「ね、ねえアルテ。いい加減機嫌直して? ね?」
「悪かったってば……流石に学校でまでやらないわよ」
「で、でも必要だったのよ、似合うドレスじゃないと……」
「……」
ホグワーツに到着しても、アルテはダフネたちから若干距離を取っていた。
結局ドレスは決定したのだが、余程トラウマになったようで警戒を解かない。
アルテ自身よく分からないが、二年次のホグワーツ特急でルーナに感じたのと同じような危機感を、ダフネたちに抱いたのである。
己の体を隠すようにローブに包まるアルテは、それはそれで庇護欲を擽られたが――その警戒が自分たちに向けられていては堪らなかった。
流石に好き勝手し過ぎたと反省しつつ、アルテを説得する。
その四人の様子を、アステリアは不思議そうに見ていた。
「……って、あれ? 何あの騒ぎ」
廊下の先で、何人かの生徒たちが騒いでいる。
ハリー、ロン、ハーマイオニーら、アルテが不思議とよく関わる三人もいた。
彼らに向かって、天井から水風船が落とされる。
全員避けたものの、破裂した風船から水が撒き散らされ、ハリーたちの靴下を濡らした。
「まーたピーブズだよ……本当懲りないよね」
「……」
天井にぶら下がったように浮くピーブズは大笑いしながらハリーたちに水風船を投げていた。
大荒れな外の天気から逃げてきた彼らにとっては追い打ちもいいところだ。
マクゴナガルがやってきて怒鳴り散らすが、ピーブズは堪えた様子もない。
――そして続けてやってきた生徒たち――アルテたちの顔を確認することもなく、新しい水風船を投げる。
虫の居所が悪かったアルテは――口実を得たとばかりに杖を振った。
「ふべ!?」
飛んできた水風船を押し返し、ピーブズの顔に直撃させる。
結果、水は下にいたハリーたちに降りかかることになったが、アルテは気にしない。
またも悪戯を繰り出してからアルテの存在に気付いたピーブズは、もう一度振るわれた杖が死神の鎌に見えた。
出現した猛獣――キメラの守護霊は、全速力で壁に突っ込んで逃げるピーブズを追って壁をすり抜けた。
ピーブズに対する攻撃力は恐らく持っていないが――暫く追い回していれば少なくとも自分に迷惑は掛かるまい。
「アルテ、今のが守護霊の魔法?」
「ん」
何となく気が晴れたアルテは、ある程度警戒を解いたらしかった。
ダフネたちは犠牲になったピーブズに内心感謝した。
大広間に辿り着き、席に座ったアルテは、なんとなしに教師のテーブルを見た。
前年度、当たり前のようにリーマスが掛けていた席には誰もいない。
人狼化を治す薬を作るという目的を見出したことである程度割り切ったアルテではあるが、やはり不満なものは不満だった。
「アルテ、今年の授業で楽しみなものってある?」
「魔法生物飼育学」
「……オリオン目的じゃない? それ」
「……?」
まるで、それ以外にあの授業の目的があるのか、とでも言わんばかりに首を傾げるアルテに、ダフネは呆れた。
夏休みの一ヶ月間、アルテはオリオンに会っていない。
ハグリッドが管理しているヒッポグリフの一頭であるオリオンは、当然ながら生徒の一人が連れていく訳にはいかない。
例外だったのがバックビークだ。シリウスが逃げる時に使っていたようで、この学校にいれば処刑は免れなかったことからハグリッドも大喜びしていた。
それを知った時、アルテはオリオンを連れていこうかとも思ったものの、ハグリッドに許可を貰えなかった。
ゆえに授業で楽しみにしているものと言えば、アルテにはそれくらいしかなかった。
どんな教師が来ようとも、今年の防衛術が前年度を上回ることはないのだ。
そうこうしているうちに、マクゴナガルが新入生たちを伴ってやってくる。
大広間は静寂に包まれ、アルテも興味はないながら、その列に目を向ける。
