真・失恋王   作:ランプライト

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「ここだ、」

「お邪魔します、」

 

放課後二人きりになれる所で相談したいと言う事で紆余曲折の結果、相田美咲が俺の家に来る事に、夕方お袋がパートから帰って来るまでは未だ2時間位有る筈、

 

相田には取り敢えずリビングで待っててもらって俺は取り敢えず冷蔵庫から作り置きの麦茶を取り出してきてグラスに注ぐ、

 

いや、実はあの相田美咲がウチに居るとかどんなに平静を装ってみても喉が苦しくて動悸がおかしい、自分の身体じゃ無いみたいに内臓レベルで緊張して、……今にも吐きそう、

 

俺は一体何を期待しているんだ? 何も期待してないに決まってる!

 

 

 

ーーー

「それで、どう言う事なんだ?」

 

お茶を出す手が格好悪く小刻みに震える、

兎に角落ち着け、俺!

 

「あ、はい、」

 

こいつは何でこんなにも冷静でいられるんだ?

男の家に二人きりとか身の危険を感じたりしないのか?

 

「実は昨日、勉強会の事で時任さんに電話をした時に、宗次朗から止められているのでもう私とは会えないと言われてしまいました、」

 

「それは聞いた、」

 

ソファに沈み込んだ相田美咲の膝小僧がスカートの裾からチラリと覗いて、何を聞いても上の空で頭に入ってこない、

 

「それで宗次朗と話しをするから一両日待って欲しいとお願いしました、」

「それが今朝の話だよな、」

 

異世界から持ち込まれた相田美咲の匂いがウチのリビングに充満して行くと言う超常現象を目の当たりにして、俺は既に立ち上がれない状態、

 

「はい、時任さんは私が時任さんとお会いする事を本当に宗次朗が許可すると言うのなら、その証拠として私と時任さんがキスをするかも知れないがそれでも構わないと言う宗次朗の証言をビデオに撮って来る様にと仰いました、」

 

そう言ってスマホを取り出してテーブルの上に置く相田美咲、

 

「ば、馬鹿じゃ無いのか?あいつ、」

「と言うよりも男の方は恋人でも無い人とキスしたいと思うものなのですか?」

 

「そりゃ、お前位の美人なら誰だってそう思うんじゃ無いか?」

「宗次朗もそうですか?」

 

意味深な上目遣いで俺の瞳の奥を覗き込む相田美咲、

 

「……ノーコメント、」

 

バレバレに顔が真っ赤に熱い俺、

涼しげな表情で麦茶のグラスを傾ける相田美咲、

 

「私も、男性が女性に対して性的な好奇心を抱くのがある程度仕方のないと言う事は知っています、そして多くの男性は仮に劣情を抱いたとしても表向きは紳士的に振舞って下さっている事も理解しています、」

 

「まあ、確かにそうだが、」

 

面と向かって赤裸々に言われると、神妙な気分、

 

「でも、時任さんの様にはっきりとキスをする等と言われた事はこれまでに無いので一寸動揺しています、正直に言えば少し怖いです、」

 

「ま、普通そんな事を言ったら変態か犯罪者されて吊し上げられるからな、でもあいつの場合、これまでキスしたいと言えば大抵の女はホイホイついて行っただろうから、そこら辺の常識が欠落してるんじゃ無いのか?」

 

「そうかも知れませんね、」

 

「或いはそう言えばお前がアイツを勉強会に誘うのを諦めると思ったか、つまりアイツは俺に言われる以前からお前と会う事に気乗りじゃ無かった、か、」

 

「私も恐らくその推理の方が正しいと思います、」

「向こうも嫌がっているならもうアイツと無理に関わるのは止めたらどうだ?」

 

「そうはいきません、」

「お前の親父さんの命令だからか?」

 

「はい、うちでは父の命令は絶対です、それに背く様な事があれば一体何事かと理由を問い質される事になるのは間違いありません、」

 

「時任が他の女と付き合っていると説明したら不味いのか?」

「私が心配しているのは、宗次朗の事を父に誤解され無いかと言う事です、」

 

「別に俺とお前は付き合ってる訳じゃ無いんだから誤解も何も無いだろう、」

 

「そこが問題だと思うんです、」

「どういう事?」

 

「正式に付き合ってもいない宗次朗が時任さんに向かって「私を自分のものにする」と言った事が父に伝わると、父が宗次朗の事を警戒するのは必至です、」

 

「確かに、お前の親父さんが俺とお前の交際を認めるとは思えないからな、」

「それよりも問題なのは私が宗次朗を父に未だ紹介出来ていない事です、」

 

「つまり? どういう事?」

「順番が逆だと言う事です、」

 

