料理をたらふく食べた後、ようやくアルテは腰を上げた。
付いてこようとしたダフネたちを、ハーマイオニーはアルテに説得させることで振り切り、今はハリーら三人組にアルテが追加されるという四人で、廊下を歩いている。
話すのであれば、どこか人に聞かれない空き教室でなければならない。
ハーマイオニーは教室を片っ端から覗きこみ、あまり向いてないと判断すると素早く次に行くという傍目から見て明らかに不審な動きで先頭を歩く。
そのすぐ後ろに続くハリーとロンは焦っていた。
今自分たちが手を出している出来事は、一刻も早い対処が必要なことだ。
元々アルテに声を掛けるつもりなどなかった。
だが、ホグワーツに伸ばされようとしている魔の手を打ち砕くのに必要な戦力として、一番に思い浮かんだのが彼女だったのだ。
しかしそんな、学校の危機など知らないで、最後尾を歩くアルテは呑気に欠伸をしている。
あの時は脅威が目の前にあって、かつ自分も巻き込まれていたからこそ、即席ながら共闘が成立した。
今回は違う。彼女に言って聞かせたところで、「どうでもいい」と切って捨てられるとしか思えない。
自分のことさえ、直接影響がなければ無関心なアルテのことだ。ハリーらは話をしようとは決めつつも、期待などしていなかったし数の勘定にも加えていなかった。
「ここなら……よさそうね。皆、入って」
廊下の突き当たりにあった教室に三人を押し込め、ハーマイオニーは扉を閉める。
既に飽きている様子のアルテだが、出ていこうとはしていない。
ただ、その顔には三人の誰でもいいから早く用件を言えという感情がありありと浮かんでいた。
「えっとね、アルテ。なんの説明もせず連れてきてごめん。実は、貴女に頼みがあるの」
「何?」
「とても危険なことなの。命に関わるほど。だけど私たちだけじゃどうにも――」
「……何?」
その「何?」は一回目よりはっきりと、ゆっくりと紡がれた。
理屈っぽいハーマイオニーとは反対にアルテは、少なくとも性格の上ではまどろっこしい事は苦手だった。
危険性がどうのと説明するのは後でいい。だから先に本題を言え、と。
言葉を止められ、困惑した様子のハーマイオニー。アルテの思っていることを、考えの近さから理解したロンが代わりに本題を切り出す。
「賢者の石っていうお宝がホグワーツから盗まれようとしてるんだ。だからそれを止めるのを手伝ってって話だよ」
スリザリン生に頼むなんて癪だ。これがドラコ・マルフォイであれば死んでも頼まない。
だが、成り行きではあるものの共にトロールをボコボコにした仲だ。ハーマイオニーを守ったのは事実であるようだし、事が終わったあと、言葉だけかもしれないが自分たちに怪我がないか聞いてくれていた。
もし怪我をしていたとして、アルテが何か出来る訳でもないのだろうが、それでも多少なり、「スリザリンの中ではマシな奴なのかもしれない」と思ってはいる。
なんというか、ロンが嫌う他のスリザリン生が当たり前のように持っている嫌味な感じを、一切持っていないのだ。
……会話が碌に続かないほどに不愛想なのは、また違う意味で嫌味ではあるのだが。
「賢者の石?」
「え、ええ。飲むと不老不死になれる、命の水を生み出す石よ。今、この学校で守られているんだけど、狙っている奴がいて……お願い、石を守るのに手を貸して!」
――そう、賢者の石。
宝の名に至るまで、三人は数か月を要していた。
卑金属を金属へと昇華させる錬金術の究極。かのニコラス・フラメルが作り出した稀代の秘宝。
ありとあらゆる金属を黄金へと変え、生み出される命の水は枯れた生命さえ潤し、不老不死と言っても過言ではない寿命と肉体を齎す。
相応しくない者の手に渡れば悪の不滅を約束するほどのものであり、何としてでも守らなければならなかった。
アルテは無表情だった。頼みについて考えてくれているのか考えてすらいないのか、それさえ分からない。
「……奪われれば、そいつを倒すことも、まして取り返すことさえ難しくなるの。これが悪人の手に渡れば……わかるでしょ?」
「――誰?」
「え?」
「その石を盗もうとしているの、誰?」
――手応えは、あった。
聞くだけ聞いて帰ることはなく、アルテは事件について、深く聞いてきた。
少なくとも無関心ではない。限りなくそれに近くとも、まだ取り付く島はある、ということだ。
「……スネイプだ。先生として石に近付いて、盗もうとしている」
「わかった」
しかし、首謀者の名を聞くと、アルテはすぐに外に出ていこうとする。
ハーマイオニーが慌ててその腕を掴んで止める。アルテが怪訝な顔で振り向いた。
「何?」
「いや、何処に行くの!?」
