ハリー・ポッターと継ぎ接ぎの子   作:けっぺん

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ハロウィーン

 

 ホグワーツでの授業が始まってから、おおよそ二か月が経過した。

 これだけ経てば一年生たちもここでの生活に慣れ、各授業へのイメージも変化が出てくる。

 アルテは闇の魔術に対する防衛術と飛行訓練以外では、多少なり教師の評価を改めることが出来ていた。

 魔法薬学と変身術でのアルテの活躍は目覚ましい。

 まあ、結局天文学やら魔法史やらではその八割がた眠っているのだが。

 さて、ここ数日、スリザリン一年生とグリフィンドール一年生の間ではそこそこの衝突はあれど、それなりの平和が続いていた。

 アルテの周りで変わったことといえば、彼女に対する目新しさがなくなったことで、他寮の彼女を見る目が他のスリザリン生と同じ、敵対的なものになってきたことか。

 それも気にするのはアルテの保護者三人くらいで、アルテ本人はマイペースに過ごしているが、その様子が一層彼らを不機嫌にさせている。

 それでもアルテに実害が及んでいないのは、「手を出せば何をされるか分からない」という恐怖心からである。

 ピーブズを怯えさせ、彼女の半径十メートル内では絶対に彼のいたずらを受けないという話は有名だ。

 さらにはアルテは、あろうことかウィーズリーの双子を味方に引き入れた。

 ……というには語弊があるが、少なくともあの双子は(今のところ)彼女を悪ふざけの対象にする気はないらしい――彼らがアルテに対し定期的に金を渡しているとか、金ではない何かを渡しているとかいう根も葉もない噂さえ存在する。

 結局は、最初の飛行訓練の際に箒を投げることでネビルを助けたのも、彼をより大怪我させる目的で、偶然助ける形になってしまったという説が有力だ。

 誰しもが彼女を少なからず警戒し、距離を置いている。そんな状況は先生たちも知っており、息の詰まるような空気に気付いていないのはアルテ本人だけだった。

 そんな、彼女への恐怖、警戒が或いは大いに増加し、ある者は警戒を少なからず解くことになる事件が、この日起きる。

 十月三十一日、ハロウィーンである。

 

 

 

「あれ? アルテは?」

 

 パンプキンケーキを頬張りながら、パンジーがふと疑問に思った。

 アルテが何より重視する食事の時間でありながら、大広間にはアルテの姿がない。

 正しくは、いつの間にか消えていた。いつも通りアルテ、ダフネ、ミリセント、パンジーの四人で大広間に入ってきたのは確かだった。

 

「少しだけ食べてさっさと出てったわよ。まあ気持ちはわかるけど。ハロウィーンだからってかぼちゃ推し過ぎなのよ」

 

 テーブルの上の料理は、どれもこれもがいつもよりひと手間加えられた逸品となっている。

 ホグワーツのハロウィーンではこれが定番だ。かぼちゃを使った多くの料理が食事の席を賑わせるのである。

 そんな評価の高いハロウィーン料理ではあるが、やや甘味に寄り過ぎたところがある。

 勿論デザートのみという訳でもないものの、こうもかぼちゃの風味が強くてはいくら美味しくても飽きるというものだ。

 アルテはそれらをほんの少しずつ摘まんだ後、「先に帰る」とだけ告げてさっさと大広間を出ていってしまった。

 

「大丈夫かな。いつもに比べて全然食べてなかったけど」

「お腹空いたら学校抜け出して森でウサギでも獲るんじゃない?」

「まさかそんな……本当にやりそうね」

 

 何となく的外れな心配をしつつも、ダフネら三人はデザートの誘惑に抗えていなかった。

 奇想天外なアルテの話題は、彼女らの良い話のタネであった。

 ――そんな穏やかな時間は、唐突に終わりを告げる。

 

「――トロールがっ! 地下にトロールが!」

 