幾ら空腹であっても、どうせ彼らが全員組分けを終えない限り料理は現れない。
空腹を紛らわせる最も正しい手段であった。
マクゴナガルが椅子の上に、古ぼけた帽子を置く。
すると帽子のツバに沿った破れ目が開き、歌い出した。
いまを去ること一千年、そのまた昔その昔
私は縫われたばっかりで、糸も新し、真新し
そのころ生きた四天王
いまなおその名を轟かす
荒野から来たグリフィンドール
勇猛果敢なグリフィンドール
谷川から来たレイブンクロー
賢明公正レイブンクロー
谷間から来たハッフルパフ
温厚柔和なハッフルパフ
湿原から来たスリザリン
俊敏狡猾スリザリン
ともに語らう夢、希望
ともに計らう大事業
魔法使いの卵をば、教え育てん学び舎で
かくしてできたホグワーツ
四天王のそれぞれが
四つの寮を創立し
各自ことなる徳目を
各自の寮で教え込む
グリフィンドールは勇気をば
何よりもよき徳とせり
レイブンクローは賢きを
だれよりも高く評価せり
ハッフルパフは勤勉を
資格あるものとして選びとる
力に飢えしスリザリン
野望を何より好みけり
四天王の生きしとき
自ら選びし寮生を
四天王亡きその後は
いかに選ばんその資質
グリフィンドールその人が
素早く脱いだその帽子
四天王たちそれぞれが
帽子に知能を吹き込んだ
代わりに帽子が選ぶよう!
被ってごらん。すっぽりと
私がまちがえたことはない
私が見よう。みなの頭
そして教えん。寮の名を!
帽子が歌い終えると、大広間が拍手で満ちる。
早々に聞くのをやめ、「いまなお――」の辺りから聞いていないアルテは適当に周囲を見渡していた。
そして気付く。普段エリスが座っている席に、誰もいない。
基本的に生徒たちはホグワーツ特急に乗ってくる。
二年次のハリーやロンのように例外は無くもないが――エリスは優等生である。そのようなことがあるとは思えなかった。
とはいえ、さほど気に掛けることもない。ほんの僅か引っかかっただけで、彼女と友人でもない以上それ以上の疑問にも心配にもならなかった。
「毎年歌が変わるなんて、凝ってるわよね」
「一年かけて考えてたりしてね。あの帽子、それくらいしかやることないんじゃない?」
「暇人」
「アルテ、割と辛辣だよね」
欠伸をしつつ、アルテは帽子の頑張りを切って捨てた。
その後マクゴナガルがいつも通り、新入生たちの名前を呼び始めた。
最初の生徒がレイブンクローに選ばれたことで、今年の組分けが幕を開ける。
二人目の生徒がスリザリンに選ばれた。
スリザリンのテーブルのみから拍手が起きるのはいつものことだ。
組分け一人ひとりに一喜一憂するほどの興味はアルテにはない。
すぐにうとうととし始め、眠りだした。
やがてケビン・ホイットビーという生徒がハッフルパフに選ばれると、組分けは終了する。
その頃にはアルテは完全に意識を手放していた。
とはいえ、誰も起こすことはしない。
それが必要ない行為だと、誰もが分かっていたからだ。
椅子と帽子が片付けられ、ダンブルドアが立ち上がる。
両手を大きく広げて生徒たちを歓迎し、微笑みかけながら深い声で言った。
「皆に言う言葉は一つだけじゃ。思いっきり、掻っ込め!」
まるでそれが呪文であるように、アルテが起き上がった。
最早誰も驚きはしない。
分厚いステーキに齧り付き、至福の表情を浮かべるアルテは、スリザリンの風物詩のようなものだった。
ご満悦なアルテだが、そんな彼女に水を差すようにスリザリンのゴースト、血みどろ男爵が現れてこのご馳走の裏にあった話を出した。
曰く、このピーブズが祝宴に参加したいと駄々をこね、厨房で暴れ回ったらしい。
それで厨房にいる屋敷しもべが怯えてしまい、危うく料理が出ないところだったとか。
