この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ   作:カモミール・レッセン

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第四話:仙猫の弟子

 カリン塔にやってきてから二年──『僕』は、師匠であるカリン様と向かい合って立っていた。

 風の音のみが響く中、お互いに隙を窺い合う。何も知らぬものが見れば、小柄な二人が向かい合うのを微笑ましく思ったりもするだろうか。

 だが今この場には現在の地球において比類なき気がぶつかり合っていた。

 

 にらみ合いの中、ひときわ大きな風が吹いて──先に動いたのは、僕の方だった。

 一歩。極小のモーションで地を蹴り、肉薄する。勢いを乗せて繰り出すのは、直線の拳。何よりも見切りやすい軌道だが、何よりも疾い。一流のボクサーでさえが受けることを前提に考える最速の拳、ジャブをより洗練させた技法で放たれる拳が、仙猫へと向かう。

 が、時には閃光とさえ評されるそれよりも早く、カリンさまの身が傾けられる。

 カスることもなくかわされた拳に、猫の手が這った。

 腕を取られた──と思考するよりも早く、カリンさまに取られた腕を起点として身体が浮き上がる。

 投げられたのだ。塔の外へと放り投げられる──が、僕は即座に舞空術を使って塔へと舞い戻った。

 互いに静かに構え直すと──今度は、互いが同時に跳ねる。

 放たれる拳を横から叩き、そらす。突き出すような蹴りを受けつつも、勢いを殺す。

 円形の舞台を跳ね回りながら、密度の高い攻防が行われていた。気で感じ取る技術を知らぬ者には、二人の姿は見えずただあちこちで衝撃が爆ぜている様に見えるだろう。

 

 そんな攻防を続けるうち、カリンさまの口が一つ呼吸を作り出す。

 疲れだ。僕はそこに勝機を見出して、低い姿勢で滑るように接近する。

 反射的に繰り出された拳。糸を巻き取るような動きで回転しつつ、カリンさまの側面を取った。

 がら空きの腹部に掌底を──叩き込む寸前で、僕は力を抜く。

 

「……参った。見事、恐ろしいまでの才能じゃ」

「ありがとうございました!」

 

 決着だ。互いの力量を把握しているがゆえに、トドメの一撃はいらない。

 僕は二年で、初めてカリンさまから一本を取ったのだった。

 

「まだまだ動きが粗い部分もあるが、よくぞここまでになった。今のお前なら、超聖水を取るだけならたやすいじゃろう。一本飲んでおくか?」

 

 愉快そうに笑いながら、カリンさまは僕の背をぽんぽんと叩く。

 

「いや、喉は乾いていないので遠慮しておきます。ですが、ええ。本当に、自分でも成長を実感しています。ここまでなれたのも、カリンさまのお陰です」

 

 実際のところ、今の僕ではまだカリンさまにわずかに及ばないだろう。

 幾百もの組手の中でようやくの一本だ。実力で言えば今の僕は高く見積もってもカリンさまの八割程度のものだと思う。

 此方の思考が読めるカリンさまを相手にするには、八割という数字も頼りないものだ。

 だが、それほど肉薄した実力を持っているからこそ、カリンさまが言う通り超聖水のつぼを取るだけなら──杖に引っ掛けた不安定なつぼを片手で持ちながら戦うというハンデを背負ったカリンさまからつぼを落とすくらいなら、今の僕でもたやすい。

 カリン塔の頂上に辿り着いてから二年、僕は今桃白白を超える実力を手に入れたのだ。

 悟空が三日でやってのけることに二年というのはなんとも気の遠くなる話だが、ほぼゼロからのスタートを考えれば上出来だろう。

 

「まさかこれほどの若さでここまでになるやつがいるとはのう……しかも、世にはまだまだそれを超える才がごまんといるときておる! わしの見る世界も狭かったということじゃな」

「いえそんな……でも自分自身、世界の広さというのは実感しております。力を伸ばすほど、広がる世界に困惑するばかりです」

 

 だが、世界はまだまだ広い。

 現在の地球には、僕やカリンさまを超える戦闘力は少ない──が、未来に眼を向けるだけで、もっとすごいやつはいくらでも出てくる。

 宇宙まで眼を広げればなおさらだ。この時点でさえ、僕という存在は吹けば飛ぶようなものなのだ。

 しかしだからこそ、自分の可能性にワクワクせざるを得ない。

 今でさえ、強くなったのを実感するのだ。未来、それを超える強さを手に入れる可能性があるというのは、宝の地図を広げるような感覚だった。

 

