金曜日の放課後、そう言う流れで写真部では鍋パーティを開催する事になった、
アカリ先生参加で家庭科実習室使用の許可を取り、
一応表向きにはコンテスト参加用の食品撮影、という名目になってはいるが、要するに銘々で持ち寄った材料をぶち込んで食べてみると言う闇鍋企画である、
朝から実習室の冷蔵庫にしまっておいた具材を取り出してきて、先ずは早美都と相田が食べやすいサイズに下拵えする、闇鍋の中身はと見ると何だか何種類かの魚と豚肉と鶏肉、シラタキに豆腐に白菜に、キノコは椎茸にエリンギにエノキ、更に早美都が大根を薄く煎餅みたいに切って、
それから今度は薬味の小ネギを微塵切り、更に唐辛子を大根に挟んですりおろし、更に人参を剃ったのと合わせてもみじおろしの完成、二人の手際良い包丁さばきに思わず見蕩れて感心してしまう俺と博美先輩、
別の容器に予め水出ししておいた昆布を鍋に投入、プツプツ沸騰し始めた頃合いで引き上げる、
「最初に出汁が出る具材から入れてね、」
早美都が鍋奉行で仕切る、
「出汁って?」
「肉とか、骨付きの魚とか、」
「料理の事は丸っ切り分からん、ので早美都に任せる、」
「宗次朗、働かざるもの食べさせてあげませんよ、」
言いながら相田が骨付きのフグの切り身をボトボトと鍋に投入、
「肉と魚と混ぜても大丈夫なのか?」
「ウチも、かしわとタラを一緒にいれちゃったりするよぉ、」
「かしわって?何ですか?」
「鶏肉の事を、関西ではかしわって言うんだよぉ、」
言いながら博美先輩が鮭の切り身をボトボトと鍋に投入、
俺も見様見真似で鶏肉を鍋に投入、
「美咲ちゃんが持って来てくれたフグの残りと豚はしゃぶしゃぶにしようね、」
「早美ちゃん、フグの皮もありますよ、」
外の気温は未だ灼熱の35℃越えにも拘らず、ガンガンに効かせたエアコンのお陰で何とも平和な雰囲気で鍋の準備が進められて行き、
いい感じで煮立って来た頃合いで早美都がアクを掃除して、
「もうそろそろ食べれるよ、」
「あぁ、ちょっと待ってぇ、」
ーーー
そして再び博美先輩の体育会系指導が始まる、
「いいぃ? 料理を美味しそうに撮る為に大事なポイントはライティングとキャスティング、それとシズル感だよぉ、覚えておいてねぇ、」
博美先輩は撮影用のライトとレフ板代わりの大きな白い板の置き場所を調整、
「シズル感って何ですか?」
「美味しそー、って感じの事、かなぁ? 例えばぁ、タレやツユを上から垂らした瞬間とかぁ、じゅうじゅう鉄板の上で肉汁が跳ねてる感じとかぁ、そういうシチュエーションを被写体に加える写真の隠し味的な物だねぇ、それを見た人が自分も体験してみたくなるみたいなぁ、要するにインスタ映えするって感じかなぁ、」
「シズルってなんだか人の名前みたいですね、」
「シズルっていうのは、お肉がじゅうじゅう焼ける音って言う意味なんだよぉ、」
アカリ先生が、箸を構えてウズウズしている、
博美先輩が二、三枚、試し撮りして直ちにタブレットに転送、見比べてみると一目瞭然に、
「確かに鍋に上から出汁を足す瞬間って、なんか美味そうって感じですね、」
「でしょー、」
「煮立ち過ぎたら美味しくなくなるよ、」
アカリ先生が気が気でない表情で博美先輩をじっと見つめる、
早美都が良い感じに小鉢にみんなの分を取り分けて、
早速ハフハフ食べ始めてるアカリ先生、
「ライティングって言うのは光ですよね、ストロボ使うんですか、」
「ううん、寧ろ料理は光で撮った方が美味しそうに見えるんだよぉ、」
博美先輩は小鉢に盛った鶏肉を予め逆光で光が当たる様に調整した机の上に置いて、ストロボ有りとストロボ無しで数枚ずつ連写、タブレットに転送、
成る程ストロボ使うと理科の教科書みたいな鮮明な写真になるけれど、ストロボを使わない方が確かに料理自体に立体感が出ると言うか、艶が出ると言うか、
「ほら、こっちの方が美味しそうでしょう、」
「確かに、」
「冷めない内に食べた方が美味しいよ、」
アカリ先生、待ち切れずに早くも缶ビールの栓を開封、……
今更もう何も言うまい、
「それで、キャスティングっていうのは?」
「主役の食材を決めて、そこにフォーカスを合わせるっていう事だよぉ、」
そう言いながら数枚の写真を撮影、……
「ほらねぇ、f値を大きくして全体にピントを当てるよりもぉ、絞りを開けて周りをボケさせて主役の食材を際立たせた方が気持ち美味しそうに撮れるんだよぉ、」
確かに、全体がクッキリ写ってるのは再び教科書っぽくて、周りがちょっとボケて肉にピントが合ってる方が、なんか料理雑誌っぽく見えなくも無い、
「じゃあ、各自ライティングとキャスティングを変えて50枚ずつ撮ってみよう!」
ーーー
撮影会終了、早美都が豆腐とキノコを鍋に投入、
それからフグの切り身を数回シャブシャブにしたのを俺の小鉢に取り分ける、
「ほら、これ位で良いかな、」
「サンキュ、」
フグなんて生まれて初めて食べたかも知れない、なんかもっちりコリコリしていて幸せな味わい、
「どう?」
「うん、美味い、」
それから俺の小鉢に溜まった鶏の骨、魚の骨を器用に箸で取って回収、
「宗次朗、ガラはコッチのお皿に入れてね、」
「あ、悪い、」
「早美ちゃんって、きっと良いお嫁さんになれるねぇ、」
「え? 全然! そんな事ないですよぉ、」
何でそこで満更でもなさそうに照れる?
