013
全身がだる重い夏休み明け初日の朝、
朝から30℃を超える猛暑の所為なのか、それとも夏休みが終わった喪失感なのか、それとも休み前とは微妙に変わってしまった様に見えるクラスメイトの所為なのか、
教室はまるでお互いに探りを入れ合う様な奇妙な雰囲気に包まれていた、
「宗次朗、お早う、」
「よう、元気してたか、」
相変わらず可愛らしい男の娘、高野早美都がまるで子犬みたいに駆け寄ってくる、
「うん、ずっと金沢の家に帰ってた、宗次朗は?」
「別にこれと言って何もせず、順調に家でダラダラしてたよ、」
早美都が実は脳みその中身が女子である事はこの夏休みの間に教師達とも相談したらしいのだけれど、相変わらず男子の格好をして登校してきたと言う事は、クラスの混乱を避ける方向で落ち着いたと言う事か、
「宗次朗が知っててくれれば、それで良いよ、」
「そっか、」
それはそうと、
「お前、一寸太ったんじゃないか?」
「普通思っててもそう言う事言うかな、」
本気で嫌そうな顔をする早美都に思わずぞくっとギャップ萌えする俺?
「いや、健康的になったって意味でだよ、」
「いいよもう、今日からダイエットするから、」
必死に腹を引っ込めようと息を止める早美都が、なんか健気、
「一応そう言うの気にするんだ、」
「普通にするよ、」
膨れっ面で俺の事を睨み付ける早美都が、なんか可愛い、
いや実際、入学当時のオドオド人見知り引っ込み思案の雰囲気は既に影を潜めて、誰の目にも明るくなって表情豊かになって、クラスの皆とも普通に話せる様になって本当に良かったと思う、
「高野さん、京本さんにデリカシーを求めるのは酷と言うものです、」
そして学園のアイドル相田美咲が登場、いきなり俺の机の上に何だか大きな土産袋をどーんと乗せる、
「おはよう、相田さん、」
「お早うございます、」
ーーー
「京本さん、良いものをあげましょう、」
相田、ドヤ顔&上から目線で土産袋の中からゴソゴソと真空パック入りのハムを取り出すと俺に手渡す、
「サンキュー、どこ行ってきたんだ?」
「ジェノバとバルセロナに行ってきました、お土産はイベリコ豚の生ハムです、」
「イベリコ?何?」
「高野さんにはジェノベーゼソースとオリーブオイルです、」
「わあ、ありがとう、」
「相田さーん、元気してた?」
「お早うございます牧野さん、浜野さん、はい、一寸日焼けしちゃいました、」
神崎グループの牧野と浜野が相田を誘いにくる、
「えー、全然じゃん、」
「これ、お土産のビスコッティです、」
「ありがとう、いいの?」
「えー、なんかオシャレ、どこ行ってきたの?」
何時の間にかすっかりと相田美咲もクラスに馴染んできた様だが、
「神崎さんにはカルキニョーリスです、」
「有難う、」
大きな土産袋を持ってクラス中に挨拶して回る相田美咲、
「あいつ、もしかしてクラス全員に土産買ってきたのか?」
「相変わらず律儀だね、」
ーーー
「はい、席に着け、」
ガラリとドアを開けて声を張るクラスの担任、国分陽太、
一瞬で静まり返る教室、国分の隣に立つ見知らぬ男子の姿に一斉に息を飲む、主に女子、
身長は180cm位だろうか、長い睫毛に色気を帯びた眼差し、美少女の様に整った綺麗な顔立ち、サラサラで軽く巻いたウェイブ、細マッチョな体型にスラリと長い手足、要するに王子系超絶美男子、今時芸能人にもこんなど直球なイケメン見た事がない、
「初めまして、時任真斗です、」
ウットリと見惚れる主に女子達に、
少しハニカミつつ爽やかに微笑み返す超絶イケメン、
「やあ、宜しくね、」
「おおぉ…、」
まるで少女漫画に出て来る王子様ミタイな微笑みに、思わず、
地響きの様な、……女子の歓声が沸き起こる、
そしてクラスの女子達の興奮と動揺とフェロモンが匂い立つかの様に教室中に充満していく、
「時任のご両親はイギリスで仕事をなさっているんだが、時任は日本の大学受験に向けて一人で帰国した訳だ、小学生からずっとイギリス暮しで、日本の学校には不慣れな事も有ると思うが、クラスメイト皆でサポートしてやってくれ、」
一方、絶対的格差を目の当たりにして不遇不満に目がショボくなる男子一同、
そんなイケメンの意味深な微笑みの視線の先には学園のアイドル相田美咲さん、やっぱりどんなイケメンでも相田美咲の美貌の前には他の男子同様に膝を屈するのかと思いきや、……
ちらりと覗き見た相田美咲は、……意外にもまるで乙女の様に頬を赤らめて転校生に魅入っている? いや、顔がちょっと引き攣ってる相田美咲さん16歳?