「犯人が分かってるならやることは一つ」
気付けば、アルテの爪は人のものから鋭い、獣のものへと変わっていた。
トロールとの戦いの後、三人は不自然に思っていた。
人の爪であのトロールの肉を引き裂けるのはおかしい。
ゆえに、あの耳や尻尾と併せて考え、あの爪にも秘密がある、と思っていたのだが、この日初めて三人はそれを見た。
いや、それより一体アルテは何をしようとしているのか。やることは一つとは――
「待って! きっと、スネイプが動くのは期末試験のどこかよ。先生たちが試験の準備とか採点に追われて、警備が疎かになる――スネイプはそこを狙ってくるわ。捕まえるのは、決定的な証拠があるそこよ」
悠長ではあるが、それが一番確実なのだ。
相手は大人だ。知識や口の上手さでは及びようもない。
ゆえに捕まえるには、証拠を掴んだ決定的な瞬間でなければならない。
教師だからとスネイプを信用しているハグリッドや他の先生たちも、そうでなければ信じないだろう。
まどろっこしい策に眉を顰めていたアルテだが、渋々と爪を引っ込め、扉を開けた。
「あ、アルテ?」
「帰る。動くなら、言えば付いていく」
早々に用は済んだと、アルテは教室を出ていった。
学校の危機を知ってもあまりに興味薄げな、あっさりとしたアルテを唖然と見送る。
協力は取り付けた。言えば彼女は手を貸してくれるだろう。
だが、本気で――どころか少しも学校のことを心配していなさそうなアルテに、不安を覚えた。
期末試験は予定通り行われた。
ダフネらの望んだ通り、アルテは良い方向に皆の予想以上の事をやってのけた。
曖昧で長い話を聞き続けなければならない授業と試験は違う。
試験で求められるのは教科書通りの知識だ。授業そのものを無視していたとはいえ、教科書は一通り読んでいたアルテに筆記試験は向いていた。
唯一、闇の魔術の防衛術では試験官としても当然やってきたクィレルによりにんにく臭というテロ行為を実行され碌に集中できなかったのだが。
そして実技試験。
妖精の魔法のフリットウィック先生は、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせる試験だ。
――まずタップダンスが分からなかったが、仕方なくフリットウィックが例を示した後は、まったくその通りにやってみせた。
スネイプの魔法薬学では忘れ薬の調合を行った。
実技試験では材料が配られるだけで、調合の流れは一切説明されない。
上手く作れるのはただでさえ授業でしっかりと調合できていた者ばかりだというのに、その上スネイプが後ろに回って監視してくるせいで最善を尽くせない者が殆どだった。
――なおアルテはまるで眼中にないとばかりに無視し、大方の予想通り問題なく調合し、スネイプに忌々し気に睨まれていた。
スリザリン贔屓であるスネイプが何故アルテを、少なくとも態度の面で嫌っているのか、生徒たちは一年経っても分からなかった。
変身術の試験の際、アルテはマクゴナガルに試験の採点について教えられた。
筆記試験はともかく、実技試験においては試験官の採点基準を上回っていれば、百点を超える点数を獲得しうると。
試験内容はネズミを嗅ぎタバコ入れに変えることだった
その例にと見せられたのは、その前に試験を受けていたエリスやハーマイオニーの美しい箱だ。
それはアルテならばこれに匹敵するものを成せるというマクゴナガルの期待であり、その意図を取り違えたアルテは一匹のネズミをエリスとハーマイオニーのそれを単純に重ねたような、二層の嗅ぎタバコ入れを作ってみせた。
独創性はなかったものの、それは高い評価対象であり、マクゴナガルは微笑んだ。
試験から解放されると同時に教室が沸き上がる。
さしものアルテも無意識に緊張感を持っていたのか大きく伸びをする。
「いやー、終わった! どうだった? アルテ」
「知らない」
「試験終わりでも相変わらずね、あんた……」
終わったことだ。今から試験の出来を省みても何一つ変わりはしない。
それで良い結果であればよし。何か問題があっても――まあ、どうにかなる。
「私たちは寮に戻るけど、アルテはどうする?」
「少し外に出る」
「……森に行くとか無しよ?」
――気にはなるが、アルテは未だ森に足を踏み入れたことはない。
特に入る明確な理由もなく、更に入れば罰則があるというのだから、アルテの中で「多少の興味」以上のものにはならなかったのだ。
アルテは校庭に出た。室内も嫌いではないが、やはりアルテは外の方が好みだった。
人目も憚らず、校庭の真ん中に寝転ぶ。
集まる視線を気にせず目を閉じる。
快晴だった。暖かい日差しを浴びていれば、すぐに眠気がやってくる。