 大広間の扉が思い切り開かれ、クィレルが駆け込んできたのだ。

 彼とは思えない大声で喚き散らしながら上座の、ダンブルドアの席までふらふらと駆け寄り、

 

「……お知らせしなくてはと思って……」

 

 精神の限界を迎えたのか、倒れてしまった。

 無責任にもトラブルの発生を伝えるだけ伝えて気絶したクィレル。当然、大広間の生徒たちは瞬く間にパニックに陥る。

 泣き叫ぶ生徒もいれば、椅子ごとクィレルのように引っ繰り返る生徒までいる。

 監督生をはじめとした上級生の少数は周囲の生徒を落ち着かせんとしているが、状況が状況ゆえなんの効果も果たしていない。

 トロールといえば、四メートルにも及ぶ巨体を持つ生物で、腕の一振りで大の大人十人を軽く吹っ飛ばせるような怪力の持ち主だ。

 それが学校に入り込んだという大事件に、生徒のみならず先生たちまで何人か言葉を失っていた。

 そんな、絶叫と悲鳴が爆発する混沌とした広間に――

 

「――静まれぇ!」

 

 誰よりも信頼できる者の声が、誰よりも大きな声量で響いた。

 生徒たちは恐怖に引き攣った顔のまま、しかし声を出すのを止めて、広間の上座に目を向ける。

 

「監督生、皆を連れて寮に戻りなさい。スリザリン生だけは、ここに残るように。先生がた、校内の見回りをお願い出来ますかな?」

 

 冷静に、ダンブルドア校長は生徒と先生に指示を投げた。

 その、一片の迷いもない落ち着いた瞳と声に、誰しもが否を唱えることなく動き出す。

 スリザリン生が動かないのは、彼らの寮が地下にあるためだ。

 万が一にも鉢合ってしまっても、上級生たちが束になればどうにかなるかもしれない。

 だが下級生たちを守って、しかもトロールを相手取るには広いとは言えない通路での戦いとなると話は別だ。

 そういう意図を理解したスリザリン生は、大人しくその場に座りなおす。

 ダフネたちも同じようにしようとして――

 

「……ちょっと待って。アルテは?」

「…………だ、大丈夫よね? もう結構時間も経ったし、寮に着いてるわよ」

「そうよ、寮にさえ着いてしまえば、いくらトロールったって……」

 

 一人で寮に戻っていったアルテの最悪の姿を、嫌でも想像してしまう。

 ピーブズを恐れさせる。だからどうした。

 変身術で卓越した技術を持つ。教えられたことは未だ基礎に過ぎない。

 魔法薬学の才能。そんなもの、トロールと出会った時になんの役に立つのか。

 

『――ッ!』

 

 ダフネ、ミリセント、パンジーは同時に立ち上がり、大広間を出ていった。

 

「なっ!? 待てお前たち!」

 

 監督生の制止も聞かず、止めようとした先生たちを突き飛ばし、外へ出た三人は地下へと向かう。

 その後を追う先生たち。残されたスリザリン生は呆然と、開け放された広場の扉を見つめていた。

 ただ一人、この場でもしもがあった時のために事態を眺めていたダンブルドアは、飛び出した三人の生徒に呆れともつかない溜息を吐いた。

 チラリとスリザリンのテーブルの一角を見る。こんな状況でありながらエリス・アーキメイラは、落ち着いた表情でパンプキンプディングを味わっていた。

 

 

 

 そんな大騒ぎが幕開ける少し前、アルテは一人寮に向かうために廊下を歩いていた。

 大して夕食を食べておらず、空腹だった。

 幸い寮に戻れば、ウィーズリーの双子に依頼して買ってきてもらったジャーキーやらベーコンやらがある。

 購買などのないこの学校で、何処からそんなものを仕入れてきているのか。もしかすると人知れず近場の村に出るための秘密のルートか何かあるのかもしれない。

 お得意様へのサービスだと一緒に渡された木箱は簡単な防腐の魔法が掛かっているらしく、ここに保存食を入れておけばいつでも腹を満たせるという塩梅だ。

 あれを思えば、自然と寮に向かう足も速くなる。

 そんな彼女が地下のトイレ前に差し掛かった時、あまりこんなところでは見ない人物がそこから出てきた。

 

