ブラウニーズ・アクト   作:廓然大公

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Day1 忍者飛び越すは麻なれど

 響いてくるのは何かの崩れるようなくぐもった音と何かが風を切る音、そして時折聞こえる金属のぶつかったような硬く甲高い音だった。周期的に聞こえるその音の波はすでに一時間は続いていた。

振り上げ、見定め、落とす。

振り上げ、見定め、落とす。

軍手の上からも感じる木製の柄の肌触りと、感じるのはその先に取り付けられた鉄の刃の存在。

深々と振り上げられ、一瞬にしてその楔に穿たれる。

繰り返すこと十数回、目の前の壁はゆっくりと、そして音もなく崩れ、そして砕けていった。

ひと段落付いたその仕事に手にしていたそのつるはしをおろすと額に浮いた汗をぬぐった。

「これでようやく一部屋か」

「ええ、お疲れ様です。すいません、手伝わせてしまって」

「気にすることはない、これも仕事のうちだ」

声をかけてきたのは段蔵だった。その銀色の手は今洗って来たらしくまだ水がぬぐい切れていない。少し汗のかいたお茶を手渡しながら隣へと立つと、少しだけ驚いたよう視線を向けていた。

「土砂の搬出ももう終わったのですか」

「こういう単純作業っていうのは向いているらしくてね」

冷たいお茶を流し込みながら二時間の成果、大きく掘り進められ、教室一つ分ほど広がったその空間を眺めていた。これまではただの壁であった通路から掘り進め大きく広げたその空間が仮設の照明によって照らされていた。

そこはカルデアの最下層、まるで炭鉱のように土と石壁のむき出しの開発準備区画。通称アリの巣と呼ばれる区画だった。

 

 もともとの設計書には存在していなかったこの区画。しかし、人理最後の砦となったカルデアでは補給線も絶たれ、食料も決して十分とは言い難い状況であった。もとより人理保障機関と銘打っているもののもともとの目的は天文台。食料生産施設などあろうはずもない。南極大陸に存在するために外での農耕も不可能。さらには人理修復のためにカルデアに在籍することとなった英霊たちの居住スペースやモチベーション向上のための食事など当初の予定よりも多くの食料と、その生産のための区画が必要に迫られた。その時に、制作されたのがこの開発準備区画であった。いうなればカルデアの地下を彫り進め、そこにできた空間に新たに農耕施設を製作することとなったのである。そこではもともとカルデアに保存されていた無数の食物の種と凍結保存されていた受精卵から生まれた牛や豚といった家畜を育てることで最低限の食料を確保することとなったのだ。

「私は食堂にいることのほうが多かったからな、あまりこっちの工作作業に加わることは少なかったんだが、やはり人理の最先端のこのカルデアでつるはしを握ることになるとは思っていなかったがね」

「この辺りは機械で掘るには柔らかすぎて崩落を引き起こしかねないとも聞きましたが」

「いつだって信じられるのがマンパワーというのは英霊としては喜べばいいのか悲しめばいいのか互具五部といったところだろかな」

「その感覚は段蔵にはわかりかねます」

からくり仕掛けの彼女はそう言った。

「しかし、それにしても朝四時起きというのは少しばかり早すぎるのではないか」

農繁期の収穫作業ならまだしも種すら巻いてもいないこの状態、夜が明けたとて地面の下に光が届くことはないものの朝一番で同伴を願い出てきた彼女には少しだけ意表を突かれた。

「本来ならば昨夜からの一昼夜の作業の予定でしたから不可解なことではありません。昨日の午後は作業ができませんでしたからその分の補填をしておかなければなりません」

「その両腕でか」

「この両腕であるからこそです」

彼女はそう言って自らの新たな銀色の手をフルを手の形をしてたそれは瞬時にドリルへと姿を変えた。

「段蔵の手は人間を再現した分、その強度には難があります。あまり長時間鍬を持てば皮も向けてしまいますし、健が切れてしまうことも考えられる。しかし、その分、二号機殿のこの手ならば疲労が影響することもなく開墾を行えるのです」

意気が高揚しているらしく、ドリルを小刻みに回してはとめ、回しては止めを繰り返している。確かに近くで重工作機のような重い音が聞こえるとは思っていたがどうやら彼女の掘り進める音だったらしい。

「道理で今回の交換にも賛成したわけだ」

「それもありますがそれだけでもありません」

そういっているうちに入り口から入ってきたのは小さなゴーレムだった。アヴィケブロン特製の小型ゴーレム、それは掘りぬいた空間を適切に補強し、補正していくための計測をしているらしい。小さなゴーレムは部屋を一回りぐるりと見まわるとこちらへと近づき小さくサムズアップをするとそそくさと部屋を出ていった。

