真・失恋王   作:ランプライト

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終始無言で気不味い雰囲気の東海道線上り電車、俺は相田美咲を自宅最寄り駅まで送る事にして、大船駅でモノレールに乗り換えた頃になって漸く相田がぼそりと話し出す、

 

「先ほどのビデオ、もう一度見せて頂けますか?」

「ああ、」

 

俺は先週の土曜日の時任と澪とか言う女が映ってるビデオを開いて見せる、

 

「コレがどうかしてのか?」

「綺麗な女性ですね、」

 

「まあ、確かに、」

 

綺麗な、と言うよりは一言で言えば派手な? テレビドラマで出てくる水商売の女みたいにも見える、なのに少し違和感がある、それが何なのかは分からないのだが、確かにちょっと変な感じがする、

 

「ここを見てください、 」

「どこ?」

 

「指輪です、」

 

右手の中指に銀のダブルリング、

 

「コレがどうかしたのか?」

 

「指輪を付ける指には、それぞれ意味があるんです、……右手中指は、確か、霊感に通じ邪気を払い、自らの魅力を高める、それと、……」

 

「それと?」

 

なんだか眉を顰めて考え込む相田美咲、

 

「宗次朗はこの人の指の爪を見て、どう思いますか?」

「深爪だな、」

 

漸くここに来て違和感の正体に行き当たる!

 

この女は爪が異様に短いのだ、なんなら爪の先の白い部分はおろか指先から2、3mm位深爪に切り揃えられていて、ちょっと異様?

 

でも、

 

「コレが何か関係あるのか?」

「少し突飛なアイデアなので、一晩考えてから明日学校でお話しします、」

 

丁度そのタイミングで電車は駅に到着、

改札の前にはいつもの様に橘さんが待っていて俺に向かってペコリとお辞儀する、

 

「じゃあ、また明日、学校で、」

「ああ、」

 

相は可愛らしくひらひらと手を振って、

 

「バイバイ、」

 

バイバイ?

 

俺は何だか不意を突かれて呆然と可愛らしい相田美咲を見送った後、

 

「何だよあいつ、」

 

そう言えば橘さんが相田にコンドームなんて持たせたんだよな、あの人一体俺の事を何だと思ってるんだ?

 

「これで、良かったんだよな、」

 

俺と相田美咲は仲の良い友達、

その先へ進む事はあり得ないし最初から求めなければお互いを傷つけなくて済む、

 

俺は、決して手に入れる事の叶わない物を失う事にこんなにも臆病になっていて、

 

今は、この誰にも知られる事の無い自分だけの痛みがこんなにも愛おしい、

 

 

 

 

ーーー

その後、俺は帰り途の茅ヶ崎で途中下車して単独時任の家に向かう事にした、

 

相田を脅す様な物言いは止める様に説得して、それでもごねる様なら相田の親父さんに全部打ち明けるつもりだった、未だ切り札はこっちにある、

 

うろ覚えな道順で20分掛けて見覚えのある黒い家に辿り着く、

 

インターフォンを押してみても反応が無い、二階の小さな明かり取りの小窓からは電灯の光が漏れているから誰かは居そうなものだが反応が無い、

 

めげずに何度かボタンを押す内に、ぼろっとインターフォンのボタンが機械の内側にめり込んでしまった、

 

「やべっ、」

 

流石にこのまま放置して帰る訳にもいかず、俺は恐る恐る門を潜って一階のガレージへ、ガレージのシャッターは半開になっていて、小さなライトで薄暗く照らされた中には一台の大きな黒い外車が停めてあった、

 

「すみません、時任さん!」

 

さん付けして呼んでから、そう言えばあいつ一人暮らしだっけ?と思い出す、

 

でもだとしたらこのベンツは誰のもの?

 

俺は恐る恐る奥の階段を登って、二階の部屋に通じるドアの前へ、

 

「時任! 居ないのか?」

 

耳を澄ませば、中から微かに聞こえる女の声?

 

「お願い、もうヤメテ、……駄目!……もう、死んじゃ、ぅ!」

 

まるで喉を締められる様な呻き声?

 

俺は、反射的にドアのノブを回していた、

 

「時任!」

 

ドアには鍵が掛かっておらず、中には、床に脱ぎ捨てられた女物の洋服と、下着?

 

それと、……

 

次の瞬間、目の前が真っ暗になって何も分からなくなった、……

 

 

 

ーーー

気が付くと、何処だ?

暗い、真っ暗で何も見えない、そしてゴツゴツした地面の感触、

 

手は、俺は両手の親指を後ろ手に縛られていて、足首もきつく縛られていて、まともに身動きが取れない、ツルツル滑る感触から言って、地べたに敷かれたシートの上に転がされている状態、口には猿轡、どうやら袋で頭をすっぽりと覆われているらしい、

 

何が起こったんだ? まさか時任の家に暴漢が押し入って、その巻き添えにあったとか? 時任は? あいつは無事なのか?