「はぁー、」
相田美咲が意味不明な溜息一つ、
「美味い鍋食って何で溜息吐いてんだ?」
「来週のクラス会の事を考えると憂鬱なんです、」
「汁問題か、」
「だから、ファースト間接キスはこの面子で済ませておくんです、」
「間接キスとか、お前でもいちいち気にしたりするのか?」
「普通に気にしますよ、」
博美先輩がほのぼのした満面の笑みでシラタキを啜り上げる、
「そっかぁ、ファースト間接キッスかぁ、そう考えると一寸緊張するねぇ、」
「先輩もですか、」
「宗次朗で慣らしておけば後はどんなのが来ても大抵大丈夫になりますよ、」
「どう言う意味だよ? 」
「諦めが付くと言うか、痛みに慣れる感じです、」
言いながら、相田美咲は俺のゴマだれ小鉢に残してあった豚シャブを盗み食い、
「あ、取っておいたのに!」
「しゃぶしゃぶを放置しておく方がいけないんです、」
「大体一回目と二回目以降で何が違うんだ?」
「気分の問題です、」
此のタイミングで学校一の美人教師醍醐アカリ先生が紙袋から焼酎の一升瓶?を取り出した、
「わぁ、お酒ってぇ、美味しんですかぁ?」
「って言う以前に学校で酒飲んでも良いんですか?」
「鍋には凄く合うのよ、飲んでみる?」
「いや、そういう問題じゃ無くて、と言うか飲む訳ないでしょう、」
と、何時の間にか相田美咲が先生の前に正座する、
「試しに一寸だけ頂いてもよろしいですか?」
「駄目に決まってるだろう、お前んちは治外法権なのか?」
と、あれよあれよと言う間に湯のみ茶碗にトクトクと注がれる薄い琥珀色の液体、
「……、ナンか良い匂いがします、」
「本当だねぇ、何だか甘い匂いだねぇ、」
興味深そうに這い寄る博美先輩、
「宗次朗、知ってる? エタノールって甘いのよ、」
「知りません、」
相田は恐る恐る唇を湯のみに近づけて、……ほんの少し、口を、湿らせる、
「あ、あっ、すご、だんだん、じわーってなります、」
お気付きだろうか、クラスの副委員長が実は不良娘だった衝撃の瞬間である、
それから相田はジト目で俺の事を睨んで、……
「欲しいんですか?」
「要らねえよ、」
「もしかして私が口を付けた湯呑みを使うのは恥ずかしいんですか?」
「別にそうは言ってない、未成年が酒を飲むのは不味いって言ってるんだ、」
「宗次朗は真面目ですねぇ、」
「当たり前だ!」
アカリ先生は少しニヤニヤしながら俺達の掛け合いを眺めている、
其れで、湯のみに半分位の焼酎を、一気に、すーっと飲み干した、
その格好いい所作に、思わず俺は見蕩れてしまう、文句の一つも言う積りだった筈なのに、それでもう何も言い返せなくなってしまう、
別に臆病者と思われるのが怖かった訳ではない、
別に相田美咲の入った飲み物で自分がどうかなってしまうとか考えたりはしない、
多分、純粋に醍醐アカリに憧れて、一寸背伸びしてみたくなっただけだ、
「貸してみろ、飲んでやる、」
「えっ、本当に飲むんですか?」
その途端に相田美咲の顔が真っ赤に完熟する、
「無理しなくても良いんですよ、……」
「別に無理はしてない、酒位どうって言う事は無い、」
俺は相田から湯のみを引ったくって、躊躇無く一口、……吸い込んだ、
「う、」
喉が焼ける?様な舌が痺れる?様な、……相田美咲の入った液体を、飲み下す、
「えほっ、ゲホっ!」
「やだ、大丈夫ですか? なに咽せてるんですか、格好悪いですよ、」
透かさず、早美都が水の入ったコップを持って来る、
「大丈夫?」
「ああ、ありがとう、」
「あー! 宗次朗の鼻水入っちゃいましたか?」
「えほっ、……入れてねえよ、」
相田は俺から奪い返した湯のみをしげしげと観察して、
それから残っていた液体を一気に飲み干した、
「ナンか、コレ、好きかもです、」