ダフネはよりによって何故今そんな話を出したのかと男爵に文句を言いたくなった。
一瞬、アルテの目のハイライトが消えたようだった。
アルテは壁に向けて人知れず杖を振った。
壁を突き抜けて何かが外へと駆けていく。恐らくは守護霊だろう。
何事もなかったかのように、食事を続ける。
今は此方が優先なのだろう。だが、指示を受けた守護霊はピーブズを探している筈だ。
暫く時間が経ち、アルテも満足した頃、ダンブルドアが再び立ち上がる。
「さて、皆よく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつか知らせることがあるので、もう一度耳を傾けてもらおうかの」
まずはじめに、新たな持ち込み禁止の品物を発表した。
『叫びヨーヨー』『噛みつきフリスビー』『殴り続けのブーメラン』の三品だ。
とはいえ、この禁止品の全てを守る生徒なんてそうそういない。
それから、森は生徒立ち入り禁止、ホグズミードは三年生になるまでは行けないことを告げる。
そして――
「そして、寮対抗クィディッチ試合は取りやめじゃ。これを知らせるのは辛い役目での」
「え!?」
各テーブルから絶叫が上がる。
意外なことに、スリザリンのシーカーであるドラコは仕方ないとばかりに肩を竦めていた。
クィディッチの試合はこの学校の大きな行事だ。
それが取りやめになるというのは余程の事態だろう。
「これは、十月に始まり今年度の終わりまで続くイベントのためじゃ。じゃがわしは皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる。発表しよう、今年ホグワーツで――」
その時、耳を劈く雷鳴が鳴り響いた。
大広間の扉が開き、一人の男が大広間に入ってくる。
長いステッキに体重を預け、黒い旅行マントを纏っている。
人の顔を殆ど知らない、しかもノミの使い方に不慣れな誰かが風雨に曝された木材を削って作ったような顔の男だった。
その皮膚は一ミリの隙間もないほどに傷に覆われている。
鼻は削がれ、口はまるで斜めに切り裂かれた傷口のようだ。
そして片目は丸いコインのような義眼であるという不気味な男は、その目玉をグルグル回しながらダンブルドアに近付き、手を差し出した。
ダンブルドアはその男と何かを語り合い、それから男を空いた席に誘った。
アルテは目を広げた。
彼が座ったのが、防衛術の席であったからだ。
「『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生を紹介しよう。ムーディ先生じゃ」
ダンブルドアとハグリッド以外は誰も拍手をしなかった。
アルテは酷く不機嫌になった。分かっていても、リーマスの席であったそこに誰かが座るというのは気に入らなかった。
「先程言いかけていたのじゃが、これから数ヶ月にわたり、ホグワーツは心躍るイベントを主催するという光栄に浴する。百年以上行われていない催し――他でもない、
「ご冗談を!」
フレッドが声を上げた。
ムーディが到着してから張りつめていた緊張が急に解ける。
笑い声が大広間に広がっていく。アルテは興味なさげにかぼちゃジュースを口に含む。この甘たるさはやはり苦手だ。
「ミスター・ウィーズリー、わしは決して冗談など言っておらんよ。さて、簡単に説明しよう。三大魔法学校対抗試合はおよそ七百年前、ヨーロッパの三大魔法学校の親善試合として始まったものじゃ」
ホグワーツ、ボーバトン、そしてダームストラング。
三つの学校の代表選手が一人ずつ選ばれて、三つの魔法協議を争う。
それが若い魔法使い、魔女たちの国を超えた絆を築いていたのだが、やがて夥しい死者が出たことで競技そのものが中止になった。