夜のように鬱陶しい衣服を脱ぐこともなく、その眠気に従って意識を手放す。
――何分経っただろうか。
意識を手放して暫くしたころ、何かが顔に落ちてきた。
「……?」
――手紙だ。
鬱陶しげに空を見やると、一羽のシロフクロウがアルテの上を飛んでいる。
何処の誰のフクロウかなど関心はないが、この手紙はアレが運んできたものだろう。
目を擦りながら、もう片手で手紙の封を切る。
封は非常に簡素なもので、軽く爪を引っ掻ければ解けるようなものだった。
『今夜、寮の生徒が寝静まったら四階廊下に来てほしい。
今日はダンブルドアがいないから、スネイプが動くのは今夜の可能性が高い。
くれぐれも誰かに見つからないように。 ハリー』
――それが何を意図したものなのか、思い出すのに少し掛かった。
賢者の石だ。一週間以上前にハリーらに教えられたことが、今日実行されるらしい。
特に否やはなかった。理由があるならば、夜出歩くことに躊躇はない。
そうと決まれば話は早いと、アルテは手紙をローブに押し込み、再び目を閉じる。
今夜の睡眠時間は短くなる。であれば、昼間のうちに寝ておこう、と。
最悪の場合魔法界を危機に晒す大事件を前に、アルテはどこまでも呑気であった。
それが、アルテがこれまで通りのアルテでいられる時間の、最後の睡眠であることも知らずに。
そして、夜。
スリザリン寮の面々が談話室を出て、ベッドに向かうのは早かった。
学年末試験が終わったことによる解放感からか、上級生たちも今日くらいはと眠りにつく。
アルテはいつも通り早めにベッドに寝転がっていたが、彼女の思った以上に、眠気はなかった。
――何となく、嫌な予感がする。
根拠はなかった。強いていうならば、直感のようなもの。
同じ部屋のダフネたちが眠ると、早々にアルテは起き上がり、服を着る。
ローブも帽子も被らなかった。
この後何かあるのであれば、邪魔になると考えたのだ。
部屋の外に誰もいないことを確認し、談話室に下りていく。
階段を下る最中、談話室に人気があることに気付く。
――もう部屋に戻るのは面倒だった。アルテは耳と尻尾を隠すこともなく、談話室に顔を見せる。
「……おや。誰かと思えば」
ソファに腰掛け、杖を弄っているのはエリス・アーキメイラであった。
「どうしました? こんな時間に。いつも貴女は早くに寝ていたと思いますが」
「関係ない」
「夜に出歩くのは規則違反ですよ?」
「どうでもいい」
あまり、話していたくなかった。
事情を分かっていて聞いているような様子であり、その特有の雰囲気も相まって、アルテを苛立たせる。
「――まあ、手間が省けますか」
「……?」
「いえ。行くなら止めはしないというだけです――ジェミニオ、そっくり」
超然とした微笑みを浮かべたまま、エリスはその杖をエリスに向け、アルテが避ける前に呪文が放たれた。
双子呪文。アルテの鏡写しのように、ダミーが隣に現れる。
「これを朝までベッドに置いておきます。誤魔化しにはなるでしょう」
「……そう」
よくわからないが、彼女なりの手助け、ということらしい。
一体何を考えているかも不明だ。だが、これ以上時間は掛けたくなかった。
現れた自分の偽物を不気味に思いながらも、寮を出ようとして、ふと疑問に思った。
「……寝ないの?」
「そろそろ寝ますよ。偶然、起きていただけです」
――それが嘘だということは、分かった。
指摘することはなかったが、その違和感は確かに、アルテの判断力を鈍らせていた。
そうでなければ、気付いていたかもしれない。
今のアルテに対し、あまりにもエリスが“普段通り”であることに。
ダフネでもミリセントでもパンジーでも、ハリーでもロンでもハーマイオニーでもない。
まだ、ただの一度も彼女の前で帽子を取っていたことなどないというのに、今のアルテを見てエリスは眉一つ動かしていない。
逃げるように寮を出ていくアルテは、それを変だと思うこともなかった。
――その理由を、数多の命の危険の果てに知ることになるのは、ずっと先の事だ。
※パーティの物理攻撃担当。
※ロン「石を狙っているのはスネイプだ」アルテ「任務了解。
※原作とは違い、アルテを組み込むために突発的ではなく少し計画的になっているハリーたち。
※アルテ「タップダンスって何?」フリットウィック先生「えっ」
※アルテ「嗅ぎタバコ入れって何?」マクゴナガル先生「えっ」
※スネイプ「調子良さそうだから背後でプレッシャー掛けとこう」アルテ「……」(ガン無視)
※森が気になるお年頃のアルテ。
※ヘドウィグ初登場。
※エリスとの初対話。アルテの耳を気にしない系少女。
※次回は触手プレイ回(語弊)