「あ……」

「……」

 

 縮れたボサボサの、然るべき手入れをしていないことが一目で分かる茶髪の少女。

 エリス・アーキメイラに次ぎ、何事もそつなくこなす優等生、グリフィンドールのハーマイオニー・グレンジャーである。

 

「る、ルーピンさん……」

「アルテでいい」

「え? あ……アルテ、さん?」

「アルテでいい」

「ぅ……うん、えっと……あ、アルテ、どうしたの? こんなところで……まだパーティの途中でしょ?」

 

 取り繕ったということがアルテにもわかる笑みを浮かべて、ハーマイオニーは聞いてきた。

 

「抜けてきた」

「なんで? ハロウィーンのパーティはとても美味しい料理が出るって聞いたわよ?」

「好みじゃなかった」

「そ、そう……」

 

 ハーマイオニーの問いに短く答える。

 あまりにもあっさりとした回答にすぐに会話が止まった。

 ハーマイオニーが本調子であれば、何かしらの話題があったことだろう。

 だが、今の彼女の様子はいつもと違う。

 

「…………ねえ、アルテっ」

 

 話は終わったと寮に向かおうとしたアルテを引き留めようと、ハーマイオニーは呼び止める。

 僅かに、鬱陶しそうに眉を顰めたアルテだが、それ以上足を進めることはなく、ハーマイオニーの言葉を待っている。

 ――何も考えてはいなかった。でも、打ち明ける相手が欲しかった。

 グリフィンドールとスリザリンの確執に興味のなく、基本的に自分から口を開こうとしない彼女ならば、誰に暴露することもなく話を聞いてくれる。そう思った。

 

「……アルテは、勉強って好き?」

「好きじゃない」

「……私は好き。勉強して、自分に色んな知識がついていくのが好き。でも他の人はそうじゃないの? 皆が皆、あなたみたく、勉強が嫌いなの?」

「知らない」

 

 ハーマイオニーは午前中にあった妖精の魔法の授業で、浮遊呪文を成功させた。

 その際、ロン・ウィーズリーの詠唱の仕方を指摘し、機嫌を損ねてしまったのだ。

 ――誰だってあいつには我慢できないっていうんだ。まったく悪夢みたいなヤツさ。

 ロンの忌々し気な陰口を、一言一句思い出せる。

 魔法界のことなんて知らなかった頃から、そんな風に妬みや僻みを受けるのは慣れている筈なのに、久しぶりに聞いてみれば堪えるものがあった。

 そして、そんな心の傷を話せる友人が、ハーマイオニーにはいなかった。

 

「私は呪文の発音を指摘しただけなの。でもそれが迷惑だってこと? それで魔法が上手になるなら、良いことじゃないの?」

「……」

「皆一緒に魔法が上手になる。それってとても素敵だと思うの。先生は点数をくれたわ。なのに――」

「うるさい」

「――え?」

 

 一度話し出せば堰を切ったように出てくる心の丈。

 再び込み上げてきた涙。感情の全部を吐き出さんとしていた時、それをピシャリとアルテは止めた。

 突然のことに困惑するハーマイオニー。

 アルテは彼女から視線を外し、鼻をひくつかせていた。

 ――何かが、近づいてきている。

 クィレルのにんにく臭が可愛く思えるほどの、汚れた靴下と掃除をしていない公衆トイレが混ざったような悪臭。

 耳をすませば、豚を十倍不快にしたような唸り声、麻袋を引きずるような音が近付いてきているのがわかる。

 

「ちょっ、何――」

「うるさい」

 

