「私は、――分かりません」
「……そうか」
「……でも、これから探すことは不可能じゃないと思います」
「あぁ?」
そう言われ、一瞬カズマは何を言われたのか理解しかねた。荒っぽい返事が口からもれる。
そんな顔をする『英雄』に、ラウは何処か自信なさ気に笑って、告げる。
「自分探しですよ。寿命を延ばせば、私たち魔法使いも貴方と同じくらい生きられます。でも、何処にも行こうとしないなら、それはきっと死んでることと大差ないと思います。長生きできるなら、そんな無意味なことを考えて過ごす余生もいいとは思いませんか?」
「はっ、ガキに何がわかる」
練り上げられた閃撃を頭に浴びせられ割られた時のような、かつての、最後に争った騎士団の騎士団長からの一撃を幻視した。
そして、英雄とか何だとか、それ以前に戦いにまつわる大多数の者がそうであるからこそ、言えるのであろうことを口に出した。
「人殺しは、死んでも人殺しだ。相手国の獣人、魔人、竜人の兵を問わず殺してきた。最後には、あの屑野郎……過去のお前らの王に手をかけた」
後悔など、してはいなかった。しては、それこそ殺した相手に対し最上級の侮辱だ。例え、糧とするべく殺した生物であれ、戦場で殺した命であれ、その重さは等価だ。
同時に、言い訳だと、はっきりカズマは自覚していた。
「英雄と語られる人たちはいずれにしても生きているものを殺します。私の知る限りのカズマ・カミカゼは……いえ」
そこまで言って、ラウは黙った。そして、意地の悪そうな笑顔を浮かべて、「やっぱりいうのは止しましょう」と続けた。
「此処で言っては、勿体無い気がしてきました。だから、自分の目で、耳で、確かめることをお勧めします」
「……この村を離れろと?」
「結果的に見ればそうです……。でも、カズマさんにとっても、悪い話では無いと思いますよ?」
この女、不死が再び世に出る事のメリット、デメリットを度外視している。カズマはそう感じた。
下手をすれば、ラウと名乗った目の前の少女でさえ暗殺の対象になるかもしれない。
カズマ自身、自らの危険性を理解しているからこそ、カズマという存在を外に再び呼び戻した者がどれだけの罪に問われるのか。
違う。そもそも、前提がおかしいのではないか。その罪に問われているならば。
例え、義理堅い騎士達といえ――あの王は性根が腐敗し、人望が無かっただけで、理詰めで考えれば優秀な存在ではあったが――王の命令に逆らうことはしない。出来ない。その後に王座に就いた者が不死を追わないのは、何故だ。そこまで考えて、微かに頷いた。
ならば、何を恐れる必要があるのか。この身は死なず、恐れを知らず、退くことを知らず。心が弱かったから、逃げたのではなかったか。
女々しい。そう思った。
1000年生きた? 王を殺した? 不死の英雄? ……過去に縋って、自分を慰め続けて、のうのうと何年無駄にしただろう。実に馬鹿馬鹿しい。
人を殺した? だからなんだ。それはこの地に留まるに値しない理由だ。
自分よりも遥かに年下の少女の方が、よっぽど『
若干判断材料に欠けるが、真実味を帯びてきた。ならば少女が此処まで足を運んだその動機、その覚悟は、受け入れるに値する。
「…お前。人の十分の一も生きてねえ癖に、図々しく人の内心に踏み込んでくるな」
その言葉に、ラウは今更顔を青くして「ご、ごめんなさい!」と誤ったが、気にした様子もなく、傷塗れの外見からは想像出来ないほど子供らしい顔で、見ていて微笑ましくなるものだった。
「だが、確かに何時まで立っても怯えてるのは、馬鹿馬鹿しいし、性に合わねえ筈だ」
その一言に、どれだけ万感の思いが込められていたか。その顔の裏に、どれだけの思いがあったか。その頭の中に、どれだけ過去がよぎったか。
分からない。分からない尽くしである。しかし、それは一度体験した感覚で、悪くない、と英雄――否、“御伽話”であることを止めた男は、何処か清々し気だった。
「切欠は何でもよかったのかもしれねえな。あーぁあ、女々しいこっで。くっだらねえ。全くもってくっだらねえなあ。……ラウ、だっけか。少し、お前が拠点として使ってる街まで案内してくれねえか。路銀とか、まあ金目の物くらいは出す」
