この世界のチビとハゲは強い。だがチャオズだ 作:カモミール・レッセン
外界に降りてしばらく。
僕は主に荒事を中心に人助けなどしながら、世界を見回っていた。
よくあるマフィアや山賊との揉め事を解決したり、レッドリボン軍絡みの問題を解決したり──まあ、いろいろとやった。
『悪人を懲らしめる小さな少年がいる』とぼちぼち噂になり始めたのは、小恥ずかしいような嬉しいような、なんとも言えない感覚だ。
この調子で徳を積み、やがては仙人として名に恥じない存在になりたいものである。
そういえばだが、いつの間にか一人称が『僕』となっていることに気が付いたのも近況の小さな変化である。
カリンさまの下では特に礼節を重んじて生活していたのだが、それが染み付いた結果だろう。『チャオズ』に近づいた気がして、悪い気はしなかった。
そんなこんなで新しい発見もありつつ、緩やかなペースで僕は修行を続けている。
ちなみに、今僕は東の都を訪れている。
仙人としては俗っぽくもこんな都会にやってきたのは、少し気になることがあったから。ファストフード店のドリンクを啜りながら、僕はある張り紙の前で立ち止まっていた。
「やっぱりそろそろだったか、第二十一回天下一武道会。原作でチャオズが出てきたのってこれだっけ?」
そう、原作においてチャオズの出番となる、天下一武道会の存在である。眼の前のビラは天下一武道会の開催を告げるものであった。
第二十一回天下一武道会。自分の年齢を鑑みるに、確かチャオズが原作で出てくるのはこの辺りだったかな、なんて思いつつズルズルとストローを鳴らす。
溶けた氷の水で薄まった清涼飲料水の安っぽい味を未練に思いつつ、僕はゴミ箱を目指して歩き出した。
悟空とクリリンがライバルの鶴仙流として天津飯・チャオズと出会ったのが、作中二回目の天下一武道会のときだった。
チャオズの初登場が何歳の時かは知らないが、確か悟空たちとそれほど年齢は離れていなかったはず。悟空が天下一武道会に初参加した時に「本当は十二歳だった」と自分の年齢を間違えていたことを明かしたので悟空とチャオズの年齢を比較して考えれば、本来の出番は近いと感じていた。
張り紙を見てみると、前回の天下一武道会は五年前らしい。となると今回か、その次。五年後の天下一武道会が原作におけるチャオズの初登場なのだろう。
「果たしてどこまで通用するやら」
近づく出番を実感し、僕は震える拳を握り込んだ。
カリンさまの教えを修めた今、少なくとも桃白白よりは強いだろう、という明確な目安があるものの現状で分かるのはそこまでだ。
悟空や亀仙人、天津飯といった超実力者達との『戦い』の経験は全くと言っていいほど無く、実のところ僕の本当の実力は僕にさえわからない。
だがチャオズの出た天下一武道会からは正しく激動の時代が始まる。ピッコロ大魔王の眷属が現れ、ピッコロ大魔王が復活し、やがてラディッツへと繋がっていく──ドラゴンボールが本格的なバトル漫画となるターニングポイントが、原作でチャオズと天津飯が初登場したあの天下一武道会なのだ。
しかし、現在の僕では、たぶん老人状態のピッコロ大魔王にも勝てないだろう。原作におけるチャオズの最初の死亡まで、あとどれくらいの時間があるのか。本格的な戦いが来る前に力をつけねばと、武者震いが起こっていた。
あるいはもうすぐそこに来ているかもしれない戦いの時。
猫の文字を背負う以上、無様な姿は見せられない。そのためにも──
「まずは、様子見かな」
覚悟と共に、迫る天下一武道会の開催日を記憶する。
そこに天津飯がいれば僕の『出番』だ。もしも天津飯が居なくとも、試合を観戦すれば今この地球における最前線と僕との力のバランスを把握することが出来る。
何にしても、憧れのヒーローが拝める公算は高い。
僕は、胸を踊らせつつ人混みの中を歩いていった。
◆
結論から言えば、僕の出番はまだだったようだ。
天下一武道会開催の日、僕は会場にいた。しかし、鶴仙流の面々の姿は見えない。
もしかすると、僕が鶴仙流を抜けたことで歴史が変わったりしたのかも──なんて思ったが、カリン塔の様子には目を光らせている。僕の知る限り桃白白の襲撃は起こっていないので、時期的にまだ作中二回目の天下一武道会には早いはずだ。
とするとこの天下一武道会は作中で一回目のものであり、チャオズとしての僕の本格的な出番はまだ少し早いということになるのだろう。
それでも、原作へ関わる機会がまだだと知りつつも僕は子供のように──実際、身体は子供そのものなのだが──目を輝かせながら、物陰に隠れていた。
ここへきたもう一つの目的を、見つけたからだ。
その視線の先には、身長に似合わないスーツを身にまとった悟空とクリリンが、そして黒いスーツの亀仙人が談笑している。
憧れの姿を眼にして、僕はこれまでにないほどテンションを上げていたのだ。
(うわー、本当に悟空がいる! クリリンも! 実際眼にすると感激だ……!)