「どうやら合格が出たらしいな」

「午前中のうちにあと二部屋は広げておきたいのです。すいませんがよろしくお願いします」

返答するように首にかけていたタオルを額にもう一度、巻きなおした。

 

一つの作物の生産規格て規定されている一ヘクタールの開墾ならぬ開掘を終えたのは昼の十二時を少し回ったところだった。お結びを届けてくれたマルタの原付のエンジン音を聞きながら段蔵と掘削上からは少し離れたベンチで昼食をとることにした。

「源頼光どのに応援を頼んだらしい。あの人の握るお結びは素晴らしいな」

取り出したタッパーには綺麗に焼きのりに包まれたお結びと煮物、そして卵焼きといったお弁当が盛り付けられていた。

「君の分も用意してある」

「私にですか」

「食べられないわけではないだろう」

「ええ一応は」

差し出したお結びを握る。まだ少しだけ温かいその米の感触に少しだけ驚いたようにそしてそのまま口へと運んだ。

「なんだった」

「鮭でした」

「私は梅だった」

「それは良かった、あまり梅は得意ではないので」

「すっぱいものが苦手なのか」

「あの子が昔から苦手なのに不平も何も言わず食べているのを知っていましたので」

「よくできた子じゃないか」

「自慢の息子です」

投光器によって照らされた空間を小さなゴーレムたちが補強してゆく。崩落を防ぎ、新たなる畑とするための下準備。畔を作ったり、用水路を引いたり、日光代わりの護符やら照明やらを取り付けたり。着々とその準備が進んでくのを見るでもなく眺める。聞けばここは白菜の畑になるらしい。もとよりキッチン班からの要望として白菜の増産をお願いしていたが此度ようやくその願いが叶うらしい。昨年のミルフィーユ鍋が予想以上に好調だったことは喜ばしいが、あまり手のくわえようがないことは料理人としては悩ましくもある。

「何故、あなたがこれをやっているのか聞いてもいいか」

「何故、とは」

「確かに農場が増えることは喜ばしい。しかし、人理修復は成された。そしてカルデアも解体される。ならばこれ以上増やすことも決してメリットになるとは言えない。徒労に終えることも十分考えられることだ」

「無駄になるかもしれないことをなぜやるのか、ということですか」

「気分を害したのなら謝罪する」

生真面目な言葉に彼女は少し驚き、そしてゆるく口元をゆがませた。

「私がなぜ人型に作られたのかご存じですか」

穏やかに言うな彼女に少し考えこみ言った。

「口伝でしか伝えることのできない風魔の術を確実に次代へと伝えるために人間と同じ技繰り出せるような形態でなくてはならなかった、そう聞いている」

「そう、そしてその本質は風魔にその技を受け継がせていくこと。段蔵はそのためのお手本、金時殿のように言うならばバックアップといったところでしょうか」

忘れることのない機械ならば確かにその役割は十分だろう。

「それは逆にいうなれば、新たな風魔が成れば必要は無くなる」

そして

「五代目風魔小太郎が成り、段蔵はその役目を終えた」

風魔という一族の傑作が生まれ、一族の悲願は叶えられた。本流が流れたのならば支流の必要性は無くなる。

「つまり段蔵が人間の姿でいる必要性もなくなった」

手にした鋼鉄の腕を見る。確かに人間のようだった彼女の手からすれば人の携帯からは大きくは離れ異形ともいえるその形。その分今日の掘削では著しい結果を上げてくれた腕。必要性があれば別の腕も、足もそしてその体さえも換装するそんな風に聞こえた。

「もとより必要性がなくなった段蔵なればその行いが徒労に終わろうとも差し障りはありませんでしょう。今回は腕を換装することが効率が良い、そう判断しただけでございます」

「しかし、なぜ農場の拡大なんだ。ほかにも武装の試射なども考えられただろうに」

「簡単なことでございます」

その言葉に彼女は少しだけ笑ったように見えた。

「小太郎殿や立香殿がちゃんと野菜を食べて、ひもじい思いをせぬように、元気に笑っていられるように、それだけです」

「そうか」

「ええ、それ以外には何もありません」

「ならばもうひと頑張りしなければならないな」

そういって最後に残っていたお結びを彼女へと差し出した。他のと比べても明らかに大きく、形も歪でそして具も少し見えているようなそんなお結びを。

「ただ」

彼女はその不慣れなおにぎりを手に取った。

「あの子へお結びを作ってあげるなら、いつもの手のほうがいいかもしれません」

そういって、やさしい彼のお結びを口へと運んだ。

「しょっぱい」

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