ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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※更新、大変遅れてすみませんでした。
※拙作の更新は気分とノリが主となっております。
 よって次回の更新は明日かもしれませんし、数ヶ月後になるかもしれません。
 気長にお待ちいただければ幸いです。


アバダ ケダブラ

 

 

 少しずつ生徒たちが目を逸らし始める。

 蜘蛛が悶える様を三十秒も見ていられるような者は殆どいない。

 暫くしてムーディが杖を下ろすと、蜘蛛はぐったりと倒れ込む。

 そして、生徒たちを見渡す。最後まで見ていられる者は、五人といなかった。

 

「――苦痛だ。磔の呪文があれば、拷問に『親指締め』もナイフも必要ない」

 

 アルテにとっては納得だった。

 蜘蛛が掛けられているのを見るだけでは実感として分からないこともある。

 その痛みを知っているアルテの反応を目敏く見たのだろう。

 ムーディはニヤリと笑い、アルテに近付いた。

 

「何度受けた?」

「……」

「この呪文は通常であれば二度三度と受けられるものではない。そうであれば拷問の役目は成すまい」

 

 闇の帝王の全盛期、或いは、残る一つよりも恐れられたかもしれない呪文。

 何故ならば、この呪文で発生するのは純然たる苦痛。

 たった一度の使用で苦痛の臨界を与え、精神を完膚なきまでに粉砕する。

 ゆえに、この呪文は禁じられた呪文として扱われる。

 言葉のない蜘蛛が受けるさまを見せつけられただけでも、その威力を生徒たちに想像させるには十分だった。

 

「レデュシオ、縮め!」

 

 生徒たちの表情にありありと恐怖の色が宿ったのを満足そうに見渡すと、ムーディは蜘蛛にもう一度呪文を掛ける。

 元の大きさに戻った蜘蛛を瓶に戻すと、ひん曲がった口で微笑みを作り、生徒たちに促した。

 

「よろしい、最後の一つの呪文を知っている者はいるか?」

 

 ――知らない者は少ない。

 禁じられた呪文の中でも最も悍ましいものであり、最も高い知名度を持つ呪文。

 闇に通ずる家系の多いスリザリンであれば、大抵が知っていよう。

 アルテは体の震えを止め、過去となった苦痛から思考を切り替える。

 唯一平常心に戻ったアルテだが、最後の呪文を知らない。

 重い空気に耐えられなくなったのだろう。誰かが口を小さく開き、か細い声で言った。

 

「……アバダ ケダブラ」

「――ああ。正解だ」

 

 ムーディは口を更に曲げ、瓶の中に手を突っ込む。

 最後の蜘蛛は、まるでこれから自分に起きることを悟っているようだった。

 しかし死神の手から逃れることなど出来ようはずもない。

 大人しく捕まった蜘蛛を机に置きつつ、魔法の目を生徒たちに向ける。

 

「最後にして最悪の呪文、『アバダ ケダブラ』――死の呪いだ」

「……?」

 

 ――パチリ、とアルテは脳の中で何かが弾けた気がした。

 まるで、知るべきことが頭に入り、無意識の中で歓喜しているように。

 その違和感に首を傾げる前に、ムーディが杖を振り上げた。

 ――その杖によって、起きることを――――期待しているような錯覚を覚えつつ、アルテは蜘蛛に下される沙汰を待った。

 

「アバダ ケダブラ!」

 

 ムーディの声が轟いた。

 教室中が緑の光で眩く照らされる。

 アルテが知る、どんな呪文よりも鋭い閃光が蜘蛛に突き刺さる。

 杖から放たれた光を、その光が齎す恐怖を、決して逃してはいけないと何かが囁く。

 光が収まった時、蜘蛛は仰向けに引っ繰り返り、動きを止めていた。

 傷はないが、死んでいると誰の目から見ても明らかだった。

 

「――気持ちのよいものではない。反対呪文は存在せず、防ぐ手段はない。これを受けて生き残っていた者はこの世にただ一人。この学校にいる」

 

 それが、『生き残った男の子』たる所以であるというのは、魔法界の常識だ。

 それを知らないこの教室唯一の存在であるアルテは、ムーディが話している間も蜘蛛の亡骸をじっと見ていた。

 既に数度共闘したハリー・ポッターの両親を殺した呪文、そんなことはどうでもいい。

 魔法史で最も人を殺してきた呪文、そんなことはどうでもいい。

 何もかもを問答無用で殺す呪文、これさえあれば、と――手段を択ばぬスリザリンでさえ使用を避ける呪文に躊躇いすら覚えていなかった。

 しかし、その暗い希望を閉ざすように、ムーディが話を続ける。

 