亀仙人が道着を渡す様を眺めつつ、そういえばこんなシーンあったなあと感動する。
そう──ここ、今この瞬間までは、僕はドラゴンボールの世界にいつつも原作の出来事とは全く関わりなく過ごしていたのだ。
正史とも言うべき『見覚えのあるシーン』はここがドラゴンボールの世界なのだということをこの上なく実感させてくれた。
幼い少年たちが道着に着替えるさまを覗き、テンションを上げるという不審者丸出しの怪しさに自分で苦笑しつつも、興奮してしまうのは仕方がない。決してやましい意図はないし。
などと見ていると、おなじみの道着に着替えた悟空とクリリンが予選会場へと向かっていった。
悟空たちと別れた亀仙人もこの後ジャッキー・チュンとして参加するんだなあ。
……原作の裏側を、現地の人間として見るというのもオツなものだ。自分の目で見るドラゴンボールワールドのディティールに、感動が止まらないが──
「して、そこのお方、何か御用かな」
浮かれる僕に、亀仙人が振り向かぬまま、そう告げた。
途端、興奮していた少年の心が冷えていく。
……気取られた。その事実が、武闘家としての僕を呼び覚ましたからだ。
「気配は消していたつもりだったのですが」
明らかに自分に向けられている言葉を無視するほど無礼ではない。
幼い僕に向けて敢えて丁寧な言葉を使ったのも『仙人』として相対するつもりがあったからだろう。
だからこそ僕も仙人見習いのチャオズとして亀仙人──いいや、武天老師と相対した。
「だからでしょうな。隠していた大きな気が突然現れたものだから、かえって目立ちましたぞ」
「これは失態を。……覗き見るという無礼も、謝罪いたします」
どうやら向こうも仙人同士として接してくれているようだ。抱拳礼を交わし合い、柔和な笑みを向ける。
普段のおちゃらけたイメージの亀仙人とは似ても似つかない武人の姿。隠された牙の鋭さに、高ぶる。
やはり、僕は仙人としては未熟だ。思うよりも、強さの気配には敏感らしい。
「紹介が遅れました。僕はカリンさまの下で修行を積んだチャオズと申します。見習いの仙人として、見聞を広める旅をしています」
「なんと……カリンさまの! それは道理で……」
敵意は感じないが、向こうはわずかに僕を警戒しているようだった。
だが、僕もまた敵意を匂わせてはいない。同門とも言える間柄であることが分かると、亀仙人は朗らかな笑みを浮かべた。
「此方にはどの様な趣で来られたのかな。もしや、チャオズ殿も参加を?」
「そのつもりでしたが、今回は見送ることにいたしました。少しわけがあるもので、此方には触れないでいただけると助かります」
「それは残念ですな。貴方のような方が参加するのならば、わしも楽ができたのですが」
「ふふ……お弟子さんの為ですか。師という立場は大変ですね」
この後、悟空たちに世界の広さと修行を継続することの大切さを教えるために亀仙人はジャッキー・チュンとして武道会に参加することになる。
本当に、師匠として──人生の教師として素晴らしい人間だ。そう思うと自然と笑みがこぼれていた。
二三、仙人として会話を交わすと、亀仙人は時計を気にし始める。予定がある方にこれ以上時間を取らせるのも悪いか。
「では、わしはこの辺で」
「ええ、次回は私も参加いたします。その時にはぜひよろしくお願いいたします」
「ほっほっほ、それは油断ができませぬな。ではまた」
