」

「あぁ、無言呪文を習得したようですね」

「そうなの。ルーピン先生に教わっていたらしいわ」

「そうですか……やはり、優秀な先生だったようですね。残念なことです」

「ええ……ハリーもアルテと特別授業を受けていたのよ。あのとても高度な守護霊の呪文」

 

 アルテのこの一年間の成長に感心していたエリスは――それを聞いて目の色を変えた。

 そこにあったのは、驚愕――それも確かにある。

 だが、何より焦りが、エリスの中で芽生えていた。

 

「……どんな形か、知っていますか?」

「ハリーの? 牡鹿よ。少し前に見せてもらったの――」

「ポッターではありません。ティ――――ルーピンのことです」

 

 ハーマイオニーは急変したエリスの様子を怪訝に思いながらも、記憶を掘り起こす。

 気を失う寸前に見た、アルテの呼び出した守護霊。

 その姿は実際には見たことがないものの、本では読んだことがある。

 特徴的なあの姿は、殆ど伝説である魔法生物だ。

 

「確か……キメラだったわ。頭がライオンで、胴が山羊、尻尾がドラゴンの――」

「ッ――――」

 

 絶望の表情が、そこにはあった。

 あり得ない、信じられない、何故、アレが――エリスにはほんの少しの間、理解すら出来なかった。

 ハーマイオニーが嘘を言っているようには見られない。

 ゆえにこそ、エリスにとっては否定したい出来事だった。

 冗談であるならば構わない。そうであれば、エリスはハーマイオニーを笑って許せたことだろう。

 どうしようもないほどに事実だと理解してしまったエリスは、少し離れた場所でいつものメンバーで集まっているアルテに目を向ける。

 ダフネら三人の尽力や、ハグリッドが門限内であればオリオンにいつでも会ってよいという許可を出したこと、さらに一週間経ってリーマスから手紙を受け取ったこともあり、少し調子を取り戻したらしいアルテは試験結果を興味なさげに見ている。

 

「――――」

 

 エリスは衝動的に杖を取り出しそうになった。

 その無防備な横顔に、“何か”呪いを仕掛けたくなった。

 それを、歯を食い縛って堪える。

 ()()()()()場で事を仕掛けるのは、愚の骨頂だ。

 

「…………なるほど」

「え、エリス……? どうしたの?」

「いえ……なんでもありません。彼女に確かな才能があるようで、安心しただけです」

 

 そう、それは本心だ。

 怒りはない。悲しみもない。ただ、そこにあるのは嫉みだけ。

 それさえ、耐えられる。己が己たれと与えられた使命よりも――エリスは尊いものを知ってしまったがゆえに。

 

「驚いたわ。エリス、アルテと仲が良かったの?」

「仲が良ければ今頃彼女を元気づけているでしょう。休み明けまでに快復してもらわないと困るのですが」

「え? なんで?」

「……いえ。此方の話です。まだ内密なのですが――私の予想が正しければ……」

 

 そしてエリスは、少しの間考えて――友人である彼女にならば多少は教えても構わないと思った。

 生徒たちの間では自分一人だけ。先生たちも――まだ恐らくはダンブルドアしか知らないだろうことがある。

 その先の、“彼ら”の思惑を知っているのはそれこそエリスだけだ。

 

「……来年度は、彼女は気を休められることがないだろうな、と」

「え――――」

 

 エリスは懐から、昨日受け取った手紙を取り出す。

 ハーマイオニーはその手紙の裏側に書かれた差出人に目を向けた。

 

「A・H・アーキメイラって――」

「――ええ……私の――」

 

 “彼”だけではない。

 何よりも、“彼女”はアルテに、大いに興味を示すだろう。

 いや――そうなるようにしなければならない。

 たとえ“彼女”が、エリス・アーキメイラというモノにどういう感情を抱いていたとしても、たった一パーセントの間違いさえないように。

 

 

 

 キングズ・クロス駅に辿り着き、迎えに来たリーマスに駆け寄るアルテを横目で眺めながら、エリスはいつも決まった場所に歩いていく。

 柱の影に隠れ潜むように佇んでいた、小柄な黒ローブの傍で立ち止まる。

 フードの下でしわくちゃの口が微笑む。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいま、ティレシアス」

