「久しぶりだね、」
俺は中学三年の時に西野敦子に懐かれて、何時しか片想いして、何時も目の端で西野を探す様になって、不安になって、付き纏い、やがて距離を置かれて、全てを正当化する為に一縷の望みを託した卒業生代表挨拶で全校生徒の前で告白をして、
振られて、
それなのに西野敦子はあんな事が有った事をまるで無かった事にするかの様にまるで普通だった、
俺は何を言ったら良い? 何を言っても良い?
正解が解らない難問に混乱させられながら、
それなのに俺は、パブロフの犬の様に反射的に、にやけてしまう、
トラウマになる程に懲りた筈なのに、固く決別した筈なのに、
西野敦子から声をかけられただけでこんなにも嬉しがっている自分がいる、
一体、俺は、……何で出来ているんだ?
「やあ、……こんにちは、」
「元気してた?」
「ああ、大丈夫、」
「良かった、一寸、心配してたんだ、私の所為で、酷い事言われて、……」
「西野は、悪くない、」
何処かで、同じ言葉を聞いた気がする、
そうだ、GW明けに早美都に告白された時に、早美都が俺に言ったセリフだ、
そうだ、西野が責められなければならない理由なんて何一つ無い、全部、俺の心の問題で、俺の心の過ちだったんだ、俺が勝手に勘違いして、突っ走って、曝け出して、怖がらせて、傷つけた、
「ううん、私も悪かったと思う、もっと違うやり方、有ったもん、」
親と一緒に呼び出された職員室で西野は泣きながら、怖かったずっと我慢してたと訴えた、元はと言えば俺の西野に対する好意からのやり過ぎた言動で、西野の親にも、もう金輪際西野敦子に関わらなければこれ以上大事にはしないと嗜められた、
「私も余裕なかったんだ、あの頃、一寸他にも色々あってね、だからあんな酷い事を言っちゃった、……ゴメンね、」
胸が締め付けられて息が出来なくなる、
そんな風に謝られたら、今の俺は全部間違っている事になってしまうから、こんなにも呆気なく脆いハリボテの様な自分の正体を気付かされるのは、……傷を抉られるよりももっと辛い、
「もう、良いんだ、……気にしてないから、」
「良かった、ずっと、謝りたかったの、」
それらは全部脊髄反射的に口を吐いた台詞であって、
俺は、自分が何を喋っているのか全くの上の空だった、
「それで、今は誰か付き合ってる人いるの?」
「え、居ない、」
どうして、そんな事を聴くんだ?
「そうなんだ、なんか責任感じちゃうな、」
「別に、西野の所為じゃないから、」
西野は、付き合ってる奴いるのか?
「でも大丈夫、京本くん、基本いい奴だから、直ぐに彼女出来るよ、」
「良いよ、もう、懲りたから、」
そんな事、聞ける訳がない、聞いてどうすると言うんだ?
「じゃあさ、未だ友達、で良いのかな?私達、……あ、もしも京本くんが、良いならだけど、」
「え、良いんじゃないか、西野が許してくれるならだけど、」
まさか俺にも未だやり直すチャンスが有るとか、思ってるんじゃ無いだろうな、
「もう、」
そう言って照れ笑いしながら鞄で俺の腰を叩く西野敦子は、相変わらず眩しくて、
俺は全ての罪を赦されでもしたかの様な錯覚に陥って、
一刻も早く、この場から逃げ出したかった、
ーーー
気が付くと俺は、何時の間にか一人、夜更け過ぎの公園のベンチに座っていた、
一体、俺は、……何で出来ているんだ?
息をする事すら辛い、
何か自分の心の奥で深刻な事が起きている事は間違いなかった、
想いのままにならない状況と、自分の心にどう折り合いを付ければいいのか分からない時、人は、こんな風にスネたふりをするのだ、
信じられない位に自分自身が頼りない、
急ごしらえに被った心の壁は一撃の元に砕け散り、
傷と痛みを引き換えにして手に入れたと思った真理は霧と消えて、
何の変哲も無い只の男子高校生の俺が姿を晒す、
俺には世界を滅ぼす超能力も過去世の因果も魔界のサーバントも無くて、
間違えてしまった過去に言い訳をする為の全ての魔術は、
不意に蘇る胸のトキメキに一瞬の内に薙ぎ払われてしまった、
そうして全部無かった事にして、素直になった方が良いのだろうか?