 小さく、白い拳をぐっと握りしめる。

 ……相変わらず僕の見た目は殆ど変わっていなかったが、逆にそれが身体の内に多くのものを取り込み、自分自身という存在の密度が高まった気がしていた。

 そんな僕を、カリンさまは満足気に見ている。

 僕がその視線に気がつくと、カリンさまは「にゃっはっは」と笑った。

 

「ふむ……」

「いかがなさいましたか、カリンさま」

 

 考え込む素振りを見せて、カリンさまは僕と正面から向き合う。

 そして──

 

「ここらで一旦外界を見回って見聞を広めてはみんか」

 

 そう、勧めた。

 

「それは──」

「うむ。実のところ、わしに教えられる事はもうない。あとは、おまえ自身が自らを磨いていくほかないじゃろう」

 

 つまり、事実上の『卒業認定』である。

 師の下を離れた弟子が自らの目で見聞を広める、というのはお約束だ。僕にも、その時が来ているというのだ。

 

「ここ、空気が薄いカリン塔での鍛錬は外界よりも効能が高い。じゃが、それ以上に外界で見るものから得るものも多いはずじゃ。お前ならば、身につけた力も正しく使えることじゃろうしのう。これより仙人を名乗り、迷えるものを救うと良い。今のお前には、それだけの名に値する心身が身につけられておる」

 

 実際にはなんでもない──外界に戻るというだけのことが、とてつもなく尊く感じられるのは、ひとえに尊敬する師から認められたという事実があるからだ。

 感動し、涙を浮かべる僕に、カリンさまは杖をかざす。すると──

 

「これは──」

 

 僕の身体を包む衣服が、純白の道士風の道衣に変化していた。

 背と腹には『猫』の文字。……そうだ、カリンさまは、心が読めるのだった。

 

「背には『猫』の文字を入れてある。いつか、おまえがそこに自分自身の文字を刻むと良い」

「……! 決して、この一文字に恥じない生き方をすると誓います」

「うむ。精進せいよ!」

 

 今までも当然僕はカリンさまの弟子という考えがあったし、カリンさまのことも師匠として、いやそれ以上に尊敬をしていた。

 が、こうして『猫』の一文字を与えられると、結ばれた直接的な繋がりが実感できる。

 この一文字に値する人物だと認められたのだ。それが、たまらなく嬉しい。

 

「念の為、仙豆を持っていくと良い。さらなる成長を遂げて帰ってくるのを、期待しておるぞ!」

「はい!」

 

 善は急げ、というのを体現するかのごとく飛び出していこうとする僕に、カリンさまは小袋を投げつけてくる。

 中身は言わずとしれた仙豆だ。

 

「それに、もう一つ。筋斗雲よーい!」

 

 そして、筋斗雲。カリンさまの掛け声に合わせて、巨大な金色の雲がやってきた。

 僕は眼を見開く。

 ドラゴンボールでは、筋斗雲は心の清いものにしか乗れないとされているからだ。

 僕には、これに乗れる自信はなかった。ドラゴンボールの純粋なキャラクターたちとは違って、世俗にまみれていたからという自覚があった。

 

「これは、筋斗雲……申し訳ございませんが、僕には乗れないかもしれません」

「何を弱気なことを言っておる。今のおまえならば、乗れるじゃろう」

 

 だが、信頼する師がそう言ってくれるのならば、迷いはなかった。

 軽く地を蹴って塔の外へと踏み出すと、ウールの布団よりも柔らかく心地いい感覚が僕を受け止める。

 

「私利私欲無く、憧れという一点で強さを追い求めるおまえの心は筋斗雲に相応しい、清いものじゃ。それにわしがこの二年で教えたのは武術だけではないと自負しておるぞ」

「ありがとうございます……!」

 

 やはり、それは認められたようで嬉しかった。

 悟空がそうした様に一人分の小さな雲をちぎって、腰を預ける。

 今度こそ本当に出発のときだ。

 

「それでは、行ってまいります。また近い内にお会いすることになるでしょうが」

「わしもそれまでに少しは鍛え直しておくわい。……期待しておるぞ!」

「はい!」

 

 ぽんぽんと筋斗雲を叩き、想いを込める。

 

「これから頼むぞ、筋斗雲。……行けっ!」

 

 念じると、筋斗雲は凄まじい速度で飛行を始めた。

 みるみるうちに、カリン塔が小さくなっていく。

 それでも遠くに見える筋斗雲は大きかった。

 

「よーし、やるぞーっ!!」

 

 久々に、僕は『十一歳(とし)』相応に叫んだ気がした。

 

 




現在の戦闘力

チャオズ:160
カリンさま:195

空気が薄い高所でのトレーニング、カリンさま直伝の武術により大幅強化。
現在地上では最強クラス。
また、カリンさまも組手によって僅かに戦闘力が上昇。

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