虎男改変箱庭遊戯録   作:釜瀬虎雄

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わん

 “魔王”

 それは箱庭という世界において天災とも言える厄災。

 彼らは、その圧倒的なまでの力を持って全てを奪っていく。

 狙われたコミュニティには、勝利以外に生き残る道はなく。どれほど強大であってもたった一度の敗北は没落の一途となるのだ。

 

 

『リーダー!何を考えているんですか!?あんな“名無し”の連中を――――』

『“ノーネーム”だ。俺達も借りのある相手だからな、助けるのは当然だろ』

『いいや、違う!今こそ自分達が、発展する好機じゃねぇですか!今までは人間のコミュニティが頭張ってましたけど、自分達がとって変わるんですよ!』

『俺達には、それを維持するだけの力がない。何より、それは卑怯者がすることだろう?』

『綺麗事だ……!そんなことじゃ、コミュニティは守れねぇ!!!』

『フィスィ………』

『俺は認めねぇ!認めねぇぞ!ガルド=ガスパー!!!アンタは、フォレス・ガロのリーダーに相応しくねぇ!牙を使わねぇアンタには着いていけねぇんだ!!!』

 

 

 怒号が、痛いほどに心を打てども彼ガルド=ガスパーは止まらない。

 必要な物資を全て鞄に突っ込み、外へ。

 

 

『…………あばよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 肉を打つ音。一定の感覚で響くその音と同時に、人々の熱狂の歓声が起こっていた。

 

 

「―――――フンッ!」

「ごっ!?………がぁ……………」

『そこまでぇ!試合終了だァアアアア!勝者“ノーネーム”所属、ガルド=ガスパー!そして優勝は、この男だァアアアア!』

 

 

 箱庭二一〇五三八〇外門、その一角で行われたギフトゲーム。

 

 

『ギフトゲーム “ALL or NOTHING” 

 

 ・プレイヤー一覧 東区七桁住人

 

 ・勝利条件 トーナメントによる勝ち抜き

 

 ・クリア方法 互いの片方の手首を鎖で繋ぎあい一撃毎に攻守交代し殴り合う

 

 ・敗北条件 降参、戦闘続行不能の場合

 

 宣誓 上記を尊重し、誇りと御旗の下、ギフトゲームを開催します。

    セスタス・コロセウム 印』

 

 

 技量も知恵も関係がない。只管に力を競ったこのゲーム。優勝者には、この一帯の食事優待券が贈られる。

 そして、勝ち名乗りを上げるのは大柄な男性。

 褐色の肌に短く切り揃えられた金髪。筋肉質な体に、半袖の派手なアロハシャツを前を開けて来ており、下はベージュのハーフパンツ、サンダルという出で立ち。

 その頬には、若干の殴られた痕が見られるもののダメージは無いらしい。

 歓声を受け、ガルドは報酬を受けとるとその場を後にする。

 

 

「―――――これで、ガキ共にも旨いもんが食わせてやれるな」

 

 

 カード型の優待券。それを片手に弄びながら、ガルドは笑みを浮かべる。

 見た目こそ、チャラいヤンキーにしか見えない彼だがその実面倒見の良い兄貴然としたキャラであり、子供たちにも慕われていた。

 

 

「ん?ジンじゃねぇか」

「!ガルドさん」

「ここで―――――ああ、今日だったか。そっちの二人が、新入りか?」

 

 

 ペリベッド通りを歩いて帰っていたガルドが声をかけたのは、馴染みのローブをまとった少年。

 ジン=ラッセル。ガルドも所属するノーネームのリーダーを務める少年だ。

 そんなジンが連れているのは、二人の少女。そのうち黒髪の少女がジンに問うた。

 

 

「ジン君、この人は?」

「あ、はい。彼は―――――」

「ガルド=ガスパーだ。一応、コミュニティ所属でな。まあ、宜しく」

「久遠飛鳥よ。先輩なのね、宜しくお願いするわ」

「……春日部耀。以下同文」

『なんやぁ?ゴツい兄ちゃんやないか。ゴリラやないんか?』

「言ってくれるな、老け猫」

「!三毛猫の言葉が、分かるの?」

「俺は一応、人虎(ワー・タイガー)だからな。同じ猫科だ、会話ぐらい出来るさ」

 

 

 驚く耀だったが、ガルドは事も無げ。彼女の手から三毛猫を取ると、ニッと犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべた。

 

 

