タマツバキ(改)   作:にゃあたいぷ。

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滅亡

 嗚呼、城が燃えている。

 益州に掲げられる最後の劉旗が斃れた時、私は蜀漢の最期を実感する。

 負けたのだ、と。負けてしまったのだ、と。まだ兵卒達が戦い続ける最中、呆然と蜀漢の最期を見届ける。

 桃香様が起ち上げて、愛紗と鈴々、お母さんを始めとした様々な人々が支え続けてきた蜀漢が終わってしまう。桃香様の大志を引き継いだ朱里と、桃香様の忘れ形見である劉禅様が中心となって、守り続けてきた蜀漢が終わりを迎える。蜀漢は居場所だった。曹操が作る世の中に迎合できなかった者達が桃香様の掲げる大志の下に集まり、できたのが蜀漢という国だ。爪弾き者達の国家、その本質は新しい世界の在り方を生み出そうとする魏への反骨心からできている。

 だからきっと蜀漢が滅ぼされる時は、相手は魏になるのだと漠然と思っていた。

 今、私達を淘汰している相手が掲げている旗は、魏でも、呉でもない。水色に晋の文字が刻まれている。曹操が斃れた後、実の妹である曹丕が後を継ぎ、そして彼女の娘である曹叡へと受け継がれた。その間も朱里は幾度と北伐に挑み続けてきたが、遂には五丈原で斃れる。姜維が軍権を引き継ぐも北伐の成功を飾ることは終ぞなかった。星が力尽きて、焔耶が戦死した。蜀漢以前、曹操を相手に戦い抜いた劉備軍を知る者は、私だけを残して誰も居なくなった。

 戦い続けることに疲れを感じるようになったのは何時頃だったか、晋に魏の面影を求めながら縋るように戦い続けている。私は何の為に戦い続けているのだろうか。綺麗事を云っても良いなら次世代を担う彼女達の手助けになりたくて、でも、本当は今の若者達が未来を掴もうと抗い続ける姿が眩しかったからなのだと思う。ただ経験を重ねただけのポンコツの癖して――私は若い彼女達が放つ光に少しでも触れていたかったから、老将という身分を良いように使って相談役という身分を確立していた。私達の戦いを次世代の彼女達が引き継ぐ様は、嬉しいようで少し切ない。

 嗚呼、終わる。もう終わらなくてはならない。良い夢を見させて貰った、沢山の若者を巻き込んでしまった。桃香様から始まった戦いは、桃香様の時代を知る私が終わらせなくてはならない。朱里の意志を継いだ姜維に託された成都、その防衛線に朱里の娘である諸葛瞻が参加を志願したが老害の意地で退けた。君には戦後の役割がある。蜀漢の戦いは曹操を知る者によって、続けられてきた戦いだ。だから曹操を知らない貴方達が重荷に感じる必要はどこにもない。

 むしろ、余計なものを背負わせやがって、と憤慨して然るべきだ。

 

「……降伏を、これ以上の抵抗は意味がありません」

 

 配下に白旗を準備させる、責任を取らなくてはならない。

 全軍に武装放棄を命じた私は一人、白旗を掲げながら皆の矢面に立った。漸く終わる。初めて弓を手に取って、お母さんの弓を引き継いで、ずっと戦いに明け暮れてきた。ただひたすらに誰かを殺し続けてきた。そんな毎日も終わりを迎える。空を見上げると清々しい程の青空で、これなら天からでも地上が見下ろせそうだと思った。皆が作り守ってきた国を守り切れなかったことを申し訳なく思う、愛紗や焔耶には情けないと叱られてしまいそうだ。桃香様と鈴々は気遣った笑顔で、よく頑張ったね、と褒めてくれる気がする。星には揶揄われてしまいそうだな。

 お母さんは、どうだろう。お母さんは優しいけども厳しかった。怒っている姿も容易に想像できるし、優しく抱きしめてくれる気もする。

 今から国が滅びるというのに、思っていたよりも悔しくはなかった。ただ寂しかった。大事にしてきた思い出の品物を失くしてしまった時のような、そんな感じだ。ずっと担ぎ上げてきた肩の荷が降りたような清々しい気持ちもある。

