この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ   作:カモミール・レッセン

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第一話:はじまり

 目を開けながら目を覚ますような、不可思議な感覚。それが最初だった。

 

 気がつけば、見知らぬ場所に、覚えもなく立っていた。

 身を包む強烈な違和感に、俺は今立つ地面が身体をくっつけたまま逆さまになるような感覚を覚える。

 

 あれ? 俺、何してた? 

 最初に考えたのは『今』までの自分が何をしていたかということ。

 

 今、俺は立っている。それは分かる。が、その直前がわからない。

 最後の記憶は──そう、確か清潔感あふれる白い部屋に寝ていたはずだ。

 それが俺の中にある最新の風景。最新の状態だった。

 だが今はその何方も最後の記憶とは違っていた。茶色を基調とした、木の息遣いあふれる壁に床。そしてしっかりと大地を掴む両の足。

 足は力強く張られて身体を支えているのに、大地が崩れ去っていくかのような、自分の存在への不安を感じていた。

 

「ここ、どこだ……?」

 

 ようやく絞り出したのは、間抜けな息遣いに塗れたシンプルな疑問だった。

 少なくともここは『直前』まで自分がいた部屋ではない。パッと見の印象だと、ここはどこかの道場という風情だった。気が付いたら俺に全く縁のない場所に立っていた、というのは余計に記憶を混乱させる。

 だが、すぐに気が付いた。ここがどこか、という疑問など、違和感としては些細なことに。

 

(なんか身長……低くね!?)

 

 確かに俺は立っている──なのに、視線の高さが異様に低い。

 まるで幼児の様だ。夢うつつの感覚を、俺は心中でそう表現する。

 ──しかし、自分という存在を確認するように手を広げて見てみれば、そこにあるのは白磁の器の様に白く、小さな──幼児の手だった。

 

「!? ……? ……!?」

 

 声にならない声が漏れる。確かに俺は不健康だったが、ここまで白くはなかった肌、そして細くはあったが小さくはなかった手に、驚愕した。

 一体、俺の身体に何が起こっている? 先程から続く不可思議の連続に、俺の頭はもうパンク寸前だった。

 しかし──ここで、一つの答え合わせが現れる。

 

「おい、どうした? 今日の修行はもう終わりだぞ」

 

 渋みのある、けれどエネルギッシュな若さを感じさせる、青年の声が背中から響く。

 反射的に振り返った俺は、後ろに居た声の主の姿に驚愕し、そして硬直した。

 そこに居たのは、恵まれた体格を絞られた筋肉で包む──三つ目の、青年。

 率直にいえば、一瞬だけ『化物』と叫びそうになった俺だが──そうはならなかった。

 それはなぜか。俺はこの青年を知っていたからだ。

 

(て、天津飯だ……! 間違いない……!)

 

 天津飯。当然料理の名前ではない。それが彼の名前なのだ。

 三つ目、ハゲ、そして自然な筋肉。その姿は、国民的と言っても過言ではない漫画『ドラゴンボール』に登場するキャラクターそのものであった。

 ドラゴンボールはいわゆる『インフレ』の激しい漫画ではあるが、それでも序盤はあの孫悟空に試合で勝った事もあるほどの猛者だ。

 始めは敵として出てきたが、一度戦ってからは共通の敵を前にして仲間として行動し、代名詞とも言える『気功砲』であのセルの足止めまでした名脇役である。

 その彼が目の前にいるという事は──

 

(ウソだろ! マジか! ってことはここは、ドラゴンボールの世界!?)

 

 この見知らぬ場所にも、見慣れぬ身体にも説明が付いてくる。そう、ここを『ドラゴンボール』の物語の中だと仮定するのならば──今までいた地球とは別の場所だと仮定するのならば、ここはどこ、私は誰、という状況も不自然ではない。

 

 ドラゴンボール──先に国民的と表現した通り、この漫画の知名度は非常に高い。今なお多くのファンを魅了し続ける、マンガ史指折りの名作だ。かくいう俺もこの漫画に熱狂した読者の一人、大ファンであると自負している。各キャラの戦闘力をソラで言える、という知識こそないものの、登場人物の誇り高さや生き方には何度も深く感動したものである。

 ともかく、ドラゴンボールはかつて日本中の少年を熱狂させ、世界までもその名を轟かす名作だ。

 少年時代に『かめはめ波』を出そうと頑張った少年は多い──俺は今、そんな誰もが憧れた世界の中にいるかも知れないのだ。眼の前に現れた天津飯という現実性が、俺の心に少年を蘇らせた。

 

 だってそうだろう。悟空やベジータなど、憧れのキャラクターと肩を並べて戦うことが出来るかもしれないのだ。

 ドラゴンボールの世界は、最終的には生まれ持った才能が重要だが、修行という努力もちゃんと結ばれる世界だ。

 俺だってこの世界で努力を重ねれば、悟空やベジータなど、憧れのヒーローたちの隣に立てる可能性があるかもしれない。

 インフレが激しいこの世界で、最後まで最前線で戦っていくことは難しいかもしれないが、ドラゴンボールにはナンバーワンでなくとも鮮烈な輝きを放つキャラクターは多い。それこそ、眼の前の天津飯がいい例だ。