「分かったか?老け猫?」

『ワシは三毛猫や!ま、まあ、ゴリラは言い過ぎたわ……』

「相手は選んで喧嘩しろ。教訓だぜ?」

『か、堪忍や虎の旦那ぁ。ワシもついチョーシにのってしまっただけやさかい。なあ?』

「……私からも、ごめんなさいガルドさん」

「―――――ふっ、ハッハッハッハ!別に怒っていねぇさ。この程度で目くじらを立てるほど狭量じゃないからな」

 

 

 豪快に笑うガルド。

 彼は、つまみ上げていた三毛猫を一撫でするとそのまま耀の手元へとアッサリ返却していた。

 そうして、ジンへと視線を戻す。

 

 

「で、ジン。お前は、これからどうするんだ?観光か?そもそも、黒ウサギはどうした?」

「えっと、実はもう一人お客様が居て、黒ウサギはその人を探しに世界の果てに………今は、彼女を待ってる所なんです」

「そう、か……余程の馬鹿か、ギフトの持ち主ってこったな」

「あの、ガルドさんはこの後は………」

「俺は一旦、拠点に戻ろうかと思ってるが?ガキ共も心配だしな」

「そ、そうですか……」

 

 

 ジンは、露骨にその表情を曇らせた。

 リーダーに据えられてはいるものの、彼は十代の少年でしかない。どうしても、ガルドや黒ウサギといった実力のある年長者に縋ってしまう脆さがあった。

 そんな様子に気付かないガルドでもなく、何より飛鳥や耀にもそれは感じ取れていた。

 

 

「ねぇ、ガルドさん?」

「ん?」

「ジン君に私達二人のエスコートを貴方は、任せるのかしら?」

「まあ、そのつもりだが?ジンも子供だが、馬鹿じゃない。案内程度なら出来るだろ」

「そう、信頼してるのね」

「当然だろ。矢面に立つって決めたのはジンだ。そして俺も、黒ウサギも、支えるって決めた。なら、最初に信用して信頼するのは当たり前の事だろ」

「貴方の言い分は分かったわ。けれどね、ガルドさん。私たちの目から見たら、どうかしら?」

「……あ?」

「ジン君が確りしているのは、話してみて分かったの。けれど、不安感はあるものよ?少なくとも自分よりも年下の彼に全てを任せるのは、不安が残るわね」

 

 

 飛鳥の言い分にも一理あるだろう。

 見た目チンピラにしか見えないガルドが案内することも問題がありそうだが、年端も行かないダボダボのローブを纏った子供に先導させるというのも見た目が悪い。

 視野狭窄とでも言うべきか、人は意識しなければ一方向からしか物事を視ることが出来ない。

 

 

「………まあ、分からんでもない、か………分かった、少し付き合おう」

「そう、ありがとうガルドさん」

 

 

 微笑む飛鳥に、ガルドは困ったように頭を掻いた。

 元々、彼は肉弾主義の脳筋だ。頭脳戦は苦手であるし、やろうとも思わない。

 

 

「………悪いな、ジン」

 

 

 彼は小さく呟き、子供(ジン)の頭を撫でるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 箱庭の外。東区は、世界の果てへと接している。

 

 

「なあ、黒ウサギ」

「何でしょう?」

 

 

 世界の果て、トリトニスの大滝から流れ落ちる水を尻目に、逆廻十六夜は隣で水樹の苗を抱えた黒ウサギへと問いかける。

 

 

「お前は、言ったよな?ゲームに参加できるのは、お前ともう二人(・・)居るってな」

「YES、後の子供たちではギフトゲームにはとても参加できる戦力とは言えないのデス」

「そいつらは、強いのか?」

「………少なくとも、一人はこの東区でも上位に食い込める可能性もある方なのですよ」

「名前は?」

「ガルド=ガスパー。元森の守護者にして、フォレス・ガロというコミュニティのリーダーを務めていた方です」

「さっき、魔王に全てを奪われたって言ったよな?ソイツは、その後に入ってきたのか?」

「YES。ガルドさんは、持ちうる全てを捨てて黒ウサギ達を助けるために参上してくださった方となります」

「ふーん………」

「恩人です。黒ウサギとガルドさんの稼ぎが無ければ、もっと子供たちには辛い思いをさせた筈ですから」

 

 

 そう言う黒ウサギの表情は、優しい。

 彼女もまた、ガルドに借りがある。

 そして、何度も何度もジンも含めて謝られ続けた。

 

 曰く、助けに入れなくてすまない、と。

 