「この呪いには強大な魔力が要る。お前たちがこぞって杖を取り出し、わしに向けて唱えたところで、わしに鼻血すら出させることが出来まい」

 

 今のアルテでは足りないと、ムーディは現実を突きつける。

 魔法を使った戦いの技術、その初歩は学んだと言えよう。

 だが、そこまでだ。

 前年度の末、シリウス・ブラックと戦い、殆ど攻めることが出来ずに敗北したように、アルテのそれは強力な魔法使いとの実戦レベルには届いていない。

 この最恐の呪文を使うには、魔力も技術も足りていないのだ。

 

「まあ、そんなことはどうでもよい。わしはお前たちにそのやり方を教えに来ている訳ではない。反対呪文がなくとも、知っておかねばならないのだ。最悪の事態がどういうものか、味わっておかねばならん。油断大敵!」

 

 突如ムーディが声を張り上げ、皆が飛び上がる。

 それでようやく我に返ったアルテは、喧しいという気持ちを隠しもせず、帽子を深く被りなおした。

 

「さて。この三つの呪文だが、『許されざる呪文』と呼ばれる。同類であるヒトに対して行使するだけで、アズカバンで終身刑を受けるに値する。お前たちが立ち向かうのは、そういう呪文だ。それらに対しての戦い方を教えなければならん」

 

 それから先は、『許されざる呪文』について、ひたすらノートを取る時間が続いた。

 終業を告げるベルが鳴るまで、誰も、何も喋ることは無かった。

 ベルに反応したムーディが短く、「終わりだ」と告げ、教室を出て行くと、あっという間に慌ただしくなる。

 

「あれ、正気? 私たちの年齢で見せられるもんじゃないわよ?」

「イカレてるってのも納得できるわね。使っちゃ駄目なもの見せるなんて」

 

 ミリセントとパンジーがアルテたちに駆け寄り、苦言を漏らす。

 今のはスリザリン生をして、驚愕の授業であった。

 『許されざる呪文』を実際に見せるというのは、良くて高学年になってからの内容だろう。

 少なくとも、まだ四年生である自分たちに見せるのは尚早ではないかと思わざるを得なかった。

 

「うん……もう行こ、アルテ――アルテ?」

 

 席を立ったダフネは、それにアルテが続かないことを不思議に思い、振り向く。

 この授業に使われ、犠牲になり置いていかれた蜘蛛の亡骸。

 死の呪いで貫かれたそれを、アルテはじっと見下ろしていた。

 まるでそれを忘れてはならぬと、最後に目に焼き付けているようで――三人に寒気が走った。

 

「アルテッ!」

「っ……何?」

「行くよ、ほら!」

 

 亡骸を見下ろすアルテが、途轍もなく不気味で、不穏で、不吉だった。

 それを見せていてはいけないという確信があった。

 アルテの手を取り、教室を出て行く。

 ダフネは、「この三つの呪文は、アルテが知ってはいけないものではなかったのか」と思った。

 これらの呪文を躊躇なく使うのを、ダフネは想像出来てしまっていた。

 大丈夫だろう。これらが使ってはいけない呪文だというのは、アルテも聞いていた筈だ。

 それでも――出来るならば、これより先は極力『許されざる呪文』から引き離したい。

 アルテの前で使われることだけは避けなければならない。

 そんな思いを――ムーディは次の授業で引き裂くのだった。

 

 

 

 ――その次の授業で、ムーディが言い出したことはある生徒を飛び上がらせ、ある生徒に悲鳴を上げさせた。

 『服従の呪文』だ。

 先日に披露し、蜘蛛を自由自在に操ったそれを、生徒一人ひとりに対して行使すると宣ったのだ。

 校則を大いに犯した罰則だとか、魔法薬による錯覚などでは断じてない。

 授業の一環として、ムーディが生徒に向かい、服従の呪文を使うと言った。

 

「あー、先生、それは違法では? 前回の授業で他ならない先生が仰ったことでしょう?」

 

 ドラコが正気を疑うように言う。

 それは教室中の生徒の総意でもあった。

 ただ単純に気が触れたくらいでは冗談にすらしないだろう戯言に、不気味な先生を見る目が一層恐怖に変わる。

 

