十月三十日。
四年目のハロウィン前夜にもなれば、ダフネ、ミリセント、パンジーの三人の警戒はかなりのものになっていた。
というのも、アルテのハロウィンの戦績である。
一年目は校舎内に入り込んだトロールと激戦を繰り広げた。
二年目は不幸にもバジリスクの声を聞き、継承者と疑われるきっかけを作った。
三年目はシリウス・ブラックの気配を嗅ぎ付け、グリフィンドール寮の入口を傷つけた犯人と疑われかけた。
ようは、この日は毎年アルテの周りで何かが起きているのである。
これだけ立て続けに事件に巻き込まれれば、今年も何か起きるのではと予想はする。
少なくとも、この四人組はアルテ以外気を張っていた。
しかし当の本人はいつも通り欠伸をしつつ授業の終わりを迎えたアルテの気の抜けように三人は苦笑する。
「……なんか、こっちが気を張ってるのも馬鹿馬鹿しいわね」
「うん……ここからはまあ、少なくともアルテの周りだけで何かが起きることはないだろうから、私たちもいいかな」
最後の授業を終えた生徒たちは、全学年が一つに集まり城の外に出る。
この日は普段の学校生活とは違うイベントがある。
「で、何で来るの?」
「
寒空の下で肯定を眺めていた生徒たちは、なんの気配もない景色を怪訝に思う。
やがて空が薄暗くなってきた頃――
「ほっほー! わしの目に狂いがなければ、ボーバトンの代表団が近付いてくるぞ!」
生徒たちの後方――教師陣の集まりから、ダンブルドアが声を上げた。
思い思いの方向に生徒たちが目を向ける中、六年生の一人が空を指差しながら叫ぶ。
「あそこだ!」
森の上空から、巨大なものが近付いてくる。
飛行する物体ではあるが、箒などとはくらべものにならない。
かといってヒッポグリフでもない。
箒百本よりも大きな何かが城に向かって、風を切り疾走してくる。
「ドラゴンだ!」
「馬鹿言え、あれは空飛ぶ家だ!」
グリフィンドールのデニス・クリービーが近い答えを出した。
近付いてくるにつれ、城の窓明かりが接近してくる物体の姿を照らし出す。
巨大なパステルブルーの馬車だ。大きな館ほどもある馬車が、十二頭の天馬に引かれて着陸する。
地震かと思うほどの衝撃が辺りに響く。
館だけでなく、天馬も相当の大きさだ。
一頭一頭が象に匹敵するほどの体躯で、その蹄はディナー用の大皿ほどもある。
水色のローブを着た少年が馬車を飛び降り、すぐさま金色の踏み台を引っ張り出す。
その踏み台を降りてくる、大きな女性。
ハグリッドと三センチと違わないような女性がホグワーツの地を踏みしめると、ダンブルドアが歓迎するように手を叩く。
それにつられて生徒たちも拍手する。
「これはこれは、マダム・マクシーム」
「ダンブリー・ドール、おかわりーありませーんか?」
「おかげ様で、上々じゃ」
ボーバトン校長、マダム・マクシームは深いアルトの声でダンブルドアに返す。
「わたーしの生徒です」
マクシームに続き、馬車から十数人の学生が降りてくる。
十七、八歳と思しき上級生たちだ。彼らがボーバトンの代表候補として選ばれた精鋭たちなのだろう。
しかし、準備不足は否めなかった。
彼らが着ているローブは薄物で、マントを着ている者は一人もいない。
マクシームがダンブルドアに暖まりたい旨を話すと、生徒たちを連れ添って階段を上っていく。
それから間もなく、残る一校が到着した。
ボーバトンが空からやってきたことから誰しもが空を見ていた。
しかし、彼らが現れたのは湖。
湖を割るように帆柱がせり上がり、月明かりを受けて巨大な船が水面に浮上した。
幽霊船を思わせる様相の船は岸に近付くと錨を下ろし、タラップを伸ばす。
乗員たちが下船してくる。
大柄な生徒たちは分厚い毛皮のマントを身に纏い、ボーバトンの生徒たちとは逆に暖かそうだ。
先頭に立つ男は髪の色と同じ、滑らかな銀色の毛皮を着込んでやってきた。
「ダンブルドア! 暫くだ、元気かね?」
「元気いっぱいじゃよ、カルカロフ校長」
ダームストラング校長、カルカロフの声は朗らかで耳に心地よいものだった。
愛想のよさを前面に出した笑みを浮かべ、ダンブルドアと握手をする。
背が高く、短い銀髪。先の縮れた山羊髭は、貧相な顎を隠しきれていない。
城を眺め何事か呟くカルカロフの目が笑っていないことに気付けたのは一体何人いたか。
その目の色を隠しもせず、カルカロフは生徒の一人を招き寄せる。
「ビクトール、こっちへ。暖かいところへ来るがいい。ダンブルドア、構わないかね? ビクトールは風邪気味でね……」
その生徒の顔立ちが見える場所まで歩いてくると、ホグワーツの生徒たちがざわつき始める。
興味なさげに欠伸をしていたアルテの隣にいたダフネたちもまた、驚きを隠せない。