 だが、黒ウサギもジンも責めるつもりは毛頭無い。

 独立したコミュニティのリーダーであり、尚且つ連盟を組んでいた訳でもない。魔王と事を構える等、本来ならば誰しも避けるのが普通なのだ。

 周りに押し止められる形でガスパーは、手を出せなかった。だが、ギフトゲームが終わり敗北した者達の姿に、最後には全てを捨てて駆け付け、力の限りを尽くしてくれる。

 

 曰く、借りがあるから。

 

 たったそれだけの為に、上層に食い込めたであろう勧誘を蹴り、コミュニティのリーダーという地位も捨て最下層までやって来た。

 

 

「あの人は、優しいんです。見た目は、誤解を呼ぶようなものでございますけども」

 

 

 言って、黒ウサギは微笑む。

 そこに見てとれるのは、感謝とそして、淡い気持ち。

 彼女は、二百年貞操を守ってきたと言うが、それは正確には“月の兎”として一人前になる迄に要した時間というだけで、人の年齢に換算すれば十歳やそこらといったところ。

 淡い気持ちも持て余していた。

 

 見てほしい、愛してほしい、構ってほしい、触れてほしい等々。

 

 ガルドは、兄気質。どうにも、黒ウサギの事をコミュニティの子供たちと同じ様に見ている節があった。

 それが悲しいことか、悔しい事か。少なくとも今の黒ウサギ自身も把握していない事。

 ただ、隣に立つ十六夜は何となく察してもいた。

 彼もまた、似たような、それこそ一人の目を求めた事があったから。

 

 流れ落ちる水音だけがハッキリとしていたその時間。

 そろそろ、夜の帳が降りてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面代わって、ペリベッド通り。六本傷の旗を掲げたカフェのテラス席に、ノーネームの四人は居た。(二人ほど仮であるが)

 

 

「今回は、奢りだ。好きに頼んでくれて構わねぇよ」

 

 

 ガルドが両手を広げて、三人にメニューを薦める。

 

 

「……何でも良いの?」

「ああ」

 

 

 確認してきた耀に、ニヒルな笑みを返しながら頷くガルド。

 若干、彼の第六感が警鐘を鳴らした気がしないでもないが、そこから彼は目を逸らした。

 気のせいだ、と。

 

 

「私は、このティーセットにするわ」

「僕もそれでお願いします」

『ワシはねこまんま頼むで、鍵尻尾のお嬢さん』

「ハイハーイ!ティーセットが二つとねこまんまですね?そちらのお客様は何にします?」

 

 

 猫人の店員が笑みを浮かべてガルドと耀に声をかける。

 ちゃっかり三毛猫の注文が通っているのはスルーだ。人虎であるガルドが会話できた時点で、予想がついていた為。

 

 

「……ここから、ここまで」

 

 

 遠慮すること無く、耀はメニューの一ページをなぞっていた。

 固まる空気。ジンと飛鳥は、頬を若干ひきつらせて支払いをするであろうガルドへと目を向けるしかない。

 

 

「それだけで良いのか?」

「うん、大丈夫。ガルドさんこそ、平気?」

「生憎と、小遣いは貯まりっぱなしでな数十回払っても足は出ねぇよ」

 

 

 二人の心配をよそに、ノーテンキな会話をしていた。

 

 

「俺は、アイスコーヒーを貰えるか?」

「は、はい。それじゃあ、えっと、結構お待たせするかもしれませんので……」

「大丈夫」

 

 

 店員が引いていたのも気にせず、耀が頷きガルドは手を振って送り出した。

 

 

「だ、大丈夫なんですかガルドさん。あんなに頼んで……」

「ガキが心配してんなよ。支払いは問題ねぇさ。何だったら、追加注文しても構わねぇよ?」

「い、いえ、大丈夫です」

「久遠はどうだ?足りなきゃ、頼んでも良いぞ?」

「遠慮するわ。私は、大食漢じゃないもの。春日部さんは大丈夫なのかしら?」

「……大丈夫。飛鳥にも一口位なら、あげるよ?」

「…………遠慮するわ」

「そう?」

「ハッハッハッハ!食わねぇと、でかくならねぇぞ」

 

 

 何処がとは言わねぇがな、とガルドは笑った。

 本来なら、セクハラ発言だがサバサバとした雰囲気からか不快感はそこまで無い。

 

 

「あら、ガルドさんは大きい人が良いのかしら?」

「外面なんぞ、問題じゃない―――――と言いたい所だが、流石に醜女(しこめ)はゴメンだ。精神と肉体は密接って話を思い出すからな」

「あら、それじゃあ私は醜女なのかしら?」

「いやいや、美人だろう?後五年もすれば、引く手数多に成ってるだろうさ」

 

 

