ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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炎のゴブレット【正義の切れ端】
目覚め


 

 

 ゆらりと歩いてくる獣に抱いた感情を、男は暫し理解できなかった。

 それはアルバス・ダンブルドアでもなければ、闇払いでもない。

 男に盾突く騎士団の連中ですらない。

 ただの小娘だ。外見の年齢にしては魔法が使えるというだけの小娘に過ぎない。

 ゆえにこそ、あってはならないのだ。

 己がただの一歩でも後退ってしまったなどと――!

 

「おのれ――おのれ!」

 

 杖を振るう。

 男が得意とする魔法が放たれる。

 かつて魔法界を恐怖に陥れた、彼の十八番ともいえる禁じられた魔法。

 緑の閃光は狙い違わず、まっすぐに少女に飛び込んでいく。

 そして命中する直前に――その間に割って入った火の塊が閃光を受け止めた。

 魔法は当然ながら、当たらなければその効果を発揮しない。

 続けて放ったものも、同じように受け止められた。

 少女の周囲を護るように飛び回っている炎は、まるで鎧のようだった。

 幾ら殺そうとしても、止まらない。一歩、一歩、小娘は近付いてくる。

 

「クルーシオ! 苦しめ!」

 

 まずはあの炎だけでも止めなければならない。

 地獄さえ生温い苦しみで、あの炎の動きをまず止める――止まらない。

 水、石化、麻痺、武装解除――どんな魔法を使っても、炎はその全てを受け止める。

 ただ、少女を先に進ませるために、あらゆる魔法を防ぎきる。

 

「ッ――」

 

 少女は――笑っていた。

 男の顔をじっと見て、笑っていた。

 笑うことを知らない少女が、“笑う”という表情を教えられて浮かべただけのように。

 歯を剥き出しにして、目を見開いて笑う少女に、男はまた一歩、後退った。

 そして、ようやく理解する。

 認めたくない。認めたくない、が。

 ――――恐れている。己は、この小娘を恐れているのだ。

 逃げようとして、走ることすらままならない体はゆっくりと後退することしかできない。

 それはゆっくりと歩み寄ってくる少女に比べあまりにも遅い。

 そうしている間に、狂気の笑みは目の前にあった。

 

「――捕まえた」

 

 不遜にも、それが最上位の喜びであるように、少女は呟いた。

 その手が、歩くのと同じようなゆっくりとした速度で、男の首へと伸ばされる。

 何をしようとしているのかなど、明らかだった。

 ただの人ではありえないような長さで、鋭く尖った爪は、首くらい容易く裂くことが出来よう。

 その恐怖が、終わりだという諦観に変わった瞬間、感じたことのない激痛が走り――――

 

 

 

「――ッ」

 

 一瞬の微睡から覚めた男は、たちまち不機嫌になった。

 夢とは特別意識しなければ、操作することもままならないもの。

 男が全盛の頃も、己が滅びる夢を見たことはなくもない。

 だが、今回はそれらとは何かが違う気がした。

 何より、あのような小娘に己が滅ぼされるなど、あってはならない。

 

「い、如何なさいました? ご主人様……」

 

 聞こえてくる不愉快な声に、開いた目が再び細まる。

 ああ――なんの話をしていたのだったか。

 傍で怯える小男――ワームテールの言葉を無視し、男は己が最も信頼するものに問いかける。

 ワームテールには、それはシューシューと零れる音にしか聞こえない。

 男は彼女に問いかけて、ようやく思い出した。

 そうだ。彼女が愉快な話を持ってきたばかりだった。

 あり得ない、下らぬ夢など、いちいち気にしてはいられない。

 

「ああ――ワームテール。ナギニが面白い報せを持ってきたぞ」

「さ、左様でございますか、ご主人様」

 

 例えば、今の夢が予知夢のようなものであり、あの娘が男に盾突いてくるとしても、彼には何の恐れもなかった。

 小娘にしてやられるほど男は愚かではない。

 まずその可能性を考慮してやるほどの暇もない。

 彼女が――ナギニが持ってきた報せの方がよほど興味深いし、有意義だった。

 