 そうやって空を眺めていると一筋の光が視界に映り、それが私の胸を貫いた。

 鉄の味がする。ああ、これは駄目だなと思った。視線を下ろすと私の心臓を矢が的確に貫いている。でも駄目だ、まだ倒れる訳にはいかない。此処で倒れると味方が困惑する、もしかすると軍隊が暴走してしまうかもしれない。負けが決まった戦いで無為に死者を増やす訳にはいかなかった。

 白旗を掲げ続ける、口の中に溜まった血を飲み込んだ。もう声を上げることはできない。

 味方には背を向けて、霞む視界で前を見続ける。

 

 ――お母さん、私は誇れる娘だったでしょうか。

 

 姓は黄、名は敍。親は曲張比肩の弓術として名が知られる黄忠漢升。

 享年三十二歳、蜀末期を支え続けた老将の一人。姜維を中心とした次世代の宿将達に媽媽と呼ばれて慕われる。戦時においては経験豊富な将軍として兵を率いて、平時においては寺子屋を開き、子供達に読み書き算盤を教えていたとされる。

 蜀漢滅亡の際に、綿竹の戦いにて戦死する。

 

 

 数多ある外史の中で、黄敍という娘が長生きすることは珍しい。

 大抵は二十歳と保たずに流行り病を患って死に、そうでなくとも戦の中で運悪く凶刃にかかって死ぬ。親の黄忠が死ぬ頃には既に亡くなっている事がほとんどで、黄敍が生きていれば後を継がせたのに、と劉備が嘆くのがお決まりの流れになる。

 謂わば、彼女は早逝することが運命付けられている子であった。

 

 だから彼女が三国志末期まで生き残ることは珍しく、蜀漢の終わりまで見届けたのは今回が初めてとなる。

 ある意味で運命に抗ったと云えるのだろうか、打ち勝ったと称するにはもの足りない。ただ北郷一刀という劇物が存在しない外史にて、これ程までに彼女が運命付けられた未来に抗う事ができた例は見た事がない。幼稚園の先生になる世界線はさておき――もしかすると彼女には世界を変え得るだけの可能性を持っているのかもしれない。

 不安要素は多いが、仕方ない。もう時間はない、次を待つだけの余裕はない。彼女で妥協するしかない。

 願わくば、彼女の存在が世界に良い影響を与えることを祈る。

 彼女が新たなる外史の礎にならんことを願おう。

 

 次なる外史は管理者のいない外史。

 それはありとあらゆる加護を寄せ付けず、干渉を拒み、運命の楔から解き放たれた世界。

 外なる世界をも巻き込んで、崩壊させる強い力を持っている。

 だから、世界崩壊を防ぐ楔として、貴方を送り込もう。

 

 彼の英傑達では運命の楔が強過ぎる。

 だから正史において、ほとんど名を残していない貴方の力が必要だ。

 勝手で申し訳ない。せめて貴方の来世に幸せを祈り続ける。

 次なる生では幸福を。願わくば、生きて戦乱を乗り越えることを。

 常に願い続けよう、常に祈り続けよう。

 加護なき世界だからこそ。

 

 

 死んだはずだった、確かに私は死んでいた。

 まるで肉体が液状化したような感覚の中、ゆらゆらと闇の中を漂っていたことを覚えている。

 このまま他の魂を混じり合って、自我は失われて、大きな生命の奔流に流されるのだと漠然ながらに理解していた。

 そうなる前に掬われた、そして何か話しかけられていたように思える。

 記憶が曖昧で上手く思い出すことはできない。

 

 そして目が醒める。

 朧げな視界に映り込んだ誰かの輪郭、私の顔を覗き込んでくる顔は見覚えがあった。記憶の中よりも若々しい雰囲気であるが、それを見間違えるはずがなかった。如何に視界が靄がかっていたとしても間違えない、忘れるはずがない。幼い頃は、その顔を見て生まれ育ってきたのだ。

 手を伸ばそうとしたが届かない、体が不自由だった。

 でも、彼女の方から手を伸ばして抱き締めてくれたのだ。その温もりを覚えている、その匂いを覚えている。その柔らかさを覚えている。此処は天国なのだろうか、分からない。でも今はまた逢えたことが嬉しくて堪らなかった。

 私は年甲斐にもなく、お母さんに抱かれながら産声を上げるように泣き叫んだ。




誤操作で投稿してしまったなんて言えないよなあ。
投稿頻度は気分次第です。
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