 くくっ、とガルドは持ってこられたアイスコーヒーを飲み、笑みを零した。

 実に余裕。

 

 

「口説いているのかしら?」

「さぁてねぇ…………」

 

 

 冗談めかした飛鳥であるが、ガルドはやはり煙に巻く。

 改めて彼の姿だが、前を大きく開けたアロハシャツにベージュのハーフパンツ、サンダルといった出で立ちでありチンピラファッション。

 とてもではないが、見た目からは真面目さも思慮深さも感じられない。

 

 そんなこんなで、時間は穏やかに流れ―――――れば良かったのだがそうは問屋が卸さない。

 

 

「おいおいおいおい、誰かと思えば裏切者じゃねぇか。よくもまあ、天下の往来歩けたもんだなぁ。えぇ?」

 

 

 品の無い声。

 声の出所に目が向けば、そこに居たのはTHEチンピラ。

 下品なスパンコールの紅いスーツに、胸元まで開けた黒いシャツ。

 鶏冠のような金髪に、隈の酷い人相の悪い男が肩を怒らせやって来る。

 

 

「フィスィか」

「フィスィ“さん”だろうがよ、ガルド=ガスパー。お山の大将気取ってるテメーが下で、俺様が上だ」

「ハイハイ、そうだな。フィスィさんよぉ」

 

 

 ガルドに絡んできたチンピラ、フィスィ・プロテリア。この東区の嫌われものだ。

 

 

「何だ、その口の聞き方は?テメーの立場が分かってねぇんじゃねぇか?」

 

 

 歯牙にも掛けない様子のガルドに、フィスィは噛みついた。

 口角が裂けて牙が覗き、全身が一回り大きくなったような威圧感。

 

 

「そう言う貴方こそ、急に失礼じゃないかしら?」

 

 

 そんな威圧感を無視して、ジロリと睨む飛鳥は苦言を呈した。

 同じく耀も、料理を頬張りながら眉間にシワを寄せていた。

 

 

「あ?後で相手してやるよクソアマ。今は、俺様の気が立ってるんだ。慰み物になりたくなけりゃ黙って―――――ッ!?」

「“黙りなさい”」

 

 

 ガチン、と嫌な音がした。

 飛鳥の言葉が、そのままに口汚く罵っていたフィスィの口を閉じさせたのだ。

 

 

「貴方のようなチンピラ一人、相手にするのも馬鹿らしい事よ。けれど、(ガルド)への暴言は少し気に障ったのよ」

「テメ「“黙りなさい”」―――――ッ!?」

「貴方に許すのは名乗りと、ガルドさんに噛みついた理由を語ることだけ。それ以外は、大人しくしていなさい」

 

 

 言い切り、飛鳥は残った紅茶を飲み干した。

 

 

「―――――チッ!フィスィ・プロテリアだ。コミュニティ“フォレス・ガロ”のリーダーをやってる。ガルドのヤローは………コイツが裏切者だからだ」

「さっきも、言っていたわね。その裏切者というのは、どういうことかしら?」

「どういうこと、だ?ハッ!何も知らねぇんだなお前ら。お前らは、そこのガキに利用されてんだよ!」

「っ!それは―――――ガルドさん?」

 

 

 ここまで沈黙していたジンが、触れられたくない部分に触れられ動こうとする、がそこをガルドは止めた。

 彼とてコミュニティの現状を変えるには、新たな同士候補である飛鳥達が必要なことも理解している。だが、同時に後ろめたい手段に対して消極的でもあった。

 そんな彼らを無視して、フィスィは大袈裟な動きで言葉を紡ぐ。

 

 

「この箱庭には、数えることも馬鹿らしくなるコミュニティが存在してる。旗を掲げ、名を胸に、ギフトゲームに死力を尽くす。そんなコミュニティは連盟を組んだりするのさ。それも、区画を跨いで巻き込むような大連盟をな」

「それで?その連盟は、何のためかしら?」

「一つは、上の階層に上がるため。そしてもう一つが“魔王”に対抗するためだ」

「魔王?」

「ああ、そうだ。この箱庭唯一の大天災。独自の主催者権限で、コミュニティを襲って全てを奪う。怪物だ。そして、そこのガキのコミュニティは魔王のゲームに負けて、人員処か守るべき名も、旗印も持っちゃいねぇその他大勢(ノーネーム)に成り下がったのさ!」

「………ッ!」

 

 

 そこまで言われ、ジンはローブの裾を握った。

 魔王に敗れる。それは箱庭でも、少なくない数起きること。

 然りとて、どうすることもできなかった事は確かだ。何せ彼は、まだまだ子供であるのだから。

 