「ああ、そうだとも。ナギニが言うには部屋の外に老いぼれマグルが一人立っていて、我々の話を全部聞いているそうだ。中にお招きしろ、ワームテール」

 

 ワームテールが慌てて、部屋を出る。

 怯えた様子の老人は震えながら立ち竦んでいた。

 ワームテールは老人を部屋の中に引っ張り入れる。よろめいたものの、老人は転ぶことなく、部屋を見渡した。

 

「――マグルよ、全て聞いていたな?」

「……俺のことを何と呼んだ?」

 

 肘掛け椅子の背の向こうから聞こえる声に、老人は食って掛かる。

 戦場で身に付けた勇敢さではあるが、それはその男と対峙するにおいては無謀に過ぎた。

 

「マグルだ。つまりお前は、魔法使いではないということだ」

「すると何だ。お前様は魔法使いだって? あんた方の事情も身分も知りゃしないが、俺は今晩警察の気を引くのに十分のことを聞かせてもらったぞ? ――言っとくが、かみさんは俺がここに来たことを知ってるぞ。もし俺が戻らなかったら、お前さん方もただじゃ済まんぞ」

 

 男たちを挑発するように言った老人だが、男たちからの驚愕も怒りもない。

 男の声はただ、落ち着き払っていた。

 

「お前に妻はいない。お前がここにいるとは誰も知らない。ヴォルデモート卿に嘘をつくな。俺様には全てお見通しだぞ……」

「へえ? 卿、だって? はて、卿にしちゃ礼儀を弁えていなさらん。こっちを向いたらどうだ? 一人前の男らしく」

 

 男――ヴォルデモートは掠れるような笑いを零した。

 この名を知らないとは、やはりマグルは愚かしい。

 魔法使いであれば、この時点で杖を振るうか脱兎の如く逃げ出していただろう。

 そうすれば、まだ可能性はあった。今の男には、それを満足に追いかける力はない。

 ワームテールも大して役には立たないし、最悪脱走を許し此方も逃走を余儀なくされていただろう。

 だが、老人は逃げ出そうとはしなかった。それが彼の命運を決定付けた。

 

「マグルよ、俺様は人ではない。人よりずっと上の存在なのだ。……よかろう、お前と向き合おう。ワームテール、この椅子を回すのだ」

 

 恐怖の悲鳴を上げながらも、ワームテールは椅子を回す。

 その姿を見て――老人はそれよりも大きな悲鳴を上げた。

 傍に大蛇を侍らせた、確かに人とは思えないナニカ。

 それが杖を振り上げ、その瞬間何を言ったのかさえ、老人には聞こえなかった。

 緑色の閃光が爆発し、老人に突き刺さる。

 音は遅れて聞こえたようだった。床に倒れるより前に、老人は事切れていた。

 

 

 

 森から出てきたアルテは、人目に付かないうちに帽子を被りなおした。

 家の裏にある森はアルテの庭のようなものだった。

 別に立ち入り禁止という訳でもないのだが、ここに踏み入るような物好きはそうそういない。

 というのも――この森には狼男がいるという噂が絶えないからだ。

 アルテはその噂の真実は知っているし、その噂が未だ消えていないことは気に入らないが、それで森に入るような者がいなくなるのは都合が良かった。

 人の手が入らない場所であるからか、この森の自然は大したものだ。

 アルテの目的である草花もそう苦労することなく、ある程度揃えることが出来ていた。

 

『しかし、どうするのですか? そんなもの。餌にもなりませんよ?』

『リーマスの、ための、薬を作る、材料です』

 

 アルテは首に巻き付いている蛇の問いに、何処か楽しげに答えた。

 この蛇はアルテが去年から蛇語を習っている個体だった。

 その甲斐もあり、アルテの蛇語は丁寧さこそ抜けないものの、文法の間違いはなくなってきているらしい。

 

『リーマスとは君の父ですね。薬とは人が病を治すものだった筈ですが、何か患っているのですか?』

『はい。なので、わたしは、それを治したいのです』

 