 ハーマイオニーの腕を引っ張り、トイレに走り込む。

 個室の一つに入り、扉を閉め、鍵をかける。

 流石に何か変だと、ハーマイオニーもそこからは何も言わなかった。

 あまりに真剣な、より鋭くなったアルテの目つきは、異常事態が起きていると決して喜ばしくない確信を抱かせる。

 息を殺す。正体不明に対する恐怖で呼吸に甲高い声の混じるハーマイオニーとは異なり、アルテのそれには糸が擦れるほどの音すら付いてこない。

 

「――」

「……っ」

 

 ズルズルという音が、トイレにまで入ってきた。

 それが人ではないだろうことは、ハーマイオニーにもわかった。

 ブァー、ブァー、という荒い鼻息が個室のすぐ外から聞こえてくる。

 ハーマイオニーには、ただ祈るしか出来なかった。

 何がいるのかは知らないが、どうか、自分たちに気付かずトイレから出ていくように、と。

 ――バタンと、扉が閉じる音がした。

 続いて鍵の掛けられる音がする。それが、このトイレそのものの扉だとわかった時、ハーマイオニーの顔から血の気がスッと引いていった。

 唸り声と共に、床を引っ掻くような音。

 何かが、アルテたちの個室のドアに思いきりぶつかった。

 

「きゃあ!?」

「ッ」

 

 恐怖の限界を迎えていたハーマイオニーは、そこで遂に声を上げてしまった。

 気付かれた――そう判断したアルテの行動に、迷いはなかった。

 ハーマイオニーを個室の奥に押し込み、扉を開け放って外に出る。

 アルテを縦に三人重ねたような巨体――トロールがそこにいた。

 ずんぐりした体のてっぺんにある、ココナッツのような小さな顔がアルテを捉える。

 間抜けな目は大したことを考えてはいなさそうだが、目の前にいる小さな生物を、少なくとも敵か餌かと判断したらしい。

 アルテの胴回りより太い腕が振り上げられる。

 そのゆっくりとした動きを黙って見ているほどアルテは能天気ではない。

 

「――っ」

「ヴ……? ……!」

 

 爪を鋭く伸ばすと、隙だらけの首筋によじ登って突き立てる。

 しかし、分厚い皮に阻まれ、ほんの些細な傷しかつかない。

 その刺激にワンテンポ遅れて気付いたらしいトロールは、ようやく気付くと暴れ始めた。

 力任せに振るわれた棍棒で、ハーマイオニーが隠れていた個室の壁が一気に吹き飛ばされた。

 甲高い悲鳴をトロールは耳にする。何やら自分にちょっかいを出しているすばしっこいものより、捕まえやすいだろう生き物を。

 アルテは舌打ちする暇すらなかった。

 余計なことを、と思う余裕があればこそ、トロールの目に力の限り爪を刺した。

 ハーマイオニーとは全く逆の、地の底から響くような低い悲鳴が上がる。

 手がベッタリとした粘液に浸されるが、気にしてもいられない。

 

「ハーマイオニーッ!」

 

 その時、意味の無くなった個室の中で怯えるハーマイオニーを呼ぶ声と共にトイレの入り口が開かれ、ハリーとロンが駆け込んできた。

 アルテを無理やり引き剥がしたトロールは彼女を洗面台に向かって投げ捨てた後、潰れた目を抑えながらもう片目で新たな獲物を見た。

 

「な、なんでコイツがいるんだよ!?」

 

 あちこちを強く打ったらしい。

 唇を噛んで体中の痛みを堪え、邪魔なローブを脱ぎ捨てると、闖入者に迫りながら棍棒を振り上げるトロールに飛び掛かる。

 腹の出たトロールの体はよじ登ることは簡単だ。

 鼻っ面に噛みつきながらもう片方の手に目を突き刺そうとするが、アルテの足を掴み、引き離す。

 鼻の肉が千切れたが、宙吊りになったアルテをトロールは離そうとしない。

 

