不死の英雄の未来叙事   作:眼鏡花

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第三話

 改めて周囲を見渡すと、まずベッドに寝かされている。家主は今の所見えない。天井と同じく壁もぼろぼろで、ベッドの向かい側、丁度外に出る為の扉の隣に切っ先が直角である風変わりな大剣が立て掛けられている。

 

 窓から見える風景は風が無くともせっせと降り積もっていく一面働き者な雪の景色。それだけだ。

静けさの中に薪が燃える音だけが呑まれるように響く。

 そこに音が加わった。また、ぎし、ぎし、という音と、カラン、と軽い音だ。そちらに首を向けると、男が薪を投げ入れていた。

 何故この天候の中、そんな薄着で死んでいないのかが疑問で、全身死んでいないのか疑問に思うくらい古傷塗れで、オルデではとても珍しい黒い髪だ。

 

「……」

「……目が覚めたか」

 

 目が合って男はそう言った。

 

「……貴方が私を?」

「ああ」

「どうして?」

「生きてる人間は久しぶりに見たからな。此処まで来るやつは珍しかったからだ。魔術師」

 

 その言葉を聞いて、少女はまさか、と思った。

 確かに態々危険を犯してまでルオ村に来た理由はそれだ。伝承の真偽を確かめたかったから。だが、それを確かめるにはルオ村周辺の気候は厳しすぎた。

 

 気候だけでは無い。ルオ村周辺に埋められた『冬石』の影響もあって、少女が得意とする火属性魔法に大きく制限が掛けられていたのも大きい。

 

 そして、魔物の強さが半端では無かったというのも挙げられる。骨と皮だけのミイラのようなアンデッドが雪の上を人間が土の上を全力疾走するのと同じ位の速さで接近し、攻撃してくるのだ。

 おまけにその攻撃も下手な防具は粉砕するような力が籠っているのだから少女からしたら堪った物ではなかった。これまで真偽が確かめられる事が無かったのはこれらの原因が重なっていたからではないだろうか。

 

 だが、少女は今聞いた。生きてる人間は久しぶりに見た。その言葉を。

 

「……わたしは、ラウ・エルレイン。冒険者ギルド所属の『魔法使い』です」

「魔法使い? 魔術師じゃないのか」

「それは古い呼び名ですね」

「そうか」

 

 男の質問に対して、漠然と確信に近い何かに触れた気がした。

 なら、何人がこの知的好奇心の塊(魔法使い)を止める事が出来るだろうか。

 否。出来る訳が無い。出来ていい訳が、無い。それが魔術師(魔法使い)の本性である事実は、時代が経ても揺るがない。

 

「不躾ですが。……カズマ・カミカゼと御見受けします、相違は――」

「……」

 

 同時にそれが一つの過ちだった。

 ラウは空気が変質したのを感じた。暖炉によって暖められた空気が、死んだように冷たく感じる。

 目の前の男が人間の目から、獣の目に置き換わったような錯覚。

 

「欲しいのは、俺の首か?」

 

 首を巻くように広がる傷跡を見せながら、親指で首を切る仕草を見せる男。

 

「ち、ちが、います。貴方が、『カズマ・カミカゼ』本人、であるかど、うかの……確認です」

「……」

 

 言葉を詰まらせ、それでも尚吐ききった少女の顔は決して、嘘を言っているようには見えなかった。

 そんな感想を抱いた男は眉間に皺を寄せたまま、今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。

 

「答える義理は?」

「ありま、せん。そもそも、会いたい理由も、子供、じみ、た物です」

「……」

「ほら、小さい子って、おとぎ話や、伝承の存在に憧れる、じゃないです、か」

「…………」

「だから、……その、『本当に居るのか』確かめたかった、から……」

「………………何年だ」

「……え?」

 

 徐々に尻すぼみになっていく途切れ途切れの語り。

 それを言い終えた時には、空気は息を吹き返していた。

 それでも、男の眉間に皺が寄ったままである事には変わりない。寧ろ、どろどろとした怒りが見え隠れしている。この場に気の弱い者がいれば、今頃失神しているに違いない。

 

「伝承だ。俺があの屑野郎を殺して、何年だ」

「……で、伝承では約1000前の事と……」

「そうか。――……そうか(・・・)。……悪かった」

 

 漸く霧散した雰囲気に、ラウはほっと胸をなで下ろした。

 同時に、伝承に語られていた内容が男の口から出た事に、漠然としたものが確固とした形を持った。

 

「確認したければ、体を使って確認してみろ」

「……は?」

何で(・・)魔術師が近寄る必要のある武器を持ってるのか、どうでもいい。今は好都合だ」

 