 

「ううっ! うぉっ!……」

 

声にならない叫び声に反応するかの様に、誰かが俺を支えて地べたに座らせて、後ろからガッチリと凄い力で抑え込む、

 

そうして、別の誰かが俺の頭に被せた袋を剥ぎ取った、

 

視界が開けて尚、依然闇の中、新鮮な空気が肺に染み込んできて、少しづつ意識がハッキリしてきて状況に慣れてくる此処は、……夜の森の中? 一体何処なんだ?

 

そして辺りには数人の人影、暗くて良く見えないが、とても友好的な歓迎とは思えない雰囲気、

 

いや、正直何が起こっているのか分からない、

 

その内、一人が近づいてきて、何だか危なそうな注射器を俺の首筋に当てる、

 

「うごくな、」

 

片言の日本語? 明らかに外国人のイントネーション、

 

やがてもう一人が近づいてくる、

 

「やあ、全く恐れ入ったよ、」

 

それは見知った顔の、……

 

時任真斗?

 

「うぉおうぅおっ!」

「猿轡を外してあげて、」

 

時任の指示で男の一人が猿轡を外す、

溢れるままになっていた涎が気持ち悪い、

 

「君の名前は?」

「何なんだ! これは!」

 

「君の名前は?」

 

チクリと、男が俺の首筋に明らかに針を突き刺した、

 

「京本、宗次朗、」

「OK、宗次朗、今夜君が僕を訪ねた目的は何だ?」

 

この注射器に一体何が入っているのか分からんが、

どうやら、逆らえばろくな事にはならないらしい、

 

「お前が相田に言った、件で、話をする為に行った、」

「何の件の事かな?」

 

「お前が、もう相田とは会えないと言った件、」

「ああ、あの事か、」

 

「それで、どうして断りもなく家に入った?」

「呼び鈴を押したら、壊れちまったから、その事を伝えに、」

 

「成る程、不幸な事故だった訳だ、」

 

「それで、何を見た?」

「お前が、……女だった事、」

 

そうだ、確かに気を失う瞬間、俺は全裸で女と抱き合う時任真斗を見た、確かに、時任真斗は女の身体をしていた、

 

「そうか、見ちゃったか、」

「まさか!お前の秘密を知ったから、俺を、殺すのか?」

 

「それは君次第だ、僕だって入学して早々にクラスメイトが行方不明になるのは気分が悪い、こんな事をしたくはないが、責任感の強い彼らを説得するのはそれなりに骨が折れるんだ、」

 

「一体、どう言う事だ?」

 

「彼らは僕を守る為のボディガードだ、そして君の事を僕を暗殺しに来た殺し屋だと思っている、このままでは黒幕の正体を吐かせる為に拷問を始めかねない、」

 

「違う!俺は只の高校生だ、殺し屋とか、あり得ない!」

「どうすればそれを証明出来るかな、」

 

「どうすれば良い?」

「無理だろうな、」

 

「ぎゃあああ!」

 

どこか、近くの闇の中から男の叫び声がする、

 

「うぉぅっ! ……ぐがぁあぁ! ひっ、いぎぃい……ぎゃあああぁ!」

 

絶対、何か痛い事をされている、

 

「今回の件は不幸な事故なんだ、わざと君を罠に嵌めた訳じゃ無い、入り口で番をしていた筈の彼が、所用で持ち場を離れたのが原因だ、と言う訳で彼にはきついお仕置きをしたから、もうこれに懲りて二度と過ちは犯さないだろう、」

 

同じ様な事を、俺もされるのか? 一体何をされるんだ?

そう考えるともう何も考えられなくなって、

 

自分の意思とは無関係にガタガタと全身が痙攣するみたいに震え出す、

 

「そこで僕から提案がある、」

 

時任は俺と視線の高さを合わせる様に俺の前にしゃがみ込んで来て、その冷たい手で俺の頬に触れた、

 

「僕と契約して僕のサーバントにならないか?」

「サーバント?」

 

喉がひっくり返って声が裏返ってる、

 

「使用人、召使いの事だ、勿論それなりの給料は払う、」

 

時任真斗の召使いだと? こんな滅茶苦茶な事をする人間に仕えるだと?

 

「断ったら?」

「この状況はもう、僕にも抑えられなくなる、」

 

「召使いって、何をさせるつもりなんだ?」

 

まさか、単なる不良のパシリって事じゃ済まない事は分かってる、どうせロクな事じゃ無いに決まってる、

 

「簡単な仕事だよ、僕が無事に学園生活を過ごせるようにサポートして欲しいってだけだ、実際、男のふりをして学校に通い続けるには何かと無理があるんだ、クラスメイトに協力者が居れば何かと助かる、」

 

それだけ?