仙人として相対する亀仙人は──大人物であった。
爽やかに別れた後も、不思議と心地よさが残るのは彼の人物がさせるものだろう。
僕も仙人としてこうあることができたらいい、と思ういい出会いであった。……助平な所は少し行き過ぎだと思うけれど、まあそれも『神』ではない『仙人』の人間らしさというところだろう。
「さて……僕も今回は観客として楽しむかな」
自分の未来についてまた一つ期待を馳せて、僕は観客席へと向かう。
天下一武道会を、この目で観客として見られるというのも、また素晴らしい体験だ。
まあ未来の天下一武道会だと操られたベジータに巻き込まれて死ぬ可能性もあるので、観客という立場も考えものだけど。
とはいえ今回はそういうのはない。助平に貪欲な亀仙人のような例もあることだし、楽しむべき時は大いに楽しむとしよう。
……その後天下一武道会は僕の知っている史実通りに進行し、ジャッキー・チュンが優勝を収めた。
途中、完全に忘れていた悟空の大猿化というイベントがあって泡食ったけど。まさかこの序盤から観客も命がけだとは思わなかった。大猿化が始まってからは一応気を配っていたが、どうやら負傷者は出ていなかった様子。ギャグ漫画の色が強かった時代で助かったと言ったところだろう。
とまあ色々あったが、終わってみれば大会の観戦は本当に有意義だったと思う。カリンさまと行っていた仙人としての修行とはまた違う、生で見る武闘家同士のしのぎを削る戦いは僕の胸にも熱い火を灯し──観客達も大興奮のまま、第二十一回天下一武道会の幕は閉じたのだった。
◆
「でも悟空はおしかったな! ハラへらなきゃ優勝だったのに」
夕暮れの空の下、祭りのあと。
ごった返していた人が去った会場で、少年二人とその師匠が会話していた。
悟空とクリリン、そして亀仙人だ。
ハラが減っていなければ優勝だった、と惜しがるクリリンに、悟空はそうでなくても自分が負けていたと返す。
「その通りじゃ! 世の中上には上がいるもんじゃ! まだまだ強いやつはゴロゴロおる!」
その悟空を負かしたジャッキー・チュンこと亀仙人は、自分の正体を隠しつつ悟空たちにそう言い聞かせていた。
世界の広さを教える──武道家として大切な心構えを教えるために、全力を尽くした良い教師の姿がそこには在った。
本当の修行はここからはじまる。そう告げる亀仙人に、悟空たちはまだ見ぬ広い世界に胸を高鳴らせながらそれぞれ返事を返す。
その様子はなんとも微笑ましく、羨ましいほどに眩しくて──
ぞわり、と三人の背筋が凍った。
ばっと同時に振り返った先には、悟空たちよりも小さな背丈の少年が歩いている。
何気ない仕草、なんともないすれ違い。だが、残る香水の香りの様に、強烈で鮮烈に焼き付くまでの印象を、少年は残していった。
「……おまえたちも感じたか。わかったじゃろう? 世界は広い。わしより小さくても、もっともっと強いやつはごまんといるんじゃ」
「ヘヘ、ワクワクするな! オラもっとがんばるぞ!」
何かを感じ取った悟空とクリリン。そして如実にその気を受け取った亀仙人。
世界は広い。そう再確認した彼らの頬には冷たい汗が浮かぶも、どこまでも楽しそうであった。
現在の戦闘力
孫悟空:100
クリリン:70
亀仙人:120
チャオズ:180
仙人としての活動と、とある修行法により少しずつ確実にパワーアップ中。
修行法に付いては次回。
なお悟空たちに原作との戦闘力の違いはなし。