 

 それは、エリスの家に仕える屋敷しもべ妖精だった。

 しかしその姿は屋敷しもべ妖精というには、些か華美に過ぎていた。

 ローブは新品のように埃一つ付いておらず、その下から覗く肌も薄汚れた様子はない。

 

「では、お手を」

 

 ティレシアスの手に、エリスの手が重ねられる。

 瞬間、エリスは体がゴム紐になるような感覚に襲われた。

 この感覚は好きではなかった。

 何度も経験すれば慣れるものかとも思ったが、どうにもそうではないらしい。

 しかしながら、これが優秀な魔法であることは確かだ。

 あっという間にエリスは、眩しいほどに明るいキングズ・クロス駅から一転、闇のような暗がりに立っていた。

 ティレシアスは役目が終わったとばかりに、エリスから離れ姿を消した。

 エリスは目を細めた。

 自分を連れて行ってほしかった。しかし――それをすれば、ティレシアスが罰を受ける。

 今のエリスには、まずこの場所に入ることが許されていないのだから。

 扉の前で、跪く。そして、蛇語で話し始めた。

 

『――死神の慈悲より逃れた咎人が戻りました。どうか、この門を潜る罪を重ねることをお許しください』

 

 十秒あまり。ようやく扉が開きエリスは立ち上がる。

 久方ぶりの自宅に喜びなどは一切なかった。

 扉を潜り、奥へ奥へと進む。

 青白い炎に照らされる廊下の先――居間にいたのは、たった一人の幼い少女。

 

「あ――エリス」

「久しぶりですね、ヘカテー」

 

 一切日差しの下に出たことがないような真っ白な肌。

 雪のような髪。そして、それ以外の色素が失われたような赤い瞳。

 ヘカテー・アーキメイラは帰還した“姉”を、不思議そうに見ている。

 

「何しに来たの?」

「……」

 

 屈託のない、心底からの疑問の表情だった。

 エリスは目を細める。いつものことだ。このヘカテーの言葉を聞くたびに――自分がこの家には不要だと、否が応でも理解してしまう。

 

「……お母様に呼ばれたのです」

「ふぅん――」

「お母様は何処に?」

「呼んであげるわ。ちょっと待って」

 

 ヘカテーは杖を軽く振るい、守護霊を羽ばたかせる。

 守護霊は使い方によっては遠方の相手に伝言を送ることも出来る。

 奥の廊下へと飛んでいって暫く。

 かちゃかちゃとガラスの打ち合う音とともに近付いてくる音に、エリスの顔が強張る。

 

「あは――お帰り、エリスちゃん」

 

 エリスが久しぶりに見たその女性は――一切変わらないままの美貌を保っていた。

 世界の全ての外にいるような超然とした、退廃的な表情。

 微笑むだけで全てを蕩かすような妖艶な雰囲気は、エリスには不気味にしか映らない。

 

「……ただいま帰りました、お母様」

 

 何ら、実験の最中だったのだろう。気怠そうに白衣を着崩し、わざとらしく肩を露出している。

 エリスが母と呼んだ女性は、ソファに沈み込むように腰を下ろす。白衣の下で、またガラスが打ち合った。

 果たしてこの世界を映しているのだろうか、というほどに空虚な瞳は、形ばかりはエリスを捉えている。

 彼女から何かを話し出す様子はない。エリスはその視線を向けられているという自覚から逃れるように、懐の手紙を取り出した。

 

「……この手紙に書かれていることは、本当なのですか? その……来年度の――」

「ええ、本当よ。ダンブルドアは既に許可の手紙を返してきたわ。ただでさえめでたい一年間を盛り上げるためだもの。貴賓を迎える度量くらいなくては、ね」

「では、事実なのですか? 本当に、生きているのですか?」

「それも――まあ、九割がた確かよ。アズカバンの下僕共が鳴いているって、始祖が直々に教えてくださったわ。事を起こすのは、多分一年以内」

 

 エリスは、体が震えそうになるのを必死に抑えた。

 衝動のようなものが、ひたすらに気持ち悪かった。

 