 嫌な予感しかしない。引き攣りそうな唇を、何時か削ぎ落としたいとさえ思っている若干の丸みを帯びた頬の力で押さえつけ、あえて、あえてラウは問う。

 

「つ、つまり……?」

「俺の首を落とせ。なに、お前が治療魔術を使えるか、最悪裁縫道具があればどうにでもなる。やってみろ」

 

 しん、と。薪が爆ぜる音すらも死に絶える程の死んだ空気が支配する。

 外の雪が音を吸い込んでいる云々という問題では無い。彼は間違いなく本気で言っているのがよく分かる真剣な顔をしている。だからだろう。一方で、少女は色々と限界だった。

 主に、常識的な方向で。

 

「――――で、出来る訳ないでしょー!?」

 

 すぱんっと聞こえのいい音を立てて叩き込まれた右手の一撃を食らい、男は何故とでも言いたげな顔をした。

 

「しょ、証明の為だからってそんな事をしちゃダメです! 絶対!」

「……そうか。確かに俺がカズマ・カミカゼで相違は無い。……そう言えば、ラウと言ったか」

 

 さもどうでもよさそうに流し、ふてぶてしく尋ねる男――カズマ。

 その言葉に何となくラウは真面目に付き合ってたらこっちの身が持たなそうだなあ、なんて考えていた。

 しかし、次の質問で彼女にとって真面目に考えざるを得ない事になった。

 

「お前ら普通の人間(・・・・・)にとって、不死とはどんなモノだと認知している?」

「え……。そう、ですね。昔はどうだったか分かりません。けれど。羨望、同時に禁忌として扱われるような――」

「違う。不死という、能力の本質だ」

「本質……?」

 

 知らねえのか、とカズマは言ってラウはそれに素直に首を振った。

 不死というのは、確かに有名だ。彼女が言った評判も事実である。しかし、評判はだ。

 知らないのだ。不死という能力。『不完全不死』と呼ばれる死ぬ不死でさえ、どうやって死ぬのか分かっていない。

 無知なのだ。魔法使いにとって、知識とは時に命より重い。故にその言葉に耳を傾けたのは当然だった。

 

「死んでしまう方はどうだか知らないが……体は肉体だけでは意思が無い動く肉塊だ。魂だけでは怨霊でも無い限り世界に殆ど干渉出来ない。そよ風と同じだ。そういうのはわかるな?」

 

 その言葉に、ラウは首を縦に振った。

 魔法使い――それ以上に、世界中の誰しもが絶対に忘れてはいけない魔法の基礎中の基礎。これがわからないようであればどんな名を馳せた者でも『魔法使い』を名乗れない。

 

「本来首が刎ね飛ばされたり、心臓が潰されたり、或いは頭を割られたりすれば人間は死んでしまう。それが当たり前(・・・・)だ」

 

 その言葉には自虐が盛り込まれているようにしか聞こえない。

 自虐――? 違う。『羨望』……だろうか? そんな感情が直接頭に叩きつけられそうな、そんな声だ。

 カズマがどんな風に話していたのかを聞いていたのは、ラウだけだ。そして聞き手は少なくとも、彼女はそう思った。

 

「ここからが本題だ。先に言ってしまえば、俺みたいな完全不死と呼ばれるモノは肉体に魂が癒着しているモノを指すらしい」

「――え、な……うそ、ですよね?」

 

 肉体に魂が張り付く。本来、魂とは肉体という『出口の無い器』に収まっているものだ。正確には『生命力を持った肉体』という檻の中に『魂という意思』を入れている、というのが正解だ。

 故に生き物であるなら首を刎ね飛ばされれば死ぬし、心臓を潰されれば死ぬし、頭をかち割られても死ぬ。肉体が死ねば魂を閉じ込める檻としての機能が果たせなくなるため、結果的に死ぬ。

 それが普通で、故に不死足り得ない。否、不死が異常であり、死こそが当たり前なのだ。

 そして、その機能が狂っているからこそ異常――『死ねない』のだ。

 

「嘘を言って得になる場面もある。でも、今はそんな事言う必要は無い」

「じゃ、じゃあ、首を飛ばされたら……」

「首を刎ねられても永遠と息苦しさとうすらぼんやりした視界が続くだけで『生きている』。心臓を潰されても体を押しつぶされたような気怠さが襲うが『生きている』。頭を割られても考える知能が低下するだけで『生きている』……死に直下する結論全てに対して、形はどうであれ生存という事実しか残せない。それが俺だ」

 

 気味悪いだろ? そんな自虐的な言葉に、ラウは返事を返すことが出来ない。

 いっそ弱々しい老人のようにも思える、憧れた『存在(英雄)』にどう接すればいいのか、分からない。

 そして、それ以上に悲しい人だと思った。

 

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