「もっと厳しい方法で学びたいか? なら、誰かがお前たちにこの呪文を掛けて完全に支配する。その時に学びたいならわしは構わん。授業を免除しよう。今すぐ出て行くがいい」

 

 果たして、ムーディは本気であった。

 ドラコを黙らせると、手近な一人を呼び出し、本当に呪文を掛けたのだ。

 皆が目を見張る中、その生徒はローブ姿だと思わせないような軽快なタップダンスを披露する。

 一頻り踊り終わると、ムーディが杖を下ろし、生徒は我に返ったように目を瞬かせながら首を傾げた。

 

「これが『服従の呪文』だ。今から一人ひとりにこれを掛けていく。抵抗して見せるがいい。この中で誰か一人でも、この呪文と戦うことが出来れば上出来だ」

 

 それからムーディによる、禁じられた呪文の連続行使が始まった。

 席順に生徒たちを前に立たせ、服従の呪文を掛けてはおかしな行動をさせていく。

 誰一人抵抗することが出来ずその命令に従ってしまう。

 ドラコなどは席を立たず拒否を示していたが、空しくも座ったままに呪文を掛けられ、ケナガイタチの真似事をした。

 最初の頃は笑う生徒もいたものの、数人終えた時には誰しもが真顔で呪文を受ける生徒たちを見ていた。

 そして、大抵の生徒たちの注目である生徒が呼ばれる。

 

「ルーピン、来い。次だ」

「……」

 

 特に何を言うこともなく、アルテは席を立った。

 不安げに見上げるダフネに目も合わせず、ムーディの前に立つ。

 ――もしも決闘であれば、この距離だ、ムーディが杖を振る前に引っ掻いてでもいたかもしれない。

 だがこれは、反撃は元より禁止されている、呪文を受けるだけの的に等しい。

 

「お前は去年、防衛術においては完璧だったと聞く。見事、抵抗して見せろ」

 

 アルテは答えない。

 しかしそれを肯定と見たのか、ムーディは笑みを濃くして杖を振り上げた。

 

「インペリオ! 服従せよ!」

「――――」

 

 ムーディが呪文を唱えた瞬間、アルテは己の中に何かが飛び込んでくるのを感じた。

 直前まで何を考えていたかを一瞬で忘却する。

 己を構成していたものが一度洗い流され、代わりの感覚がアルテを満たしていく。

 そして、誰かの声が頭の中に響き渡りそうになった瞬間――

 

「――――ッ、――」

 

 それを塗り潰すように体の内側で何かが爆発する。

 全身に響き渡る衝撃に、アルテは咳き込みながらその場に蹲った。

 座っていた生徒たちは何事かと身を乗り出して確かめる。

 ムーディもまた、怪訝そうに眉を顰めていた。

 『跪け』と命じた訳ではない。今この時、アルテは明確に服従の呪文の呪縛から逃れていた。

 

「――なんと! お前たち、見たか! ルーピンは勝った! 服従の呪文を打ち負かしたぞ!」

 

 杖を片手に持ったまま手を打ち、吠えるムーディ。

 

「しかし蹲ったままでは良くない! 次は抗いすぐに杖を構えて見せろ! でなければ反撃もままならん!」

 

 ムーディに続くように疎らな拍手が教室に響く中、アルテは強烈な喉の渇きを覚えていた。

 ――あの呪文は、拙い。受けてはいけないものだ。

 服従など知らない。だが――副作用らしいこの()()()だけは我慢ならない。

 磔の呪文に勝るとも劣らない感覚は、この呪文に対する拒否感を刻み込んで余りある。

 ムーディが呼んだ次の生徒と入れ替わるように、アルテはフラフラと自分の席に戻っていく。

 

「あ、アルテ、大丈夫……?」

「ん……」

 

 心配するダフネに曖昧に返し、アルテは不快感を抑え込むように机に突っ伏す。

 そうして授業が終わるまでの間、目を閉じて回復に努めることにした。




※アルテを煽るムーディ。
※死の呪いに何かを感じるアルテ。
※ダフネ「アルテに変なこと教えないでください」
※ケナガイタチを気に入るムーディ。
※ムーディ「服従せよ」
 アルテ「マジ無理」
※ビビったけどアドリブで乗り切るムーディ。

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