「逆?」

 

「宗次朗が私と付き合う事を父に報告した後であれば、今回の件はそれ程おかしな事を言っている訳ではなく、大した問題にはならないと思うんです、」

 

「そうなの?」

 

「はい、父は私の男女交際にはあまり厳しく口を挟みません、それはつまり、私が誰と付き合おうと、結婚とは別の事だと切り離しているからです、」

 

「本当にそうか? だったら豊田の件はどうなる? お前の親父さんは豊田がお前と付き合えない様にする為に豊田を島流しにしたんだろう?」

 

「それは多分、私から父に対する説明が足りなかったからだと思います、だから宗次朗に同じ様な迷惑が掛かる事はどんな事をしても避けたいんです、」

 

「俺の事は良いよ、」

 

「そうは行きません、宗次朗が私を大切な友達だと言って下さったのと同じ位、宗次朗は私にとって大切なお友達なんです、」

 

改めて言われると照れるし舞い上がるし素直に嬉しいが、つまり矢張り俺は相田美咲にとって恋愛対象では無いという事が確認された瞬間である、

 

「でも、結婚を前提としない付き合いとか、なんか不純で、お前みたいな上流階級の娘としてはあり得ないんじゃ無いのか?」

 

「姉は父の決めた方と結婚しましたが、学生時代にお付き合いしていた方とは全然関係のない方でした、兄も同じです、」

 

「なんか、複雑だな、」

 

通常の一般常識ならば結婚相手は無垢な方が良いに決まってる、……つまり誰だって中古よりは新品の方が良い、誰かの使い古しとかおさがりとか要するに傷物は特例を除けば価値は下がる筈、未使用の侭の身体の方が一般的には価値は高い、 つまり貞操を守ると言うのはそういう事だ、結婚は元々家と家との経済活動だから少しでも良い費用対効果を得る為には少しでも「売り物」の価値を高めて置こうとするのはごく普通の発想だと思うのだけれど、……どうも相田家の常識には当てはまらないらしい、

 

「だから、宗次朗が私の恋人だと父に紹介してしまえば、時任さんと会えない理由にも筋が通りますし、父が宗次朗を怪しんで私から引き離そうとする様な事も無いと思います、」

 

「そうかな、」

 

「宗次朗は、私が相手では嫌ですか?」

「嫌とは言わないが、」

 

「宗次朗が過去の経験から恋愛を避けている事は知っています、だから本当の恋人みたいなお付き合いをすると言う事では無くて、これまで通りに仲のいい友達同士としてお付き合いしていただければ、それでいいんです、」

 

「ダメですか?」

 

そこまで聞かされたら駄目に決まっている、保護猫ボランティアみたいに里親が決まる迄の間だけ子猫を可愛がるとか、どっかの成金親父に嫁いで行く迄の期間限定で恋人として付き合うとか、俺には辛すぎて耐えられそうも無い、

 

「大体、お前はそれで良いのかよ、表向きは俺と付き合うっていう事になれば他に本当に好きな奴が出来た時に困るんじゃないのか?」

 

「その時の事はその時に考えます、」

 

何だよそれ、

 

「でも、それと、朝言ってたキスの件とはどう繋がるんだ?」

 

「私、時任さんとキスしても構わないと思っています、」

「だからなんで?そうなる?」

 

「時間を稼ぐ為です、宗次朗を父に紹介するには段取りも含めて少々時間が必要です、その間に時任さんとのトラブルが父に伝わる事は避けたいんです、キスをすれば時任さんが夕食会に来てくださると言うのであれば、それ位お安い御用です、何しろキスなんて口と口をくっつけるだけの、動物的な行為なんでしょう?」

 

なんでコイツは、そんな冷静でいられるんだ?

 

「でも私はこれまでにキスをした事がありません、なので宗次朗に手伝ってもらって練習したいんです、それに矢張り最初のキスの相手は、良く知らない人とよりも気心の知れた友達との方が良いです、」

 

なんでコイツは、最初っから全部見限ってるんだ?

