今年も一年、よろしくお願いしますね。
ルオ村の外れにぽつりと佇む小さい一軒家に、男は住んでいた。中は薄暗く、外も雪が降っていてとても寒々しい。暖炉はあるが、火が付いていない事がよりその印象を後押ししている。とてもでは無いが春とは思えない気候だ。
ベッドに腰掛けた男は、思い出したようにぬっと立ち上がった。
190になるかならないかの巨体。古傷塗れの元は美形であったであろう顔。てきとうに切られた均一では無い黒い髪が妙に様になっている。
場違いな程薄手の痛んだ綿製の服越しに僅かに除く肌は、顔と同じく古傷が無い所が逆に見当たらない。
違和感と統一感を混ぜこぜにして、無理矢理人の形にしたような、そんな男だった。
男は壁にたてかけられた柄から刀身の半ばまで古い布で巻かれた1.5メートル程の、切っ先が直角になっている大剣――見る者が見れば『
巻きつけてある布を半分程解くと、背負うようにして体に括り付け、そのまま外に出た。
ざく、ざく、と雪に沈む脚首からは色が失われている。だが全く気にもせず進むその姿は、まるで死んでいるのに動いているかのような錯覚を見る者に植え付けるには十分だ。
外に出た男は井戸に辿り着いた。縄で組み上げた水をがば、がばっ、と勢いよく飲み乾していく。気候で冷え切った水を飲み終えて桶を井戸の中に抛る。
そのまままた雪を踏み締めて、枯れ木ばかりの林の中に足を運んで行く。二十秒も歩けば林の中に辿り着いてしまう。男は幾本も倒れている枯れ木の一本に向けて勢いよく振り下す。
――がんっ、ではなく、ずしんっ、という音が正しいのだろう。たった一回振り下しただけで、随分と重々しい音と共に幹は分断されてしまった。それをもう一度行うと男は大剣と同じ位の大きさの丸太を二本肩に抱えて歩き出そうとしていた。
――ぼふっ。
彼の背後から、雪に倒れ込むような音が聞こえて来るまでは。
抱えた丸太と音の聞こえた方を二度に比べ、丸太を雪の上に突き立て音の方に向かう。
二分、歩いたくらいだろうか。
丁度『村人達』の縄張りの区切りとなっている辺りに、乾いていない体を持った人が仰向けに倒れていた。
倒れ伏しているのは、金髪の少女だ。周囲に魔物が居ない事を確認すると、僅かに躊躇ってから抱き上げた。流石に雪の上に放り出して目の前で放置するのは、凍傷を起こしてしまうかもしれない。もしかすれば命に関わるかもしれない。何より、居た堪れなかった。
体はやや小柄で、顔には錆びた物でも顔に擦り付けたような細かい傷が付いているにも関わらず、その程度でその顔を台無しにするには至らない。その位可愛らしい顔をしていた。見た目で言えば16、7程か。
首から下は統一するように真っ赤な色合いで統一されている。触ってみた限り薄手の布だ。露出は全く無いが、この地の気候を知っているならば、あまりに自殺行為な格好である事には間違いない。右手には幾何学的な彫り込みがある腕輪があった。
その上から申し訳程度にプレートメイルで胴体を守っていた。その防具も罅割れてしまっている。
「魔術師……か?」
その声色は老人のように落ち着き払ったようで、耳に残る声であるといえよう。
男が漸く発した第一声がそれだ。同時に、まさかと否定した。
彼の知る魔術師は研究の為の材料集め等を行う事は確かにある。だが、知る限り此処には雪と枯れ木、稀に現れる兎か狼、それから魔物しかいない。魔術師が欲しがりそうな物なんて――
そして、それ以上に魔術師というのは大概化け物だ。一歩戦場に出れば殺れる前に殺る。そんな言葉が比喩抜きに当てはめる事が出来る一芸に特化の存在。
『化け物』という部分に焦点を当てれば、間違いなくこの男も含まれるが、今はいい。
傍には、30センチ位の抜身の赤い短剣が雪の上に僅かに沈んでいた。意識が無いのにも関わらず、だ。これが杖なら男はこの少女が魔術師であろう事に疑問を持たなかった。
だが、刀剣の類だからこその疑問。
「……接近戦に持ち込まれても、対応できるようにする為、か?」
――男の知る魔術師は、接近武器の類なぞ持つ必要性なんてあっただろうか。
持つにしたって、始めから風属性辺りの魔法で体を覆って攻撃が届かないようにすれば済む話では、と訝しんだ辺りで止めにした。“初歩の中の初歩の魔術すら使えない俺と違って、何か考えあっての事だろう”と。
念の為少女の口元に耳を近づけ、呼吸をしているのを確認し、往復が面倒だと思いつつ、住居に向かって歩き始めた。
「……ぅ」
ぱちぱち、と薪が燃える音がしたからか。もしくは、ぎし、ぎし、と床が軋む音が聞こえたからか。どちらかは判らない。
だが、聞こえた音で目が覚めた。という事実には変わりなかった。
「……此処……は」
天井を見れば、何年住んでいるのか見当もつかない位ぼろぼろで、それだけ長く使われているという事実を認識させる。脳に認識された時、続いて沸いた思念は、まだ生きている。
それ以上に
「……」
そう言えば、此処は何処だろうか。そんな疑問がふと過ぎる。