「え、ほ、本当ですか!?」
かくして、若き女魔法使いと嫌われ者の英雄は、手を組む事になった。
「……」
「どうした?」
場所は少し変わり、カズマの家から少し離れ、アンデッドたちの縄張りとなっている地域に隣接した所に建てられた、床の抜けた一軒家。そこは、カズマが適当に切った丸太を敷いて、物置の代わりに使っている場所だ。
そこで、ラウの顔が絶句というか、驚愕一色に染まっていた。原因は、カズマの言う『金目の物』の数々である。
「えっと、ええっと、え? これって、竜の角?」
ラウが手に持った、というか抱えているのは全長80センチくらいの、丸太のように太く、赤黒い猛々しい角。埃を被りながらも、濃密な魔力を立ち込めるそれは、素人目に見ても一目で上級以上の竜の物だと判断できる。
重さも、ラウが強化の魔法を使わなければ持ち上げることすら出来ないそれ。
対して、カズマはそれを軽々しく持ち上げ、魔法陣の描かれた革袋――現代の魔法では作れなくなってしまった、中に異空間が広がり、望むだけで収納したものを取り出せるマジックアイテム――の中に放り込み、答えた。
「ああ、それか。確か……オル、オル……ヴァ、そうだ、オルヴァだ。そういう名前のドラゴンの角。いや、あいつとの戦いは骨が折れた」
「え? ……えぇと、……え!?」
「首を刎ねようとしたら思いきり避けやがってよ。……まだ生きてたら次こそ首跳ねてやる」
なんとなく、ではあるが。ラウはこの男には絶対炎帝竜の存命を教えてはいけないと感じた。同時に、竜の首を刎ねるなんて言ってのけるこの人物は、英雄である以前に人間であるのか、既に疑わしいと思ってしまう。
それ以前にあれだけの大きさの竜の角を片手で持ち上げるってどういう事だと言いたくなってしまった。
それ以前に、此処は――
「翼竜の干し肝は、まあ削げばまだ薬にゃなるか。この魔剣なんかも路銀にはなるとして。ガロスの打った他の剣とか槍は……要らねえんだよなあ、あれが一番しっくりくる。……これも路銀でいいか。リリアードが押し付けてきた金塊もそうするとして……」
――竜の巣か何かと言いたくなってきた。
何故にそんな一つ売れば一生遊んで暮らせるような代物が『路銀』扱いで出て来るのか。
特に、魔剣とガロスという部分は聞き逃せない。『魔法使い』としてもそうだが、現代を生きる者として。
まず、魔剣。あれは一見普通の直剣のように見えたが、腹に『愛しきロッソンの魂を捧げる』と刻まれ、同時に禍々しい魔力を感じる。それらのキーワードで思い浮かぶ有名な魔剣と言えば『ロッソンの怨念』だ。
それはある物語に登場する魔剣で、女に極端に嫌った男ロッソンの魂が剣に閉じ込められ、女に対する強い怨念が女性を斬りつけた際に、即死の呪いを引き起こすと言われる、世の女にとっても末恐ろしい代物である。ラウ自身、存在を疑っていたが、まさか実物を見ることになるとは思いもしなかった。
それもそれだが、『ガロスの打った剣』も、中々にラウ――この世界の現代を生きる人種には笑えない代物なのだ。
ガロス。鍛冶王ガロス。1000年もの昔、様々な武器を考案し、同時に現代の鍛冶師たちにも『ガロスに比類する者なし』と謳われる、稀代の鬼才。彼が打った剣は極めて頑丈で、鋭い切れ味を持っていた。
『彼の剣で首を落とされた罪人が、遅れて自分の死を自覚した』という逸話は有名だ。
そんな剣の槍は、確かに埃を被っていたが、鈍く光を反射し、ラウにはその光がまるで意思を持って威圧しているのかと思ってしまった。
「ええっと……カズマ、さん? 宜しければ、鍛冶王ガロスの打った剣を一本、頂くことは……」
無理は承知で、ラウは聞いてみた。本心から、無理は承知だった。『だった』のだ。
「鍛冶王……? まあいいか、ほら」
「……ええー……」
あっさりと、鞘に納められた片刃の短剣をラウに渡すカズマ。ラウもラウで、国を滅ぼす為の幾多の武器が眠っているかのような物置で、ある意味伝説上の武器の同類に近い代物をこんなにあっさりと手渡されて、若干現実味が無くなりつつあった。