 前年度末――ホグワーツの教師として一年間人狼であることを秘密にしていたリーマスは、スネイプによってそれを暴かれてしまった。

 アルテは止めたものの、彼が残っていればどれだけの苦情が来るか分からない。

 認めたくはないがそれは事実であり、アルテも認めざるを得なかった。

 しかし、ゆえにアルテは決意した。

 リーマスの人狼化を治し、彼がこれ以上あの症状に悩まなくても良くしようと。

 そうすればまた彼が教師としてやってくることに誰も否やは唱えまい。

 その他の、リーマスが望む職でも文句は言われないだろう。

 その手始めとして手を付けたのが、脱狼薬の調合である。

 トリカブトの脱狼薬は調合が非常に難しく、アルテの年齢でこなせるようなものではない。

 だが、アルテにとってその薬の調合は、前提でしかなかった。

 この薬を基に、性質を分析し、やがては人狼という症状を完全に治療する。

 もうあんな事がなってはならないと、アルテは強く思っていた。

 

『そうですか。私は人の薬については知りません。ですが、叶うと良いですね』

『はい』

 

 蛇と別れ、家の方に向かう最中、くしゃくしゃになった新聞を拾う。

 その大見出しには、クィディッチ・ワールドカップ決勝戦について書かれていた。

 アルテはクィディッチに興味はない。

 そこに書かれていたのは、クィディッチの結果についてではなく、もっと重大なことであったのだが、アルテはそこまで読み進めることはしなかった。

 家に入ると、リーマスが難しい顔で一枚の紙を見ていた。

 その様子はただならないというか、己ではどうにもならない難題を前にしているようだった。

 

「リーマス?」

「あ、ああ、お帰りアルテ。その草花は?」

「魔法薬の材料」

 

 なんの薬かは言わなかった。

 リーマスも、特には気にしていない。というよりは意識が紙に向けられすぎているようだったが。

 

「何見てるの?」

「ああ――学校からの来年度のリストだよ」

「高い教科書?」

「いや、教科書については問題ない、んだけど……」

 

 リーマスは言い淀んでいる。

 余程厄介な代物が書かれているらしい。

 一年生の時以外は教科書くらいであった筈だが――とアルテは思い返す。

 

「……これは、私にはどうにもならないな」

 

 諦めたように、リーマスは溜息をついた。

 リーマスが何かを諦めるということがどうにも気に入らず、アルテは眉根を寄せる。

 一体何を用意しろというのか。少しだけ気分を悪くしたアルテはリーマスの後ろに歩いていき、紙を覗き込む。

 そこに書かれていたのはいつも通り、新しい教科書のタイトル。

 そして――

 

「……ドレスローブ?」

 

 ――今までのアルテには一切縁のなかった、正装だった。

 

「アルテ。ダフネとパンジー、ミリセントに用意を手伝ってもらうよう、手紙を出してもらえるかい? こればかりは、私には何というか、荷が重くてね」

「……? 分かった」

 

 どうして三人の助力が必要なのかは分からないが、リーマスには難しいことであれば仕方ない。

 アルテは端的な文面の手紙を手早く用意する。

 それが必要であるならば、さっさと買ってしまった方が良いだろう。

 ――翌日、ダイアゴン横丁で合流したアルテと三人。

 やけに張り切った三人にあちこち連れ回され、アルテは一日で四度逃げ出した。

 しかし三人の妙な執念はアルテの逃走を許さず、思う存分にアルテのドレス選びを楽しんだ。

 その日は間違いなく厄日だったし、脱狼薬は残る材料が揃わず――気落ちした状態で、アルテの四年目は始まった。




※物騒な夢を見るお辞儀様。
※お辞儀「夢なんて気にしてたら帝王とかやってられない」
※逃げられなかったフランク氏。
※森で蛇と戯れるアルテ。
※目指せリーマスの脱人狼。
※奇跡的にワールドカップの悲劇をスルー。
※ドレスローブは無理なリーマス。
※招集される三人娘。逃げるアルテ。
※着せ替えアルテ。

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