「この度、我が国の『国際魔法協力部』と『魔法ゲーム・スポーツ部』が今こそ再会の時は熟せりと判断した。今回は、選手の一人たりとも死の危険に曝されぬようにするために我々はひと夏かけて一意専心取り込んだ」
それが真実だと悟ると、大広間の空気は笑いから驚愕に変わっていった。
「ボーバトンとダームストラングの校長が、代表選手の最終候補生を連れて十月に来校する。更に、試練の内容については、大変な支援をしてくださったアーキメイラ家をゲストとしてお呼びすることとなった。スリザリン四年生のエリス・アーキメイラさんはそれもあって十月までは授業の免除がされておる。十月の再会が楽しみじゃの」
アルテはエリスが不在な理由を納得した。
ドラコら、魔法界の重鎮ともいえる家系の面々は首を傾げた。
彼らはエリス以外にアーキメイラの姓を持つ者を知らない。
そんな知名度のないような家が一大行事の支援を出来るとは思えなかったからだ。
「ハロウィーンの日に各校の代表選手の選考が行われる。優勝杯と栄誉、そして個人に与えられる賞金一千ガリオンを賭けて戦うのに相応しい選手を決めるのじゃ」
誰もが、その賞金に目を丸くした。
一千ガリオン――それは、少なくとも学生には途方もない金額だ。
最高級の箒であるファイアボルトすら容易く買えるほどの金額には、ドラコも声を漏らした。
しかし、ダンブルドアは申し訳なさそうに告げる。
「全ての諸君が優勝杯をホグワーツに齎そうとしていることは承知しておる。しかし、参加三校の校長、並びに魔法省としては今年の選手に年齢制限を設けることで合意した。十七歳以上の生徒だけが、代表候補として名乗りを上げることを許される」
あり得ないとばかりに不満の声が上がる。
フレッドとジョージは隠し持っていた悪戯道具を使って抗議しそうな勢いだった。
しかし、試合の種目が難しく危険であること。
ゆえに年少の者が課題をこなせるとは考えにくいことを説明すると、生徒たちは渋々黙り込んだ。
「代表団とアーキメイラの一家は到着後、一年間殆ど我が校に留まる。お客人が滞在する間、皆、礼儀と厚情を尽くすことを信ずる。ホグワーツの代表選手が選ばれし暁には、その者を心から応援するであろうと、わしは信じておるよ。さて、明日からの授業に備えて休みなさい。就寝!」
ダンブルドアは話を終えると、再び腰掛けてムーディと話し始めた。
生徒たちはそれぞれバラバラに部屋を出ていく。
話題は対抗試合で持ち切りだった。
「残念ね。十七歳以上なら立候補できたのに。アルテなら優勝狙えるんじゃない?」
「興味ない」
「えー、一千ガリオンよ? これだけあれば大抵のものは買えるわよ」
「……」
その賞金を考えれば、アルテも関心が惹かれないでもない。
それだけあれば、アルテが夏休み中揃えることが出来なかった脱狼薬の材料も買い揃えられるだろう。
しかし、参加できないものはどうしようもない。
何より賞金はともかく対抗試合自体には興味はなかった。
「にしても、エリスの家って何なのよ。支援をしたっていうけど……」
「ううん……お父さんに聞いてみようかな。聞いたことあればいいんだけど」
その、エリスの家もまた、自分には何の関係もないとアルテは思っていた。
アーキメイラ一家が自分に関わるようなこともあり得ないだろうと、特に考えることもなく断じていた。
――その家によって齎される今年度の出来事を、アルテはまだ知らない。
※アルテからの好感度がだだ下がりする三人。
※全裸でも気にしないアルテが感じた極めて珍しい身の危険。
※相変わらず学習しないピーブズ。
※対ピーブズ用魔法になった守護霊。
※オリオン目的の魔法生物飼育学。
※まだ何もしてないのにアルテに嫌われるムーディ。
※協賛:アーキメイラ。