そうして転校生時任真斗も又、相田美咲の視線を受け止めて、見つめ返す様にもう一度にっこりと微笑んだ、
まさかのまさか?
いや、美しいものを求める心は間違っていない、
優れた物を求める気持ちは何ら可笑しく無い、
特に其れが異性であれば尚更だ、乃ち優れた形質は優れた遺伝子の発現であり、其れに自分の遺伝子が混ざる事で、自分の遺伝子をより健康に有能に、後世に残し生存確率を上げる事が出来るからだ、
「ナンか世の中不公平だよな、」
俺にだけ聞こえる声で有人がボヤく、
「常に公平が正しいと思うのは間違いだ、この世に自分と全く同じ人間等存在しないからな、たとえ一卵性双生児で有ったとしても、所詮他人は自分とは別の生き物なんだ、違っていればそれぞれの最適は自ずと異なって来る、紅茶にミルクを入れるからといってほうじ茶にミルクを入れても美味くはならないのと同じ事だ、」
「僕、結構好きだよ、お茶にミルク入れるの、」
俺にだけ聞こえる声で早美都がボソリと呟く、
まあ時として環境の変化によって、最適は移ろい易いモノだったりもする、
ーーー
「最悪です、」
ナンか構って欲しそうな情けない声を発しながら学園のアイドルが部室に登場、
当然俺は、そんなモノ敢えて無視をする、
「何で話に乗って来ないんですか?」
「最悪な話なんて聞いてもつまらんだろう、」
「宗次朗の意地悪は安定の平常運転です、」
学園のアイドルが不服そうに臍と口を曲げる、
いつの頃からか部室では相田は俺の事を宗次朗と呼び捨てにする様になっていた、
「どうしたの?」
「聞いてよ早美ちゃん、今度のクラス会、鍋なんですよ!」
いつの頃からか部室では相田は早美都の事を早美ちゃんと呼ぶ様になっていた、
例の一件以来、何気に相田と早美都は仲が良い、
「何が最悪なんだ、鍋は美味いぞ、……って言うか俺は聞いてないぞ、何だそのクラス会って?」
「あ〜、有志って言ってたかなぁ?」
思わず相田は不味い事言っちゃったかな、ミタイナ顔で目を逸らす、
どうせ、クラスカースト一軍二軍で集まって「仲良し確認」する社交辞令の会合なのだろう、カースト外の俺に声がかからなくてもなんら不思議では無い、
「まあ良い、そんなもの出たって疲れるだけだしこっちからお断りだ、大体このクソ暑いのに一体誰が鍋やりたいとか言い出したんだ?」
「どうしよっかなぁ、私もなんかコジツケてお断りしようかなぁ、」
「それは無理だな、」
「ええ、どうしてですか?」
「クラスのアイドル様が不参加じゃ、ただじゃ収まらんだろう、きっとお前の都合に合わせてスケジュール変更されるだけだぜ、」
アカラサマに嫌そうな顔をする学園のアイドル、
「なんでよりによって鍋なのよ〜、」
「何でそんなに鍋嫌なんだ?」
いつの頃からか、部室ではお上品なお嬢様キャラが崩壊し始めてる相田美咲さん、テーブルの上に力なく項垂れて、まあ、はしたない、
「決まってるでしょ、他人と同じ汁突くのが気持ち悪いの、唾入ってるかも知れないじゃないですか、」
「鍋良いねぇ、鍋パーティしよっかぁ、うちの部もぉ、」
そこへ遅れて登場する博美先輩、相変わらずのラルゴな口調が俺を一時ホッとさせてくれるが、
「だからなんでこの暑い季節に鍋なんですか?」