「お、おい、あれ流石にヤバいぞ!」

「とにかくこっちに引き付けろ!」

 

 幾ら嫌っているスリザリン生とはいえ、このままでは酷いことになりかねない。

 ハリーは無我夢中で、アルテが先程洗面台に叩き付けられた時に吹き飛んだ蛇口を手に取り、トロールの頭に向かって投げつけた。

 

「こっちだウスノロ!」

 

 激昂したように吠えながら、トロールが棍棒を振り回す。

 アルテを離すことはせず、彼女を引き摺りながら、ハリーたちに向かって突っ込んでいく。

 しかしハリーたちに届く前に、叫びながら跳び上がり、膝から崩れ落ちるように転んだ。

 アルテがトロールの足首を力の限り引き裂いたのだ。

 思わず手を離したトロール。解放されたアルテは足を引き摺りながら傍に転がっていた、折れた鉄パイプを二本掴み、ハリーとロンに投げる。

 何をしろ、という指示はしなかった。

 だが、二人は反射的に掴み取り、トロールの頭を滅多打ちにする。

 振り下ろされる鉄パイプのすぐ傍にアルテは飛び込んだ。

 首筋に噛みつき、爪を立て、掻き毟るように分厚い皮を千切っていく。

 

「ォ、オォオ、ッ……!」

 

 痛みを堪えながら立ち上がったトロール。

 片手で首にしがみ付き、背中にぶら下がるアルテを振り解こうとしながらも、目の前にいたハリーたちにもう一度棍棒を振り上げた。

 後頭部をグチャグチャにしながらもトロールは倒れない。

 対して、鉄パイプで殴りまくっていたハリーたちはヘトヘトだった。

 ブチブチと首の肉を裂き、飛び散る血を浴びながらも、中の極太い血管に手を伸ばすアルテ。

 僅かに間に合わない――ハリーたちの絶体絶命の危機を救ったのは、トロールがすっかり忘れていた獲物であった。

 

「ウィンガーディアム レビオーサ!」

 

 声を震わせながらも、流れるような綺麗な詠唱が響く。

 ハーマイオニーの魔法はトロールが今こそ振り下ろさんとしていた棍棒を捉え、ふわりと浮き上がらせた。

 何が起きたか分からないトロール。間抜け面を更に歪めた瞬間、アルテが首の中まで毟り終える。

 小さな目がゆっくりと上に昇っていく。やがて全部が白に覆われ、今度こそ完全に力尽きた。

 勢いよく倒れ込むトロール。手を離したアルテはトロールが倒れた勢いのままに、ハリーたちの足元に転がっていく。

 壁に手をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 力任せに掴まれていた片足は変な方向に曲がり、体中が粘っこい血で真っ赤になっていた。

 その殆どが、トロールの首筋に開いた大穴から噴き出したものだ。

 引き摺られていた時に引っ掛けたのか、制服はあちこちが破れボロボロで、服としての役割はあまり果たしているとはいえない。

 ハーマイオニーは声にならない叫びを上げ、ロンは気を失う寸前で意識を保った。

 そして、緊張感が解けたからか、三人同時に気付く。引き摺られている最中に脱げた帽子の中にあったものと、両足の間に垂れ下がる、髪と同じ色のそれに。

 

「そ、その耳……」

「尻尾まで生えてる……っ!」

「あ、アルテ、それ、一体……!?」

 

 尻尾はローブで、耳は室内であろうとかぶっていた帽子で、常に隠していた。

 ローブはともかく帽子に関してはハリーたちにとっても常々疑問であったのだが、ここに至り理由を理解する。

 アルテは答えない。まだドラコやダフネたち、他数人にしか教えていないが、早くも説明が億劫になっていた。

 答える代わりに、ハーマイオニーに目を向ける。口元をベッタリと覆う血を唇の上だけ舐め取って、問い掛けた。

 