「そっちの方は、本当になってもらわないといけないの。だけど、そうなったとしても、こっちに何の手立てもなければ困るわ。その辺り、どうなの?」

「今年、無言呪文と守護霊を扱えるようになりました。守護霊は――キメラです」

「――十五点ね。性能が五点、守護霊で十点。それ以外は?」

「……三杖(トリヴィア)は、少なくとも意識的には使えないものと思います。禁じられた呪文も、同じく」

「ウソ、“磔”はともかく、“死”も?」

「はい。存在すら知らない可能性が……」

 

 暫し唖然としていた女性は、それから大きく溜息をつく。

 大きな失望と、僅かばかりの後悔。

 過去の衝動から自暴自棄にさえなっていなければ、とほんの少しの頭痛を覚えた。

 

「…………こうなるって分かっていれば、自棄も起こさなかったのに。すぐには無理でも、一年で最低限には仕上げないと」

 

 渋い顔をしていた女性は、白衣の内側から一本の試験管を取り出す。

 中に入った、薄く輝く銀色の液体。明らかに有害なそれを、女性は一息に飲み干した。

 程なくして女性を包み込むは、複雑に組み上がっているパズルが溶けていくような感覚。

 あらゆる苦悩を溶かし、不帰の眠りを齎す睡眠薬の延長。

 不満が消え去り無へと帰っていく快感に身を委ねれば、たちまち女性の目は最初のように蕩けたものへと変わった。

 

「まあ、いいわ。今、この場にいない以上、何も出来ないし……」

「……あの、お母様。その薬は多用しない方が……」

「大丈夫よ。あたし、この薬に関して失敗する機能がないもの。それに、冷やして飲むと美味しいのよこれ。行き詰まった時はこれに限るわー」

 

 俗っぽい言い回しではあるが、今彼女が飲んだ薬は到底安全なものではない。

 薬が回った時、余計な思考を抱いていればそれごと溶かしてしまう、忘却術の方が数倍安全な代物だ。

 だが、そのような危険性など関係ない。

 この女性が薬による記憶の溶解を好んでいる理由は、それで得られる快感なのだから。

 暫くその感覚に浸っていた女性は、たった今思いついたように、蕩けた目をエリスに向けた。

 

「ねえ、エリスちゃん。せっかく帰ってきたんだし、今晩どう?」

 

 エリスは表情を変えないように努めた。

 提案するような口ぶりであるものの、その実エリスに選択は求めていない。

 ホグワーツなんていう外界に出られるほどに、自分はどうでもいい存在なのだ。

 それくらいしか、女性が今のエリスに求めることなどなかった。

 

「……意のままに」

 

 思ったより、声に感情は乗らなかった。

 諦観ではないが、それしか選べる道がないともなれば、こうもなる。

 

「ヘカテーちゃんは? 一回くらいどう? 後悔させない自信はあるよ?」

「結構よ。私の全部は母さんじゃなくて、姉さまのものだもの」

 

 一方で、ヘカテーは即答で拒否し、部屋を出ていった。

 女性はただ気を落としたというよりも自然な仕草で、肩を竦める。

 会ったこともない“姉さま”にこれだけの感情を向けられるとは、とエリスは呆れた視線を送る。

 とはいえ――ヘカテーがその存在と出会うのは、そう遠い話でもない。

 追い求めた邪悪の目覚めを悟り動き出す、混沌の果てに潜む一族。

 彼らの干渉もあり、大いに白熱することになる、ホグワーツの次の一年。

 その結末に待っている、“起こり得るもの”――“起こらなければならないもの”を知っているのは、まだほんの数人であった。




※自分で書いてて何ですがなんかもう色々可哀そうなのでカット。
※リーマスの辞職が惜しまれてて腹立つスネイプ。
※ハリーみたいな事情がないのでアルテはただ天敵の娘というポジションでしかない。
※順位の入れ替わり(チート)。
※アルテの守護霊が気になるエリス。
※二年次にも増して全力でメンタル回復が行われるアルテ。
※来年度は大して気の休まるイベントは用意してないです。
※エリスの家にてオリキャラ大量追加。
三杖(トリヴィア)は本作のオリジナル設定。
※一晩。
※来年度はこの人たちが大きく関わってきます。
※次話から『炎のゴブレット』編。いよいよですね。

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