「この部屋クーラー使えるから暑いのも平気だと思うよぉ、」
「ああ、そっち良いなぁ、私そっち出たい、て言うか出る!」
いつの頃からか何時の間にか部室では我儘言いたい放題キャラが定着しつつある相田美咲さん、
「お前、鍋嫌って言ったばっかじゃんか、」
「この面子なら良いんです、良く知らない人と一緒に汁つつくのが嫌だって話です、そんな事も分からないんですか? 宗次朗はお馬鹿さんですね、」
凡そこの学校で相田美咲が俺以外に軽口悪口を叩くのを聞いた事が無いが、だからと言ってカチンとくる事には何ら変わりはないから俺もついつい、
「心配するな、唾液を舐めあうとお互いの好感度が上がるから直ぐに平気になる筈だぜ、」
「やなもんはやなんです、 大体、何なんですか、その変態性理論?」
「群れで生活する動物は自分が承認される事に快感を感じるように出来ているんだ、社会で生活する人間は特にそうだ、……生まれたばかりの赤ん坊ですら、口唇期では母親に乳を与えさせる事に快感を覚え、肛門期には自分の排泄物を母親に処理させる事に快感を覚える、……要するに自分の我儘を通す事で、自分が生きる事を承認されている事を確認するのが嬉しい訳だ、」
「これがエスカレートすれば、普通はやらない様な無理無茶を他人に受け入れさせる事は、自分がそれだけ我儘を通せる、つまり社会から承認されていると実感できるから快感を感じる訳だ、……そして互いに自分の我儘を認めさせる間柄になると、それがたとえ最初は半強制的であったとしても、やがてはお互いの間に信頼が芽生える、……自分の唾液を受け入れた奴は自分を承認してくれていると動物的に考えるからな、そこから味方意識とか好意的な感情とか信頼が生まれる訳だ、」
「これは生物的な反応でどうしようもない、恋愛至上主義者がキスを愛の誓いとか言っているカラクリはつまりそういう事だ、」
「うぇー、キスが動物的とか、ホント、ロマンの欠片も無い奴ですね宗次朗は、」
ーーー
「はい、博美ちゃん先輩、これお土産です、」
「うわぁ、有難とー、」
博美先輩へのお土産は、ガウディの建造物の写真集らしい、
「この人有名なフォトグラファーなんですよぉ、とっても嬉しいですぅ、」
「良かった、」
「美咲ちゃんはスペイン語読めるんですかぁ?」
「そこは写真が綺麗だから、ま、いっかなって、」
暫しサグラダファミリアの天井の写真に見惚れてる二人、
「そう言えば、相田、お前もしかして時任と知り合いなのか?」
途端に分かりやすく顔を赤らめる相田美咲、
「夏休みの旅行の時にバルセロナで時任さんのご家族とお会いしました、時任さんのお父様がウチの父の知り合いで、今回の編入もウチの父の勧めがあったみたいです、まさか同じクラスになるとは思いませんでしたが、」
つまり時任真斗は相田父の息の掛かった人間、という事らしい、
それにしても娘の交際には人百倍干渉してくるあの相田父が認めたという事は、
「もしかしてお前達、婚約してるとか?」
「そんな訳、ある訳ないでしょう! 馬鹿ですか宗次朗は、」
とか言いつつ真っ赤になってる相田美咲がこれ以上ない程怪しい、
「ホント、宗次朗ってデリカシーないね、」
そして早美都からのダメ出し、
「宗ちゃん、どんまい!」
そして博美先輩からの謎の応援、