 

「マトモにゲームに参加できるのは、この裏切者と黒ウサギだけ!残りは、役立たずのガキばかり!クハハハ!誰がそんな負け犬揃いのコミュニティに好き好んで入るわけもねぇよなぁ!?」

 

 

 ゲラゲラと品無く嗤うフィスィは、周りからの目すら気にすること無く呵々大笑。

 

 

「どうだぁ?お前らが頼むってんなら、この東区を取り仕切ってるフォレス・ガロ(ウチ)に入れてやらねぇことも―――――」

「結構よ、ケダモノさん。私は、ジン君のコミュニティで間に合ってるもの」

「……私も、お断り。貴方からは、嫌な臭いがするから」

『血生臭くて敵わんで!』

「クソガキ共が……!」

 

 

 散々な断られ方をしたフィスィの蟀谷には青筋が浮かび、芋虫のようにウゾリと動く。

 見た目通り、堪え性の無いことだ。かといって、相手の力に抗えない彼は手を出す訳にはいかない事もまた、現実。

 

 

「それで?ガルドさんが裏切者なのは、どういうことかしら?」

「…………フンッ、ソイツはこれから発展していったであろう、コミュニティを見捨てて移籍しやがったのさ。大方、乗っ取りでも考えたんじゃ―――――」

「違います!!!ガルドさんは、態々僕らを助けるために地位も経歴も、全て捨てて駆け付けてくれたんです!!!」

「仁義だ、何だってか?笑わせんなよ、ジャリ。世の中は弱肉強食だ!目障りな上が消えたんなら、次に台頭するのは俺様達だった!だが、ソイツは裏切った!牙を捨てて借りだ何だと、弱者にすり寄りやがった!!俺様達の思いを裏切りやがったんだ!!!」

 

 

 熱くなっている二人は、互いが互いに睨み合う。

 ジンからすれば恩人で、フィスィからすれば裏切者で。

 件の彼は、事を静観していた。

 

 

「裏切った、ね…………それは、彼が何かを持ち去った、ということかしら?」

「あ?」

「台頭する、と言ったじゃない。まさか、ガルドさん一人でそれが可能だった、とでも言うのかしら?」

「それは――――」

「ガルドさんが、コミュニティ(ノーネーム)に持ち込んだのは、彼自身が勝ち取った物だけです」

「逆恨みね。底が知れるわ」

「んだと、このアマァアアア!!!」

 

 

 激昂するフィスィ。半ば獣化しながら飛鳥へと掴みかかろうと手を伸ばし、

 

 

「―――――ダメ」

 

 

 横合いからの細腕に止められていた。

 止めたのは、先ほどピザの最後の一切れを頬張った耀だ。彼女の腕力は、見た目からは考えられないものであり、結果フィスィをその場に縫い付ける。

 

 

「さっきから、聞いていて思ったのだけど。貴方は、ガルドさんに対して八つ当たりがしたいだけよね?彼がコミュニティを抜けたのは、彼自身の目的が果たせそうになかったからじゃないかしら?」

「……ッ!」

「何より、たった一人に全てを期待して背負わせるのは間違いよ。彼がどれだけ強くても、成長を止めた貴方達では何れそうなっていたわ」

 

 

 辛辣な飛鳥だが、彼女もまた元の世界で似たような、一方的に頼られ続けるような立場であった故の事。

 ついでに、容易に想像できた。ガルドが、何も言わずに矢面に立つその姿を。

 

 

「…………だ」

 

 

 ポツリ、響く声。顔を伏せたフィスィからだ。

 

 

「上等だ、テメーら……!潰してやるよ!いい加減目障りだと思ってた所なんでなァ!!」

「ギフトゲームね。私たちを潰す、何て言うくらいなのだから当然貴方達も同じようなリスクを負うんでしょうね?」

「……負けたら、終わり?」

「ああ、構わねぇよ!!テメーら奴隷にしてやるから覚悟しとけや!!!」

 

 

 ガンッとテーブルを一度叩き離れていくフィスィ。そんな彼から逃れるように足を止めていた野次馬達も方々へと逃げていく。

 その背を見送り、ガルドはため息をついた。

 

 

「………はぁ……昔は、あんな奴じゃなかったんだがな」

 

 

 思い出すのは、自分の後をよく追ってきていた忠犬のような姿。

 だが、今はこの箱庭東区の害悪。何より、自分の所属するコミュニティに敵対する相手だ。

 まあ、

 

 

「―――――気乗りはしねぇがな」


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