それにしたってこれから先俺はこいつには逆らえなくなる、そんなのは嫌に決まってる、でも、

 

「分かった、他に選択肢は無いって事だろう、」

「聞き分けが良くて助かる、」

 

時任がどこかの知らない国の言葉で指示をして、黒服の男が俺の首筋から注射器の針を抜き取り、指を縛り付けていた結束バンドを切り取った、

 

「一体お前が何を企んでるのか知らないけど、犯罪には手を貸せないからな、」

「正義感だな、命が惜しく無いのかい?」

 

未だこいつがテロリストじゃないって言う証拠は何処にもない、

 

「心配しなくても法に触れる様な事はしないつもりだよ、可能な限りね、僕は自由奔放な学園生活を満喫したいだけだ、」

 

「相田は、相田の親父はこの事を知ってるのか?」

「この事を知っているのはここに居る人間だけだよ、相田さんは僕を時任家の次男である事を疑っていない、」

 

「一体お前は何者なんだ?」

「君も命知らずだな、」

 

薄暗闇の中にぞっとする様な時任の綺麗な微笑みが浮かび上がる、

 

「僕は中東の弱小国の第六王女だ、時任は僕の母方の姓なんだ、僕の母は時任家のビジネスの為に僕の国に来て、国の発展に尽くした功績を認められて側室に選ばれた、僕の国はささやかなだけれど貴金属が採れるんだ、時任家の狙いは貴金属の優先取引だった訳、要するに政略結婚と言う奴だ、それで僕が生まれたのが14年前、母と同じ様に僕も王家の安定の為に2年後の誕生日に別の国の王子と結婚する事が決まっている、それ迄の二年間、羽目を外して自由に暮らして良いと言うお許しをもらって日本に来た、……って事にしておいてくれて良いよ、」

 

俺は差し出された読めない言語の書類にめくらサインさせられて、……漸く全部の拘束を解かれて立ち上がり、立ち上がろうとしてふらついてその場に腰を抜かしてへたり込んでしまった、

 

「そんなに心配しなくても良い、サーバント契約とか言っても君に酷い事をさせない為の表向きの物だ、主人だ召使いだとか言うつもりは毛頭無いから、今まで通り友人の振りをしててくれれば良いよ、」

 

時任は手を差し伸べて、俺を立たせてくれる、

握った華奢な手は、確かに女のそれだった、

 

「真理弥、」

「え?」

 

「僕の本当の名前だよ、二人きりの時はそう呼んでくれると良い、」

「お前、男の振りをしてるのは素性を隠す為なのか?」

 

「女の一人暮らしは物騒だからね、それもあるけど、僕は女の子が好きなんだ、特に日本人の女の子は良い! 先ず何と言っても性格が良い、貞節だし従順だし優しいし、直ぐに拗ねる所なんかもすごく可愛い! それにあのすべすべの肌! 肌の白いは七難隠す、とは日本の諺だが正しく言い得て妙とはこの事だと思わないか?……」

 

この後一時間位語られた、

 

 

 

ーーー

次の日学校で、

 

朝、教室に向かう途中で木崎に呼び止められる、

 

「京もっち、どったの?朝からお疲れじゃん、」

「俺にも色々有んだよ、」

 

昨日の夜は半徹で時任に振り回されてて殆ど寝てない、

 

「ゆうべはお楽しみでしたか、」

「そんなんじゃねえって、」

 

アカラサマ不機嫌な俺、

 

「言っとくけど相田と時任をくっつける話は協力できないぞ、」

 

あんな危険な奴を相田に近づけるなんてとんでもない!

 

「うーん、それはもういいかな、」

 

チラリと木崎が覗き見る視線の先には、

廊下の曲がり角に隠れながら、こっちの様子をじーっと伺う、相田美咲、

 

「何やってんだあいつ、」

「彼女結構可愛いとこあるよね、って、最近分かってきた、」

 

クラスの人気者、木崎朋恵が俺の背中を押す、

 

「ほら、待ってるよ、早く行ってあげな、」

 

 

 

ーーー

そして、連れていかれた写真部部室、

 

「どうした?」

「木崎さんとのお話はもう良いんですか?」

 

「ああ、別に大した話じゃ無い、」

「そうですか、」

 

何だか口元が緩む相田美咲、

 

「昨日、寝ないで考えたんです、」

「何を?」

 

「時任さんの彼女の指輪についてです、」

「ああ、その事、」

 

「時任さんは、もしかしたら女の子かも知れません、」

「な、」

 

「そんな訳あるか、」

「だって、時任さんには喉仏が無いんですよ、前から気になってたんです、」

 

「そんなもん、個人差だろう、」

「それにこれまで時任さんが男子トイレに入ってる所を見た人がいないんです、」

 

全く、何処からどうすりゃそんな考察が出てくるんだよ、

 

「お前には悪いが、昨日の晩、お前と別れた後、俺は時任と一緒だったんだ、……それで一緒に連れションしたんだから間違いない、あいつは男だよ、」

 

「時任さんと連れション、って、どう言うシチュエーションですか?」

「何想像してんだ?このスケベ女、」

 

途端に真っ赤になって怒り出す相田美咲、

 

「違いますー、宗次朗の方がスケベですー、昨日ボッキしてたくせに!」

「してねえよ! 大体、何でお前なんかに欲情しなきゃなんないんだよ!」

 

「あれ、昨日美咲にキスしたいって言ったのは誰でしたっけ?」

「言ってねえ! 」

 

「言いました、」

「言ってねえ!」

 

平和だ、……

 

まあ、そんな感じで俺達は少しずつ友達になって行ったんだと思う、




第二章、完、

ストック切れで一寸お休みします、
第三章開始まで暫しお待ちくださいませ、
灯火

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