何でこんなにも弱い、何でこんなにも脆い、
顔を上げて立ち上がるには、
次は、何に縋れば良い、
俺は、……
理由も無く、震えるほどに拳を握りしめていた、
ーーー
明けた月曜日の午後、吐く事も出来ない吐き気に纏わりつかれて、俺は自宅のベッドに寝っころがっていた、
久しぶりに学校をさぼった、
誰かが、駆けつけてくれる事を期待しなかったかと言うと嘘になる、
誰かに、慰めてもらいたかった、それが嘘偽らざる俺の情けない心根だ、
俺には、施しを受ける権利が有る、
俺の頭の中ではそんな呪文を繰り返しながら、今の此のていたらくが、止むを得なく正当に受け容れられるべき理由を、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと探し続けている、
当然、昼休み時間を過ぎても誰かが電話を掛けてくる気配はなく、
そりゃそうだろう、たかが一日病欠した位でそういう事にはなりっこない、
じゃあ、後、何日休めば良いんだろうか?
何日、他人の心配を誘う様に、可哀想な自分を演出すればいい?
そんな弱気に、意味が無い事位分かっている、
基本的に、人は他人の事に興味等無いからだ、
もしも誰かが、俺の不調を気に病む様な事が有ったとしたら、それは全く俺の為ではなくて、そいつ自身の為で有るに間違いないのだ、
憐れな級友を慮る優しい自分の演出の為、……
俺が倒れる事で自分が何らかの損害を被る事を避ける為、……
それは他人の葬式で流す涙の理由と大して大きな違いは無い、
それでもそれなのに俺は、相田と早美都が駆けつけて来れない理由を、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと探し続けていた、
ーーー
「調子どう? 熱下がったの?」
「大丈夫、」
パートから抜け出してきた母親が、薬とスポーツドリンクを持って来た、
「ご飯食べれそう?」
「要らない、」
「そう、母さん直ぐ仕事に戻るけど、何かあったら電話しなさい、」
「分かった、」
時として、心は自分の身体をさえ騙す、
微熱を出す事くらい朝飯前だ、
いや正確には騙すのではない、「心」の休息が必要だと感じた時に、脳は「身体」を休ませる為の様々な「説得症状」を発現させるのである、
そして一度傷ついた「心」は臆病になる、
「危険(ストレス)」に対して過剰反応になる、
そして、どうすれば「そう言うモノ」と折り合いをつけられるのか位、俺はもう知っている、
他人の「心」から俺自身を切り離し、全ての他人から俺に向けられる「入力信号(ストレス)」は、単なる化学反応と方程式の結果であって、其処にイチイチの「悪意」の入り込む余地等無い事を納得すれば良い、
だから心配しなくても良い、怯えなくても良い、
仮令、誰一人俺の事を「承認」してくれなかったとしても、
誰も、俺の事を「非承認」したりはしないのだから、
大丈夫、俺はもう一度上手くやっていける筈、……
ーーー
と、携帯電話の着信音が鳴って!
一瞬、俺は心臓が止まるかと思った、……
スマホを引っ掴んで見るとそれは、
見知らぬ番号?
基本的に俺のスマホに登録されている電話番号は自宅と母親と早美都と相田と博美先輩位で、それ以外の誰かから掛かってくるなんてまるで想定外なのだけれども、
「はい、もしもし、……」
「あの、」
女の子の声?
「木崎です、同じクラスの、」
木崎?同じクラスの?
神崎グループの紅一点、木崎朋恵か、……でも何で?
「はい、京本です、」
「あの、相談したい事があって、急にごめんなさい、」
木崎朋恵が俺に何の相談?
「今日お休みだったから、丁度良いかなって、思って、」
いや、常識的に病欠男子の何が丁度良いのか不明だが、
「あ、実は私も今日休んでて、」
「そうなんだ、」
確かに、今は未だ午後の授業中の筈、
「えと、何かな?」
「…………、」
木崎朋恵は暫し躊躇して、
「……相田さんと、時任くんの事、なんだけど、」
ーーー
木崎朋恵は所謂清楚系ギャルと言う感じの女子である、見た目は一発で可愛らしい、メイクも濃くて、服装もそれっぽく着崩している、御多分に漏れずスカートはもう一寸でパンツが見えそうな位に巻いていて、髪もフワフワに盛っていて時にはピアスも付けて来る、でも、そんな派手な格好がサマになる位可愛らしい顔立ちとスレンダーな体型で、ぱっと見はグラビアアイドル、そんな感じの女子である、
成績は中の中、スポーツが得意と聞いた事は無いが、誰に対しても明るく優しく親切に接するお姫様キャラ、当然男子からの人気も絶大で、相田美咲程とは言わないまでも結構頻繁に学校中の男子からの告白を受けているらしい、
「相田が、どうかしたのか?」
「京本くんって、相田さんの事、どう思ってるの?」
「どうって、友達、だけど、」
「そうじゃなくって、異性として、好きかって質問、」
「俺は、恋愛は、しないから、」
言っていて、胸がズキンと痛む、
「それ聞いた、やっぱりそうなんだ、……良かった、」
「良かったって? どう言う事?」
「あのね、相田さんと時任くんをくっつけるの、協力してくれないかな?」