「嘘……クラム?」
「本物? 本物よね!?」
「学生だったのね……考えてもみなかったわ」
どうやら有名人であるらしい、としかアルテは思わなかった。
その男子生徒こそ、クィディッチにおける世界最高のシーカーの一人、ビクトール・クラムであることなど、クィディッチに興味がない以上どうでも良かった。
二校を招いたあと、生徒たちは大広間に集まり、それぞれのテーブルについた。
席は幾つか増えており、それらは二校の生徒たちのものらしい。
ボーバトンの生徒たちはレイブンクローの席を選んで座った。
そしてクラム擁するダームストラング生たちを全ての寮が取り合うように睨み合い――結局、スリザリンの席につくことになった。
まるでハリー・ポッターを獲得した時のグリフィンドールのような歓喜。
ドラコをはじめとした大興奮の生徒たちを他所に、アルテは夕食を待っていた。
「こんばんは、紳士、淑女、そしてゴーストの皆さん。そしてまた、今夜は特に客人の皆さん」
ダンブルドアが外国からの学生たちに向かい笑う。
「ホグワーツへのおいでを心から歓迎いたします。本校での滞在が快適で楽しいものになることをわしは希望し、また確信しております」
帰ってきたのは、いくつかの嘲笑ともいえる笑い声だった。
寒さを隠さないボーバトンの生徒数名からだった。
「三校対抗試合が、この歓迎の宴が終わると開始される。宴の前に、対抗試合の開催に協力いただいたゲスト一同に来ていただこう」
大広間の扉が開く。
入ってくる面々の先頭を歩く女性に、誰しもが目を奪われた。
絶世の美女とは、そのことを言うのだろう。
腰ほどまでに伸びる金の髪はまるで輝いているようだった。
瞳が、唇が、その体全てが他者を魅了するためだけに存在している。
中でカチャカチャと音がする白衣の下からでも分かるスタイルが、男子生徒たちを否応にも惹き付ける。
そして彼女に並ぶ三人。
一人はエリスだった。
一人はサングラスで目元を隠した、長身の男性。
一人は色素が失われた肌と髪を持った、まだホグワーツに入学するほどの年齢にさえ達していないだろう少女。
エリスは途中、スリザリンの席へと歩いていき、残る三人は教員のテーブルにある、空いた席へと向かう。
「アーキメイラ家当主、アーテー・アーキメイラ氏。アンタレス・アーキメイラ氏。スリザリン四年生、エリス・アーキメイラさん。そしてヘカテー・アーキメイラさんじゃ」
エリスは席に着くと、辺りの生徒たちと話し始める。
アルテほか数名のスリザリン生は、ダンブルドアが紹介した名前に――ほんの僅か、引っ掛かるような違和感を覚えた。
しかし、その違和感の正体が分からず、気のせいかと流す。
「ねえエリス、あのアーテーって人……」
「ええ。私の母です」
エリスや他の三人が席につくと、ダンブルドアが手を広げる。
「さあ、それでは大いに飲み、食い、かつ寛いでくだされ!」
ダンブルドアが着席すると同時、テーブルに置いてあった空の皿に料理が満たされた。
生徒たちから感嘆の声が漏れる。その日の料理はまた一風変わっていた。
やってきた二校を意識しているのだろう。
普段の料理に混じり外国の料理が並んでいるのである。
いつも通り素早く手を伸ばしたアルテはいつもの、味の分かっている料理を取り寄せる。
どうやら未知の物に手を出さない程度の警戒はしているらしい。
その後はダフネたちが食べて評価の高かったものはちゃっかり確保する。
そうして腹も膨れた頃、もう一度ダンブルドアが立ち上がった。
「時は来た」
生徒たちの目が一斉にダンブルドアを向く。
その顔を見渡し、笑いかけながら、ダンブルドアは話し始める。
「三大魔法学校対抗試合はいま、始まろうとしておる。『箱』を持ってこさせる前に、二言三言説明しておこうかの」
アルテは何となしに教師陣のテーブルを端から端まで見る。
いつも通りの教師陣と、今夜招かれたアーキメイラの三人、そのほかにもう二人、見知らぬ顔がある。
「まずは此方のお二人を知らない者のためにご紹介しよう。国際魔法協力部部長、バーテミウス・クラウチ氏。そして、魔法ゲーム・スポーツ部部長、ルード・バグマン氏じゃ」
前者には儀礼的な拍手、そして後者には感情のこもった大きな拍手が起こった。
クラウチは紹介された時、笑みすら浮かべることがなかったのに対し、バグマンは陽気に手を振って微笑んだからか。
それに、バグマンはかつてクィディッチにおいて有力なビーターでもあった。
生徒たちにとって、クラウチよりも遥かに有名人なのだろう。
「バグマン氏とクラウチ氏は対抗試合の準備に骨身を惜しまず尽力されてきた。お二方とアーテー・アーキメイラ氏、カルカロフ校長、マダム・マクシーム、それにこのわしと共に、代表選手の健闘ぶりを評価する審査委員会に加わってくださる」