 

「なんで一回目と二回目以降で何が違うって言うんだよ、」

「それは、気分の問題ですよ、」

 

俺の事、俺の為ばっかりで、お前は、

 

「お前は馬鹿じゃねえのか、そういう事言ってんじゃねえ!」

「宗次朗、……」

 

思わず怒鳴ってしまってから慌てて後悔する、でも、

歯を食いしばりながら俺は、もうどうにも我慢が出来なくなっていて、

 

「したくもないキスをポンポンポンポンやってんじゃねえ! 時任の事が好きならまだしも、好きでもねえ奴の下らねえ言いなりになってキスなんてする必要ない! そんなの俺が許さない!」

 

「そんなに深刻に考えなくても、」

 

「お前が俺の事を心配してくれてんのは分かるけど、そんな同情で俺と付き合うみたいな事は受け入れられない、」

 

「でも、」

 

「時任には俺が話をつける、それで揉めるんなら上等だ、俺がお前の親父さんにきっちり全部話してやる、」

 

「宗次朗、」

 

どんなにコイツが俺の事を甘く見ていたとしても、これだけは譲れない、

コイツが、自分の事を軽んじる様な事だけは見逃す事はできない、

 

何故ならコイツは俺の、大切な、……

 

 

 

ーーー

「分かりました、貴方の意見に従います、」

「色々と考えてくれてたみたいだけど、無駄にして悪かったな、」

 

「本当です、せっかく準備したのに無駄になってしまいました、」

 

そう言って相田美咲が鞄から取り出す、

 

口臭予防の洗口液と、消毒用うがい薬と、

 

「なんなんだ?これ、」

「橘さんにキスの練習の事を相談したら、持って行きなさいって、」

 

それから、コンドーム???

 

「これも、いざという時の為にと、渡されました、」

 

いやいやいや!……開いた口が塞がらないとはこの事か、

て言うか、こいつは何でこんなにも冷静でいられるんだ?

 

「それとも折角ですからこの機会に練習だけでも、してみますか?」

「な、んの?」

 

相田美咲が、上目遣いで俺の瞳の奥を覗き込む、

 

「キス?」

 

 

 

ーーー

単純な事実として、キスは単なる口と口の接触に過ぎない、セックスなんて一生の内に何十回、中には何百回もする奴だっている、つまりそんな事を恐れる必要なんて何処にも無いと言う事だ、他人に裸を見られたり、胸を触られる事で人間の価値が下がるなら、医者になんて掛かれない事になる、

 

だからと言って相田美咲が他の誰かとそんな事をするのは絶対に想像したくない、

 

そういう行為に罪悪感や嫌悪感や恐怖を覚えると言うのは、一般的には無意識にそういう事をされても良い人間と、されたくない人間を分けているからだ、要するに痴漢に触られれば恐怖でも、自分が好きな相手に触られれば快感になる、……同じ事をされても相手によって受け取り方が異なるという事だ、この場合の「好き」と言うのは突き詰めれば「信頼」である、……究極的には、自分の命を預けられるか、そこまで相手を信用できるかと言う事に他ならない、

 

何故なら元々セックスは生き物にとって不可欠ではあるが、最も危険な行為だからだ、外敵に対して無防備になりパートナーに対して無防備になる、女の場合はその後の妊娠・出産・育児と、更に生存に対するリスクが続く、だからその間自分を守ってくれる保証が必要になる、だから相手が絶対に自分を裏切らないと納得する必要が有る、それが「好き」という事の本質だ、

 

幸いな事に俺と相田が互いに互いを好きだと思っている事は確からしい、でもそれはあくまでも友人としての敬愛であって、生涯を共に過ごす伴侶としての信頼と同じか?と問われたら違う気がする、

 

少なくとも俺の方にはいつ噴火してもおかしくない性欲と独占欲ばっかりしか無くて、そんなんで相田美咲を怖がらせて嫌われて友達ですら居られなくなる様な事だけは何が何でも避けなければならない、

 

「そんなの、駄目に決まってるだろ、」

 

俺は力無くごにょごにょと口籠もり、

 

「流石、宗次朗は真面目でしゅね〜、」

 

相田美咲がニヤニヤと悪戯な微笑みを浮かべる、

 

「残念、折角美咲ちゃんとキスできる絶好のチャンスだったのにね〜、」

 

相田の人差し指には、何時もの小汚い、猫の指人形、……

俺は、鼻血出る3秒前、……

 

「もしかしてテメエ、俺の事、揶揄いやがったな!」

「さあ、どうでしょう?」

 

「上等だ、今ここでやってやる!」

「きゃー、みぃちゃ、助けて下さい! 宗次朗に襲われます!」

 

「自業自得だ!俺がどんだけ必至に我慢してたと思ってんだ!」

「私の方が昨日一晩中モヤモヤして眠れなかったんですからね、おあいこです!」

 

「高校生男子の性欲なめんなよ!」

「女子だって凄いんですからね!」

 

気が付くと取っ組み合いになって、ソファの上に相田を押し倒していて、

 

「駄目、」

 

恥ずかしそうに頬を染めて目をふせる相田美咲の身体はまるで小枝みたいに軽くて華奢で、

 

「歯を磨いてからじゃ無いと、……」

 

 

 

ーーー

それから歯を磨いて冷静さを取り戻して事無きを得る、

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