街中を歩く守護騎士の姿。
後頭部でまとめた髪をゆらゆらと揺らしながら歩いている。周りには他の守護騎士だけでなく、主である八神はやてもいない。
「さて、どうするか……」
彼女の呟きは、行き交う車の騒音に消されてしまう。
彼女の現在の悩みは、はやてから言われた「お金を渡すから好きなことをしてこい」との命令(はやてとしては休暇を出しただけだったのだが)を、どう消化すべきかどうか、ということだ。
永き時を「戦う」ことだけで過ごしてきた彼女には、こうして時間があったとしても何をしたら良いのか、何をしたいのか、なんてことは判断がつかない。
好きなことなど無い。したい事など無い。
ただ、自身を戦いの場に置かなければ落ち着かない。その程度。
手元を見れば、1がひとつ、0が4つ並んだ紙が一枚。
これがどういうものなのかは理解している。だがこれで何をしたいかなど、無い。
――仕方ない。ヴィータが好きそうなアイスでも買って帰ろう。
アイスが売っているような店を見つけるために駅近くへ向かう。せっかくだから有名な喫茶店にもよってケーキを買って帰ろうとすると――。
途中、奇妙な光景を見た。
コウコウと光を放つ建物。
ガラス張りの店内は、人が椅子に座り、ジッと何かを見つめている。
何をしているのだろうか。
不思議に思った彼女が建物の中に入ると。
「むっ……」
凄まじい騒音に、僅かに顔を歪める。タバコの匂いがあたりに充満しそれも彼女を不愉快にさせる。
このような環境下で、何を見つめているのだろうか。
「少々よろしいですか?」
シグナムは近くに座っていたスーツを着た男性に声をかけてみた。
突如、テレビの中でしか見たことのないような美人に話し掛けられ、男性は少し萎縮してしまう。
「何をしているのですか?」
「あ、はい、パチンコです」
「パチンコ?」
「えぇっと……」
パチンコについて軽く説明を受ける。
「それで、ここにお金を入れて、ボタンを押すと玉がでるんで。ここをひねって玉を打ち出して、ここに玉が入れば画面が動くので。数字が揃えば当たりです」
「なるほど……ありがとうございます」
「いえ……」
男性の説明を受け、隣に座って、言われた通りに玉を打ち出す。
画面が目まぐるしく移り変わるが、数字は一向に揃う気配を見せない。やがて。
「む?」
ボタンを押しても玉が出てこなくなった。強く押しても、弱く押しても、出てこない。
「む? む?」
「あー、お金切れちゃったみたいですね」
「なに?」
玉が出てこない理由は単純明快、金切れである。
「もう終わりということですか?」
「そうみたいですね。残念ですね、お姉さん。負けちゃったみたいです」
「負け……っ!?」
パチンコをする人達はしばしば、入れた分のお金に対し、帰ってきた分のお金が少ない、あるいは無い場合、「負け」と称す。
そして、負けということは……。
「私が、負け……?」
誇り高きベルカの守護騎士のプライドを、大きく傷つける。
気が付けばシグナムははやての元へ走っていた。
その速度は100m走であれば軽く世界記録を打ち建てるほど。
やがて、家にたどり着くと。
「主!」
「うわっ! なんやシグナム、どうしたん?」
「申し訳ありません。先ほどのお金、もう一枚いただけませんか?」
「え……かまへんけど……何に使うん?」
財布から一万円を取り出し、彼女に手渡すと同時に問うと、嬉しそうに笑った。
「久々に、熱くなれる戦いに身を投じられそうなのです」
そう言って、諭吉一等兵を天に掲げた。
彼女はベルカの守護騎士。
そう、彼女は戦の申し子。
「一対一ならば、ベルカの騎士に負けはない!」
「ようわからんけど、気をつけてなぁーー」
気合いを入れると、全速力で再びかけていったシグナム。後に残ったのは、彼女の主の台詞だけだった。
夕方。
「ただいま戻りました」
「お帰りシグナム。楽しかった?」
「はい主。それとこれをお返しします」
ポケットから取り出したのは、5枚の一万円札。
「え、これどうしたん?」
「少しばかり、熱い戦いがあったのです」
戸惑うはやてにお金を渡し、買ってきたアイスをヴィータに渡しにリビングへ向かう。
――たまには、こんな戦いがあってもいいだろう。
こうして、シグナムは生涯の好敵手と出会ったのだ。
パチンコにはまらないコツは、初めの一回目に負けることです。