「……無事?」

「へ!? ぇ、あ、ええ。私は傷一つないわ」

「そっちは?」

 

 今度はハリーとロンに目を向ける。

 未だに鉄パイプを持っており、トロールから飛んだ血は彼らの服にもこびりついていた。

 

「い、いや、僕らも特に……」

「うん、き、キミよりは……」

「……ん」

 

 自分の心配をするべき姿で聞かれ、思わずスリザリンへの嫌悪感やらを忘れながら答えた。

 とりあえず『この場の怪我人はいない』と判断したアルテは、伏したトロールを一瞥してから、ふらふらとトイレの入り口に歩いていく。

 

「ちょ、ちょっとアルテ、どこ行くの!?」

「寮。もともと帰る途中だった」

「駄目よ! そんな怪我で帰れる訳ないでしょ!? すぐ医務室に行かないと!」

 

 ハーマイオニーを無視して寮に戻ろうとするアルテ。

 しかし、その時ドタドタと駆け込んできた面々を見て、その足が止まる。

 

「み、ミス・ルーピンッ!? 一体何が、トロールは……!?」

 

 杖を片手にやってきたマクゴナガルも流石に動揺を隠せない。

 アルテがいることは、予想せざるを得なかった。

 指示を無視して広間から出てきたダフネら三人曰くパーティの途中で早々に寮に戻ったらしいことから、場合によってはトロールに遭遇し――考えたくないが、或いは、と思っていた。

 だがここまでの光景など、想像できる筈がない。

 血みどろ男爵もかくやと言わんばかりに真っ赤に染まったアルテに、何故かここにいるハリーたち、そして首筋を裂かれて倒れているトロール。

 ここは度を過ぎた決闘場でもなければ、闇の魔法使いの犯行現場でもない。

 少なくとも、学校の女子トイレに広がっていていい光景ではなかった。

 あまりの惨状に、マクゴナガルの後ろにいたダフネたち三人は絶句している。

 それはなんの覚悟も持たない一年生が見るには衝撃が強すぎたのだ。

 

「わ、私のせいなんです!」

 

 混乱している様子のマクゴナガルに、ハーマイオニーが申告した。

 もし自分があのタイミングでトイレから出てくることがなければ、アルテはトロールに見つかることなく寮まで戻れたかもしれない。

 その代わり自分の生存は絶望的だっただろうが――ともかく、命の恩人にあらぬ疑いが掛かることだけは避けたかった。

 

「トロールを探しに来たんです。本で読んで、一人で倒せると思って。でもダメでした。ちょうど通りかかったアルテが助けてくれなければ……ハリーとロンが私を探して駆けつけてくれなければ、私は死んでました」

 

 そういえばここはスリザリン寮の近くだ。

 ハーマイオニーのみならずハリーやらロンやらがこの場に来た理由を、ようやくアルテは理解する。

 

「……ミス・グレンジャー。なんと愚かな真似を……貴女には失望しました。グリフィンドールは五点減点です。己の浅はかさと、ミス・ルーピンの怪我を重く受け止めなさい」

 

 心底から呆れたような、気の抜けた表情で、マクゴナガルはハーマイオニーに言い渡した。

 アルテのそれが、彼女の目から見ても、治せるものであったからだ。被害の程によっては減点どころか退学さえ言い渡していただろう。

 

「貴方たちもです。一年生が野生のトロールと対決しようだなんて、運が良かったことに感謝なさい。その幸運に対して、ですが……ポッター、ウィーズリー、ルーピン。三人に、五点ずつ与えましょう」

 

 そしてあろうことかトロールに立ち向かった三人もまた、評価をしない訳にはいかなかった。

 予想外の得点に驚くハリーとロン、そして大して関心もないように無表情で受け入れるアルテに対し、マクゴナガルは杖を振るう。

 服や肌に張り付いた、べたついたトロールの血が流れるように杖に吸い取られた。

 襤褸切れのようになったアルテの服はそのままで、肌も服も区別なく染めていた赤が消えたことで浅黒い肌が露わになり、ハリーとロンは咄嗟に視線を逸らす。

 