 『気功砲』でセルを足止めしたり、魔人ブウを吹き飛ばしたりと、戦力では劣っても渋い活躍をするキャラクターというのはいるものだ

 

 ──『直前』の自分を、ふと思い出す。俺は、今日ここに至るまで、ひたすら無味無臭の人生を送ってきた。しかし現実の地球では何も残すことはできなかった俺でも、この世界でたゆまぬ努力を続けるならば、生きた『意味』とやらを残すことが出来るのかもしれない。

 それは、俺にとって途方もなく素晴らしいことの様に思えた。

 何の因果かはわからないが、折角ドラゴンボールの世界にやってきたのだ。困難は幾つもあるだろうし、時には避けられない死だって経験するかもしれない。それでも、努力は実を結ぶし、やり直せるのがこの世界の素晴らしいところだ。

 少年の時以来忘れていた熱い何かが、胸の内で燃え盛るのがわかった。

 それはかつて、ドラゴンボールの続きを待っていた少年たちの様に──何が待つのかわからない世界に向けて、歩み出すことへの喜び。

 

「なあ、本当にどうしたんだ。具合が悪いのなら鶴仙人様にお伝えしておいたほうが……」

 

 だがその最初の一歩を踏み出そうとして、ちょっと冷静になった。

 ……あれ? 待てよ。眼の前の青年が天津飯なら、俺はダレだ?

 心臓が毒々しい音を立てて跳ね始める。

 小さな手、そして『天津飯』と『鶴仙人』。

 ぶっちゃけ、答えは喉元まで出かかっていた。そう、俺は考えないようにしていたのかもしれない。その可能性に、気づかないようにしていたのかもしれない。

 油を差し忘れたガラクタの様に、首がギギギと回る。ここが道場なら、鏡があるはずで──すぐに、目当てのものは見つかった。

 もう一人の自分を写す窓から俺を見つめ返していたのは、真っ白な肌と小柄な体格、そして空虚な瞳を持つキョンシーの様な少年。

 

 当然というべきか、天津飯とセットでよくいるその少年に、俺は見覚えがあった。

 その名はチャオズ。原作中死亡回数はクリリンと同じ三回でトップタイ、原作中、主人公である悟空に対して言葉を発したことさえなく──更に、原作中一回も勝利を収めていないなど、下手をすればヤムチャよりもよっぽど扱いの悪い、原作屈指の不遇キャラクターである。

 

 先程、この世界は努力が報われる世界だと言った。

 ここでもそれは眼の前の天津飯がいい例となる。彼は戦闘力200強とされるピッコロ大魔王にボロ負けしたが、その後十年もしない内に戦闘力が1800を超えるようになる。

 チャオズだって、戦いにさえ成らなかったピッコロ大魔王の戦闘力は超える。超えるのだが、他の仲間たちと比べ、その戦闘力は異様なまでに控えめだ。天津飯の戦闘力が1800ほどの時、チャオズはその三分の一の600ほどしかない。

 いくら天津飯が地球人の中で最強の戦力とはいえ、逆にチャオズの戦闘力は地球人Z戦士の中で最弱なのだ。

 

 そう、原作でのチャオズは──弱いのだ。他の仲間と比べ、圧倒的に。

 俺は基本的に、この世界は『どこまで強くなった』よりも『どれだけ早く強くなった』かによると思っている。それこそ、初登場時は絶望的なまでに強かったピッコロ大魔王でさえ、ベジータ編にはもうまるでお話にならないのだ。その頃にはチャオズだって、ピッコロ大魔王の二倍ほどの戦闘力は手に入れている。

 だが俺の知る限り彼の、チャオズの戦闘力の『頭打ち(どこまで)』は、凄まじく低い。

 ベジータ編ではサイバイマンにも敵わない生半可な戦闘力の持ち主『チャオズ』となった『俺』は崩れ落ちた。

 

「おい? ……おい! チャオズ、餃子──っ!!!!」

 

 このままでは悟空やベジータに並び立つなど夢のまた夢。まずは生き残ることさえ難しい。

 チャオズ……いや、今はもう俺か。俺の名前を呼ぶ天津飯の声が、いやに遠い。

 果たして俺はこの世界で生きていくことが出来るのだろうか? 早速立ち込めた暗雲に、俺は乾いた笑いを漏らすのだった。

 




現在の戦闘力

チャオズ:20
天津飯:60

チャオズ現在9歳。原作初登場の6年前。
始めたばかりの鶴仙流の修行、基礎的なトレーニングにより一般人を凌ぐ身体能力は持っている。

なお天津飯はカードダスの情報などから、何もしなければ概ねチャオズの三倍程度の戦闘力と判断した為この数値に。
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