代表選手、という言葉に、主に最上級生たちの耳が一層研ぎ澄まされる。
「それではフィルチさん、箱をここへ」
大広間の隅に身を潜めていたフィルチが、宝石をちりばめた大きな木箱を持ちダンブルドアの前に進み出る。
そしてダンブルドアの前のテーブルに置かれると、皆の視線がその木箱に集まった。
少なくとも百年やそこらの代物ではない。
古くから使われているらしいそれを前にしたダンブルドアは、懐から杖を取り出す。
「それぞれの課題に必要な手配を、ゲストのお三方にしていただいた。課題は三つあり、学年一年間に渡って、間をおいて行われ、代表選手はあらゆる角度から試される」
――魔力の卓越性。果敢な勇気。論理、推理力。
そして、危険に対処する能力。
優秀な魔法使いに必要とされる全てをもって、代表選手は審査される。
生徒たちが息を呑む。彼らが用意した試練の危険性をそれぞれ想像したのだろう。
「さて、皆も知っての通り試合を競うのは三校の代表選手じゃ。参加三校から一人ずつ、代表選手が選ばれる――そして選ぶのは公正なる選者、『炎のゴブレット』じゃ」
ここでダンブルドアは木箱を杖で叩いた。
蓋が軋みながらゆっくりと開く。
ダンブルドアは箱の中に手を差し入れ、中から粗削りの木のゴブレットを取り出した。
見栄えのしないつくりの杯だが、その縁から溢れんばかりに青白い炎が踊っている。
木箱が閉じられ、蓋の上にダンブルドアがゴブレットを置く。
「代表選手に名乗りを上げたいものは羊皮紙に名前と所属校名を書き、このゴブレットの中に入れねばならぬ。立候補する志のある者は二十四時間以内に、その名を提出するよう。明日――ハロウィンの夜にゴブレットは各校を代表するに最も相応しいと判断した三名の名前を返すじゃろう」
ダンブルドアはこのゴブレットが玄関ホールに置かれる旨を話す。
そして、この中に間違っても規定の年齢に届いていない者が名前を入れない対策も万全だ。
それが年齢線。
ダンブルドア自らが引いたその線により、十七歳に満たない者はゴブレットに近付くことすら出来ない。
「そして――ここからがサプライズじゃ。アーテーさん、お願いできますかな?」
「はい、ダンブルドア校長」
そこまで説明して、ダンブルドアはアーテーに微笑みかけた。
立ち上がり、ダンブルドアの隣まで歩いてくるアーテー。
目を細め、蕩けたような表情で生徒たちを見渡し、妖艶でどこか不気味な透き通った声を大広間に響かせる。
「先程お話のあったように、代表選手として選ばれるのは各校一人ずつです。ですが――この度、その枠を一つ増やしていただく許しをいただきました」
その言葉に、生徒たちが目を見開く。
あまりにも狭い代表選手の門。それを広げる宣言であった。
「アーキメイラの推薦枠として、明日三人の代表選手が決定した後、発表させていただきます。年齢は関係ありません。三校の生徒の中から、私たちが『試合を戦い得る』と判断した一人を選びます」
アーテーの発表に沸いたのは最上級生たちだけではない。
フレッドとジョージをはじめとした十七歳に達していない、参加を希望していた生徒たちから歓声が上がる。
選手となる権利すらなかった生徒たちに、機会が生まれたのだ。
「勿論、推薦枠の生徒が優勝した場合、その栄光は所属校に齎されるでしょう。私たちが誰を推薦するか、まだ決めている訳ではありません。明日の夜まで、参加を表明する生徒の皆のアピール、楽しみにしています」
それで説明を締め、ゆっくりと一礼すると盛大な拍手で見送られながらアーテーは自分の席に戻っていく。
どこかふらふらとして危なげな足取りだった。
席につくと、アーテーは白衣の内から小さな試験管を取り出し、その中の液体を口に含む。
試験官を仕舞う時、アルテはアーテーと目が合った気がした。
「ありがとう、アーテーさん。アーキメイラの推薦枠を含めた四人は、最後まで戦わなければならぬ。ゴブレットに名を入れる者は、軽々しく決めるでないぞ。心底、競技に挑む用意があると確信をしたうえで入れるのじゃ。さて、もう寝る時間じゃ。皆、お休み」
その日はそれで解散となった。
アルテは満腹となり、欠伸をしつつ席を立つ。
ダフネたちも含め、十七歳に達しておらず、参加するつもりもない四人は誰が代表選手になるか話しつつ寮に戻る。
彼女たちにとって、選手になる可能性のない対抗試合は殆ど他人事であった。
――少なくとも、今のうちは。
※ハロウィンを前に警戒する三人娘。
※ドラコ「クラムがスリザリンのテーブルに来たぞ!」
アルテ「誰?」
※来校する黒幕臭のする人たち。
※ダフネ達に毒見をさせるアルテ。
※年齢不問の推薦枠