「さて。ミス・グリーングラス、ミス・ブルストロード、ミス・パーキンソン。待機の指示を無視した貴女たちは、友人を想っての行動として今回は不問としましょう。ミス・ルーピンを医務室に連れていきなさい。広間に残った生徒たちの待機も解きますから、その後は速やかに寮に戻ることです。パーティの続きをやると良いでしょう」

「は、はい!」

 

 マクゴナガルの指示で飛び上がって我に返った三人。

 ボロボロになったアルテをミリセントとパンジーが二人がかりで担ぎ、ダフネがローブと帽子を拾ってその後ろに続く。

 あちこちに擦り傷はあるし、片足は確実に折れている。

 何故大したこともないような様子でいられたのか分からないほどの重傷患者を、医務室に向けて引っ張っていく。

 しかし、その途中でアルテは残る片足に力を入れた。立ち止まり、ゆっくりとハーマイオニーに視線を向ける。

 

「……周りの人とか、関係ない」

「え……?」

「自分のやりたいようにやればいい。誰がなんと思おうと、自分のためになるなら」

「アルテ! あんたを危険に晒したのよ! グレンジャーなんかと話さなくていいの!」

 

 それで終わりだったのか、まだ言いたいことがあったのか。

 ミリセントが強制的に終わらせたそれは、さっき中断されたハーマイオニーの心情への、アルテなりの答え――そう思ったハーマイオニーはトイレを出ていくアルテの背中に言葉を返す。

 

「ありがとう、アルテ!」

 

 外に出て、アルテたちが見えなくなる。

 まだ話したいことはたくさんあったが、とりあえず礼を言えたハーマイオニーは納得した。

 

「……ポッター、ウィーズリー、ミス・グレンジャー。ミス・ルーピンの耳と尾について、彼女から何も言われていないなら口外しないように。あれはまだ、本人にもどうにもできないものなのです」

 

 最後にマクゴナガルは、残ったグリフィンドールの三人に、そう告げた。

 どうやらアルテは積極的に辺りに言い触らしてはいないらしい。あまり話が広がることを好ましく思っていないのだろう。

 ハーマイオニーは当然のこととして。ハリーとロンも、何か言いたげではあったが、多少なりとも助けられたことの礼として頷いた。

 その日を境に、ハリーとロンは、ハーマイオニーと友人になる。

 スリザリンであり、相変わらずよくわからないアルテとの距離は縮まることはなかったが――この事件をきっかけに三人が足を踏み込むことになる戦いでもう一度力を借りることになるのは、半年以上先の話だ。

 

 

「……寮」

「駄目! 治るまで医務室からは出られないようマダム・ポンフリーに言うからね!」

「……ベーコン」

「駄目よ。まずは怪我を治すことを第一に考えなさい」

「……さっきの料理でもいいから」

「駄目。もう今頃先生が片付けちゃってるわよ。明日になったら何か持ってってあげるから」

 

 そんなことは露知らず、今の状態で三人に抗うことも出来ないアルテは医務室に運ばれていく。

 怪我より空腹の方がつらいのだと鳴った腹の虫は、無情にもスルーされた。




※ピーブズ避け。
※この状況でスリザリン生を寮に帰すのは流石に危ないと思う。
※双子に非常食を買ってきてもらうアルテ。
※双子に非常食の保存箱までもらうアルテ。
※口外はしないだろうけど明らかに話す相手を間違ってるハー子。
おい、魔法使えよ。
※武器は爪と歯。杖など知らぬ。
※一緒になってトロールをタコ殴りにするハリーとロン。
※台詞ありの本作初魔法はハー子。
※耳バレ。
※血みどろアルテ。もうちょっとヒロインらしくしろ。
※頑張ったのに食いはぐれるアルテ。
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